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[GDC 2021]「Hundred Days」は,頑固なピエモンテのワイン職人気質が生み出した,ニッチなワイン生産シム
「Hundred Days - Winemaking Simulator」公式サイト
本作を開発したBroken Arms Gamesは,ピエモンテの州都であるトリノの南東,リグーリア州との州境に近い,人口2万人のアックイ・テルメという町で2013年に設立された。すぐそばには,2000年にわたって人類と自然が相互作用しながら共存してきたという理由で世界遺産に登録された,「ピエモンテの葡萄畑の景観:ランゲ・ロエロ・モンフェッラート」があり,イタリアを代表するワインの産地だ。
また,ゲームタイトルの「100日間」とは,季節や木の健康の微妙な変化を教えてくれるブドウの葉の一生を意味する言葉とのこと。
ワイン学の専門家,オエノロジストとしての実体験をゲームに
ワイン学の専門家であるオエノロジスト(oenologist)の学位を取得しているのは,ゲームディレクターのイヴス・ホーラー(Yves Hohler)氏で,父の時代にスイスからピエモンテに移り住み,ワインについては何も知らない状態から熱心に学んで,近隣のワイン農家も認める存在になったという。
イタリアでは,第二次世界大戦後にブドウ栽培を止めて町に出る人が増えたという話を筆者は読んだことがあるが,ホーラー家が定住したのはそのために生まれた空き家だったのか,暖房もないような古い民家だったという。
「Hundred Days」は,そんなホーラー氏の自伝でもあるとグラッタローラ氏は語り,「本当のワイン作りを,ゲームを通じて多くの国の人々に伝えたい」というホーラー氏の情熱が,開発メンバーにも伝わったという。「Hundred Days」の主人公であるエマは,ワイン作りのイロハも知らないでワイナリーを始めたアメリカ人という設定だが,ゲームの設定とホーラー氏の過去は,ほぼ同じだ。
ちなみに,ホーラー家は現在もワイナリーを営み,ホーラー氏もゲーム開発と家族のビジネスを両立させているという。バルベーラの赤ワインを中心にした「Hohler」ブランドのワインのラベルには,「Ostinata」(頑固)というモットーが書かれているが,これは,ワイン作りをあきらめなかったホーラー家の短い歴史を語ると共に,ピエモンテの人々の気質を表わすものだという。
グラッタローラ氏は,「3年以上かかったHundred Daysをなんとかリリースできたのも,我々の“あきらめない”という頑固さだったと思う」と語った。
二ッチなテーマを貫く頑固なピエモンテ人気質
Broken Arms Gamesが,「Hundred Days」の開発を開始したのは2018年5月で,翌2019年2月には「バーティカルスライス」(コンセプトを具体化した,α版以前の段階)をまとめ,パブリッシャを探すために「GDC 2019」に参加した。複数のパブリッシャが興味を示してくれたものの,手応えはあまり良くなく,「どんなユーザーを想定して制作しているのか」「あまりにも二ッチすぎないか」といった質問が繰り返された。
「100日間」という,ワイン作りを知る人にしか分からないような暗号めいたタイトルの評価も良くなく,変更を助言されたものの,「頑固」だった彼らはタイトル変更の代わりに「Winemaking Simulator」という副題を付けたという。
さらにパブリッシャ達が危ぶんだのは,ゲームがワインを扱ったものであることから,レーティングが「大人向け」に設定されてしまうことだった。「ゲーム内にワインを飲むシーンは1つもない」と,あくまでもワイン醸造にこだわったゲーム性を強調するグラッタローラ氏だが,酒類というテーマがレーティングにネガティブに影響することはあらかじめ認識しており,その点を勘案してじっくり企画を練ったという。
Steamのストアページをオープンし,ソーシャルネットワークサービスなどで「Hundred Days」を正式アナウンスしたのは2019年7月15日だったが,これを記事にしたゲームメディアは1社だけだったという。彼らは,ワイン好きが集まりそうな大型掲示板Redditのサブページ(サブレディット)を探してそこに書き込みを行って対象となりそうなゲーマーを探し,また,中国語と韓国語のサポートを発表した。そうした努力や,1か月後に開催された「gamescom 2019」でのブース展示を経て,オープン当時300ほどだったSteamのウイッシュリストは増え続け,目標だった2000を上回る3500に達した段階で,多くのパブリッシャが興味を示し始めたという。
