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印刷2023/12/27 13:00

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[CEDEC+KYUSHU]「『グランツーリスモ7』におけるサウンド制作手法」聴講レポート。シリーズのサウンドの歴史を振り返り,最新作の表現や技術を解説

 2023年11月25日に福岡・九州産業大学にて開催されたゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC+KYUSHU 2023」で,「『グランツーリスモ7』におけるサウンド制作手法」と題されたセッションが行われた。

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 このセッションでは,「グランツーリスモ」シリーズにおけるサウンド制作の歴史を振り返りつつ,最新作である「グランツーリスモ7」(PS5 / PS4。以下,GT7)のサウンド表現をどのように実現したかについて,解説がなされた。登壇したのは,ポリフォニー・デジタルのサウンドチームに所属するサウンドデザイナーの木村雅男氏,オーディオエンジニアの竹内大祐氏と皆川孝志氏の3名だ。

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第1部:サウンドレコーディング,データ制作,実装工程


 セッションの第1部では,木村氏がGTシリーズのカーサウンドレコーディングの歴史や,カーサウンド制作の工程などを紹介した。

 木村氏によると,GTシリーズでは1997年にリリースされた初代GTから最新のGT7に至るまで,世界各地で1700台以上の車両のサウンドをレコーディングしてきたとのこと。その25年以上におよぶ歴史の中では,テクノロジーの進化とともに機材やレコーディング手法も変化したという。
 具体的には,初代GTではDAT(Digital Audio Tape)を使用してエンジン音と排気音をレコーディングしていたが,そののちマルチチャンネルレコーダーの登場により,車内音や吸気音などもレコーディングが可能になったことが紹介された。

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 また初代GT開発開始時に試されたマイクは,SHURE SM57やSENNHEISER MKH-60,NEUMANN U87などだった。
 その中で実際に採用されたのはSENNHEISER MKH-60で,その理由は指向性が鋭く最大音圧レベルが高いため,車両のレコーディングに適していたからとのこと。マルチチャンネルレコーダー導入後も,録音するコンポーネントやマイクの選定には試行錯誤を繰り返し,並行してマルチチャンネル対応のツール制作にも取り組んだそうだ。

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 GT SPORTの開発にあたっては,2015年と2019年の2回にわたり,50種類以上のマイクをテストしたことも明かされた。それらのテストでは,さまざまなマイクのサウンドの違いや特性などを評価する貴重なデータが取れたという。使用したマイクの種類はコンデンサーマイク,ダイナミックマイク,リボンマイクなどだ。

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 たとえばエンジンのレコーディングではSCHOEPS MK41やNEUMANN TLM103,排気音のレコーディングではリボンマイクのRoyer Labs SF24なども試したとのこと。また車内のレコーディングには,ダミーヘッドなども使用したそうだ。同じマイクでも違う位置で何度もテストを行ってデータを取得。それらのデータはスタジオに持ち込まれ,ベストなマイクを選出するためのサウンドチームのディスカッションに使用された。

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選出されたマイクの使用位置およびメーカーと型番
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 カーサウンドのレコーディングは,日本やヨーロッパ,北米など各国の施設にて,クルマのパワー測定などに使うハブ式ダイナパックで車両に負荷をかけて行われる。また施設でレコーディングできない場合は,車両にマイクをつけて,コース上で車載レコーディングを行うそうだ。加えて,車内のインパルス応答データもレコーディングする。このデータは,車内の遮蔽感や低音感など臨場感を出すための重要な要因となるという。

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 レコーディングしたデータは,ミックスおよび編集する必要がある。木村氏によると,GTシリーズにおけるエンジンサウンドの基本コンセプトは,「レコーディング時に捉えたサウンドをもとにした,実車の個性と躍動感のあるサウンド」とのこと。

 ミックスに関しては,基本的に音量調整,周波数調整,ノイズリダクション,位相調整などをメインに行っている。車両によっては,まれにエンジンサウンドに物足りなさを感じる場合もあり,その際はハーモニクスエンハンサーやサチュレーターなどを使うこともあるが,サウンドを大きく変えてしまわないよう,過度なエフェクトは行わないようにしているそうだ。

