インタビュー
[インタビュー]にゃるら氏に「NEEDY GIRL OVERDOSE」100万本突破を記念して聞く,これまでのニディガと,これからの美少女ゲーム
完全に冗談のみからなるものであるかもしれぬ
(A serious and good philosophical work could be written consisting entirely of jokes)
アメリカの哲学者であるノーマン・マルコムは,交友のあったオーストリア出身の哲学者,ルートヴィヒ・ヨーゼフ・ヨーハン・ウィトゲンシュタインがこのように述べたと,回想録に記している。
2022年1月21日にSteam版がワイソーシリアスから発売された「NEEDY GIRL OVERDOSE」(PC / Mac / Nintendo Switch。以下,ニディガ)は,「顔が良いけど性格が最悪な女の子を人気配信者に育てる」という,コンセプトだけを見ると悪辣な冗談のようにも思えるゲームだ。少なくともブラックジョークとアイロニーが散りばめられていることに異論を唱える者はいないだろう。
これを機に,企画およびシナリオのにゃるら氏に改めて,発売後から今日までの所感や今後の展望などをうかがった。
それはそれとして,本日(7月7日)は超てんちゃんの誕生日(と,あめちゃんが設定している日)だ。ハピバ!
「NEEDY GIRL OVERDOSE」100万本突破&誕生日記念の超てんちゃん配信が本日21:00にスタート。小説版などの発表も
ワイソーシリアスは本日21:00から,「NEEDY GIRL OVERDOSE」の売上100万本突破と,超てんちゃんの誕生日を記念した「超てんちゃんお誕生日はいしん」が配信される。また,イベントの開催やノベライズ版のリリースなども発表された。
にゃるら氏に聞く,「NEEDY GIRL OVERDOSE」に込めたディープな想い。幸せな結末は存在しなくても,あなたの思う幸せはあるかもしれない
ワイソーシリアスは本日,承認欲求が強くて性格の悪い女の子を立派な配信者として育成するシミュレーションゲーム「NEEDY GIRL OVERDOSE」を発売した。本作の企画,シナリオを担当したにゃるら氏へのインタビューをお届けしよう。
当初の目標は,希望的観測で10万本
100万本突破ということで,もう紛れもないヒット作となったニディガですが,発売時点でのお気持ちはいかがだったでしょうか。
にゃるら氏:
発売の2週間くらい前から,プログラマーのとりいさん以外の作業はほとんど無く,僕は完成したものをチェックするだけだったので,「なるようになる」という心境だったんですよ。良いものを作った手応えはあったので「届く人には届くだろう」と思っていて,あまり心配はしていませんでした。
ですが,発売から1週間で20万本くらい売れたのは,ちょっと信じられなかったですね。最初にプロデューサーと話していた中では「開発費トントンくらいの10万本を目指そう」という感じだったんですが,それを数日で達成してしまって。僕を喜ばせるために,プロデューサーが誇張して言ってくれたのかと思ったりもしたんですけど,実際に数字を見てびっくりしました。
4Gamer:
発売後のユーザーからのフィードバックで,嬉しかったことなどはありますか。
にゃるら氏:
予想以上に若い人達に刺さって,超てんちゃんというキャラクターが独り歩きし始めたのには驚きました。
ゲームをプレイした人に楽しんでもらおうと思ってTwitterに超てんちゃんのアカウントを開設したりもしていたので,そういう状況を予想していなかったわけではありませんが,そこから「インターネットのキャラクター」としてしか超てんちゃんを知らない人にまで広まったのは嬉しかったですね。僕らは頑張って作ったので,もっとゲームであることが広まったら嬉しいというのは,ちょっとあるんですけど(笑)。
4Gamer:
ニディガは操作周りの感触が良いですよね。ゲームとしての手触りにこだわりが感じられます。
にゃるら氏:
それは本当にとりいさんとプロデューサーのおかげです。そこは企画・シナリオの僕では手を入れられないところですから,かなり助けられました。
4Gamer:
ただ,ニディガはテーマがテーマだけに,ネガティブな声もあったのではないかと思うのですが,そのあたりはいかがでしょう。
にゃるら氏:
ネガティブな感想というより,「プレイしないで叩く人」が多かった印象です。やっぱり,美少女で,メンタルが……といった要素からして,“なんとなく”の雰囲気で叩く人は出てきましたね。でもプレイしてもらえば,必然性がわかると思いますし,逆にプレイしたうえで叩かれるのなら,それは僕の力量不足に過ぎないので。
4Gamer:
ゲームとしての批判は真摯に受け止めていると。
にゃるら氏:
むしろ,ちゃんとプレイしている人からの酷評は嬉しいですね。それは反省点として真摯に受け止めつつ,とはいえ僕のやりたいことそのものかもしれないので,今後に活かすかは分かりませんが。でもSteamのレビューってプレイ時間や購入したものなのかが表示される公正な場所なので,そういったちゃんと評価される場所があって良かったです。
4Gamer:
なるほど。
にゃるら氏:
その一方で,僕がニディガというゲームを作ったという事実そのものを認められないという人達はいましたね。「実はあいつは全然関わってない」とか「過去の女に酷いことをしていたはずだ」というようなストーリーを作ることで,納得していたんだと思います。やっぱり,あんなゲームを作った人が女を殴ったり,お金を巻き上げていたりしていたら面白いですから。
でも「人ってそんなに都合よく単純に悪なわけないよ」と。
4Gamer:
あの一件に関しては,過去にあったゾルゲール哲さんの一件を思い出しました。真偽はともかくとして,噂が無責任に肯定されることで噂を呼んでいく感じが。
