インタビュー
[インタビュー]「NIKKE」「幻塔」のLevel Infiniteは,現状と今後をどう見ているのか? 日本のパブリッシング責任者に聞く
一般公開日に多くの来場者がブースを訪れたことからも分かる通り,2021年12月に設立されたLevel Infiniteは,いまや日本のゲーマーにも広く知られた存在となっているが,設立から約3年が経とうとする中で,現状と今後をどう見ているのだろうか。日本と韓国のパブリッシング責任者を務める徐 田甜氏へのインタビューをお届けしよう。
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。まずは徐さんが現職に就くまでの経歴を簡単に聞かせてください。
徐 田甜氏(以下,徐氏):
2008年に大学を卒業後,Tencentに入社して,中国のPCゲーム時代にはMMORPGや音楽・ダンスゲームの運営をはじめ,2015年からはカード系RPGのモバイルゲームの運営を担当しました。その後「王者栄耀(Honor of Kings)」(中国版は2015年リリース,日本では「Honor of Kings」として2024年6月にサービス開始)の立ち上げからリリースまで,初代パブリッシュ責任者を務めました。
2018年に国際事業部に配属されて「Arena of Valor」などを担当し,その後「白夜極光」「Tower of Fantasy(幻塔)」「勝利の女神:NIKKE」のグローバルパブリッシング業務を手がけました。
現在は,ゲーム事業のCEOである劉銘の補佐をしながら、海外向けパブリッシングの能力構築にも携わっています。
4Gamer:
では,「白夜極光」「幻塔」「NIKKE」の日本向けサービスについて,これまでを振り返っての感想を聞かせてください。
徐氏:
徐々に経験を積み上げ,それを生かせていると感じています。タイトルをリリースしたあとに,自分たちの経験から問題点を洗い出して,それを次の段階でどう解決するかを考えています。それが結果に出ていますので,今後もどんどんよくなると期待しています。
また,プレイヤーのニーズに対する理解度も,その学びの過程で高まっていると思います。
4Gamer:
具体的には,どんなところで経験を生かした改善ができたでしょうか。
徐氏:
1つの例としてはローカライズがあります。「白夜極光」のときは,中国版のテキストを日本語に翻訳するかたちにしていましたが,翻訳自体に問題がなくても,伝えたいことが届かないケースが多々ありました。
そういった経験をしましたので,「幻塔」「NIKKE」では,特にプレイヤーのみなさんへのお知らせやメッセージについて,日本のローカライズチームが,より日本に合わせた表現を考えるようにしています。
4Gamer:
そういった経験から,日本市場や日本のプレイヤーの特徴は見えてきたでしょうか。
徐氏:
やはり日本のプレイヤーのみなさんはゲーム経験が豊富で,タイトルに対する期待も大きいです。その期待に応えるためには,ゲームコンテンツはもちろん,サービスのクオリティも向上させていく必要があると思っています。
加えて,やはりスマホだけでなく,PCや家庭用ゲーム機向けのゲームをよく楽しまれている印象があります。それもあって,今回の東京ゲームショウにはPC向けのゲームも出展しました。
また,最近ではeスポーツへの注目度も高まっていると感じています。
4Gamer:
ほかの地域では提供していない,日本に合わせたサービスのようなものはあるのでしょうか。
徐氏:
たくさんありますが,1つ挙げるなら「NIKKE」と「ニーア」のコラボがあります。
ニーアはとても人気があるIPですので,コラボによってプレイヤーのみなさんの期待以上のものを提供したいと思いました。
そのため,コラボコンテンツの開発は通常の2〜3倍ぐらいの工数をかけて,スキルのデザインや会話のテキストなどは特に力を入れました。
こういったところで,プレイヤーのみなさんに我々の誠意を感じていただければと思っています。
4Gamer:
日本市場は,世界の流行から離れて“ガラパゴス化”しているという声を聞くことがあります。例えば,ハリウッドの超大作映画が世界各国で興行収入1位を取る中,日本だけ違う映画が首位だったことがありましたし,徐さんがヒット作を手がけたMOBAというジャンルの人気も,世界に比べてしまうと日本はまだまだという印象です。
好みの問題ですので,いいも悪いもありませんが,Level Infiniteのようなグローバルブランドが,そういった地域でサービスを提供することの難しさを感じることはありますか。
徐氏:
大きな市場だけ見ても,地域によってそれぞれの特徴があるのは事実です。例えば日本では伝統的にRPGが強く,プレイヤーの数も多いですよね。
