連載
ゲーム翻訳最前線:第5回は伊東 龍さんと「ソルトアンドサクリファイス」。英語圏の造語を日本語に移植するときに,ゲーム翻訳者が考えていることとは?
本連載「ゲーム翻訳最前線」は,海外ゲームの日本語化を担うさまざまなゲーム翻訳者の皆さんにご登場いただき,ローカライズに頭を悩ませたフレーズについて,訳決定までの思考回路を解説してもらう企画だ。プレイヤーの皆さんも翻訳者になったつもりで,「このシーンはどう日本語にするのがいいだろう?」と考えてみてほしい。最後には記事中に登場した重要単語をまとめるコーナーもあるので,ついでに英語学習もしてみよう。
第5回を担当するのは,前回に引き続き「ホロウナイト」や「The Cosmic Wheel Sisterhood」で知られる伊東 龍さんだ。今回はダークな世界観のソウルライク2Dアクション「Salt and Sacrifice」を題材に,造語の翻訳について深掘りしてもらった。
4Gamerをお読みの皆様,こんにちは。翻訳者の伊東です。
前回の記事では「英単語の日本語化」について紹介させていただきましたが,今回は僕が2022年に翻訳した「ソルトアンドサクリファイス(Salt and Sacrifice)」(PC/PlayStation 5/Nintendo Switch/PlayStation 4)をテーマに,これまた翻訳で頭を悩ませたエピソードなどをお伝えできればと思います。
<「ソルトアンドサクリファイス」とはどんな作品か>
2016年に発売された「ソルトアンドサンクチュアリ」の続編で,ソウルライクな高難度の探索型2DアクションRPG。カートゥーン調の絵柄ながらどことなくダークな世界観で,独特の用語や台詞まわしなどが多く登場するところも特徴。
多彩な造語をどう日本語化するか
この「ソルト」シリーズの特徴(というか書き手であるJames Silvaさんの特徴)として,この世界独特の造語がよく登場する,ということが挙げられます。
本作の原文は英語ですが,テキストを読んでいると英語には存在しない単語や言葉遣いが頻繁に出てくるため,それらをいかに日本語にするかで頭を悩ませる,というケースがしばしば生まれるわけです。
造語の挿入はファンタジー系の作品等ではよくあるものの,その場合は当たり前ですが対訳も存在しないため,翻訳する側もそれに相当するような言葉を日本語で造り出すことになります。
例えばこんな名前のアイテムが登場します。
Hearthen Flask
なんらかのフラスコ(Flask)だということはすぐにわかります。しかし「Hearthen」という言葉は英語には存在しません。こちらは造語なので,まずはこの言葉に込められた意図をつかまなくてはなりません。
こうした造語には基本2種類あって,ひとつは完全に意味をなさない言葉で構成されているもの。そしてもうひとつは,現存する英単語を変形させて意味をもたせているものです。「Hearthen」というのは一見英単語のようにも見えます。なのでこれは後者の可能性が高そうです。
ではどんな言葉が元になっているのか?
この言葉を見て僕が推測したのは
2:Hearth(暖炉)
3:Heathen(異教徒)
の3つでした。このあたりのどれかを変形させた造語なのではないか。さらに言うと僕はおそらくは3の「Heathen」が元ではないかと(なんならタイポじゃないかとも)考えました。それは「ソルト」シリーズにおいて異教というものがひとつのテーマとしてあった,ということが大きかったと思います。
なので「異教徒」を変形させた日本語訳を考えるか……などと思ったのですが,こういうときに自分の思い込みだけで突っ走ってしまうのは危険です。そこで開発者の方に質問してみたところ,返ってきた答えは
「それはHearth(暖炉)を元にした造語だよ」
というものでした。いやはや,自分の思い込みは見事に外れたというわけです。やはりなんでも訊いておくべきだなと再認識した次第でありました。というわけで造語のニュアンスは必ず開発者に確認すべし!です。
語源はわかったので,あとはその変形である「Hearthen」をどう日本語に移し替えるかですが,「暖炉のフラスコ」というのも微妙だし意味もよくわからないので,しばし考えた結果,僕はこれを「暖心のフラスコ」と訳しました。
アイテムの効能としてはライフが回復するというものだったので,「暖命のフラスコ」とかでもよかったのですが,命を暖めるという表現にはなじみがなく,無理矢理当てた言葉のようにも感じられたので却下としました。また「だんめい」という響きが「断命」と同じなので,声に出して読んだときにあまり癒されそうな感じがしないというのも気になりました。それよりはと,暖炉の暖かさで癒されるような薬,というイメージで「暖心」にした,という感じです。
大文字から始まる英単語をどう訳す?