にゃるら氏:
いろんな噂や叩きと戦わないといけない世界ですよね。
まあ,もう現状はとくに何もないというか,8割くらいの人は気にせず付き合ってくれています。それと,何があっても付いてきてくれる1割の盲目的な信者と,何をやっても叩く1割のアンチ。これで取り巻く世界が構築されているというのを身をもって体験しましたね。この比率は,たぶん表立って活動しているなら他の人も変わらないと思います。100万という数字を背負ってみて,より実感しました。
4Gamer:
サウンドも好評ですが,Aiobahnさんの発売後のご様子はいかがでしょうか。
にゃるら氏:
目に見えて嬉しそうでした。この場なので言ってしまうと,Aiobahnの音楽って好きな人は好きだけど,理解できる人が限られるものでもあるので,もう少しカジュアルな方向性が必要だと思っていたんですよ。超てんちゃんをフィーチャーして,僕の作詞で「INTERNET OVERDOSE」と「INTERNET YAMERO」という分かりやすい2曲を作って,世間からの彼の評価も変わったと思いますし,僕と彼の互いにとって良いことだったと思います。
4Gamer:
3月にMograで開催されたINTERNET YAMEROのリリース記念パーティーも大盛況でしたね。
にゃるら氏:
Aiobahnが一般的にチューンされた音楽を送り出せるようになったのは,彼の成長ですね。彼のセンスによる音楽へのこだわりを、やわらかく曲に包めるようになったような印象があります。
4Gamer:
成長といった部分で言うと,にゃるらさん自身に心境の変化などはありましたか。
にゃるら氏:
まさに生まれ変わったくらいです。一番はINTERNET OVERDOSEに関することでした。初めての作詞だったのですが,プロデューサーが「お前には作詞の才能がある!」と褒めてくれて。それで自分の言葉とか文章とかに自信を持てるようになりました。その頃はニディガをリリースする前だったので,自分の文章はインターネットの狭い範囲にしか届かないものなんじゃないかと思っていたんです。
今はゲーム内の言葉もプレイヤーに響いているのを感じていますし,あと自分の文章を世界中の人に読んでもらえるようになったのが純粋に嬉しいですね。自分としては,“文章を書く”ということが人生の主な目的だと思っていますから。
4Gamer:
ニディガを作ることで得られたものはいろいろあると思いますが,「とくにこれは」といったものはありますか。
にゃるら氏:
超てんちゃんというキャラクターを作るにあたって,最初に考えないといけないのが「顔の良い女の子」の思考や美意識でした。それまであまり意識していなかったんですけど,ゲームを作り始めてから自分自身の身なりに気を遣うようになって,例えば伸ばしていた髪をスパッと切ってみたり,スキンケアや脱毛をやったり,服装を変えたりしてみたんです。
そのうちファッションにハマって,“オシャレな人”という印象を持たれるくらいになりました。それは超てんちゃんのお陰ですね。そういうのも「オタクがオシャレするな」と叩かれたりはしたんですが,それをしなければ超てんちゃんを作れなかった。逆に,そういうのはやっぱり気にかけたほうが得なので,“自分をデザインする”ことを意識すると良いことがあるんじゃないのかなと思います。
ちなみに僕が今日着ているの,Yohji Yamamotoのイカルス星人ブラウスなんですよ。
にゃるら氏:
プロデューサーも,カジュアルすぎる格好をしていたら「ダサいと,にゃるらさんと不仲とか思われませんか」と言われたことがあったらしく,ニディガが売れてから身綺麗にするようになりました。ファッション系の知り合いの人と服を選んだりしているそうで,どんどんイケオジ系の方向に進んでいきましたね(笑)。
4Gamer:
やってるコンテンツに当人が引っ張られることってありますよね。「モンキーボール」時代から「龍が如く」時代へ,みたいな。
にゃるら氏:
その中で一番良かったのがヒゲ脱毛だったので,突然アフィリエイトの回し者みたいなことを言ってアレなんですが,オタクはヒゲ脱毛を試してみると人生変わると思います。一回1万円なので,まずはやってみましょう。
――美とは,まさに幸福にするもののことである。
(ウィトゲンシュタイン「草稿」1916年10月21日)
4Gamer:
ニディガは最初から多言語対応しているので,海外への波及も早かったですね。海外からの反響に関してはいかがでしたか。
にゃるら氏:
中国や韓国のファンはとくに多いですね。中国のインターネット上のコミュニティは10年前の日本に近くて,ニコニコ動画的なカオスな面白さがあるんですよ。ニディガ自体,あの頃の要素をキャッチアップした作品ですから,うまく噛み合ったのかもしれません。
4Gamer:
ああ,「謝謝茄子」とかそういう。
にゃるら氏:
韓国では一種のファッションとして捉えられていて,“あめちゃんというキャラクター”が好きな人が多いですね。韓国ではSNSでの写真加工だったり,容姿に関したカルチャーが強いですから,そこで「自信満々で顔が良い」というのが受け入れのだと思います。また,「それはそれとして病んでいる」とか,「人生がうまくいっていない」とか,そういった面に共感してもらえています。
4Gamer:
文化と言えるくらい美容整形が根付いている国ならではですね。
にゃるら氏:
日本では超てんちゃんを見たとき,いろんなフィルターがかかっちゃうこともあるみたいなんですけど,海外の人は真っ直ぐに感情移入できる美少女キャラクターとして見てくれている感じですね。あめちゃんとか超てんちゃんに対して「これは私」という発言が多かったりもして。
日本のファンも「超てんちゃんは私と似てる」までは言うんですけど,直球で「これが私だ」とまで言うのは,海外の人達ですね。