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 GTシリーズのエンジンサウンド制作で使われているツールも紹介された。このツールの「ループ」では,マルチトラックのループ編集が行えると同時に,ツール上の波形から周波数解析を行って,車両エンジンの正確な回転数を算出できる。

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 「ウェーブフォーム」では,各回転のクロスフェードの範囲やクロスフェードカーブ,ボリュームなどを調整する。

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 「プロパティ」では,スロットル開度やエンジン回転数,エンジンの負荷などにボリューム,フィルター,エフェクトなどのパラメータをアサインし調整する。走行時のサウンドに一番影響が出る部分だそうで,木村氏は「調整時に一番長く見ている画面かもしれない」と話していた。

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 「カメラミキシング」では,プレイ視点ごとのサウンドの変化を設定する。そして「カスタムパーツ」では,チューニングパーツを装着したときのサウンドの変化を調整する。そのほか開発環境とこのツールを接続して,プレイ中にリアルタイムでパラメータの調整やデータの置き換えが可能であることなども紹介された。

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実際にツールを操作し,データを制作する動画も披露された
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マフラーを交換した場合のサウンドの変化も示された。ほかにもエンジンのパワーアップやターボ・スーパーチャージャーの装着時,トランスミッションの変化,軽量化などによりサウンドが変化する
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 ゲームに実装したサウンドのミックスについては,各コンポーネントのサウンドはエンジンの回転数やスロットルにないパラメータを紐付けてダイナミクスを調整している。また各視点ごとのサウンドは,トラックボリュームやフィルター,インパルス応答のウェット/ドライバランス,サラウンドパンニングを調整し,視点固有の変化を演出。またリプレイサウンドは,各トラックの音量のみを調整して,パンニングや減衰,カーブ,リバーブエフェクトなどは座標からリアルタイムに計算して変化させているとのこと。そしてチューニングパーツは,音の変化が分かりやすいことを念頭に,制作・調整をしているという。

ミキサー画面。自車サウンドやほかの車両のサウンド,レースの効果音,UIサウンド,BGMなどをバスでまとめて,エフェクト管理やその他の制御を行っている
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 プレイ中の路面情報をプレイヤーに伝えるタイヤサウンドにも言及がなされた。タイヤサウンドのレコーディングは,タイヤメーカーの協力を得て日本,アメリカ,北欧といった各地のテストコースにて行われた。アスファルトや砂利道,ダート,草路面,ウェット路面,雪場などのさまざまなシチュエーションで,多様なタイヤを使ったという。またタイヤの荷重加減に関しては,ドライバーとコミュニケーションを取りながら多数のパターンをレコーディングしたそうだ。

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砂利道やダートを走行しすぎて,タイヤがパンクしてしまうなどのアクシデントもある
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タイヤサウンドの実装画面

 そのほか効果音に関しては,衝突音はオブジェクトの材質や音の強弱によってバリエーションが豊富であること,各コース環境音はコース上に3D配置され,時間や天候変化によってサウンドを変化させていることも紹介された。また,DualSenseを振動させるための路面やタイヤのハプティクスデータは,基本的にシミュレーションベースで生成しているが,一部はサウンドデザイナーが作っているそうだ。さらにPS VR2限定コンテンツの「VRショールーム」用に,オブジェクトベースオーディオやアンビソニックスを使った3Dサウンドを楽しめる音場制作をしているとのこと。

第1部のまとめ
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第2部:エンジンシンシサイザー・AES


 セッションの第2部では,竹内氏がGTシリーズのエンジン音の一部に使用しているエンジンシンセサイザー・AES(Advanced Engine Sound)について解説した。それによると,AESはサンプリング波形を一切使わず,物理モデリング音源によりエンジン音を合成したそうだ。

 AESを開発したきっかけは,かなり以前から抱いていた「エンジン音を合成で作れないかというアイデア」にあったという。竹内氏は,GTシリーズには「リアリティを追求するために,あらゆるものをシミュレーションしたい」という思想があるとし,車両挙動やグラフィックスがより物理ベースになっていく流れの中で,サウンドも物理シミュレーション的アプローチを取り入れたいと考えるのは自然なことだったと話す。

