インタビュー
いつか「ゲーマー」という言葉がなくなってほしい――「風ノ旅ビト」「Sky」を作ったJenova Chen氏が語る,ゲームというエンターテイメントにかける想い
……文字で読むと大変地味だが,パッケージがなく,ダウンロード販売のみというデメリット(当時はまだ,DL販売のみはデメリットでしかなかった)をものともせずに,2012年の海外のあらゆるGOTY(Game of the Year)を総ナメにしたタイトルだ。
その内訳も,D.I.C.E. Awards,IGN,GameSpot……などそうそうたるものだが,それだけでなく,GDCが与える栄誉ある「Game Developers Choice Awards」(通称GDCアワード)と「GDC Online Awards」では,GOTYを含む7部門にノミネートされ,すべてを受賞する※という,とんでもない偉業を成し遂げている。
※受賞したのは,GDCアワードで「Game of the Year」「Best Audio」「Best Game Design」「Best Downloadable Game」「Best Visual Arts」「Innovation」の6部門,そしてGDCオンラインアワードで「Online Innovation Award」で,計7部門。ところで本タイトルの原題は「Journey」なのだが,これを「風ノ旅ビト」と和訳したSCE(当時)の岩瀬尚子氏のセンスもまた素晴らしい。
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そんな「風ノ旅ビト」を開発しているthatgamecompanyがこれまでに作ってきたゲームは,最初期の習作に近い「Dyadin」を除けば,「Cloud」「flOw※(PS4版)」「Flowery※(PS4版/iOS版)」「風ノ旅ビト※」「Sky 星を紡ぐ子どもたち(iOS版/Android版)」の5本だ。遊んだことがある人ならよく分かるとおり,そのすべては“アーティスティック”で,UIもルールもシンプルだ。グラフィックスは美しく,背景も,ゲームシステムも,音楽も優しさにあふれている。
※「flOw」の原題は「Flow」,「Flowery」の原題は「Flower」,「風ノ旅ビト」の原題は「Journey」だが,それぞれ日本ではタイトル名が変更されている。なお「Flower」は,2013年にスミソニアン博物館が永久所蔵品に指定した。マルチプラットフォーム作品ではあるが,もっとも「Flower」の持つ雰囲気を楽しめるPS4版で遊んでみてほしい。
そんな作品を作り続けるthatgamecompanyを率いるJenova Chen(陳星漢:チェン・シンハン)氏に一度お話をお伺いしたいと思っていたが,今回の東京ゲームショウのタイミングで来日した氏に会えたことで,ようやくその願いを叶えることができた。
Chen氏は,どういう経歴で,どういう思想で,何を重視して,作品を作っているのだろうか。時間切れとなってしまい,「全然きれいに終わっていない」ことがもどかしいのだが,その一端をここに紹介しよう。
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4Gamer:
とても忙しい日(注:TGSの初日)にお時間取っていただけてありがとうございます。ようやく直接お会いすることができました。
thatgamecompany Founder兼Creative Director Jenova Chen氏(以下,Chen氏):
海外からきた僕達にインタビューを受ける機会を与えてくれて,こちらこそありがとうございます。
4Gamer:
いえ……みんな聞きたいと思ってますよ,あなたの話を。
Chen氏:
いえ,まだまだ我々はいちインディゲームメーカーでしかないですから。
4Gamer:
ご謙遜を……。ふだんはアメリカ暮らしですが,東京に来たのは何回目ですか?
Chen氏:
2回目です。でも仕事で来たのはこれが初めてです。1回目はただの旅行で,妻と一緒に楽しい時間を過ごしました。今回はビジネスで来たんですが,改めてカルチャーショックを受けました。自分がまるで野蛮人のように思えてくると言いますか……。
4Gamer:
いやいやそんなことはないでしょう(笑)。
でも実は日本のメディアのインタビューに応じるのは,今回のTGSが初めてですよね?