4Gamer:
昨年10月にはSwitch版もリリースされましたね。正直な感想としては,「よく家庭用で出せたな」という部分もあったりしますが。
にゃるら氏:
そうですね。とはいえ,レーティングに関する表現の調整は基本的にプロデューサーがやってくれていて,自分としてはSwitch版の発売に合わせてSteam版をアップデートしたので,追加ルートの内容をどれだけ良いものにできるかというところに力を入れていました。
4Gamer:
発売から今日までの間にあった,印象的なエピソードなどはありますか。
にゃるら氏:
印象的か……逆に,印象的じゃない何気ないことが,頭に残っていたりするんですよね。10年来の付き合いがあるオタク達が,ニディガについてあまり触れずにいてくれて,それが逆に嬉しかったんです。
触れるにしても,「会社の同僚のSlackのアイコンが超てんちゃんになったよ」ぐらいの話で。「友達だから触れなければならない」みたいな考え方じゃなく,ナチュラルな「お前がやっていることは見ているけど,それ自体には興味ないし,それでも友達だよ」といった感じですね。
二ディガの売上が伸びていって,超てんちゃんも有名になっていくたびに,よそよそしくなるというか,僕への視点が変わっていくというか、尊敬や嫉妬が強まっていったりする人もいるんですけど,そういうのって正直なところ,やりづらいじゃないですか。発売から半年ぐらい,誰かを遊びに誘うのも気後れしていたので,そうやって普通に接してくれる友達はすごく楽で,気持ち良かったですね。
4Gamer:
有名な言い回しで表すと「憧れは理解から最も遠い感情」みたいな感じですね。
にゃるら氏:
僕は根本的に,アニメ・漫画・映画といったオタクの話をするのが好きですから,「自分と仲良くしたい」という人が来たときも,「その人がニディガから得たもの」にはすごく興味があるんですけど,ニディガ自体の話ではなく,何か好きなことの話をしてほしいと思うんです。贅沢な悩みだとも思うんですけどね。
4Gamer:
アンソロジーやコミカライズなどのスピンオフもありますが,そういった「自分以外の作るニディガの世界」を,どのように見られているのでしょうか。
にゃるら氏:
オタクなので,好きな作家さん達が自分の関わったものを好きに解釈してくれるのは,作家さんの挑戦を見守るような気持ちで,すごく楽しいですね。「コミカライズを担当されている盆ノ木(至原)先生は,あめちゃんをこう描きたいんだな」とか,「ちょぼら(うにょぽみ)先生は,超てんちゃんをコミカルに動かすのを試したいんだな」とか,そういうのを見るのがすごく好きです。
僕からも,好きなイラストレーターさんにカウントダウンイラストや記念イラストを頼んだりしていましたが,「こんな風に超てんちゃんやあめちゃんを演出してくれるんだ」というのを見るのが,発売後の楽しみのうち,かなり大きな部分を占めています。
超てんちゃん! NEEDY GIRL OVERDOSE公式アンソロジー(KADOKAWA) |
NEEDY GIRL OVER DOSE RUN WITH MY SICK(秋田書店・マンガクロスにて連載中) |
4Gamer:
発売後の楽しみ的なところで言えば,グッズもたくさん出ていますね。そういった方向での普及についてはいかがでしょうか。
にゃるら氏:
秋葉原や中野を歩いているとき,超てんちゃんのTシャツを来ている人を見かけたりすると,「すごく流行ったな」ってビックリします。ゲームセンターに行くと超てんちゃんのプライズがあったりもしますし(関連記事)。
Tシャツはどれも気合を入れていて,ファションとして成立することを意識しているんです。僕が着て出歩くと目立ってしまうので,あまり使ってはいないんですけど,服を選ぶのが面倒くさくてニディガのTシャツを着て中野ブロードウェイを歩いたりしていると,100%と言っていいくらい話しかけられますね。
にゃるら氏:
傍から見てもカッコ良いですし,元の絵を描いたお久しぶりさんの力もあり,超てんちゃんを知らなくてもファッショナブルな印象を受けるようなデザインとなっています。オタクグッズって,アピールすることが主体でファッションとしては成立しないものも多いんですが,ニディガのアパレルが若者達のファッションとして現実世界に影響しているのは,すごく嬉しいですね。
4Gamer:
フルグラフィックTシャツなどはキャラクターグッズの売れ線ですけど,ファッションというよりは主張のためのアイテムですからね。
にゃるら氏:
グッスマ(グッドスマイルカンパニー)さんから出たポッパレ(POP UP PARADE)のフィギュアは何万体という数が出荷されたんですけど,それでグッスマさんが喜んでくれたのが嬉しかったです。
あと,若い子が買えるように少額のグッズを多く出しているんですが,値段が高めのグッズを買ってくれている30代以上のファンも多くいるんですよ。30代にもなると大きく声を上げない人が多くて,わざわざグッズを並べて写真を撮ったり,Twitterの超てんちゃんにリプライを送ったりはしないんですけど,グッズの購買層から確かに支えてくれているファンが見えてくるので,密かな楽しみとなっています。
4Gamer:
グッスマさんと言えば,印象的なのがニコニコ超会議2023での等身大フィギュアでした(関連記事)。あれが製作された背景について教えてください。
にゃるら氏:
スペースを借りるので何がやりたいかって話をしたときに,「基本的には大きい物が必要だろう」と思ったんです。なので,大仏を建設するようなイメージで等身大超てんちゃんという案を出しました。グッスマさんも互いに利益があるということで話が進んで,実現する運びになったんです。
4Gamer:
超超てんちゃんブースでは,フォトスポットもすごかったですよね。
にゃるら氏:
