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心に刻まれる名作「風ノ旅ビト」は答えのない人生という旅。ゲスト陣が魅力を語った「ゲームゲノム」Season 2第3回をレポート
2012年にPlayStation 3用ソフトとして発売された本作は,当時はまだ脚光を浴びにくかったダウンロード専売でありながら爆発的なヒットを記録し,発売年のあらゆるゲームアワードを総ナメにしたタイトルである。
本作の特徴は,文字やガイドを排したゲームデザインが生む独特のプレイ体験だ。旅ビトを操作して山の頂を目指すというシンプルな内容でありながら,なぜか感情が揺り動かされ,気付けば涙してしまう唯一無二の体験を味わえる。多くの人の心に残る名作であるのは間違いないのだが,この独特のプレイ感は体験することで初めて理解できるものであり,その魅力を的確に言語化するのはなかなか難しい。
そんな「風ノ旅ビト」の魅力を語るのは,ゲーム好きで知られるピアニストの清塚信也さん,4Gamerの連載記事でもおなじみの結さん,歌手・ダンサーの三浦大知さんだ。“人生という旅”をテーマに3人が紐解いた「風ノ旅ビト」の魅力,そして作品に込められたメッセージとは。本稿ではその一端を紹介したい。なお,本作の開発者であるJenova Chen(ジェノバ・チェン)氏は,ビデオメッセージの形で出演している。
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説明もなく始まる旅
そこにあるのは自分だけの物語
キーワードとしてまず挙げられたのは「心赴くまま“ひとり旅”」だ。冒頭でも触れたように,本作は文字やガイドの類いを排し,抽象的な演出によってプレイヤーを“旅”へと誘っていく。
荒涼とした砂漠から始まる旅には,ガイドらしいガイドはないし,お決まりのチュートリアルさえ出てこない。そこにあるのは旅ビトと風景,ささやかな音のみ。最初から最後までゲームが言葉で語ることはなく,作品としての物語すら明示されない。
旅ビトが何者であり,何のために山を目指すのか――プレイヤーは想像をめぐらせながらひたすら歩みを進めていく。ゲーム側に用意されたシナリオに沿ってロールプレイする,当たり前ともいえる展開に慣れた身からすれば,そのゲームデザインは不親切に映るだろう。しかし,ガイドや文字の情報を排したこのデザインだからこそ,本作独自のゲーム体験が生まれているのだ。
では,この説明のない旅路は何を意味しているのだろうか。Chen氏はビデオメッセージでこう述べている。
「どの場面も人生のステージを表現していて,プレイヤーにそれを体験させようとしているんです。旅と人の一生を結びつけ,それがただ物語として語られるのではなく,ゲームならではの形で描かれるのです」(Chen氏)
砂漠から山へと至る旅路は人生そのものであり,旅ビトを介して体験する道中でのあらゆるできごとは“人生の起伏”を表している。たとえば,旅の幕開けである砂漠のシーンは人生における赤ん坊の時期であり,この世界に生まれたばかりの旅ビトは何も知らない無垢な存在だ。右も左も分からず,自分が何者であるかも分からない。そうやってたくさんの疑問を抱え込んでいくうちに,自分自身が何も知らないちっぽけな存在であることを認識していく。
美しい砂の海をサーフィンするシーンは,スリルを求めエクストリームスポーツに熱中する10代。可能性に満ちた人生への期待感をまばゆい情景が物語っている。一転して,薄暗く絶望感さえ漂う地下世界は,使命を見失った“壮年期の危機”を表現しているそうだ。
そして,旅ビトの目指す雄大な山は旅の終わりを意味する場所であり,“人生における使命”の象徴でもある。そのため,使命を見失っている地下世界では象徴である山が見えなくなっているのだとか。
この説明を受けた清塚さんは,「自分の人生と照らし合わせているようだった」と旅ビトとして歩んだ旅路を振り返る。目的に向かって努力を重ねていると,いつしか“努力することが仕事”になってしまうときがある。たとえ,そうやって山が見えなくなったとしても「生まれたからには歩き続けなければいけない」。そんな自身の人生観ともリンクしたという。
ゲームの中で「これはアナタの人生です」と言われたわけではないのに,旅ビトの境遇にシンパシーを感じ,たどってきた旅路に自分自身の人生を重ねてしまう。番組の冒頭で結さんが述べていた「(旅の過程で)自分の中に物語が生まれていった」という感覚も,旅ビトの旅路に人生を照らし合わせ,自分なりの物語を見いだしたからこそ生まれたものなのだろう。
言葉がなくとも伝わる想い
一期一会の出会いが生むあたたかさ
旅の醍醐味と言えば,道中で起きる一期一会の出会い。始まりは1人孤独だった旅も,オンラインでつながった“ほかの旅ビト”と出会えれば,心あたたまる2人旅を味わえる。見ず知らずの相手との出会いが生むあたたかな体験について語られたのが,2つめのキーワード「旅は道連れ」だ。