Chen氏:
ええ,そのとおりです。
4Gamer:
つまり日本で,あなたについてのちゃんとした記事が出るのは初めてだと思うので,まずはあなた自身のことを聞かせてほしいです。小さいころはどういう子供で,なにで遊んで,どういう勉強をしてきていたか……あなたのバックグラウンドを知りたいです。
Chen氏:
自分のことを特別な子供だと思ってました。子供の時は,みんな自分のことを特別だと思うと同じように。そうでしょう? でも振り返ってみると,単に内気でゲームとアートが好きな子でした。ある意味,本当に普通の子。
その後成長期に差しかかると,多くの人はそのころの僕には距離感を感じていたみたいです。何を考えているか分からなくて,口数も少なかったし。
4Gamer:
「内気でゲームが好きな子」は確かにゴマンといますが,あなたがこの道を進むきっかけになる出来事が,何かあったと思うんです。
Chen氏:
それは……それはまだ,青年とまでは呼べない少年時代のことです。多くの人が少年の時期に,小説や漫画,コミック,アニメ,ゲームなどのエンターテイメントを通して,強烈に感情を揺さぶられる体験を初めて受けるように,少年時代の自分はいくつかのビデオゲームでとても感動しました。感動して,涙も止まらなかったくらいです。
なぜ自分が感動したのか,一体何が起こったのか,ずっと考え続けていました。でもその理由を見つけることができなかったんです。
4Gamer:
それは,大人になっても見つかってないんでしょうか。
あとになって,なぜ自分がそんなに強烈な感情体験をしたのかを考え直しました。本当に分からなかったので。当時遊んでいたゲームも再度プレイして振り返ってみました。どんなゲームで,当時の自分が何をしていたのか,僕をあんなに泣かせた主人公は何に遭遇したのか。
もし自分があの主人公だったら,僕はどのような行動をするんだろう。主人公と違う方向に歩いていくんだろうか。周りの人と接する方法とかも違うかもしれない。自分はあのあとどのように成長して,どんな大人になったんだろう……。
極めて強烈な感情体験があったから,こういった問題を初めて広く深く考えてみたんです。何かが分かったとかではなく,それは何かのきっかけになりました。
4Gamer:
その思考実験は,最終的にどういう結果に……?
Chen氏:
おそらくあなたの推測どおりだと思いますが,答えは見つからなかったんです。でも,その衝撃的な体験の2週間ぐらい後に,僕は一つの決断をしたんです。僕はもっといい人になろう,と。自分もこういう人生を歩きたい,と。
4Gamer:
ああ……本当にすごい影響力だったんですね。あなたのピュアなメンタルを垣間見ることができて,ちょっと清々しい気分になりました。
Chen氏:
考えて考えて,考え抜いて,その結果として,そんなに衝撃的かつパワフルな体験があったからこそ,自分がよりよい人になれたと気付いたんです。そういうことありませんか?
4Gamer:
あります。うまく言えませんが,心が洗われて悪いものが流された感じがするときってありますよね。たぶんそういうことでしょうか。
Chen氏:
そうですね。きっとそういうものだと思います。
それは当時の僕にとってとても素敵な体験で,自分も人に感動を与える何かの作品を作って,人々の生活をより良いものにしたいと思いました。ただ当時の僕はもちろん,どの道でどういう作品を作るかなんて決められなくて,アニメやコミック,映画,ドラマ,ビデオゲーム……どれが自分のキャンバスになるもので,どれが自分に適する領域なのかが分かってなかったんです。
一時期は,自分の将来はアニメの仕事をするものだと思っていましたが,最終的にはゲームに辿り着きました。
4Gamer:
ちなみに,いま話を聞きながらずっと気になってるんですが,それほどまでに影響を与えたゲームって何だったんですか?
Chen氏:
一つは「Final Fantasy VII」(FFVII)ですね。そしてもう1本は「仙剣奇侠伝」※というゲームです。これは中国の作品で,誤解を恐れずに言うならFFVIIと同じようなストーリーがあって……いやもっと究極的にいうと,シェイクスピアのストーリーも同じような構造になっているわけで,そもそも悲劇的な……いやそういう話はやめましょう。
※台湾製のDOSゲーム。武侠RPGのシリーズ作品で,古代中国を背景にして「宿命」を扱った作品になっている。(→Wikipedia)
4Gamer:
残念,すごく興味があるんですが(笑)。
Chen氏:
次回,たっぷり時間があるときにぜひ話しましょう(笑)。
ともあれ,大人になってから,当時の自分が,まさかこんなに甘いストーリーに感動していたなんて,ってことに気付いたんです。やはり若さは何よりも強いですよね。まだ何も体験してなかった少年でしかなかったんです。
4Gamer:
でも多感な頃に,自分の感情を揺さぶるものに出会えるのはとても幸せだと思います。ネガティブ・ポジティブ含めて僕にもいくつかそういうものがありますけど,それらが今の僕を形作っているわけですし。
Chen氏:
本当にそうですね。今見たらありきたりのストーリーでも,当時の僕に対しては初めての本当に衝撃的な体験でした。そしてその初めての体験は,その後の人生にとって忘れられない経験となったんです。
4Gamer:
そんなあなたにとってのマイルストーン的な作品がついにリメイクですよ!