あれはスタッフの皆さんに,本当に頑張ってもらいました。自分としては,とにかく好きなものを予算内でいっぱい用意してもらって,それをスタッフさんが可愛く綺麗に並べてくれたので,ご褒美みたいな体験で楽しかったですね。そうやって自分が喜ぶものを作ったことでファンの皆さんも喜んでくれたので,なおさらです。
プロデューサーや他のスタッフさん達が,「にゃるらが喜ばないことはやらないし,喜んでくれるならそれでいいよ」みたいな形で任せてくれるのが,すごく嬉しかったですね。僕は総監修という立場でニディガのすべてに関わっているので,何かやったときに「にゃるらが喜んでいるかどうか」って,たぶんファンの人は気付いてしまうんですよ。今後の企画も,僕がやりたくないことはほぼ無いでしょう。
4Gamer:
今後の企画というと,どのようなものがあるのでしょうか。大雑把な考えですが、これだけヒットしたのならTVアニメ化の話なども少なからずあったりするんじゃないかと思ったりもするのですが。
にゃるら氏:
仮に,もしアニメ化するとしたら,たぶん文章周りは全部僕が書くでしょうね。そのままアニメ化するようなゲームでもありませんし,するならファンの皆を驚かせつつ,納得できる形のものを用意したいですね。
二ディガのノベライズ版はすでに執筆していまして,それはゲーム本編とは全然違う話になっているんです。ゲームでは出しきれなかった「いびつだけど誰かにとっての美しい物」をノベライズ版で表現しようと思っているので,それを楽しみにしてもらえると嬉しいですね。
ちょっと話がズレるんですけど,ニディガで自分の中にあるインターネット観を全部出したつもりなので,正直なところインターネットに対してのテーマというものが,もう自分の中に残っていないんです。これ以降,僕が大きくインターネットを取り上げることは無いと思います。
4Gamer:
それは意外ですね。にゃるらさんにとってのインターネットは一種の命題のような印象がありましたので。
にゃるら氏:
超てんちゃんというキャラクターを通して自分の視点が一段上がったのですが,そこから改めて見るとインターネットについて書くことは,ほぼ無いかなと。僕はインターネットをやりすぎたと思うんです。
4Gamer:
テーマとするため俯瞰視点から見たことで,概観を捉えきってしまった感じですかね。
にゃるら氏:
今の僕としては,リアルを本当に楽しんでから少しインターネットに戻ってくるほうが,よりインターネットを楽しめるし,人生も少し豊かになると思うんですよ。
もちろん、僕にとってインターネットはメチャクチャ楽しかったですし、それが必要な時代だったりもして,また今の若者には必要だったりもするとは思うんですが,少なくとも30代になる僕らは少し休んだほうが良いんじゃないかと。まあ「リアルで豊かにならなければいけない」ということもないので,このままインターネットを続けて,どこまで大衆とつながった状態で自意識を育てていけるか挑戦したい人も良いとは思うんですけど――そこまで乗りこなしていける自信が僕には無いんです。
どちらかというと,現実で向き合える範囲の人達と自意識を内的に育ててから,再挑戦したいと思っています。
――幸福に生きるためには,私は世界と一致せねばならない。そしてこのことが「幸福である」と言われることなのだ。
(ウィトゲンシュタイン「草稿」1916年7月8日)
4Gamer:
もし“次のゲーム”を手掛けるとしたら,ニディガを継承したものではなく,それもまた現実に基軸を置いたものになる感じですか。
にゃるら氏:
そうですね。少なくとも,自分の中の「美少女ゲームとインターネットの融合」は完全に出し切ったつもりなので,そこからは少し距離を置いた作品になるだろうと思います。美少女やインターネット自体が出てくる可能性はありますが,それをメインのテーマにするつもりはありません。
ニディガでやりきったので,次のものを何を見つけるべきかと悩んだことに起因しているんですけど,今の僕が興味を持っていることは“宗教”なんですよ。宗教と言っても,文化的な面であるとか,人々は何を信じていると気持ちよく生きていけるのかとか,そういう部分での興味があって。それをテーマにできたら嬉しいですね。
4Gamer:
日常の規範や価値観の基準といった意味での,宗教や信仰ということですね。
にゃるら氏:
世界中にファンができたことで,いろんな人からリプライが来るんですけど,グローバルな問題についての悩みの相談が多いんですよ。政治的な話とか,国と国との問題とか。日本だと,親がどうとか,学校がどうとかいったものが多くて,それも大事なんですけど。
そういったグローバルな視点での問題というものに自分が直面するとは今まで思わなかったんですよね。そこに対して答えなければいけないと思って,いろんな文化を知ろうとしています。
――祈りとは世界の意義についての思想である。
(ウィトゲンシュタイン「草稿」1916年6月11日)
停滞した国内美少女ゲーム市場――可能性を掘り起こせ
4Gamer:
外発的なものとは別に,にゃるらさん自身にとって“やりたいこと”のビジョンなどはありますか。
にゃるら氏:
“美少女ゲームのゲーム性”という部分に挑戦したい気持ちはあります。
美少女ゲームって,どんどん単なる紙芝居になっていっているじゃないですか。そんな中で「ドキドキ文芸部!」(Doki Doki Literature Club!)が出てきて,あれは本来なら日本人がやるべきだったと思うんですが,海外に先んじられたので大きなショックがありました。そのうえ,「なにくそ」と躍起になってドキドキ文芸部!のフォロワー的な作品を日本人が作らなかったことにも大きな憤りがあったんです。
にゃるら氏:
さらにニディガを出しても,美少女ゲームのメーカーは紙芝居やソシャゲといった方向に流れていった。それはそれで,たぶん愛すべき文化のひとつだとは思うんですけど,やっぱり僕はセガサターンで遊んだ菅野ひろゆきさんのギャルゲーが本当に大好きなので残念に思います。