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 またGTシリーズでは,可能な限り実車のエンジン音をレコーディングしてサウンドを制作してきている。そうしたサンプリング手法は実物のサウンドをありのままに記録できる一方,ビジョン グランツーリスモのような実在しない近未来の車両やレコーディングが困難な車両のサウンド制作には使えないという課題がある。しかし,エンジン音を合成で作ることができれば,そうした課題も解決できると言うわけである。

 さらに竹内氏自身も,CEDEC 2011にてバンダイナムコゲームス(当時)のスタッフが行ったセッション「エンジンサウンドシンセサイザーを通して見えた 次世代のインタラクティブサウンドデザイン」に,刺激を受けていたことが明かされた。

 「そもそもエンジン音とは何か」ということにも言及された。竹内氏は,まずクルマのエンジンが空気を取り入れてシリンダーの中で燃料を燃焼させ,排気ガスを出すというサイクルを1秒間に十数回から100回以上行う内燃機関であると説明。この内燃機関の排気音が主要なエンジンサウンドであり,エンジンシンセサイザーはこれを作り出すものとした。

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 また,排気音のほかに吸気音もあるが,一般的には騒音とされ市販車では抑えられているため,あまり聴こえることはないという。そのほかエンジン本体から放射される機械ノイズや爆発由来ノイズがあり,それらもゲームのサウンドとしては欠かせないものだそうだ。

 主なエンジンの形式も紹介された。もっとも一般的な往復ピストンエンジンは,シリンダーの配列により直列,V型,水平対向などに分けられる。またロータリーエンジンは,一部のクルマに採用されている。それぞれ構造に起因する特徴的なエンジン音を発する。

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 エンジンの排気システムの説明もなされた。一般的なエンジンでは,シリンダーから排出された高温高圧の排気ガスがそれぞれのパイプを通り,ひとまずエキゾースト・マニホールドにて合流する。合流した排気ガスはセンターパイプを通って車体の後方に流れていき,マフラーで騒音を小さくしたのち,車体後部より外に排出される。

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 以上を踏まえて,AESの概要があらためて紹介された。AESは,エンジン回転に伴う爆発音の生成と排気系の音響効果をシミュレートするエンジンシンセサイザーで,パラメータにより,直列4気筒やV型12気筒などさまざまな形式のエンジン音を合成できる。エンジン音合成にあたってはサンプリング波形は不要で,シンセサイザーをコントロールする入力は,エンジン回転数(RPM)とスロットル開度回の2つとなる。

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AESのシミュレーションモデル
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AESの開発環境
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AESのデモも披露された

 AESの長所と短所も,それぞれ3つずつ挙げられた。長所の一つは「ダイナミックな音色変化」で,エンジンの回転数を変化させると,単なるピッチの変化ではなく,音色も変化していくとのこと。アクセルを弱めた際にも,計算によって自然に,かつレスポンスよく音質が変化していくそうだ。
 また数十個のパラメータを設定して「さまざまなエンジン形式を表現可能」であることや,「メモリ使用量が少ない」ため,ロード時間の短縮などゲーム全体の軽量化に貢献する点も長所である。

 一方短所としては,「実車の音に似せようとしても限界がある」ことや「音色がやや人工的である」ことが挙げられた。また「CPU負荷はある程度高い」ことから,ゲームの動作に影響しないよう発音数を10音程度に抑える必要があることも挙げられた。

 竹内氏は,エンジン音を決定する要素の一つがエキゾースト・マニホールドであることにも言及。たとえばレース用車両に搭載されているエンジンのエキゾースト・マニホールドは各シリンダーにつながるパイプの長さが同じになるよう設計されているが,これにより排気ガスがスムーズに合流するため,エンジンのパワーが向上するとともに,サウンドも澄んだ音になるという。

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 また一般的な車両では,スペースの制約や設計上の理由から,各シリンダーとエキゾースト・マニホールドをつなぐパイプの長さが不揃いとなり,音についても濁った音質になりやすいそうだ。

