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クトゥルーTRPGに新たな選択肢。12月25日に発売された「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」を徹底紹介(短編シナリオ付)
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印刷2020/12/29 00:25

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クトゥルーTRPGに新たな選択肢。12月25日に発売された「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」を徹底紹介(短編シナリオ付)

 2020年12月25日,新作テーブルトークRPG「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」(以下,ToC)の基本ルールブックが発売された。価格は4500円(税別)だ。

「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」
画像集#003のサムネイル/クトゥルーTRPGに新たな選択肢。12月25日に発売された「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」を徹底紹介(短編シナリオ付)

 本作は,英国のパブリッシャであるPelgrane Press(ペルグレイン・プレス)が2008年に発売したタイトルの日本語版で,発売は「ソード・ワールド2.5」「ゴブリンスレイヤーTRPG」,さらには「アドバンスト・ファイティング・ファンタジー第2版」を展開中のグループSNE。翻訳は「ダンジョンズ&ドラゴンズ」シリーズをはじめとした数々のテーブルトークRPGの翻訳を手掛けてきた楯野恒雪氏率いるチームがあたっており,またその題材の特殊性から,筆者とグループSNE代表の安田 均氏が監修を務めている。

 タイトルからも分かるように,本作はクトゥルー神話を題材にしたテーブルトークRPGだ。KADOKAWAから発売されている「新クトゥルフ神話TRPG」(以下,CoC)を筆頭に,同じ題材を扱うタイトルがいくつも先行する中にあって,このタイトルにはいかなる特徴があるのか。本稿では,その魅力の一端をご紹介させていただきたい。
 また記事の終わりには,発売したばかりのルールブックで遊べる短編シナリオも収録している。この記事で興味を持った読者は,手に入れたルールブックを片手に,ぜひともキーパーに挑戦してもらいたい。

※「Cthulhu」の日本語表記には諸説あるが,「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」および本稿では,英語圏での一般的な発音に合わせた「クトゥルー」を用いている。

「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」公式サイト

「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」をAmazon.co.jpで購入する(Amazonアソシエイト)



クトゥルー神話を題材にした,まったく新しいRPG


 冒頭でも説明したとおり,ToCはクトゥルー神話を題材としたテーブルトークRPGだ。クトゥルー神話というのは,20世紀前期に活動したアメリカの怪奇小説家,Howard Phillips Lovecraft(ハワード・フィリップス・ラヴクラフト / 以下,ラヴクラフト)と,その友人や後続作家達が作りあげた架空の神話大系のこと。それぞれが創造した太古の神々や魔術書などの固有名詞を共有し,互いの作品に登場させるお遊びを通して生まれた世界観めいたもの──かつまた,人類史の影に隠れた「恐るべき暗黒の歴史」にまつわる物語群の総称でもある。

 日本においては先のCoCが人気を博していることもあり,その設定についてくだくだしく解説する必要はないかもしれない。そして実のところ,ToCとCoCはまったく無関係というわけでもない。事実ToCのコピーライトには,CoCの販売元であるケイオシアムとの「協定(arrangement)」に基づいて制作・発行されたことが明示されている。
 しかしながら,CoCとToCでは,遊ばせようとしているゲームの指向性が大きく異なっている。これは,ゲームシステムそのものの違いによるものだ。CoCでは“ベーシック・ロールプレイング”を使用しているのだが,ToCでは“ガムシュー”というまったく別のシステムを使用しているのである。では“ガムシュー”とは,ひいてはToCとは,いったいどのようなゲームなのだろうか。


“ガムシュー”システムとは


本作のキャラクターシート
画像集#015のサムネイル/クトゥルーTRPGに新たな選択肢。12月25日に発売された「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」を徹底紹介(短編シナリオ付)
 “ガムシュー”は,カナダ在住のゲームデザイナーであるRobin D Laws(ロビン・D・ロウズ)氏が2007年に発表したゲームシステムだ。Pelgrane Pressから同年に発表されたオカルト捜査もののテーブルトークRPG「The Esoterrorists(ジ・エソテロリスツ)」に,最初に採用されたことで知られている。
 “ガムシュー(gumshoe)”とは,もともとゴム底の靴を意味する英単語であり,これが転じて「ストリートを足で駆け回り,情報を集め,事件を捜査する刑事」を意味するスラング(俗語)となった。つまり“ガムシュー”は,探偵や警察官といったミステリ小説でお馴染みの登場人物が,謎の事件を捜査・調査をするというシチュエーションに特化したシステムとして誕生したのである。