アリスソフトのゲームもそうですが,美少女ゲームのゲームシステムって,ヒロインというものを深く知るためのものだと思うんですよね。それを失ったら美少女ゲームの先は無いはずなので,誰かがやらなければいけないのではないかと危機感を覚えています。
4Gamer:
ギャルゲーや美少女コンテンツの表現性という部分においては,今や中国や韓国のほうが挑戦的かつ盛んですからね。
にゃるら氏:
最近だと「ブルーアーカイブ」(iOS / Android)なんかすごいですもんね。「日本の萌えコンテンツをすべて上回っているじゃないか」ということがよく話題になりますけど,本当にその通りだと思います。
まあ,それこそ二ディガのショートアニメもYostar Picturesさんに作ってもらったんですが。彼らはすごく超てんちゃんを好きでいてくれて,それに日本の萌え文化や美少女文化が本気で好きで,研究しまくっているんですよ。自分は萌えの何が好きなのかを分かっていて,それを表現しているんですよね。
夢充夜 pic.twitter.com/FRzzrUjqeX
— ?超絶最かわ?てんしちゃん (@x_angelkawaii_x) May 7, 2023
にゃるら氏:
逆に,たぶん日本人はそういったものを見慣れてしまって,直球な萌えというものを作れなくなっているんです。感覚が飽和していて,美少女というものに向き合う気持ちが薄れてしまっている。
だいたいの作品が“美少女カタログ”と化していて,「いっぱいいる女の子の中から,あなたの都合いい女の子を1人か2人選んでね」っていうスタイルが流行っているじゃないですか。
4Gamer:
キャラクタービジネスの市場が成功しすぎましたね。アイコニックであることばかりが重要視されるようになってしまった。
にゃるら氏:
それ自体は問題ないんですけど,そればかりになってしまうと,美少女ゲームの「1人の女の子と向き合って,女の子と共にプレイヤーも成長していく」という体験も無くなってしまうじゃないですか。
それは20年前の美少女ゲームとか,あるいはセカイ系のアニメとかが担っていたことだと思うんですけど,それが今は無くなってしまった。一筋縄ではいかない,ちゃんとした感情のある女の子と向き合うという体験を,どこかで誰かが与えないといけないんじゃないかと思うんですよ。
4Gamer:
分岐点をひとつ遡って,改めて別ルートに入るべきだと。
にゃるら氏:
それこそが今の日本から発信すべきことで,まだ韓国や中国でもできないことだと思っています。
美少女キャラクター自体が限界で,今後も一定数は残り続けていくにしても,かなり価値を失っていると感じているんです。「美少女がいる」というだけでユーザーが反応することや,美少女キャラクターが「可愛い」だけで戦えることは,もうほぼ無いでしょうね。なので,美少女もので新たに何かをやるならば,世界観から構築して美少女を目立たせていかなければならない。
4Gamer:
そうですね。昔のギャルゲーみたいな,とにかく主人公を好きになる女の子みたいなものは,今だとやっぱり食傷気味な感じですし。その一方で、ドラスティックな要素を組み込んでもそれを消費されて終わりだし,やっぱり甘ったるい風味がなければそもそも食べられないし……みたいな,すごくバランスが難しい状況にあると思います。
にゃるら氏:
バランスが難しいですし,あらゆるコンテンツのユーザーに女性が増えたので,女性が共感できるような闇を持たせてバランスを整えたほうが,男に都合の良すぎるものよりも良いキャラクターができるはずです。これからの課題として,オタクは理想の美少女キャラクターを作る際に,ちゃんと現実の女性を見るべきなんですよ。かつては逆だったんですけど,これからは挑戦しないといけないでしょう。
4Gamer:
美少女ゲーム全般に辛口気味ですけど,そんな中で「これはちょっと他とは違うぞ」となったタイトルなどはありますか。
にゃるら氏:
いわゆる美少女ゲームではないんですけど「Milk inside a bag of milk inside a bag of milk」ですね。ああいったホラーチックなノベルゲームが,一部にしてもウケているのは,すごく救いになりました。ノベルゲームというもの自体,「かまいたちの夜」からしてアングラやホラーと相性が良いですからね。
1990年代の美少女ゲームって,「To Heart」は飛び道具的なものでしたが,基本的には「雫」や「痕」みたいにホラーと文脈がつながっているじゃないですか。ニディガもドキドキ文芸部もホラー要素があるし,それこそ「serial experiments lain」の小中千昭さんだって,「恐怖の作法」という本を出すくらいホラーにこだわっている人ですから。ノベルゲームの、文字で演出で表現される陰湿な画面という良さに立ち返っているのは,良いことだと思いました。
4Gamer:
ただ,やっぱりMilk inside a bag of milk inside a bag of milkも日本でなく,ロシア産なんですよね。
にゃるら氏:
とくにビジュアルは,まさにロシアのイメージである赤と黒を大胆に使って作られていますよね。これは日本じゃできないですよ。そういったノベルゲームに対する情熱や挑戦というものが,まだ海外に残っているのは,ある意味で勝算とも感じられますね。
日本のノベルゲームはソシャゲに向かいましたけど,まあランスがちゃんと完結したので,なんとなく“幕が下りた”感じはしています。美少女ゲームの文化が,支え続けてきたランスに集約されて,綺麗に終われたような。
「ランス」シリーズ全作品が初めて入手可能な状態に。「ランス10」の最高の体験のために,イチから遊ぶなら今!