Chen氏:
あらゆる人にそれを言われてますよ(笑)。
4Gamer:
じゃあ,たぶんこれもみんな質問してると思いますが,Jenovaという名前はFFVII由来……なんですよね?
Chen氏:
そうです。
僕だけじゃなくて「Flower」と「Sky」の作曲者であるVincent※もですね。あと,周りの友人の中にそういう人は多かったんですが,僕らの少年時代は両親に「ゲーム禁止」と言われていたため,ずっとゲームのストーリーを読んでました。僕とFFVIIの関係も,最初はそういう感じで始まったんです。
※Vincent Diamante氏。ここではさらりと「FlowerとSkyの作曲者」とだけ言っているが,Jenovaが学生時代に「Dyadin」を作ったときからずっと行動を共にしている,thatgamecompanyの超古株だ。
4Gamer:
ストーリーを読む,とは?
Chen氏:
FFVIIがリリースされたとき,僕達はもちろんプレステを買うためのお金なんてないし,そもそもプレステを触ることさえできませんでした。僕の場合は,詳しく書かれたゲームレポートをひたすら読んでました。いや,ゲームレポート……とは言えないかもしれません。ゲーム雑誌のライターがゲームの主人公になりきって,ゲームストーリーや,自分が見たものや感じたことすべてを書き出していた記事です。
4Gamer:
なるほど。一種の追体験……というか,今で言うリプレイ記事かもしれませんね。
Chen氏:
ええ。プレステが買えない僕たちは雑誌を読んで,自分たちがゲームを遊んだかのように想像しました。高校のときに同じクラスだった友達から勧められた雑誌です……ええと,电子游戏软件※かな。
それで,中国の人はもちろん元々英語の名前がついてないから,英語の授業で先生に言われて英語名を選ぶんですが,FFVIIを僕に紹介してくれた友達が自分のことをCloudにしました。負けるわけにはいかないので,絶対Cloudより強いキャラクターにしようということでJenovaになったんです(笑)。
※1994年に創刊した月刊のゲーム誌(後に隔週刊)。1990年代から2000年代初期に,中国で最も影響力があったゲーム誌である。(→Wikipedia)
4Gamer:
セフィロスじゃダメだったんですね(笑)。
Chen氏:
Sephirothっていうスペリングは覚えづらいし,いまでも間違えるし,あと長いから(笑)。
非暴力で中毒性はなくて,スコアもなくて,ボスモンスターもいなくて,新しいチャレンジもない。そういうゲームにしたかったんです
4Gamer:
確かにFFVIIという名作が,プレイヤーにとても深いインプレッションを与えたのは理解できる気がしますし,それをきっかけに「人に感動を与えたい」と思ったのも,とてもよく理解できます。
でも,それらの話から導かれる感情……というかエモーションというか,そういうゲームテーマは,あなたの作品群の中で「Journey」より前の作品からは感じられないんですが,そのときはどういう思想だったんですか?
Chen氏:
それは……いい質問なのでちゃんと説明します。
ゲームに感動を受けたその一件以来,長いこと自分に対する未来構想は,「アメリカで映画学院に通ってPixarのインターンになって,いつか自分がアニメディレクターになる」……というものだったんです。
でも大学を出て,映画学院(※南カリフォルニア大学)に入学するとき,大学でゲームを3つ作った経験から,技術と脚本制作の両方が勉強できる新しいメディア学科(インタラクティブメディア学科)を勧められました。そしてその時に,一個下の後輩Rick Nelsonと二人でGDCに行ったんです。
たくさんの学生がGDCでゲームを作っているところを見て,Rickが素晴らしいアイデアを思い付きました。それは,学校にゲーム制作のお金を援助してもらうことでした。夏休みで自分が好きなゲームを作れるし,お金ももらえます。これぞまさに一石二鳥。
4Gamer:
そ,そうかもしれませんが……(笑)。
Chen氏:
いや実際そうです(笑)。当時の僕達には画期的なアイデアでした。それで学校側に直談判したんです。もし僕たちのゲーム制作を支援してくれれば,僕たちはゲームを作ってGDCの大会に進出でき,学校にとってもいい宣伝になりますよ。いい商売でしょう? ……とまぁそんな感じです。
それからゲーム制作に入りました。Vincentも当時チームメンバーの一人で,僕達はその夏にゲームを作って,実際に大会で表彰※されました。
