連載
【Jerry Chu】「デビル メイ クライ 5」は“斬新でありながら見慣れたもの”のオンパレードである
Jerry Chu / 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”のプログラマー
Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」Twitter:@akemi_cyan |
これは,Derek Thompson氏の著書「Hit Makers: How to Succeed in an Age of Distraction」の主張である。絵画や音楽,ファッションなどの事例と心理学の研究から,ヒット作の裏にある法則を見出そうという書籍だ。
受け入れやすいアイデアは,心理学において「流暢」(fluency)と呼ばれる。流暢なアイデアはより早く脳が処理でき,受け手を気持ちよくさせる。自分が同意する主張,識別しやすい画像,共感しやすいストーリー,解きやすいパズルを人々は好む。
馴染みは流暢さを生む。見慣れたものは理解しやすく,新しい作品の中に見覚えのあるものを見出すと喜びを感じる。頭を使わずとも理解できるものは愛される一方,思考を要するものは好かれにくい(これを「不流暢」(disfluency)と呼ぶ)。
だが,見慣れたものをひたすら繰り返せばいいというわけではない。同じようなものばかりでは,人は食傷してしまう。抜きん出た作品には,ちょっとした驚きと不流暢さが欠かせない。20世紀にアメリカを席巻した工業デザイナー,レイモンド・ローウィ氏は自らのデザイン手法を「MAYA」(Most Advanced Yet Acceptable / 最も先進的でありながら,受け入れられる)と呼び,「消費者の選択は相反する2つの力に影響される。“新しいものへの愛着”と“見慣れないものへ抵抗”である」と主張したという。
「MAYA」の論理は,ほかの分野でも証明されている。音楽の研究によれば,新しいヒット曲には新鮮な楽器の音色があるものの,基本的な楽式は昔のヒット曲と同じだ。科学研究の分野においても,先進的な企画より少しだけ新しい企画のほうが評判がいいという結果が出ているという。
斬新なアイデアを,既存のアイデアの変形であるように見せる。流暢さと不流暢さを混ぜる。これが,Derek Thompson氏の主張する「ヒットを生み出すための秘訣」の一つだ。
シリーズ作は「流暢」である
ビデオゲームを遊ぶとは,「学習する」ということだ。ゲームの遊び方を覚える。操作方法を覚える。ステージの攻略法を覚える。キャラクターと世界設定を覚える。自分の知らないジャンルであれば,とくに一から覚えなければならないことが多い。
新しい遊びを学習して上達する。これは「ゲームの面白さの源」だが,脳に負担がかかる。仕事で頭が疲れ切っているときに,まったく新しい作品を始めることは抵抗感がある。知らないジャンルに挑戦したい,革新的なインディーズゲームをプレイしたいという気持ちはある。だが,未知の領域に足を踏み出すには相応の気力が必要だ。
だからこそ,我々は馴染みのあるシリーズの続編に飛びつきがちではないか。ある程度,遊び方とキャラクターを把握しているから取っ付きやすい。既存のジャンルや枠組みに則った新作も,同じような理由で遊びやすい。
「Hit Makers」の用語を借りれば,馴染みのあるシリーズの続編は見覚えのある要素が多く,流暢なものである。一方,完全新作や自分の知らないシリーズの作品は,理解するのに労力を要するので,最初のうちは不流暢である。「MAYA」のデザイン論からすれば,プレイヤーが好感を持ちやすいのは,自分にとって馴染みのある作品に適量の新要素を加えた新作ということになるだろう。
オマージュが盛りだくさんの「デビル メイ クライ 5」
「デビル メイ クライ」シリーズのファンにとって,「デビル メイ クライ 5」(PC / PlayStation 4 / Xbox One)はデジャヴのオンパレードである。
※以下,「デビル メイ クライ」シリーズを「DMCシリーズ」,ナンバリングタイトルをそれぞれ「DMC1〜5」と略記します。
DMC5は「DmC Devil May Cry」以来,6年ぶりのシリーズ新作である。お馴染みのキャラクターであるネロとダンテは,最新作でも主役として登場する。新武器が追加されているものの,基本の戦闘スタイルと操作方法は従来どおり。DMC4以降の出来事が描かれるので,かつてのキャラクターも登場し,前作のストーリーにも言及される。
これだけなら,特筆するほどのことではない。続編が前作のゲームシステムを継承したり,前作のキャラクターが登場したりするのは,シリーズ作品にはごく自然なことだ。だが,DMC5には異常に思えるほど,旧作にまつわる小ネタが盛り込まれている。
DMC5のエネミーには,旧作とのつながりを持つものが多い。序盤に登場する「ヘルカイナ」は,その容姿と戦い方がDMC3の「ヘル=プライド」に似ている。DMC3には「ヘル=スロース」や「ヘル=バンガード」といった人型の悪魔が多数登場したので,ヘルカイナも彼らの系譜に連なるものだと想像できる。
また,DMC1には空を浮きながらハサミで襲いかかる悪霊「デスシザーズ」や,仮面を被ると凶暴化する奇怪な悪魔「ノーバディ」が登場した。これらのエネミーはDMC5でも活躍(?)する。
