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[CEDEC 2023]あのライブシーンはこうして生まれた。「ヘブンバーンズレッド -未来を見据えたルックディべロップメント-」聴講レポート
最高のおまけを最高の映像へ
ハイエンドライブ制作をスタートするまでの経緯
講演はまず,竹俣氏よりWFSとグラフィニカの2社が協業へ至った経緯と共に,ハイエンドライブ制作を始めるまでが語られた。竹俣氏は「ヘブバン」の最大の武器は麻枝 准氏が描くストーリー体験だと言い,その上で魅力的なキャラクター,美麗なアート,麻枝氏の手掛ける音楽が必須だとし,その中で“アート”と“音楽”が今回フォーカスするポイントだと語った。
かねてより竹俣氏は,「ヘブバン」の特徴的なアートと音楽はひとつにパッケージングして世の中に出すことで,他コンテンツに埋もれることのない独創的な映像体験が可能だと感じていたようだ。また,ビジネスの観点から見ても,音楽やアートが魅力的ということはそのIPの強みでもあり,MVやライブ映像などはキャッチーにメディアに展開できるため,より広くアピールすることができると続けた。
そして,ストーリーが絶対的な強みと考えつつも,映像という点ではまずライブムービーで攻めるべきだと考えており,竹俣氏個人としては,麻枝氏の楽曲の魅力を多くの人に届けないともったいないとまで思っていたそうだ。
自身が90年代の音楽に多大な影響を受けているこをも踏まえ,物語や音楽,映像は人の人生や価値観にまで影響を与えるものだと竹俣氏は述べた |
そんな人の心に焼き付くライブムービーを「ヘブバン」で叶えたいと,ゲームリリースの数か月前から作り始め,ねじ込んだのが2Dを使ったライブムービーであり,それがグラフィニカとの協業に至るすべての始まりだったということだ。
ただ,こういったライブムービーはおまけ的な位置付けのゲームが多いといった懸念点もあったという。それならばと竹俣氏は“最高のおまけにしよう”と目標を設定したとのこと。
こうして,メインストーリーの裏で限られたリソースを駆使して,本気で取り組んできた結果,現在では楽曲を使ったライブモード(リズムゲーム)や,楽曲の人気投票が開催されるまでになった。これは多くのユーザーに認められた形であり,ただのおまけではない,ひとつのコンテンツに仕上がったと言えるだろう。
ライブは2Dイラストをもとにエフェクトやアニメーションを加えることで,「ヘブバン」の魅力であるアートと音楽が融合した形と言える |
なおゲーム内でのライブは「She is Legend」というバンドによるもので,ゲーム内だけにとどまらず,リアルライブでツアーを行うなど,多くのファンから支持を得ている。
だが,やはり3Dで作りたいと3Dアーティストであれば思うところ。しかし,バンドものの3Dライブを作るにはとにかく課題が多く,アニメーターの観点からでも,楽器の干渉や演奏の細かさなど,枚挙にいとまがない。しかも,そのこだわりに共感してくれる会社が見つかるわけがないと諦めかけていたとき,グラフィニカが手を上げてくれたとのことだった。
こうしたやりとりで,「ヘブバン」のハイエンドライブ開発が始まったという |
その中で,今回は「ハイエンドライブ」にフォーカスして制作するにあたり,WFSとグラフィニカで「イラストが動くような表現を通し,アニメ表現の視聴価値を上げるコンテンツ」という目標を掲げたのだという。
これは素人から見ても高いハードルだと感じられるが,竹俣氏は実現できれば業界に一石を投じる映像になるのではと考え,一旦の区切りとして1.5周年イベントをターゲッティングした。
1.5周年を見据えたハイエンドライブシーンに向けてPoC(Proof of Concept:その技術やアイディアが実現可能化を確認する一連の検証作業の意)を重ね,第四章前編・後編のムービーなどにもアウトプットしてアプローチしていった。これにより,ブラッシュアップされていき,確かな手応えも感じられていったとのこと。
2Dアートを3Dムービーへ落とし込むための試行錯誤
次は上野氏より,どのようにして2Dアートを3Dムービーへ落とし込んでいったのかが解説された。その際,大前提としてキャラクターデザイナーの特徴を細部まで踏襲し,シーンに合わせた最適な表現が可能なら不完全な部分があってもよく,常識的な表現を使わなくてもいいと考えたという。見た人がまずエモーショナルな感情を持てるような描写を心がけているとのことだ。
そこで上野氏は,一枚のイラストを例に解説を行った。イラストは淡い水彩タッチで描かれながらも,夕方ということでコントラストは少し高め,また目が行くようにキャラクターはワントーン高めに描写されている
これをカラーとライト&シャドウの面から分析。カラーは白と黒を極力使用せず,光の色や影の色などすべて色を保持している。また,ライト&シャドウでは中景フェンスで一度明度を下げることでクッションにし,夕方の逆行を強調して,キャラクターは明暗のコントラストを強くしている。
その上で,光源により過ぎないランダムな影などを使いケレン味(エモさと言ってもいい)を表現している。