2023年4月13日,「ランス」シリーズ全作品が購入・および配布状態となったことを,元アリスソフトの開発者であるTADA氏が自身のTwitterでアナウンスした。プレイ不可だった「ランス02」がTADA氏のブログで無料配布されたことで,初めて全作品が入手可能になったという。
4Gamer:
美少女ゲームって、だいたい会社からスタッフが抜けていって尻すぼみになるか,ひどいタイトルが出てIPやブランドが見向きされなくなるかみたいな,残念な終わり方をすることが往々にしてあるので,綺麗に完結できたのはそれ自体良いことですしね。
にゃるら氏:
戯画さんは経営を畳んじゃいましたね。アリスソフトもソシャゲに移行していってますし。
ただ,市場的にはノベルゲームがどうこうよりも,インスタントなエロが増えすぎたというところが大きくて,責任みたいなものはいろいろなところにあると思います。エロの需要を簡単に満たせるというのも,それはそれで面白い時代だと思うんですが。
次をやるならゲームの本質性へのアプローチ(ただし遠回りで)
4Gamer:
ちょっと話を戻しまして,美少女に限らず「最近ハマっているゲーム」だと,どういったものをプレイされていますか。
にゃるら氏:
最近は,液晶をIPSに載せ替えたゲームボーイアドバンスで「メイド イン ワリオ」や「リズム天国」をやっています。あと「悪魔城ドラキュラ」シリーズですね。
メイド イン ワリオやリズム天国は,電源を入れたらすぐにゲームが始まるし,基本的には音楽にノるだけで難しいことが無いので,ゲームとして本質的ですごく好きなんですよ。つんく♂さんがリズム天国をプロデュースしたのって,「音ゲーって譜面を見ることが多いけどリズムにノるゲームじゃないよね」と思ったことがきっかけだったそうなんです。それって,やっぱり音楽の本質が分かっているからできたことですよね。
4Gamer:
譜面通りの演奏でなくプレイヤーのグルーヴ感を鍛えるみたいな,そういった話でしたね。
にゃるら氏:
メイド イン ワリオも,たくさんのミニゲームをこなしながら少しずつ巧くなっていくところが,ゲームの本質性を捉えていると思うんですよ。過剰な要素を削りに削ったと言うか。
それはゲームとしてすごく正しいことだと思うんですが,インディーズゲームとしては,プロデューサーの言葉を借りると「正しいものを作ったら絶対に負ける」んです。正しいものなら,任天堂やソニーが作ったほうが絶対面白いですから。
なので「インディーズゲームは何かの需要に特化するか,怨念を込めるかだ」とプロデューサーが話していて,これからのインディーズゲームも何らかの怨念の込められたものがいっぱい出てくると嬉しいですね。ノベルゲームが可能性を持っていた頃に戻ってみたい人は,もう一度怨念をぶつけてほしいと思っています。
任天堂のゲーム,それこそ「ゼルダの伝説」みたいなものに何らかの形で勝てるゲームなんて,インディーズゲームだと飛び道具に頼らないといけないですから。飛び道具って,何らかの個性や癖(へき)が無いと絶対に生まれないもので,それらは怨念から生じるものですし。
4Gamer:
インディーズゲームで“優等生”を狙うと,専門学校の卒業制作みたいなものになりがちですね。
にゃるら氏:
それの発展として、最近「Slay the Spire」(PC / Mac / PS4 / Nintendo Switch / Android / iOS / ANALOG)を遊んでいるんです。もともと僕は「モンスターファーム2」や「ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド」から人生が始まったと思っているくらいなので,ステータスを細かく管理して調整するゲームが好きなんですよ。その究極的なところのひとつがSlay the Spireだと思っています。シンプルにゲームとして面白いですしね。
Slay the Spireはインディーズらしい尖り方をしているゲームなので,自分の次の挑戦としては,そういったところから遠回りしながらゲームの本質に挑戦できればと思っています。そこはニディガでは意識していなかった部分なので。
男色ディーノのゲイムヒヒョー ゼロ:第535回「はみ出したものこそ楽しもう」
自分で勝手に作った枠から外れた何かに接したとき,あまり好意的な捉え方ができないことは,誰にでもあるもの。男色ディーノ選手は今週,その枠からはみ出したものにも面白いものがあると,「Slay the Spire」をプレイして気付いたそう。今週の「男色ディーノのゲイムヒヒョー ゼロ」はそんな話題です。
にゃるら氏:
ウメハラさんも言ってましたが,ボタンを押したら殴るとかの反応があって,その操作精度を上げていって,クリアできるようになるというのが,ゲームの面白さの本質だと思います。いちおう僕もゲームクリエイターと呼ばれる立場になった以上,そういったところも考えていこうとしているんです。僕はセガサターンで美少女ゲームをプレイしていたので,キーボードのキーを長押しするよりもボタンを押して進めていった方がストーリーとヒロインに感情移入できると,身をもって知っていますから。
4Gamer:
私もドリームキャストで「Piaキャロットへようこそ!!3」などをプレイしていたので,よく分かります。
にゃるら氏:
ああいうタイトルってミニゲーム要素が入ったりするじゃないですか。そういう一見くだらない遠回りも,ヒロインと向き合うための本質的な要素だから入っていたと思うんですよね。
4Gamer:
昔流行った,ご褒美CGを見られるFlashのブロック崩しなんかもそうですよね。ただ絵を見るだけなのに,なんでブロック崩しをやらなければいけないのか。でも,やっぱりそこは必要なんだだという。
にゃるら氏:
苦労とご褒美,それがゲームとして当然のことですよね。その意味では超てんちゃんって,苦労した割にはプレイヤーを裏切ったり,病んで破滅したりと飛び道具的なところが多かったので,僕の中では今後,禁じ手になるでしょうね。そこがウケたところもあるとは思うんですが,同じ手が通じるのは1回限りでしょうから。