DMC5の中ボス的な存在となる魔界の剣士「プロトアンジェロ」には,そのネーミングからDMC1のボス「ネロ アンジェロ」を思い浮かべる人が多いだろう。さらに身の丈ほどの大剣を豪快に振り回す姿は,やはりネロ アンジェロを彷彿とさせるものだ。
DMC3のダンテは「アルテミス」と呼ばれる魔界の銃を駆使して戦ったが,DMC5のアルテミスは光を操る女神に姿を変えて登場する。同じくDMC5の序盤に「エルダーゲリュオンナイト」という魔界の騎士が登場するが,騎乗している馬「ゲリュオン」はDMC3にもボスとして存在しており,青い炎をまとった姿と時を操る力が共通している。
さらに,DMC5には「ギルガメス」と呼ばれる巨大生命体がプレイヤーの行く手を阻むが,DMC4には同名の武器が登場する。
DMC5の新キャラクター「V」は,3体の使い魔を使役して戦う。DMCシリーズでは前代未聞の戦闘スタイルだが,彼にもシリーズ作品につながる要素が驚くほど多い。
たとえば,3体の使い魔はDMC1の敵に由来している。雷を撃つ鷲「グリフォン」,体を刃や針に変化させるヒョウ「シャドウ」,ビームを放つ大型兵器「ナイトメア」。外見こそ違うものの,DMC1に登場した同名の悪魔に酷似した技と能力を備えているのだ。
DMC5に存在する「シリーズ作品のオマージュ」と思われる要素は,まさに枚挙にいとまがない。シリーズファンへのサービスだったのかもしれないが,ノスタルジー以上の効果があると思う。
Derek Thompson氏の著書によれば,人間は見慣れたものに親近感を抱き,ひたすら先進的なものより,見慣れたものにアレンジを加えたもののほうがヒットしやすいという。
そして,「見慣れたものを売るなら,それを意外なものにしよう。意外なものを売るなら,それを見慣れたものにしよう」(To sell something familiar, make it surprising. To sell something surprising, make it familiar.)と記している。
DMC5が成し遂げたものは,まさにこれだ。かつて見慣れたものが,意外な姿で再び登場する。プレイヤーの頼もしい味方だったものが,今度は敵となってプレイヤーを脅かす。かつてプレイヤーを苦しめた強敵が,プレイヤーの頼れる従者となって帰ってくる。
魔獣を従えて戦うスタイルは,シリーズファンにとって見慣れないものだ。しかし,「グリフォンは雷撃を放つ」「シャドウは体を刃に変えて攻撃する」といったことは熟知している。こうした知識を持っていれば,効果的な戦い方が自ずと見えてくる。
前述のアルテミスとギルガメスは新登場のボスだ。ただ,同名の武器を思い出すことができれば,ボスとしての特徴や戦い方が予想できる。ボス以外の敵も技やモーションが刷新されているものの,攻略方法や特徴は受け継がれている。
「まったく新しい」でも「昔とまったく同じ」でもない。DMC5は「新しさ」と「馴染み」の絶好なバランスをとっている。
「反復」はDMCシリーズの得意技
思えば,「見慣れたものに驚きの変化を加える」ことはDMCシリーズの得意技である。
DMC1のダンテは,魔界の扉が開きかけているマレット島に乗り込む。序盤は黄昏の古城を探検し,やがて城外へ。そして終盤,再び古城を訪れることになるが,古城の雰囲気は一変している。
城内の明かりが消え,陽の光に包まれていた空間が漆黒に塗りつぶされる。城内の構造は変わらないが,至る所に謎の紋章と異空間への装置が現れ,見慣れた部屋が変容している。そう,「新しさ」と「馴染み」が融合した空間になっているのだ。
DMC2とDMC3のステージにも,同じような特徴が見られる。DMC2の舞台はヨーロッパ風の街並みだが,終盤では魔界と化してしまう。プレイヤーが街に戻ってくると,空が禍々しい紫に染められ,壁と床は白い繭に覆われている。以前の面影はまったくない。
DMC3も同様だ。舞台となる魔界の巨塔は中盤以降,その構造が変化し,部屋が移動したり,壁や天井が崩れて新たな道ができたりしている。序盤とは同じ塔ではあるが,新たな驚きを与えてくれる。
見慣れた場所だからこそ,変化に気づく。その変貌ぶりから,魔界のおぞましさを感じ取れる。見慣れたもので,新しさを引き立てているというわけだ。
ボス戦にも同じアプローチが見られる。DMC1ではグリフォンやネロアンジェロをはじめとする主要なボスが,場所を変えて何度もプレイヤーの前に現れる。
DMC2のダンテ編では,最終ミッションに複数のボスを取り込んだ合成獣が登場する。それまでに戦ったボスと同じような技を使ってくるが,キメラを思わせる歪な巨体のインパクトは鮮烈だ。
DMC4の前半はネロが主人公だが,後半に入るとダンテを操作することになり,ネロが歩んできたルートを遡っていく。その道中にはネロが撃退したボスが再び現れる。以前と行動パターンは変わらないが,ネロとダンテは戦闘スタイルがまったく違うので,ダンテならではの攻略を見出す必要があるのだ。
Derek Thompson氏は「人は反復を好む」と主張している。ヒット曲はコーラスを何度も繰り返す。音楽ファンも好きなヒット曲を何度も繰り返して聴く。氏は自著において,音楽学者であるDavid Huron氏のコメントを引用している。