このように細部に至るこだわりが詰まっている「ヘブバン」のイラストだが,その分やはり1枚1枚制作に時間がかかってしまうと上野氏。細かなキャラクターの機微を表現するにはその分多くの枚数のイラストが必要であり,枚数が多くなってしまうと時間がさらにかかる。
しかし,妥協はしたくないと悩んでいたところ,2Dルックを兼ね備えた3Dモデルを制作し,それを動かせば2Dイラストを描写することと近い演出が得られるのではないかと考え,グラフィニカに相談・依頼し,制作を進めていったという。
まずは,既存の3Dモデルをリメイクしたものからスタートした3D制作は,髪色や影の付き方など大きな部分から加筆し,注釈を入れて細かくニュアンスを伝えている。3Dは2Dアートとは別のバランスで見えるため,「2Dアート特有の意図的な嘘も盛り込めるよう,かなり無茶な要望も出させていただきました」と上野氏は話していた。
そうして部分ごとに細かいやり取りを経て調整を重ねていくことで,徐々に2Dルックへと近づけつつ,細部のキャラ寄せ部分などはスクリーンショットで上から加筆し,それを戻して修正といったキャッチボールを続けていったとのこと。
そうしたモデルのブラッシュアップと並行して,キャラクターのモーションに関する可動域の検討や,ムービーについてもカットごとに調整を行っていった。ただ,ムービーの場合はカットごとにスクリーンショットで上から加筆したものを戻しても,3Dモデルではそのカットのみしか反映されない。例えば首の傾けやその際に発生する首から下への動き,目線を横にそらした際の目の見え方など,ひとつひとつニュアンスの調整を重ね,並行していたすべての工程が融合することで,最終的にFIXのムービーになっていくとのことだ。
こうして2Dアートのアプローチを行った後,本格的な3D開発が始まっていくわけだが,その前に一枚の2Dスチル(第四章前編のワンシーン)をもとに,まずは映像化し,どういった要素が「ヘブバン」のアートに必要なのかの洗い出しを行ったという。
続いては,グラフィニカサイドによる様々な試行錯誤について,小宮氏から解説が行われた。小宮氏は最初に,イラストルックの3D再現は簡単ではない,長い道のりだと話し,今回の開発で協力を仰いだ2人のクリエイターを紹介した。
まず小宮氏は,イグナシオ・ムリョール・ビック氏と共にゲームモデルをもとにV-Ray for 3dsMaxを使い,Fusionというコンポジットソフトでテストを行った。Fusionを使った理由としては,ノードベースのコンポジットソフトであるため,チャレンジがしやすかったということだった。
画像を見ると分かるように,元のイラストと比較すると何かが違うと感じられる。ここから竹俣氏,上野氏の解説にもあった通り,細かな調整のキャッチボールが始まっていくというわけだ。
その中で,“儚いトーン”とは何か。“ユーザーが思う「ヘブバン」”とは何かを調べたという。では具体的にどうしたのかというと,光や影の色や入り方,ペイントの滲みなど作品のトーンマナーを分解したり,上野氏の描いたレイヤーを分解したりといったことを行い,研究したそうだ。
こうしてできる限りキービジュアルに近い形の表現を見つけ出す作業をした上で,たどり着いたのが以下の画像になる(セッションでは動画で紹介)。
こうして合意が取れた後,本モデルの発注を行い,ここからイラストルックをさらに詰めるためのシェーダー開発を行った。その際,まず「手書きのハイライトを表現したい」という課題にチャンレジしたそうだ。3Dのリアルなハイライトではイラストに近づかないため,アイデアを模索したという小宮氏。最初に思いついたことが「手書きのテクスチャがスライドすればいいのでは」ということだった。それを実現するために取り入れた技術が「Parallax Occlusion Mapping」というもの。これを利用したところ,スライドしてはいるが,あくまでテクスチャがスライドしているだけに見え,どうもいまいちという結果となった。
改めてイラストを調べてみたところ,髪の毛のひと房のエッジのハイライトが伸びていることに気がついた小宮氏は,この表現を目指すことに。こうして新たなミッションが加わった。
そのミッションをクリアするために利用したものが,エッジディストーション機能というもの。公開された動画ではしっかりエッジ部分のハイライトが伸びていた。内部的にはどうなっているのかというと,白黒のディストーションマップをエッジ部分のUVに描くことで,そこにテクスチャが入り込むと伸びるという設定にしているとのこと。また,RGBマスクに分けることによってコンポジットで色味の調整もしやすくなっている。こうしてミッションは無事クリアできた。
続いて小宮氏は「アニメ顔の影制御をコントロールしたい」という課題にチャレンジした。小宮氏によると,スタイライズド(スタイル化された3DCG)されたアニメの影は非常に難しく,アニメ制作では1カットずつマスクをAftereffectsで切っていたりするぐらいだと話していた。