 同じく調査を主眼としているテーブルトークRPGと同様,“ガムシュー”で作成されたキャラクターは,選んだ職業などにより,さまざまな技能を獲得する。これらの技能の中には,《図書館》や《鍵開け》《オカルト》といった,見覚えのあるものも少なくない。しかし大きな違いは,“ガムシュー”において「探索技能に基づくアクションは“必ず”成功する」という点だ。
 ここで言う「探索技能」とは,調査時に使用する技能のこと。たとえば《法学》の探索技能を持っているキャラクターは,あるシーンに「法学の知識が必要となる手がかり」がある場合,これを見つけ損なうことは絶対にない。
 謎解きのゲームプレイにおいて重要視されるのは,手がかりを“入手する過程”ではなく,あくまでも見つかった手がかりを“どのように解釈し,事件と結びつけるか”……というのが,“ガムシュー”の設計思想なのである。
 これまでのテーブルトークRPGでは,プレイヤーが正しい状況判断を行い,実質的に謎を解くことができたにもかかわらず,「運」──すなわちダイス目が悪かったというだけで,重要な手がかりを入手し損ねたり,交渉に失敗したり,ときに命を落としてしまうことがままあった。しかしそんなハプニングは,ストーリーテリングを遅滞させるものでしかないというのが,“ガムシュー”のゲームデザイナーの考えだ。
 なお「探索技能」とは別に,「一般技能」というのも存在しており,こちらではほかのテーブルトークRPGと同様に,ダイス・ロール(本作では6面ダイスを使用)による判定が行われる。たとえば武器や格闘といった身体的アクションが,こちらに分類されている。

 このように,“ガムシュー”は謎解き重視のミステリ作品用に設計されてはいるが,ミステリのサブジャンル的側面を持つオカルトや伝奇もの,ホラーなどとの相性も抜群と言える。こうしたジャンルの物語もまた,多くの場合「調査を積み重ねて謎を解き明かしていく」展開に主軸が置かれるからだ。
 キーパー(いわゆるゲームマスター)が入念に用意したシナリオと,そこから生まれる物語をじっくりと楽しみたい。あるいはプレイヤーに物語を楽しんでもらうために,シナリオを入念に準備したい。“ガムシュー”を採用するToCは,そうしたプレイスタイルを志向するプレイヤーとキーパーに向けたシステムなのである。

ルールブックと同日発売の「ゲームマスタリーマガジン第14号」には,付録としてセッション時に便利なキーパースクリーンが付属する(リンクはAmazonアソシエイト)
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シーン制と「核心的手がかり」


 ToCのゲーム進行は,シーンを重ねることで展開する――いわゆるシーン制を採用している。この仕組みは,既存のテーブルトークRPGを例に説明するより,デジタルゲームのアドベンチャーや,ストーリー重視のRPGなどを例に挙げたほうが,より分かりやすいかもしれない。こうしたゲームにおいて,プレイヤーは特定の物品を発見したり,ほかのNPCから必要な情報を聞き出したりといった「フラグ」を立てることで,物語が先に進む。

 ToCでは,その「フラグ」のことを「核心的手がかり」と呼ぶ。「核心的手がかり」の発見をトリガーとしてシーンが移行し,何かしらのイベントが発生するのだ。たとえば,「そのとき,下の階から大きな音が聞こえてきた。何かをひきずるようで……足音のように聞こえなくもない。君達の耳が確かなら,階段のきしむ音が混じっているようだ」といったように。
 またこのとき,キーパーあるいはシナリオ作成者は,必ずしもキャラクターの場所を移動させる必要はない。たとえ場所が同じであったとしても,イベントが発生して状況が変化した以上,それはもう別のシーンなのである。

 このように,ToCにおけるシーンはキーパーがあらかじめ用意していた「核心的手がかり」の発見によって区切られ,進行していく。手がかりを見つけ出すには探索者の「探索技能」が必要であり,それが失敗することはない。つまりセッションの進行において重要なのは,「そのシーンに適切な探索者が参加しているかどうか」だ。プレイヤーは自分のキャラクターがそのシーンに参加しているかどうかを,明確に宣言する必要がある。


正気度と安定度


 プレイヤーキャラクターの感じる恐怖を再現する「正気度」は,CoCの最大の発明と言えるだろう。この正気度の概念は,ToCにも「一般技能」の一つとして取り入れられているが,その運用はまったくと言っていいほど異なっている。ToCにはもう一つ〈安定度〉というパラメータが存在し,探索者の精神状態や本能的な衝動を,より細やかに表現しようとしているからだ。