「聴く人がウンザリしそうなくらいに反復してから,微妙な変化を入れる。作曲家がシンプルで美しい曲を作るときに考えること,それは『聴衆を最大限に楽しませるために,必要最低限のコンテンツはどれくらいなのか』である」
「単調にさえならなければ,反復をすればするほど,観衆は強い喜びを感じる。『同じコンテンツの繰り返しに興味はない! 新しいものが欲しい!』と人は言うが,偽装された反復は安定的に喜びを与える。反復は流暢さをもたらし,流暢さは人を気持ちよくさせるからだ」
※「Hit Makers: How to Succeed in an Age of Distraction」83ページより。原文は
「“The idea is to be repetitive up to the point where people might pull their hair out, and then change things subtly. From a composer’s perspective, to make something simple and beautiful, you could think, ‘What’s the minimal amount of material I can compose to entertain my audience for the longest period of time?’”」
「“People find things more pleasurable the more times you repeat them, unless they become aware that you’re being repetitive,” Huron said. “People want to say, ‘I’m not seduced by repetition! I like new things!’ But disguised repetition is reliably pleasurable, because it leads to fluency, and fluency makes you feel good.”」
ヒット曲が同じリズムを何度も反復するように,DMCシリーズも反復を効果的に活用してきた。前半のステージを変化させる。異なるキャラクターや異なる場所でボスと再戦させる。
悪く言えば「使い回し」となるだろうが,「ステージやボス戦の反復」はDMCシリーズの特徴であり,魅力でもある。
「馴染みを育てられる」という強み
DMCシリーズは見慣れたものにアレンジを加えてきた。DMC5はその延長線上にあり,ステージやボス戦の反復だけではなく,シリーズ作品の蓄積してきたものに斬新なアイデアを融合させている。これはまさにレイモンド・ローウィ氏が提唱する「MAYA」であり,DMCシリーズの得意技である「反復」を昇華させたものだと感じる。
だが,あくまでもDMCシリーズに熱中してきたファンとしての感想であることも確かだ。
「見慣れたものに惹かれる」のは人間の本能だが,「何を見慣れているのか」は人それぞれだろう。シリーズ未体験のプレイヤーは,使い魔になったグリフォンとシャドウと相対したときに愛着が湧くだろうか。DMC5はシリーズ作品を知らなくても十分に楽しめると思うが,シリーズファンとは異なる印象が残るに違いない。
見慣れたものに少々のサプライズを加えることがヒット作の秘訣である。Derek Thompson氏の主張が本当であれば,作品の評価は「ユーザーが何に馴染んでいるか」という主観的な要素に大きく影響されることになる。
長年のシリーズファンである筆者にとって,見慣れた要素を巧みにアレンジしているDMC5は間違いなく傑作だ。だが,シリーズファンではない人には共感してもらえないかもしれない。これは作品の良し悪しの話ではない。単にシリーズに馴染んでいるのか,いないのかという話だ。
ターゲット層が何に馴染んでいるのか。何に対して驚きを感じるか。これを見極めることが,新規タイトルをヒットに導くための鍵になるだろう。見慣れている(と感じる)ものは,それぞれが育ってきた環境によって変わる。年齢を重ねることで,趣味嗜好が変化することもある。大多数のプレイヤーにアピールできる作品を生み出すことは容易ではない。
しかし,シリーズ作品ではキャラクターをプレイヤーに馴染ませることができる。これは新規タイトルにはない,大きなアドバンテージだ。以前から知っているキャラクターに再会したり,かつて見た名場面を回顧したりすると,プレイヤーは喜びを感じる。ファンの「馴染み」を育てておくことが,クリエイターにとって大きな資産となるだろ。
DMCシリーズは反復を繰り返すことで,着実にキャラクターを馴染ませてきた。同じ敵と何度も戦わせることで,さまざまな敵をファンの記憶に刻み込んだ。こうした土台を生かして,DMC5では新しいキャラクターと遊びを創出している。筆者にとって,シリーズ作品ならではの魅力をあらためて認識させてくれたタイトルである。
■■Jerry Chu■■ 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”のプログラマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。 |
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