連載
突然,心臓を握らされたことがありますか? 山中拓也の眠れぬ夜はゲームのせい 第1夜:「シンゾウアプリ」はすべてが罠
「山中さんにある人物の心臓を握るアプリをやってほしいんです」
一瞬「世にも奇妙な物語」の導入かと思った。春の特別編の時期かと。
「そういうの好きだと思って!」
それは失礼じゃない?
ある日僕は,4Gamer編集部の会議室に呼び出された。
以前執筆した「オンエア!」と「メギド72」の記事の反響が良かったとのことで,ありがたいことに連載の打診を受けたのだ。自分の記事を買ってくれている編集担当にも,記事を読んで反応してくださる読者の皆様にも感謝しかない。
決して劇的ではない。だからこそ,愛おしい。「オンエア!」についてとにかく語らせてほしいゲームクリエイターの独白
colyの「オンエア!」は,プレイヤーと“声優のたまご達”による青春ストーリーが繰り広げられるスター声優育成アプリだ。そんな本作を「Caligula -カリギュラ-」でおなじみのゲームクリエイター山中拓也氏がプレイしたところ,語らずにはいられなくなるほどの魅力に溢れていたという。本稿では山中氏に「オンエア!」の魅力を語ってもらった。
驚きすらなく,答え合わせのように面白かった――山中拓也氏による「メギド72」への謝罪と感謝
「Caligula -カリギュラ-」や「WORK×WORK」でお馴染みのゲームクリエイター山中拓也氏は,「今年,最もハマったゲームは?」という質問をされたら,確実に「メギド72」を挙げているという。そのワケをたっぷり語ってもらった。
「はぁ……ありがとうございます……」
「……いや作品自体が良いので……」
と,頬をテレテレ,頭をポリポリしながら話を聞いていたが,連載への昇格的な打診には内心相当な喜びがあった。もちろん表情には出せない。シャイボーイ(32歳)だから。
肝心の連載内容についてだが,担当が言うには何を書いても良いらしい。以前の記事のテイストを引き継いでも,日常のことを書いてもいいらしい。なんなら,4“Gamer”と言っているもののゲーム以外を話題にしても良いとのことだ。
さて,皆様は生物の授業で「閾値」というものを習ったのを覚えているだろうか。これは「感覚や反応,興奮を起こさせるのに必要な,最小の刺激などの量」のことである。噛み砕いて言うと,“一気に大きく変えると気づくが,徐々に小さく変えると気づかない”という話だ。アハ体験的な。
なぜそんな話題を出すのかというと,担当が今後の連載プランについて言葉を続けるなか,僕の脳内では“最終的にはハロプロの話だけをする連載”に仕立て上げていく計画が組み上がっていたからだ。
吸血鬼は内側から扉を開けてもらい,招き入れられなければ中に入ることはできないという伝承がある。ただし招き入れたが最後,その毒性はゆるゆるとした速度で,確実に内部を蝕んでいく。あ,この場合の吸血鬼はハロオタである僕の比喩だ。
4月から連載開始ということは,「Hello! Project 20th Anniversary!! Hello! Project ひなフェス 2019」のあとである。鞘師里保の話題から始めるのも悪くない。推しである和田桜子のソロについて語るのも良い。最終的には4Gamerをハロプロのまとめサイトにしてくれる……!
「ま,いきなり自由というのもなんなので……」
担当の言葉で現実に戻される。
本題に入る気配がした。真面目に聞いている風にしなければ。
「はい,なんでしょう?」
担当が自分のスマホを僕に渡す。画面いっぱいに不穏なノイズが走っている。
『山中さんにある人物の心臓を握るアプリをやってほしいんです』
突然,心臓を握らされたことがありますか?
とくん,とくん,と手の中でスマホが脈打つ。
なんじゃこりゃと思っていると「おい,聞こえているのか?」とスマホから横柄な男の声が聞こえてくる。「聞こえているなら返事をしろ」と,姿も見えない男から問いかけられるが,こちらには返事の仕方が分からない。
担当はニヤニヤと,戸惑う僕の反応を楽しんでいる。くっ,数か月後には自分のサイトがハロプロまとめサイトになるとも知らずに。
返事をできずにいると,スマホの中の男から衝撃的な事実を聞かされる。
「おい,俺の心臓を持っているそこのお前だ!」
どうも僕が握っているスマホには,「彼」の心臓がダウンロードされたらしい。正直に言うと,あまりの展開に笑ってしまった。朝起きたら巨大な虫になっていた話に匹敵する導入だ。待ってくれ,どういう状態だ。僕が持っているのは生か? 生の心臓なのか? 大丈夫なの? これ触っていていいの??