続いて,本作で僕が最も頭を悩ませた言葉を紹介します。
Mage
です。「え,これが?」と思われた方もいるかもしれません。なんてことないシンプルな言葉のように見えます。しかしこれが難しかったのです。
この言葉は例えば,このような形でゲーム中に登場します。
(今後の私は Mages を狩るためだけに生きることになる)
(でもこの鏡の門を使えば,この土地を汚染している冷酷で歪んだ Mage たちのとこに行けるってわけ)
カッコ内は実際に使われた翻訳です。ゲームでは勿論すべて日本語に訳されていますが,ここではMageのところだけは英語のままにしています。皆さんだったらこの言葉,どう訳すでしょうか?
魔法使い,魔術師,魔導師といった言葉が最初に浮かびそうな気がします。メイジとカタカナにするのもありかもしれません。僕も最初は「魔導師」と訳しかけたのですが,そこではたと気がついたことがありました。
これ「mage」ではなく「Mage」……つまり大文字から始まっているよな,と。
英語には一般的な名詞をあえて大文字で表記することで,それが固有のものであることを示す,という書き方が存在します。つまり小文字で始まる「mage」と大文字で始まる「Mage」はなにかが違うわけなのですが,こうした「大文字・小文字」を使った用法は日本語には存在しないため,どちらも同じ言葉で翻訳されて,その差異が翻訳では抜け落ちるケースがしばしば見受けられます。なのでこうしたキャピタライズ(大文字始まり)された英単語というのは,実は翻訳における要注意ポイントだったりするのです。
ともあれこういうときは開発者に真意を訊くのが一番,ということで,僕は早速質問をしてみました。するとやはり,Mageはこのゲーム特有の存在で,いわゆる一般的なmage(魔術師,魔導師)とは異なる存在を意味しているんだ,という答えが返ってきました。であればこれをそのまま「魔導師」と訳すのは間違い,ということになります。
こういうとき僕は原語(ここでは英語)でプレイするユーザーの感覚を想像するようにしています。つまり自分が英語圏の人間なら,このゲームをプレイして「Mage」という言葉を見たときに,「ああ,これは普通のmageとなにかちょっと違うやつなんだな」と気づくことができるわけです。であれば,日本語でも同じ思考プロセスを再現できるような,「似てるけどちょっと違う」言葉を当てればいいということになります。
とはいえそれはすぐに思いつくものでもなく,僕が最終的な訳語を決定するまでには,もう少し過程を踏む必要がありました。少し寄り道になりますが,その過程も含めて説明していきます。
多種多様なMancerたち
Mageの訳をひとまず保留にして翻訳を進めていた僕は,もうひとつの課題にぶつかることになりました。本作におけるMageというのはプレイヤーに敵対する魔法の使い手の総称なのですが,こうした魔法の使い手には炎を使う者や冷気を使う者,毒を使う者など,様々な種類が存在し,それぞれが固有の呼び名を持っています。
以下はその一覧です。
Cryomancer
Hydromancer
Venomancer
Aeromancer
Terramancer
Electromancer
Corpumancer
Mechanomancer
Fungalmancer
Necromancer
Thaumamancer
Sanguimancer
Luminimancer
Neuromancer
Dracomancer
Diablomancer
Chronomancer
Kinetomancer
Bibliomancer
Umbramancer
(これらの総称が「Mage」)
(いろんな「〜mancer」がいる) |