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パイプの長さがそろっているとエンジン音の波形もそろう(上写真)が,パイプの長さがそろっていないと波形が乱れる(下写真)
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エンジンの気筒数によるエンジン音の特徴も示された
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第2部のまとめ
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3Dオーディオ,空間オーディオエフェクトへの取り組み


 第3部では,皆川氏がGT7での3Dオーディオへの移行と初期反射音エフェクト,方向別リバーブエフェクトについて解説した。

 皆川氏は最初に,PS5がシステムレベルで3Dオーディオフォーマットのアンビソニックスやオブジェクトベースオーディオ(OBA)をサポートしていることに言及した。これにより,従来の水平方向に限られたチャンネルベースオーディオ(CBA)と比べて,上下方向の音の表現が可能となり,より柔軟な音作りができるようになったとのこと。

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 GT7でもレース中にプレイヤーの真上を飛び交う飛行機の音や,クルマの屋根に雨が打ち付けられる音,ドローンリプレイカメラの真下を走るクルマのエンジン音など,上下方向の音響表現が必要な場面が多くあり,アンビソニックスやオブジェクトベースオーディオなどに移行することが望まれていたと語った。

GT7の3Dオーディオシステムの概要が示された
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 開発初期のGT7では,主に7.1chのチャンネルベースオーディオを前提として各効果音をレンダリングし,それらを適切なバスにまとめてルーティングして最終的にシステムに対して7.1chのオーディオ出力をさせるようにしていたという。
 7.1chでミックスされた自車エンジン音は,その音を直接担当するバスのplayer_carと,空間系オーディオエフェクトを担当するバスのworld_auxに出力される。他車のエンジン音とその他環境音に関しては,直接音を担当するバスのworld_directと,自車エンジン音と同じくworld_auxに出力される。

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 player_car,world_aux,world_directそれぞれの信号は,効果音のマスタリングを担当するバスのworld_mixに出力され,それがさらに7.1chのCBA Masterバスに出力される。またUIサウンドの交換音もこのCBA Masterバスに出力される。CBA Masterバスの信号は,最終的にPS5のシステム側に渡され,スピーカーやヘッドホンから再生される。

 3DオーディオをGT7に導入するにあたっては,それまで使っていた効果音マスタリング用のエフェクトを引き続き使うため,従来のチャンネルベースオーディオと同じように信号をバスにまとめられるアンビソニックスを中心にしたとのこと。UIサウンドなどは従来のCBA Masterバスに出力するが,自社エンジン音以外の効果音をまとめるworld_directと空間系オーディオエフェクトを担当するworld_auxは,アンビソニックスのバスに変更。それら効果音をマスタリングするworld_mixもアンビソニックスバスに変更し,アンビソニックスのMasterバスに出力する構成にした。

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 その上で,7.1chで作り込まれた自車エンジン音をチャンネルベースオーディオバスのplayer_carとアンビソニックスバスのworld_auxを経由させ,アンビソニックスバスのworld_mixに入力すれば,効果音に関するマスタリングエフェクトを引き続き使えるだろうというのが当初の目論見だったが,その構成ではなぜか自車エンジン音のセンターチャンネルの音像がぼやけるという現象が発生したそうだ。

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 その原因は,アンビソニックスで理想的なパンニングを実現するために,無限個のチャンネル信号が必要だったことにあった。だが,もちろん現実的にはチャンネル信号は有限であり,チャンネルベースオーディオ用に精密にデザインされた自車エンジン音の再生に必要な空間解像度を満たせなかったため,センターチャンネルの音像のぼやけにつながったのである。

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理想的なアンビソニックスパンニング
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理想的にはセンターチャンネルからのみ出てほしい音が,ほかのチャンネルからも出ていたため,音像がぼやけていた

 これが他車エンジン音や,大半の環境音であればあまり問題にならず,逆に迫力につながる部分もあったそうだ。だがGT7の中でもっとも緻密にサウンドデザインされ,サウンドの核となる自社エンジン音に関しては許容できず,バスの構成が見直された。