ですが,世界的に流行しているタイトルが,日本でだけ受け入れられないことはないだろうとも思っています。
例えばeスポーツジャンルですと,「VALORANT」は,世界大会が東京で開かれるくらい多くのプレイヤーがいます。MOBAについては一気に流行するジャンルではないので,6月に日本向けサービスを開始した「Honor of Kings」についても,徐々に環境を整えることが必要と考えています。「王者栄耀」が中国で流行するまでにも,10年ほどの“育成期間”がありましたから。
4Gamer:
「一気に流行するジャンルではない」というお話が興味深いのですが,MOBAには,すぐには理解されない,じわじわ広がっていく面白さというものがあるのでしょうか。
徐氏:
これは中国でのケースですが,将来的に流行するコンテンツや遊び方には,まず一部のコアプレイヤーに遊び方を理解してもらって,そこから拡散していく過程が必要になると思っています。
もちろんゲーム自体も“大衆化”のためにさまざまな改善を加える必要があります。最初のMOBAはPCで長時間プレイするスタイルでしたが,多くの方がプレイしやすいよう,スマホに最適化し,ルールもシンプルにする……といった工夫を重ねていった結果が「王者栄耀」です。
4Gamer:
なるほど。ゲーム自体も徐々に変わっていくんですね。
ただ,日本では日本のやり方が必要になると思っています。しばらく前の話になりますが,日本でのあるパートナー様とお話ししたときに「王者栄耀」の感想をうかがったところ,「日本では縦画面のゲームが主流ですよね……」というお話がありました。
このように,課題は時期や場所によって変わりますが,日本でもMOBAというジャンルの面白さを理解していただくために,まずはコアプレイヤーさんに受け入れていただき,そこからほかのプレイヤーのみなさんに魅力が拡散するようにしたいです。そして,みなさんからいただいた意見をもとに改善していくつもりです。
4Gamer:
最初のターゲットをコアプレイヤーとして,そこから拡散させていく手法は,どのタイトルでも重視されているのでしょうか。
徐氏:
これは個人的な意見ですが,それまでにない新しい遊びを提案するコンテンツ系のゲームは,そういったやり方が合うと思っています。
過去の事例で言えば,ソウルライクがそれに当たります。「DARK SOULS」が主にコアゲーマーのあいだで流行し始めた頃,多くのプレイヤーはその面白さを理解できていなかったと思います。
4Gamer:
難しいですからね。「評判を聞いてプレイしたけど,すぐにあきらめた」みたいな話はよく聞きました。
徐氏:
ですが,2022年の「ELDEN RING」にはさまざまな工夫が施され,プレイヤーにさまざまな選択肢を与えています。攻略の順番は自由で,別のところでレベルアップしてから再挑戦したり,NPCを呼び出して一緒に戦ったりできます。もちろん低いレベルのまま,ノーダメージでボスを倒すことにも挑戦可能です。
「ELDEN RING」は世界的なヒットとなりましたが,そこに至るまでには,やはりコアプレイヤーが楽しさを拡散させて,プレイヤーの声を受けてゲームも改善されていった過程があったと感じています。
4Gamer:
なるほど。ソウルライクの例はとても納得できました。ゲームの細かい部分の話が出てきましたが,「ELDEN RING」はご自身でプレイされましたか。
徐氏:
はい。ソウルライクは「DARK SOULS」の頃からプレイしていて,「ELDEN RING」も楽しみました。
新しいコンテンツが出てきたら,できるだけ自分で体験したいと思っています。同じゲームであっても,プレイ動画を見るのと,自分でプレイするのではまったく違う感覚ですので,プレイヤーさんの気持ちを理解するうえでも,自分で触ることがとても重要だと思っています。
4Gamer:
徐さんが何回も倒れながらプレイするところを想像すると,親近感が湧きます(笑)。
次の質問は,Level Infiniteとしては回答しづらいところがあるかもしれませんが,可能な限りで聞かせてください。
Tencentはさまざまなデベロッパを傘下に収めていますが,その傘下企業からは「ゲームの開発について細かく指示されることはなく,自由にできる」といった声が聞こえてきます。会社として,現場には口を出さないといった方針があるのでしょうか。
徐氏:
Level Infiniteのパブリッシング責任者としての見解ですが,やはりスタジオの創意工夫を最大限に尊重したいと思っています。
ただ、それは決して放任ではありません。スタジオも全能的な存在ではありませんので,助けを求めてくれれば,こちらも最大限の努力でサポートします。
今回の東京ゲームショウにも,我々のヨーロッパのスタジオから「出展したい」という相談がありました。日本のことはあまり分からず,出展経験もないとのことでしたので,日本のチームがサポートしました。