日本語対応が決まったのがいつ頃なのか明らかではないが,4Gamerが初めて「Hundred Days」を記事にしたのは,「Steam Game Festival」で本作の日本語紹介ページが公開された2020年6月のことだった。面白いのは,日本にはワイン好きのゲーマーが多いのか,ウィッシュリストに登録していたユーザーの7.7%が日本人だったそうで,これはアメリカ,中国,ドイツ,ロシアに続く5位となる。
目指すはワイン王! ブドウ農園経営シム「Hundred Days - Winemaking Simulator」の最新情報が公開
Broken Arms Gamesが,PC向けソフト「Hundred Days - Winemaking Simulator」のSteamストアページをオープンし,その最新情報を公開した。本作は,ブドウ農園の経営者として,市場の動向をチェックしながらブドウを栽培・収穫し,ワインを生産して会社を大きくしていく経営シムだ。
情熱と科学,愛情という点でワインとゲームは同じ
グラッタローラ氏は,「Hundred Days」のゲームデザインについても語っており,手持ちのカードを配置してパズルを解いていくといった感じのゲームシステムは,ワイン生産者がコントロールできない微妙な要素を表現したものだそうだ。また,テックツリーを使ってワインの製造技術を向上させていくというシステムは,ワイン作りを知らないゲーマーとって難しかったようで,「gamescom 2020」で公開したデモのフィードバックの多くが,「オエノロジーについて,詳しく知りたい」というものだった。そのため,助言をくれるさまざまなキャラクターを作り出した。
とはいえ,限られた予算と,10か国の,それぞれ長さの異なるテキストを限られたスペースにはめ込むという作業は,Broken Arms Gamesという小さなスタジオが経験したこともないようなきつい作業だったという。
ナラティブデザイナーであるグラッタローラ氏にとって,ゲームの物語の中で訴えたかったのは,最近の社会問題でもある「ブレインドレイン」だ。貧しい国や地方から有為の人材が流出し,村は過疎化し,あるいは国家としての生産基盤が揺るがされている。インドや東南アジアで起きている人材流出はしばしば話題になるものの,例えばお膝元のイタリアでも,ほかの裕福なEU諸国への人材流出が懸念されていると彼女は説明した。
過疎化を防止するため,日本の同様,希望者に無償で空き家を提供したり,地場産業への就職を斡旋したりする政策がイタリアでも行われており,若者達の帰農も増えつつある。ゲームの主人公エマも,遠い親戚から舞い込んできたワインビジネスに興味を持ち,土地を売るより自分でワイン作りをやってみようとピエモンテに移ってきたという設定だ。地元の人達は「最初の秋までにはブドウ畑を投げ出して去っていくだろう」と踏んでいたが,やがてあきらめない頑固なエマに共感して,暖かく迎え入れることになる。
旅行代理店で働きながら,ピエモンテの王と呼ばれる偉大な赤ワイン「バローロ」に情熱を注ぐソムリエのソフィー,ワイン専門誌に投稿するジャーナリストのカルロ,さらに芸術家のアガタ,小説家のチェザレやオエノロジストのチトリコら,エマにさまざまな助言をしてくれるキャラクター達は,すべてこのピエモンテに実在した歴史的な人物をモデルにしているそうだ。
「そして5月,我々のHundred Daysはボトルに詰められてラベルを貼られ,皆さんにテスティングしてもらうために出荷されました。ゲーム作りはワイン作りと似ています。どちらも情熱と科学,そして愛情から生まれるのです」とセッションを結んだグラッタローラ氏。5月の販売本数は1万2500本で,そのうちの89.5%がSteamによるもので,残りの10.5%がEpic Gamesストア,GOG.com,Stadia,そしてItch.loだったという興味深いデータも付け加えた。
わずか6人という小さなスタジオであることから,完全な状態のリリースではなかったものの,6月までの1か月間で7回のパッチをリリースし,バグの修正やバランス変更,ローカライズの不具合などを解消してきた。現在はDLCの開発も進められており,南アフリカなど,異なる土地を舞台にしてワイン作りの面白さを伝えていく予定だ。彼らの伝道がこれからも続いていくのは,間違いないだろう。
「Hundred Days - Winemaking Simulator」公式サイト
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