画像集#016のサムネイル/クトゥルーTRPGに新たな選択肢。12月25日に発売された「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」を徹底紹介(短編シナリオ付)

 〈安定度〉とは,狂気でなく恐怖や動揺,ストレスの度合いを表したパラメータのこと。ToCの〈正気度〉も,「0になると回復不能な狂気に陥る」点ではCoCと似ているが,こちらはそう簡単には回復できない――つまり,より深刻な事態を示している。そして〈安定度〉は,本作のもう一つの重要な要素である「動機」とも深く結びついているのが面白い。
 たとえばホラー映画などを観ていて,登場人物の行動にもどかしさやじれったさを覚えたことはないだろうか。視聴者の目から見ると明らかに警戒すべきタイミングで反射的に電話に出てしまったり,やはり視聴者の目から見ればあからさまに怪しいと思える物品を手にとって,仔細に調べてみたりというような行動をとったときにだ。
 ホラーでは大抵,そうした行動がトリガーになってイベントが発生し,物語が進むものだが,これがゲームになると警戒心が勝ってしまい,プレイヤーがなかなかそうした行動に出てくれないことがある。そこを話術でうまく誘導するのがキーパーの腕と言えなくもないが,ToCではシステム側からフォローする仕組みが設けられている。それが「動機と〈安定度〉」のルールなのである。

 すべての探索者は,キャラクター作成時に「動機」が設定される。セッション中,この動機に関わりのある状況に遭遇した探索者は,「動機」(衝動と言ってもいい)に従うか,それとも抵抗するのかを選ばなければならない。
 たとえば「古物趣味」という動機を設定されている探索者は,調査中の屋敷で異様な骨董品を目にしたとき,それが状況的にどれほど怪しいものであり,あからさまな罠であろうと,手にとって調べずにはいられない。また,「好奇心」を動機に選んだ探索者は,前述のような突然かかってきた電話に出ないわけにはいかないのである。

 〈安定度〉の数値は,この「動機」に大きく左右される。「動機」に従って行動すれば〈安定度〉は回復し,抗おうとすれば〈安定度〉が減少するからだ。そして0以下になると探索者は怯え状態になり,さらに減少して−6以下になると,恐慌状態で,理性的な行動が取れなくなる。
 キーパーにせよプレイヤーせよ,この〈安定度〉と「動機」をうまく活用することで,自分があたかも不条理なホラー映画の登場人物になったかのようなロールプレイが楽しめるというわけだ。実にうまくできたシステムである。

 なお14種類ある動機は選択式で,「義務感」「血脈」「研究心」のような定番もあれば,「復讐」や,さらには倦怠感を払拭する刺激を求める「退屈」といった,ドラマチックな演出につなげやすいものもある。自身のプレイスタイルに合わせて,ピッタリなものを選ぶといい。


原典指向のクトゥルー神話ゲーム


「新訳クトゥルー神話コレクション1 クトゥルーの呼び声」(リンクはAmazonアソシエイト)
画像集#004のサムネイル/クトゥルーTRPGに新たな選択肢。12月25日に発売された「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」を徹底紹介(短編シナリオ付)
 ゲームシステムにおいて「神々」「巨怪」に分類されるもの――つまり邪神あるいは「大いなる古きものども(グレート・オールド・ワン)」と呼ばれる存在の扱いは,クトゥルー神話ものとしてのToCを,大きく特徴づける要素である。
 深きものども(ディープ・ワンズ)やミ=ゴといったクリーチャー群とは異なり,こうしたおぞましくも恐ろしい存在について,ToCは「人間,すなわちプレイヤーキャラクターがどうこうできる相手ではない」と,ルール上はっきり規定している。
 このルール下において,ショットガンを何発ぶちこもうとプレイヤーは「神」をどうにかすることなどできない。不幸にも顕現してしまった神を退散させたり,無害化したりする手段は,ゲームシステムではなくシナリオとキーパー如何にかかっている。

 ToCのこうした設計は,ラヴクラフトの原作小説への,ゲームデザイナー陣の強い思い入れによるものだろう。彼らにとって,原典指向の“クトゥルー神話物語”というのは,特別優れた力を持っているわけではない等身大の人間達が,何の因果か直面してしまった宇宙的存在のもたらす恐怖によって──たとえ命を失わずに済んだとしても──破滅的な運命へと導かれる物語なのである。
 こうした設計思想は,ToCの基本ルールブックで用意されている,「純粋主義派(純粋主義モード)」「パルプ派(パルプ・モード)」という,2つの選択ルールにあらわれている。