ほかの旅ビトと旅路を共にできると言っても,本作にチャット機能はないため,言葉を交わしてのコミュニケーションは望めない。だが,自分の意思を文字や声で伝えられずとも,やたらとジャンプしてみたり,ホワワーンと光で合図を送ってみたりするだけで,挨拶しているっぽい,こっちに来いの合図かも,という具合になんとなく相手と通じ合えてしまうのだから不思議だ。
この言語に頼らないプレイヤー間のコミュニケーションは,中国からアメリカへ渡ったChen氏の体験から生まれた要素だという。
「言葉や名前は相手を判断する1つの方法に過ぎないと感じています。肌の色,年齢,性別で判断されずに,人として扱われるゲームにしたかったんです」(Chen氏)
互いの名前を伏せ,言葉を封じることは決してマイナスな要素ではない。むしろ,相手がどこの誰であるかが分からないからこそ,偏見も忖度もなく,対等な立場で向き合えるのだ。
「言葉を使わなくとも人のぬくもりに触れられる」(結さん)
コミュニケーションの手段が限られているからこそ,「お互いを分かり合おうとする」意識が働いたという三浦さんに対し,清塚さんは「まさに教訓だね」と返す。続けて自身の経験を例に挙げ,長く生きていると次第に何かを与えることでしか,友情や愛を表現できなくなってしまうと話す。
だが本当の真心というのは,何かを与えずとも,相手と足並みを合わせたり,合図を送ったりする,ちょっとした思いやりの行動に表れる。それだけで,友情や愛を感じとれるものなんだと説いていた。
アートであるゲームって,なんだ?
Chen氏はこれまでに「flOw」「Flowery」「Sky 星を紡ぐ子どもたち」といった,感性を刺激する独創的な作品を世に送り出してきた。その功績はゲームの分野のみならず,アートとしても高く評価され,ニューヨーク近代美術館の収蔵品の1つとして選ばれている。
「ゲームにおける“詩”」であり,力強い文化体験を備えたアートだと評される「風ノ旅ビト」だが,そもそも“アートであるゲーム”とはなんなのか? 3つめのキーワード「“詩”をプレイする森羅万象の旅」では,その定義について触れられた。
この問いに対する出演者たちの解釈は概ね一致しているようで,「言葉にならないものを表現し,人それぞれに解釈が違うもの」をアートと定義するならば,「人それぞれの物語があり,さまざまな解釈が生まれる『風ノ旅ビト』はまさにアートと呼べる作品」であるという結論に至っていた。
さまざまな解釈が生まれるのは,音楽も同様なようで「自分の手から離れた曲は聴く人が育ててくれる」ものだと清塚さんと三浦さんは話す。意図した以上のストーリーを聞き手がくみ取り,作り手と聞き手が一緒に作っている感覚があるという,アーティストならではのエピソードはなかなかに興味深かった。
旅に答えなんてない
「風ノ旅ビト」に込められたメッセージ
旅が終盤にさしかかると,風が吹きすさぶ雪山へと足を踏み入れることになる。終着点である山の頂まであと少し……と思いきや,雪山の厳しい環境下ではなかなか思うように進めない。
雪山の長く険しい道程は,本作屈指のしんどいパートだ。このシーンについて清塚さんは,「ここはとにかくキツかった」と正直な感想を口にしつつも,山頂へ至るまでの道のりで「これまでに重ねた苦労を理解し,認めてもらえているように感じた」とプレイ当時の心境を吐露する。
どこへ向かっているかも分からずもがくように進む旅ビトは,まさに音楽の道へと進むためにがむしゃらに努力を重ねた10代の自分。苦行ともいえる試練を乗り越え頂上へと至る演出には,頑張りを誰かに理解してもらえている,そんなメッセージ性すら感じ,涙したという。
番組のラストを飾るキーワード「旅の終わりに待つもの」では,山の頂へと至った旅ビトの運命に触れられるのだが,その詳細はぜひ「風ノ旅ビト」をプレイしその目で確かめてみてほしい。
ちなみに,終着点に至っても旅ビトが何者であり,何を目的に山頂を指していたかはゲーム内で語られていない。答え合わせができずモヤッとする人もいるかもしれないが,人生というものは得てしてそういうものではなかろうか。答えのない旅,答えを自分で探す旅,それこそが人生なのだから。
「説明なく始まった旅が,説明なく終わる。(終着点に)たどり着いても答えなんてない。“答えは自分で作るしかない”その感覚をゲームに落とし込んで,これだけみんなの心に響いている。(だから「風ノ旅ビト」は)みんなの人生に刻まれる作品であり,アートなんだ」(三浦さん)
「ゲームであっても,人生であっても,理解者が1人でもいてくれるのが大事。互いを分かり合ってほしい想いがあったからこそ,この形になっているんじゃないかって。そういう想いをアウトプットすることが芸術に変わり,世界のどこかの誰かを救うのかもしれない」(清塚さん)
2024年1月10日 放送開始(全10回)
毎週水曜日 23:00〜23:29/NHK 総合(予定)
※「NHK プラス」で1週間見逃し配信あり
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