4Gamer:
これは完全に興味本位なのですが,ご趣味である怪獣や特撮といった方面で何か書かれる構想などは無いのでしょうか。山本 弘氏のような方向性もアリなのではと勝手に思ったりしているのですが。
にゃるら氏:
すごく好きな分だけ,簡単じゃないことも見えていますから。とくに僕が好きな特撮って,あまりCGに頼らない時代のものなんですが。ちょっと老害的な感じになっちゃいますけど,CGと特撮の中間点で一番綺麗なものを作れていた平成ガメラ以降,どうしてもCG主体では迫力の面で超えられていないと思っていて。「ガメラ3 邪神覚醒」の渋谷がガメラに壊されるシーンとか、たぶんCGだとできないんですよね。
4Gamer:
実写にナパーム(爆発効果)と放り投げた人形を合成したカットですね。あれは確かにアナログならではの質感がありますし,CGで表現するにもコストの問題から難しいシーンです。
にゃるら氏:
相当レベルの高いCGを作れる人じゃないと,特撮に関して新しいものを作るのは無理ですし,並大抵の難度じゃないと思います。それこそ東映や東宝がやるべきものですね。今のところ,特撮は視聴者となる以上はないでしょう。ただ,最近のスーパー戦隊は毎年新たな挑戦をしていて,かなりネット受けが良くなっているので,何らかの形で自分も関われる可能性はあるんじゃないかと,ちょっと思ったりはしています。
4Gamer:
挑戦というか,けっこう常軌を逸していますからね。
終わりゆくインターネットと,生きるべき現実
4Gamer:
現在における,ニディガに関するご自身での総括はどのようなところでしょうか。
にゃるら氏:
今の自分が表現したいことはノベライズにあるので,次の大型企画まではアンソロジーやコミカライズ,あるいはファンアートで,いろんな作家さんによるニディガの解釈を見てみたいですね。運の良いことに,いろんなクリエイターさんがニディガを好きでいてくれて,企画を持ってきてくれたりもしますし。
ニディガは露悪的で反社会的で,作ったやつの倫理観を疑うゲームなのは間違いないんですけど,自分としてはオーバードーズや自傷,病みなどがあっても,それを茶化すことによって人は強く,しぶとく,インターネットで生きていくことができるというのを描いていて,それにちゃんと共感してくれる人達がいて,すごく嬉しく思っています。
今の思春期の若者達って,何を目標にすれば良いのかが見えにくいと思うのですが,そこで超てんちゃんは分かりやすい偶像のひとつになりうると思います。実在しないからこそ,「もしこうなれたら」というヒーローやヒロインとして見ることができるんじゃないかと。
にゃるら氏:
そこにおける超てんちゃんの正しい振る舞いとしては,若者に向き合うことだと思うんですよね。でも,あめちゃんの人格としては,自分を信仰してくれる女の子達をちょっとバカにしている部分があったり,それはそれとして好きな部分もあったりするので,単順にシンボルとなるのも違うと思うんですよ。自分としては,超てんちゃんはインターネットの救われない人達全員を救う天使であってほしいですから。
なのでYostar Picturesさんのショートアニメでは,30代無職の男性を助けるという話にしました。それに,ゲーム本編の超てんちゃん/あめちゃんという思春期の少女を救ったのは,匿名のおじさん達のしょうもないレスだったりするわけです。そこからは外れたくないと思っています。
4Gamer:
ニディガに関しての反省点や,やり残したと思うことなどはありますか? こうお聞きしつつ,「全力投球したから悔いは無い」といった感じかなと思ったりもするのですが。
にゃるら氏:
いえ,やり残したことは無数にあると思っています。逆に,それが入らなかったからこそ,ちょうど力が抜けて良い感じになったんじゃないかと思ったりもしていて。
「ニディガは思想が強い」というレビューが良くも悪くも多いんですけど,たぶん僕は本当に思想が強いんですよね。僕は自閉症スペクトラムの重度なほうだと診断されているんですが,それで思想が強いし,しかも曲げないんですよ。なのに僕の根本的な部分はものすごく暗いところにあるから,ニディガの暗いシーンは本当に暗すぎる描写になっちゃったんです。
プロデューサーが,そういった部分は深掘りしない限りは見えないようにカバーしてくれたんですが,もしそれが無かったら,ただただ重々しいものになっていたと思います。そこは反省点ですね。
なので,もう少し僕が健康にならないと,これ以上は重い物が生まれるばかりで,そこに編集者を介さない限り,本当に一部の人だけにしか向いていないものになってしまうんです。30代に向けての挑戦としては,もう少し明るいものを入れつつ,ちょうどいい案配を目指していきたいなと。根の暗さだけじゃなくて,僕が抱いているいろんなコンプレックスを少しずつ払拭していくほうが,今後の人生が楽しいんじゃないか,見え方が変わるんじゃないかと思ってます。
4Gamer:
悪評に言及するのも申し訳ないのですが,「にゃるらはゲームで成功しているのに,なんで暗いことを言い続けているんだ」みたいな話を目にすることもあります。そこはやっぱり,根源的な部分だからというか。
にゃるら氏:
根源ではありますけど……。それは見え方の角度によりますよね。どんな状況でも苦しいことや哀しいことってあるじゃないですか。ヒットしたからこその重圧はありますし,関わる企画や,その締切もメチャクチャ増えました。しかも僕はニディガに関することは全部に触れようと思っているので,それを避けることもできないんです。プロデューサーに助けを求めたりもするんですけど,それにしても締め切りが無くなりはしないですし。
――幸福な世界は不幸な世界とは別ものである。
ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」六・四三
(岩波文庫 / 訳:野矢茂樹 より引用)
4Gamer:
インターネットは双方向性メディアやシェア文化などと言われますが,さすがに人間の考えや気持ちを共有できませんからね。
