プレイレポート
押し寄せる不条理に立ち向かえ。オーパーツ感漂うホラーゲーム「恐怖の世界」を今さらながら紹介
そんなホラーゲーム「恐怖の世界(World of Horror)」(PC / PS4 / Switch)をプレイしたので,遅ればせながら紹介してみたい。
「恐怖の世界(World of Horror)」公式サイト
ここはコズミック・ホラーのはびこる港町。不条理と理不尽の波状攻撃に立ち向かい,世界の破滅を食い止めろ!
Ysbryd Gamesが開発を手がけ,PLAYISMから2023年10月19日に発売された本作は,ポーランドのゲームデザイナーであるPaweł Koźmiński(パヴェウ・コズミンスキ)氏が,本邦のホラー漫画界の雄である伊藤潤二氏や,20世紀前期にアメリカのパルプ・ホラージャンルで特異な存在感を放ったH・P・ラヴクラフト氏といった,Koźmiński氏がこれまでに影響を受けてきたクリエイターとその作品に対する尽きせぬ愛情を注ぎ込んだという,何とも独特な雰囲気の漂うホラーゲームだ。
白黒の2階調(1bit),あるいは白黒灰の3階調(2bit)を選べる,ドットのジャギーが目立つモノトーンの画面は,それだけ見ると古いMacintosh用タイトルのよう。一方で,自己主張たっぷりに表示されるタイトルロゴは,初期の国産パソコン──例えばMSXやMZ-80K,PC-6001時代のゲームとも何か異なる……何とも言えないオーパーツ(場違い)感を醸し出す。
起動直後に表示される,N-88 BASIC(NEC PC-8801のROMに搭載されたBASIC)風の起動画面に画面に続いて流れ始める,8bit時代のパソコンゲームの文脈とは微妙にズレた――あえて表現するならコナミ拡張音源(VRC6)調のBGMもまた,この何とも座り心地の悪いチグハグ感をブーストしてくれる。
つまり,これらは現在におけるレトロゲーム“っぽい要素”の集合体であり,そっくり再現されたものではない。こうした違和感は,筆者がなまじ1980年代のパソコン用ホラーゲームを,それなりの数やり込んできたからこそ感じるもので……そんな細かい部分に引っかかる人は今日日少ないだろうが,筆者のようなロートルからすれば,一周回って不気味な雰囲気を感じなくもない。狙ってやったのだとすれば,うまい演出だと言える。
さて,いざゲームを開始してみると,そこにはさらなる混沌が待ち受けている。
YouTubeで公開されていたトレイラーから想起させられたのは,それこそ伊藤潤二氏の漫画作品であるとか,怨念と呪いの渦巻く,いかにもJホラー的な恐怖物語なのだが,実際にゲームを進めていくと,そんな第一印象はまったく間違いだったことに気付かされる。
まず調査の段階で,ネットミームにおけるヨハネスブルクもかくやというノリでそこらじゅうに死体が転がっている。あからさまな超常現象が頻繁に発生し,どう考えてもパニックが発生するに違いない状況なのに,警察組織が動いている様子もない。そんな中で,町の住人達は何かしら不安じみたものを感じつつも,普段どおりの生活を送っている,ように見える。
そもそも,プレイヤーの分身であるキャラクターの素性すらもよく分からない。簡単な背景設定は存在するものの,ゲーム中のシナリオテキストと噛み合っていないのだ。オープニングの文章を見る限りでは,町の外からやってきた人間のようなのだが,そうかと思えば町中の学校(高校?)の生徒らしくもあり,かと思うと最近病院の看護婦になった友人がいるのあたり,社会人のようでもある。
ゲームの進行としては,独立したいくつかのシナリオ(事件)を調査&解決することで5つの鍵を集めていき,タイトル画面からして意味ありげな灯台に乗り込んで,世界に終末をもたらそうとしている“旧き神”に直面する流れだが――実のところストーリーらしいストーリーも存在しない。
個々の事件にはクリアの条件──例えば必要なアイテムや儀式,倒すべき敵などが定められているが,謎解きのようなプレイヤーが頭を使う部分はあまりなく,おおむね指定された場所への移動を繰り返すだけなのだ。行動の選択肢もときおり登場するものの,その成否によってストーリーがはっきり分岐するようなことは滅多になく,発生条件も乱数に左右される部分が大きいようだ。