小宮氏はこの課題に対して「ガイドの角度によってテクスチャが切り替わり,影をアニメーションさせる方式」を試行したが,それでは動画にならないため,新たなミッションとして「素材の切り替わりでオーバーラップする」というアイデアを実行してみた。しかし,これでもうまくいかず,失敗となってしまった。
こうして難航を極めていた影制御のコントロールだが,Webで見つけた「Distance field interpolation」という仕組みに注目。これは影を多段で描いてそれを一枚のテクスチャにしBlendingしていくといったものだそうで,これに着想を得て「2D Morph Distance field interpolation」にチャレンジした。
2Dアート,3D開発と進んできたハイエンドライブムービー制作のミッドポイントとなった第四章後半で流れるムービーについて,竹俣氏から解説が挟まれた。
竹俣氏は,こういった行間のようなセリフのないシーンの追求を行ってきたことについて,キャラクターたちの苦悩や脆さ,葛藤などの人間臭く複雑な心情,言ってみれば純粋な魂をリリカルかつ有機的に美しく描くことが「ヘブバンの映像表現のアイデンティティ」だとし,これがその後のハイエンドライブシーンにもつながっていくため,まさにミッドポイントと言うべきフェーズだと語った。
実際のステージセットやライティングの専門家も交え,リアルな演出でのハイエンドライブが実現
完成したライブシーン映像を流した後,竹俣氏はこのライブシーンで「ヘブバンの新しい強みを生むこと」を実現したかったと話し,それを実現するためには,“ヘブバンらしさの追求”と“音楽好きへのリーチ”を試みることだと話した。
竹俣氏は“ヘブバンらしさの追求”について,繊細なタッチと淡いトーンという死守すべき部分を持ち,それを追求していくことで研ぎ澄まされた独創性へと変えていくことだという。“音楽好きへのリーチ”については,普段ゲームをやらない音楽好きの層にまでリーチできることを目指すとしていた。そのためにはリアリティの追求が不可欠ということで,今回はフェンダー社にギターとベースの許諾を得てライブシーンで使用している。
このようなことを追求していくことで,ヘブバンをひとつ上のIPに昇華できるのではと考えたとのこと。そのためには徹底した作り込みが必要であり,ハイエンドライブシーンの制作が必然となったわけだ。
ということで,ここからは堀内氏と佐々木氏より,ハイエンドライブシーンの解説へと移行した。
ここではまず堀内氏より舞台,照明,音響といった全体設計について解説が行われた。グラフィニカ側としてはリアリティの追求として,リアルライブを手掛けるステージ制作者とのコラボレーションを行ったという。
制作は通常のアニメ制作と同様にイメージボードからの制作,そして3Dによるモックの作成という流れだが,今回はここでリアルライブのステージ設営,音響,照明といった専門職に参加してもらい,より現実のライブステージに近付けるための工程を踏んでいったとのこと。
次はプリビズ制作について。今回は,Unreal Engine 5(以下,UE5)を使用しており,選択した理由としてはリアルタイムに時間軸と空間の同時編集が可能で,DMXとの親和性があるためだと話した。
UE5を使用することで,モーションキャプチャー収録の直後からプリビズ作業が開始でき,カメラも随時追加できたとのこと。またブループリントによる大量配置もでき,今回のために作成したカメラの書き出しツールを使ったことで,プリビズFIX後瞬時にカメラデータが共有できていた |
UE5を使ったことで,プリビズ完成からアニメーション作業に移行する部分でも,かなり効率的なフローが組めたと佐々木氏は語った。
続いては,アニメーション工程について佐々木氏から説明が行われた。アニメーション工程は,プリビズから受け取ったカメラをDCCに配置してレイアウト作業を始めるわけだが,今回はカメラの臨場感を出すために,できる限り嘘を付かないフレーミングを目指し,リアリティを重視するアプローチを行ったとのこと。
プリビズからレイアウトは練られているため,3D作業でも監督の意図したカメラを再現できている |
歌詞と表情のリンクを大切にし,曲全体のテンションの表現ができるようフェイシャルにこだわっている |
こうして制作されたアニメーションと先のステージや照明などを融合するため,コンポジット/編集作業を行っていく。手順としてはステージ照明素材の出力を実施し,DCCから出力した素材と融合という流れだ。
こうしてハイエンドライブシーンが完成となる。最後に竹俣氏は,まとめとして「こだわりの追求」「リスペクトから生まれるシナジー」という2点を挙げ,「昨今量産を前提としたコンテンツが多い中,こういった拘りを追求できることは大変貴重」だと語り,協業のグラフィニカに対しては,「仕事を超え,一緒に楽しんで突き詰められることに大変感謝している」と謝辞を述べた。
その上で,「ヘブバン」の未来を見据えたこの取り組みは大成功だと断言。しかし,まだまだ課題もあるとのことで,今後も「ヘブバン」を通して視聴価値を上げる取り組みを進めていくと力強く締めくくった。
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