その数,全部で21種類。なんとも沢山の「〜mancer」が登場するというわけです。「mancer」というのはネクロマンサーなどの言葉でも知られるように,術の使い手などを呼称する際に使われる言葉です。ここではその前に「Pyro(火)」や「Venom(毒)」など,それぞれの属性を示す言葉がつくことで名前を構成しています。
これ皆さんだったら,どう訳すでしょうか? 一番手っ取り早いのはすべてカタカナにしてしまう,という方法だと思います。
パイロマンサー
エアロマンサー
うん,このあたりはまだ良いのですが……
クライオマンサー
サウママンサー
サングイマンサー
などになると,文字を見てもどんな敵かよくわからないように思います。
Mageの話ともかぶりますが,英語圏の人であればこれらの名称を見ただけで敵の特徴がある程度想像できるわけです。なので,できれば日本語でも同じようにしたいところ。ということで僕はカタカナ化の道は避けることにしました。意味のぼんやりとした小洒落たカタカナネームを並べるよりも,見て敵のイメージがはっきりつかめる名前のほうがゲーム世界への没入度は高いはず,と考えたわけです。
ではどうしようかと考え,最初は「火炎魔導師」「冷気魔導師」といった「〜魔導師」という形でのネーミングを考えました。しかしなにせいろんな種類があります。全部が全部この形でうまく収まるわけではありませんでした。そのまま原文の意味をくっつけていくと「腐肉魔導師」「血魔導師」「菌魔導師」といった名前になってしまい,正直ダサい。
いかにも「無理矢理くっつけました」感が否めません。ボスの登場シーンで画面にでっかく「菌魔導師」とか表示されたらちょっと笑ってしまいそうです。かといってそれぞれ別の書き方をすると統一感がなくなってしまう。また「火炎魔導師」のような比較的自然な言葉として成立しているものでも,ボスの名前としてはやや平凡で特別感に欠けるようにも感じました。
そこでさらに考えて行きついたのが,「司(つかさ)」を使って表現することでした。
つまり「炎の司(ほのおのつかさ)」「毒の司(どくのつかさ)」といった感じで,「〜の司」という形にする。そうすればいかにバリエーションが多くとも「腐肉の司」「血の司」「菌の司」と,どれを当ててもそれなりに恰好がつき,統一感も維持できます。よし,これで行こうとなりました。
そしてMageの訳が決まる
こうして「〜mancer」の訳が落ち着き,再び「Mage」の訳をどうしようかなと思ったとき,ふと頭に降ってきたことがありました。
「魔導司?」
捻り出したというよりも,「〜司」についていろいろ考えていたから自然のなりゆきでポンと出てきた言葉だったのですが,当てはめてみるとこれはこれでなかなか良いのではと思えてきました。
魔導を司る者,ということで意味は通るし,なにより読みが「まどうし」で「魔導師」と変わらない。読んだ人にはおそらく mage 的な存在として認識されるだろうけれど,「ん,師じゃなくて司?」と微妙なひっかかりがあるため,なにかがちょっと違う感じも出せる。これは英文の「mage」と「Mage」が作り出している差異を,同じではないもののそれなりに再現できているのではないか,と思ったわけです。
というわけで「ソルトアンドサクリファイス」のMageたちはすべて「魔導司」と表記されることとなりました。
そしてその背景にはこうした,英文特有の「大文字・小文字」を駆使した用法があったのです。
今回紹介した言葉以外にも,「ソルト」シリーズには多くの造語やユニークな英語が登場します。それらをできるだけ自然な日本語に置き換えるため,様々な手法を用いておりますので,興味がありましたらこういった点にも注目してみてください。
hearth(暖炉)
heathen(異教徒)
「Salt and Sacrifice」公式サイト
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