混乱する僕を尻目に,さも心臓を手に持つくらいの出来事は月1でありますよくらいのテンションで男は話を続ける。
なんでも「彼」は“心ノ臓ノ晒シ刑”という,えげつない名前の呪いで心臓を抜き取られてしまったらしい。そして抜き取られた心臓は,何故か僕の手の中に……。しかも驚くことに,「彼」との意思疎通は心臓を撫で回すことで成立するのだ。心臓をなでなでにぎにぎしながら,コミュニケーションをとってみる。
そしてきっと,この心臓だけの不思議なバディは,共に呪いの謎を解いていくのだろう。これは……これは……。
ゴクリと息を呑み,思わず担当のほうを見る。
得意げな顔は物言わずとも「ね,好きでしょ?」と言っているような気がした。自分の好きなものが人に刺さった瞬間,人はそういう表情をする。
――分かる。
心臓相手の,全“心”全霊コミュニケーション
ずっと担当のスマホでプレイするわけにもいかないので,家に帰りながらアプリをダウンロードしてみた。
どうやらこのアプリは,声と鼓動のインタラクティブノベル「シンゾウアプリ」(iOS / Android)という名称で,“125”が開発したタイトルのようだ。125について調べてみると,ソニー・インタラクティブエンタテインメント(旧:ソニー・コンピュータエンタテインメント)で「無限回廊」のプロデューサーを務めた鈴木達也さんが設立した会社だった。
トガっているコンテンツは,感性でトガっているものと,理詰めでトガっているものの2つのタイプがある。「シンゾウアプリ」からは,完全に後者の印象を受けていたので,制作者の来歴を見てとても納得がいった。これは一筋縄ではいかなさそうだ。
自分のスマホに心臓をインストールして,「彼」の説明をあらためて聞くことにした。
おそるおそるコミュニケーションを取っていくうちに,「彼」の心境によって,心臓の鼓動の音が速くなったり,画面上の心電図の波形が変わったりすることに気づく。話を進めながら,その様子を見ていると僕はなんだか不思議な気持ちになってきた。
多くの人間にとって,コミュニケーションというのは恐怖の対象になり得るものだと思っている。それは,相手が何を考えているかが分からないからだ。相手は自分のことを好きなのだろうか,嫌いなのだろうか,気を遣われていないだろうか,失礼だと思われていないだろうか? 一度考え出すとキリがない。
僕は仕事上コミュニケーションスキルが必要とされているし,それなりに慣れもあるが本音を言うといまだに怖い。失敗したときはもちろん,成功したときですら誰かに疎まれていないか……なんて考えたりもする。それくらい自分以外の人間の気持ちというのは,“ブラックボックス”なのだ。
しかし,その点心臓を僕の手に預けた「彼」はどうだ。怒り,焦り,安堵……すべてが文字どおり,手に取るように伝わってきてしまう。
心臓は持ち主の意志によって自由に動かせない臓器,不随意筋である。嘘がつけない臓器なのだ。嘘がつけない「彼」が,なんだかとても愛おしい存在に思えてくる。
「彼」の心境はすべて“とくん”という心臓の鼓動に表れる。
僕はその微かな心臓の鼓動の変化を感じられるよう,指先に全神経を集中させる。
「シンゾウアプリ」で頼れるのは,鼓動と声だけだ。
落語家は,お客に集中してもらうためにあえて小さめの声で噺をすることがあるという。声と仕草だけで観客を物語の世界へ誘う落語も,鼓動と声だけでコミュニケーションを行う「シンゾウアプリ」も,本来であれば見過ごしてしまいそうな,それこそ閾値ギリギリの繊細なコミュニケーションが行われている。全心全霊の対話なのだ。
そうして「彼」と向き合っていると,ふと気づくことがある。そういえば,僕らは目の前にいる人間の“鼓動”を意識したことがあるだろうか?