 純粋主義モードというのは,1920年代後期以降のラヴクラフト作品の再現を目指すプレイスタイルのことだ。こちらのルールを選択すると,〈体力〉〈安定度〉の上限値が制限されたり,一部の技能を選択できなかったり,銃器の使用が推奨されなかったりと,さまざまな形でプレイヤーキャラクターの能力に制限がかかる。結果,ラヴクラフトの一部の小説並に死亡率が高くなる。
 ただ,これはあくまでも選択ルールであって,ToCのプレイヤー全員に,そうしたストイックなプレイが求められるわけではない。またプレイヤーキャラクターの超人化も認められており,アクション映画的な活躍をさせたい向きには,「パルプ・モード」のプレイスタイルが用意されている。
 「パルプ」というのは,パルプあるいはパルプ紙と呼ばれる安物の紙を使用した,大衆向けの安価な娯楽小説雑誌「パルプ・マガジン」を指している。またそうした雑誌に掲載された娯楽小説の総称である「パルプ・フィクション」のことでもあるのだろう。こちらのルールを選択すればキャラクターの死亡率は格段に下がるうえ,ご都合主義的な技能や拳銃による長距離射撃といった,ストイックなクトゥルー神話小説にはそぐわなそうな,フィクショナルなアクションが可能になる。決して一方のプレイスタイルでしか選べないわけではないので,そこは安心してほしい。

 とはいうものの,ToCがラヴクラフトの諸作品の再現を念頭にデザインされているのは間違いない。基本ルールブックに,「何をおいても読んでおくべき」ものとしてラヴクラフトの小説「クトゥルーの呼び声」が挙げられているほどに。
 なお同作については,拙訳「新訳クトゥルー神話コレクション」収録の試し読み版PDFが,星海社のサイトからダウンロード可能になっている。手前味噌で恐縮だが,未読の人はこの機会にぜひ手に取ってもらいたい。


これからの展開――続刊「アーカム探偵奇譚」を待て


「アーカム探偵奇譚」原書版カバーアート
画像集#005のサムネイル/クトゥルーTRPGに新たな選択肢。12月25日に発売された「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」を徹底紹介(短編シナリオ付)
「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」は,CoCを20年以上にわたってプレイしてきたゲームデザイナー達が,その経験とノウハウを注ぎ込んで作り上げた新世代のテーブルトークRPGであり,これまでにフランス語,イタリア語,スペイン語,ポルトガル語に翻訳されてきた。謎解き型のセッションを円滑に進めることを主眼にしたシステムと,印象深いシナリオ集の数々は,各国でつとに高い評価を受けている。
 次の展開としては,2020年12月現在,アメリカ東海岸の各都市を舞台にしたシナリオ集「アーカム探偵奇譚」(原題:Trail of Cthulhu: Arkham Detective Tales)の日本語訳がすでに決定し,制作が進められている。ラヴクラフト作品と関わりが深い,5本のシナリオが収録されているのでお楽しみに。

またこれ以外にも,「ゲームマスタリーマガジン」ではToCを遊ぶためのサポート記事が掲載されている。第13号ではリプレイとシナリオ,第14号では現代日本を舞台にするためのヒントやシナリオを掲載しており,将来的にはサプリメントとしてまとめる可能性もある。今後は,2021年春より刊行されるゲームマスタリーマガジンの後継誌「GMウォーロック」にて,サポートを継続的に展開していく予定だ。期待してほしい。

 なお基本ルールブックを入手された人に向け,「ゲームマスタリーマガジン第12号」(リンクはAmazonアソシエイト)に掲載された公式シナリオ「真夜中の儀式 Ritual Pursuites」(翻訳・楯野恒雪)のWeb版を,この記事と合わせて公開できる運びとなった。キャラ選択,ルール説明を含めても1時間以内でプレイできるショート・シナリオなので,さっそく遊んでみてほしい。

※注意※
この先に進むとプレイヤーとしてゲームに参加できなくなります。
キーパー以外は,読むべきではありません。

「暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー」公式シナリオ「真夜中の儀式 Ritual Pursuits」


 
  • 関連タイトル:

    暗黒神話TRPGトレイル・オブ・クトゥルー

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