最終的なバス構成
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3Dオーディオへの移行に関するまとめ
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 続いて,初期反射エフェクトの導入について解説がなされた。このエフェクトは,「コース上でのエンジン音の反射」「空間上にパンニングされた初期反射音による臨場感の向上」「反射音のドップラー効果による複雑な音場の再現」を目的として,GT7に導入されたそうだ。

 GT7における初期反射音エフェクトの実装方法は,鏡像法に基づいているとのこと。例えば,以下のスライドで点Sが音源の位置,Rが受音する位置だとすると,実際は太い実線の経路に沿って反射音がSからRに届く。ここでSを反射面に対して鏡写しにしたS'の位置に鏡像音源を配置し,適切なフィルタリング処理を施せば,実際の反射音と同じ遅延と定位で反射音を発音することができるというわけである。

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 ただ,GT7で取り扱うクルマは速度が大きく,反射音もそれに追従して位置などが変化する。そのため反射音が不安定になることを避けるべく,できるだけ不連続な反射面を避ける必要があった。
 そこで比較的滑らかで,ゲームエンジンからの情報取得が比較器容易な反射面として,コース上のコリジョンモデルに着目し,これに対して鏡像音を用いた初期反射音のレンダリングをしたという。

 鏡像音源の計算にあたっては,まずリスナーとクルマの中点の座標を算出する。次に,その中点に一番近い上下左右のコリジョンモデルを算出。そしてコリジョンモデルの法線と実音源の情報を使い,鏡像音源の各種空間属性を計算し,壁面の種類による吸音特性を反映させるためにコリジョンモデルごとに埋め込まれたフィルタ情報を取得する。

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 それらの計算で得られる鏡像音源には,距離減衰や反射音に与えられる距離遅延の計算に使われる「位置」,反射音にドップラー効果などを加える「位置」,より性格でダイナミックな反射音のレンダリングを可能にする「姿勢」という3つの空間属性がある。

 さらに比較的滑らかなコリジョンモデルにも,ところどころ不連続な箇所が存在したため,できるだけ不連続な音が再生されないよう各種空間属性を平滑化する処理を行ったことや,距離遅延された反射音の重ね合わせによる相互干渉などを軽減するために,エンジン音のループ再生開始ポイントをランダムにしたことも明かされた。

初期反射音エフェクトのまとめ
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 最後に,方向別リバーブエフェクトの導入について解説がなされた。このエフェクトは,従来の等方的な人工リバーブエフェクトとは異なる,トンネルなどの音場で,異方性のある後期反射音を表現するために導入されたそうだ。

 GT7が導入した方向別リバーブは,DFDN(Directional Feedback Delsy Network)と呼ばれるモデルを参考にしたという。DFDNは,通常のリバーブエフェクトでよく使われるフィードバックディレイネットワークを多チャンネルへ拡張し,方向別に各種パラメータを適用できるようなモデルだという。

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 DFDNによって,以下のスライドに示される仮想スピーカーそれぞれへの出力が得られ,最終的に各仮想スピーカーの位置とその出力信号をもとに,1次アンビソニックス信号にエンコードしてアンビソニックスバスに出力する。

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 方向別のリバーブタイムの計算は,まずリスナーから各鏡像音源までの位置ベクトルを計算する。なお,この鏡像音源は上記の初期反射音の計算で用いたものを使い回しているとのこと。次に仮想スピーカーの方向に対する射影の長さを計算し,その平均を取る。最後に得られた射影長の平均値に,適当な調整比率を掛けることで,仮想スピーカーのリバーブタイムが得られる。これを方向別リバーブを構成する仮想スピーカーのすべてについて行うことで,方向別のリバーブタイムが得られるというわけである。

 最後に,全体のまとめとして「GTシリーズは,リアルを尊重した音作りを探求しており,日々進化を続けている。(今回のセッションをとおして)それらが何か一つでも役に立つ情報であれば幸いです」と話し,本セッションは終了した。

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方向別リバーブのデモも披露された
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方向別リバーブエフェクトのまとめ
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