他人はブラックボックスな存在と言ったが,それは僕が相手を過大に抽象化しているだけで,実際はなんてことはない。極端に言ってしまえば,ただそこに心臓があるだけだ。
「彼」と同じように,怒りで,焦りで,安堵で,ありふれたことで鼓動を変化させている。そう考えれば,“他人”なんてものはたいして怯えるような存在ではないように思えてくるのだから不思議だ。
すべてが罠。「シンゾウアプリ」の恐ろしさ
さて,「シンゾウアプリ」のコミュニケーションにおいて,綺麗ごとではないもう1つの側面について語らねばならない。心臓を持つ者と,心臓を持たれる者。すなわち,圧倒的な強者と弱者の関係だ。
このアプリを編集部で触ったとき,僕は1つの感情に蓋をしてプレイしていた。それは「僕の意志1つで『彼』の命を奪えるのでは?」という可能性だ。
当然の話だ。僕の手には他人の心臓がある。
実際に触ったことはないが,きっと手に強く力を込めればその機能を止めてしまうだろう。
会話の最中に心臓を少しタップしすぎるだけで「彼」は苦しそうにする。
横柄で乱暴な「彼」が弱々しく,苦しそうにしているところを見ると,これを限界まで叩き続けたらどうなるんだろう……そんな昏い好奇心が芽生える。
誤解なきように言っておくと,僕はゲームの中でも悪事を働くのは苦手なほうだ。「The Elder Scrolls V: Skyrim」とかでも,老人の家を襲うのはちょっとためらってしまう。僕が開発に携わったゲームをプレイした人には信じてもらえないだろうが,本当だ。マジ。マジなの。
この心臓を乱暴に扱ったらどうなるのかなぁと気になってはいるが,人前でするわけにもいかない。社会性を疑われてしまう。なので自宅に戻ってから試すことにした。しかも,一度読み終えた部分で。こういうときに小心者の一面が出る。
叩く。叩く。叩く。
「彼」は苦しみ,鼓動は早鐘のように打ち,画面は真っ赤に染まる
……シナリオが分岐した。というか「彼」が別人になった。
完全にしてやられた。
このゲームの手のひらの上だったのだ僕は。
担当の言葉が脳内にリフレインする。
『そういうの好きだと思って!』
なるほどね,大好きだよ。
結局ゲームの話をしてしまった第1回
「シンゾウアプリ」のおかげで眠れぬ夜を過ごした朝に,この文章を書いている。カラスがぐあぐあ鳴いている。良いゲームに出会うといつもこうだ。
ありきたりな言葉になってしまうが,とても斬新なゲームだった。ゲーム表現の新雪を踏んだ作品だと思うので,気になった方はぜひプレイしてみてほしい。
そんなこんなで連載第1回は,結局のところ担当の思惑どおりがっつりゲームの話をしてしまった。ハロプロの話も混ぜ込めなかった。僕のスタイルでは,ゲームのコラムを1本書くだけでとても魂が削られる。手を抜けず,どこまでも真剣に潜っていってしまうので,書き終えるまで覚醒状態が続くのだ。今もギンギンだ。ああ……刻が見える。
もっとライトな話(おにぎりの話とか,おみそしるの話とか)を混ぜていかないと,僕はどんどん衰弱してしまうかもしれない。カラッカラのパッサパサになる。記念すべき1回目から弱音を吐きまくっているが,許してほしい。これは連載を長く続けるための生存戦略である……。
健康のためにも,第2回はゲーム以外の話も挟めるように祈ろう。
なにせ僕の人生,クリエイターとしてもプレイヤーとしても,眠れぬ夜はゲームのせいだから。
ゲームの企画,脚本,プロデュース,ディレクションなどで活動中。代表作はアニメ化も果たした「Caligula -カリギュラ-」シリーズで,最新の仕事は機動戦士ガンダム40周年プロジェクト「SDガンダムワールド 三国創傑伝(さんごくそうけつでん)」の脚本。元カウンセラー志望で心理士資格を取得している。なお本人と直接関係はないが,モーニング娘。'19の最新かつ最高のアルバム「ベスト!モーニング娘。20th Anniversary」が好評発売中,とのことだ。
Twitter:https://twitter.com/pug_maniac
「シンゾウアプリ」ダウンロードページ
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- 関連タイトル:
シンゾウアプリ 6人の彼 -R-
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