にゃるら氏:
プロデューサーもインターネットが好きなタイプなんですが,「娘にはSNSをやらせたくない」と言っています。TwitterやFacebookのスタッフも同じようなことを言うらしくて,結局インターネットが好きな人ほど,自分の好きな人にはインターネットをやってほしくないわけです。
そういった状況が続いた場合,次の世代の人達は,この混沌としたインターネットにいる意味が無くなってしまうと思います。僕らの世代に「テレビを観る人は一定数いる」みたいに,「インターネットとかいう,大人がなんかやってる汚い場所」というイメージが付くんじゃないかと。そもそも,インターネット上の誹謗中傷などが整理されてきて,綺麗な場所になってきているじゃないですか。でも,綺麗な場所って面白くないわけです。
それに,人間って現実で他人と出会って何かをするほうが楽しいんですよ。コロナ禍が明けたら,その良さを噛み締めた若者達が現れるはずなので,もしかしたら膨らみすぎたインターネットが縮小していくかもしれないですね。少なくとも,現状の煮詰まった感じは減っていくと思います。
4Gamer:
昔の意味でのインターネットや,古くからのインターネットカルチャーが,だんだん解体されていっている印象はありますね。それに替わって,DiscordやPixivみたいな個々のサービスで小さな集落が形成されている感じで。
にゃるら氏:
たぶんインターネットというものは,もう“やりきった”んでしょうね。また「何を勝手に代表面してインターネットを終わらせてるんだ」と思う人も出てくるかもしれませんが,こう言っておく価値はあるかなと。
あめちゃんの最初の言葉でも「ホントにインターネットって死臭も腐臭も漂い続けている現代社会が生み出した地獄そのものだよ」と言っているんですけど,正直SNSは煮詰まっているなと以前から思っているんです。逆に,超てんちゃんがTikTokで流行ったので見てみたんですけど,あそこは昔のニコニコ動画みたいな楽しさがあって,良い意味で若者達が喧嘩したりしているんです。もちろん治安は悪いんですけど,そんなのニコニコ動画だって悪かったわけですよ。そんなニコニコ動画を楽しんでいたオタク達が30代になったとき,10代〜20代が遊んでいるTikTokを蔑んだりしているのは面白い構図ですね。時代は繰り返すんだなと。ある意味「望んでいたインターネット」は今ではTikTokにあると思います。
4Gamer:
ただTikTokは,上の世代からすると全然馴染めなさそうなんですよね。私も昔は匿名画像掲示板に夜通し張り付いていろいろやっていたクチですけど,TikTokで何かやれそうな気はしなくて。
にゃるら氏:
「35歳以降になって発明されたテクノロジーは自然に反するものと感じられる」っていうダグラス・アダムズの法則じゃないですけど,それにほぼ近いものはありますよね。でもTikTokやInstagramの一見キラキラした世界というのも,ちゃんと覗いてみればドロドロしていたり,昔のニコニコ動画と同じ面白さがあったりするんですよ。まあ,無理して触る必要もないかと思うので,僕もTikTokは本当にちょっとだけ見て終わったんですけど。
4Gamer:
そういう新しいコミュニティで言うと,VRChatにご興味があったりはしますか?
にゃるら氏:
VRChatをやっている知り合いは多いですし,僕もVTuberのねこますさんの記事を書いたことからやってみたりもしました。あれも面白いとは思うんですけど,いろいろ煮詰まっている場所なので,馴染める人しか馴染めないタイプのフロンティアだと思います。触りにくい場所になっていることも含めて好きですけど。
4Gamer:
結局のところ,インターネットをやめて身の回りに目を向け,現実の幸せを探したほうがベターだと。
にゃるら氏:
僕は,窮極的には「人は幸せを目指すべき」だと強く思っているんですよ。ニディガのファンって,やっぱり超てんちゃんが不幸を背負っているから感情移入してくれているとは思うんですけど,僕が好きなキェルケゴールは「死に至る病」で,自分が幸せになろうと思わなかった人は、結局不幸になり続けるし,他人も不幸にし続けるといった話をしているんですよね。
――悪魔的な絶望は、絶望が最もその度を強めたところの形態であり、ここでは人間は絶望的に自己自身であろうと欲するのである。この絶望のなかでは人間はまたストア的な自己自身への溺愛によってないしはまた自己神化によって彼自身であろうと欲するものでもない、いな、そこでは彼は自己の存在を憎悪しつつしかも彼自身であろうと欲するのである、惨めなままの自己自身であろうとするのである。
キェルケゴール「死に至る病」三 この病(絶望)の諸形態
(岩波文庫 / 訳:斎藤信治 より一部抜粋)
にゃるら氏:
それを自分なりに解釈して,INTERNET YAMEROで「ほんとうは幸せを知っているのに 不幸なフリやめられないね」という歌詞を書きました。SNSって不幸なふりをすればするほど簡単に“上”へ行けるツールだと思うんですよ。
4Gamer:
インセルとか白ハゲ漫画とかそうですよね。“ふり”と言うのも何ですけど,ネガティブなものであれ特定のイズムに傾倒するほど支持や連帯を得られる。
にゃるら氏:
でも,それを止めて本当に幸せなことに向き合ったとき,魂と呼ばれるもののステージが上がるのだと思います。その一番の近道は,インターネットをやめて,現実と向き合ってみることじゃないでしょうか。完全にやめなくても,ちょっと距離を置くべきですね。
なのでシメとしては,ウィトゲンシュタインの「幸福に生きよ!」といったところでしょうか。
4Gamer:
“素晴らしき日々”を生きるべき,という感じですね。ありがとうございました。
――「幸福に生きよ!」ということより以上は語りえないと思われる。
(ウィトゲンシュタイン「草稿」1916年7月29日)
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