4Gamer:
「要望があれば最大限応える」という方針の会社は少なくないと思うのですが,個人的には「子会社から親会社に助けを求める」というのは,結構やりづらいのではないかと思っています。言ってみれば上司と部下のような関係ですので,遠慮がちになって,本当に望むものが言えなかったりとか。
そういったことが気兼ねなくできる距離感とか,雰囲気作りのような秘訣はあるのでしょうか。
徐氏:
そうですね。ちょっと距離感が遠くなると要求がなくなって,我々もそれを知ることができなくなります。ですので,良好なコミュニケーションのルートを保つことが重要です。
そのために,Level Infiniteには,各スタジオとコミュニケーションを取るための「パートナーチーム」があります。スタジオ専属で普段から密にコミュニケーションを取るメンバーがいて,スタジオの要望はそのチームから私たちのほうに伝えるかたちになっています。
4Gamer:
それならだいぶ要望も出しやすそうですね。
回答しづらい質問を続けてしまうのですが,こちらも可能な限りでお答えください。先日「Tencentが対日ゲーム投資再考」という一部報道がありました。いわゆる“関係筋”の情報が元でしたので,実際のところをうかがいたいです。
徐氏:
Tencentには投資についての専属チームがありますので,私はそれについて回答する最適な立場ではありません。ですので,パブリッシャの立場からの考えを言わせていただきます。
秘密保持契約の関係上,あまり詳しいことは話せないのですが,Level Infiniteには,日本にもたくさんのパートナー様がいらっしゃって,密な協力体制を築いています。そして,今後もその努力を変わらず続けて,良いゲームをグローバルに届けていきたいと思っています。
4Gamer:
ゲームショウの出展ラインナップを見ていても感じるのですが,Level Infiniteのタイトルは世界中のさまざまなデベロッパが開発しているだけあって,バラエティ豊かです。ただ,それだけに共通点というか,「Level Infiniteらしさ」のようなものになると,自分にはすぐに浮かんできません。徐さんはLevel Infiniteらしさをどうお考えですか。
徐氏:
Level Infiniteというブランド名には「無限の可能性」という意味がありますが,ブランドを設立したときは,それと表裏一体の意味として,「枠を設置したくない」という考えを持っていました。全世界のプレイヤーに,より多くのゲームジャンル,よりハイクオリティなコンテンツ,より大きな可能性を届けるためには,枠を設ける必要はありません。
Level Infiniteは,「インクルージョン」と「エクスプロレーション」という2つのキーワードを大事にしています。例えば特定のジャンルに偏ったタイトルを多くリリースするようであれば,それはブランド自体の意味を失っていることになると思います。
4Gamer:
なるほど。であれば,当初目指したとおりのブランドであり続けているということですね。
そろそろお時間のようですので,最後の質問にさせていただきます。今後,日本を含むアジアのゲーム市場で起こりそうな流れ,傾向といったものがありましたら聞かせてください。
徐氏:
すでに起こりつつある現象ではありますが,スマホを含むクロスプラットフォームのタイトルは,より多くなっていくと思います。人それぞれでプレイしたいプラットフォームは違うと思いますので,Level Infiniteとしてもより多くの選択肢を提供したいです。「NIKKE」でも,スマホ版に加えてPC版をリリースしました。
4Gamer:
そうですね。少し前までは「スマホとPC」「スマホと家庭用ゲーム」といったクロスプラットフォームタイトルは珍しかったですが,急激に増えてきていると感じます。
徐氏:
もう1つトレンドで言いますと,eスポーツがあります。2023年のeスポーツ市場全体における収益は20%,観客数は15%と増加しており,観客数も1000万を超えました。特に若年層の観客が多く,トレンドが感じられます。先ほどもお話ししたように,「VALORANT」は近年日本で非常に人気があり,国内におけるプロのeスポーツ大会も盛んに行われています。また,日本のチームは国際的にも高い評価と影響力を持っています。
もちろん,Level Infiniteとして注力する分野はほかにもたくさんありますが,その2つについては,今後リリース予定のタイトルでも努力したいと思っています。
4Gamer:
ありがとうございました。
Level Infinite公式サイト
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