現実世界を舞台としながらも,何かしら特殊な事情があるわけでもない主人公を含む登場人物達が,オカルト的な現象を日常の一部として受け取っているという,言ってみればリアリティレベルの低い不条理な世界。この点のみをクローズアップすると,1980年代後期から独特の雰囲気が漂うオカルト・ホラー系アドベンチャーゲームをいくつも発表していた福岡県のソフトメーカー,スタジオWINGの諸作品を彷彿とさせるところはあるが……一貫したストーリーの欠如という点ではまったく異なっている。
……と,ここまでの説明だと,ただただカオスなゲームと思うかもしれないが,このズレは本作をいわゆるノベルゲーム的なアドベンチャーとして見た場合に生じるものだ。筆者も,開始からしばらくの間は「???」と頭をひねりながら周回していたのだが,そうこうするうちにKoźmiński氏のいくつかのインタビューを読んで気付きがあった。なんと「恐怖の世界」は,元々はアドベンチャーゲームではなく,ボードゲームとして制作されたものだという話ではないか。これを念頭に置いてプレイすると,見方はガラリ変わってくる。
兄の影響でゲーム制作を始めたという氏は,愛読する伊藤潤二作品にインスパイアされたカードゲームとして本作の制作をスタートさせたものの,紙のカードを作り直し続ける作業に辟易した結果,デジタルゲームに切り換えたのだという。
つまり本作の本質はノベルゲームではなく,「アーカムホラー」や「エルドリッチホラー」のような探索型ボードゲームなのだ。移動のたびに発生するイベントの数々は,要するに山札から引いてきたイベントカードに書かれているフレーバーテキストなのである。
なるほど,ストーリーがブツ切れになりがちなのも,そういうことなら頷ける。
その点を飲み込むことができたなら,本作を楽しめるかどうかはプレイヤーの趣味嗜好次第だ。伊藤潤二風のモノクロームなビジュアルと,お化け屋敷的に次々と起きるランダムイベントは雰囲気たっぷりだし,長くても30分程度のプレイをひたすら積み上げていくローグライクなプレイスタイルも,刺さる人には刺さるだろう。
一方“クトゥルー神話もの”として見ると,確かに「“旧き神”の復活が迫っている」といういかにもな背景が用意されているし,ゲーム開始時に選択する神々には“万象を覗く瞳”アトゥ=ヨラズス ,“蜘蛛の神”クタク=アトラス,“夢見の神”クトゥ=ルフなどそれっぽい名前がついてはいるが,基本的にはオリジナルだ。
原典(小説)由来の固有名詞も一部引用されているが,クトゥルー神話で定番のクリーチャーや,「ネクロノミコン」などお馴染みの神話典籍が登場するわけでもないので,やはり“っぽい要素”を集積した独自の神話体系と考えたほうが良さそうだ。
作中で描かれる“恐怖”の方向性も,怪物の襲撃や流血沙汰などのゴアなマテリアルを直接ぶつけてプレイヤーをギョッとさせる“ショッカー”に分類させるタイプで,恐怖存在との直面を避け,間接的にそれを暗示させる後期ラヴクラフトの作風とはだいぶん異なっている。
ただし,これはラヴクラフト的であるかどうかの話であって,クトゥルー神話っぽさに欠けるということではないので,そこはどうか誤解なきよう。フランク・ベルナップ・ロングやロバート・ブロックといった,生前のラヴクラフトとともに神話遊戯を楽しんでいた作家達の世界観を彷彿とさせるところはあって,もちろん「クトゥルフ神話TRPG」っぽくもある。
総評としては“プレイヤーを選ぶタイプのやり込みゲーム”といったところで,独特なモノトーンのビジュアルと,トライ&エラーを繰り返すプレイスタイル,そして繰り返されるビックリ箱型の恐怖イベントから空想の翼を広げられる人なら,とことんハマれるタイトルといえる。
1回あたりのプレイ時間も短く,雰囲気はワンプレイでも十分に掴めるので,興味を持った人は無償配布されている体験版を遊んでみるといいだろう。とくにボードゲーム好きなら,試してみる価値はあるはずだ。
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(C)2020, 2023 panstasz Pawel Kozminski. All rights reserved. Published worldwide by Ysbryd Games Worldwide Limited. Licensed to and published in Asia by Active Gaming Media Inc.
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