※そのときに制作された「Dyadin」が,GDCのIGF(Independent Games Festival。毎年GDC会期に開催されるインディゲーム大会)で受賞作品に選ばれている。→Wikipedia
4Gamer:
「Dyadin」ですね。
Chen氏:
そう,それです。
そして当時の学院がそれはもう大喜びで,もっと広く推進していこうとしてました。それはそうです。安い学生を支援して莫大な広告効果が得られるのだから,とってもおいしい話です。そして学校に「ゲームイノベーション賞」という新しいプロジェクトが設けられました。業界にはないゲームを作るというのが目標で,当時の賞金は2万ドルです。当時の僕のほぼ一年分の給料です。これはもう,絶対に勝ちたかった。
4Gamer:
最初の質問に戻っちゃうんですが,つまりそのときはまだ「人を感動させる」とかそういう目的ではなかったんですね。いえ,それはそれでプリミティブで興味深いですが,世の中のみんなはそう思ってないだろうな,と思いまして(笑)。
Chen氏:
そこはとてもよく誤解されるところです(笑)。
当初ゲームを作ってるときは,別にエモーショナルな何かを表現したいとか,業界を一新させるような新しいものを作りたいとか,そういう意図はまったくなくて,ただ単にお金が欲しかったんです。それで,当時流行ってた「Grand Theft Auto:San Andreas」とまったく逆の作品を作ろうと思ったわけです。なにしろ当時アメリカで起こった大規模無差別銃撃殺人事件※は,ゲームのせいだと大手メディアすべてに批判されましたし。まぁそれから15年経った今でも,政府は銃乱射事件をゲームのせいにしてますけどね(肩をすくめる)。
ともあれそんな背景があったので僕達は,非暴力である,中毒性はない,スコアはない,ボスモンスターはいない,新しいチャレンジはない,そういうゲームにしたんです。本当にまったく逆のゲームにしたかったわけです。
※レッドレイク高等学校銃乱射事件(2005年3月21日)
4Gamer:
ちょっと似たような発想でゲームを作った人を,僕はもう一人知ってますよ。
Chen氏:
そんな人がいるんですね。誰ですか? すごく興味があります。……いや待って,やっぱりその答えはあとで聞きましょう。
それで,どういうものを作ろうかと考えながら,ある日寮から教室まで歩く途中でとてもキレイな雲を見ました。LAは中心区以外が全部砂漠みたいなところで,ふだん雲があまり見えないんですが,その日はちょうど嵐が通りがかって雲が見えて,キレイだなあと思いました。それで,なんとなく雲のゲームを作ろうと思ったんです。
それで,当時の教授だったTracy Fullerton※に「これってどういうゲームを作りたいの?」と聞かれて,最初の発想だった「宇宙人が,嵐を呼んだり空気を操ったり」と話したら,主人公を子供にしてみては? と教授からアイデアをもらいました。ところが,僕は子供のことなんかほとんど知らないし分からないので,自分の子供時代を振り返ってデザインしてみました。
※調べてみたらただの大学教授ではなかった。Jenovaとの縁は,USC Game Innovation Lab.から始まって,「Cloud」と「Flow」のアドバイザーも務めている。
4Gamer:
「Sky」にも通じるものがある,あの主人公のデザインとアイデアは,教授の案だったんですね。
Chen氏:
ええ。一学期分で完成する予定だったこのゲーム「Cloud」は,最終的には一年かかりました。僕達は,単純に完成したことだけを喜んでたんですけど,でもそんなシンプルなことでは終わりませんでした。世界中の人がこのゲームに感動して,涙まで流してくれたんです。このゲームは,僕のキャリアのターニングポイントになりました。
4Gamer:
実はそのときのことをリアルタイムには知らないのですが,そんなに大きな反響だったんですか。
Chen氏:
「Cloud」は,結局60万回以上ダウンロードされました。僕達が作ったのは,ただのzipファイルだったのに! 2005年の人は,ネットから出所のよく分からない大きなZipファイルなんかダウンロードしませんでしたよね?
それよりも僕達を驚かせたのは,たくさんのメッセージが届いたことです。その中に一通「このゲームの開発者の方へ。あなたはとても美しい人ですね」というものがありました。それまでの人生で,僕のことを美しいとは言ってくれた人なんて誰一人としていませんでした。両親ですら。なのでそのコメントには,ある意味とても大きなショックを受けました。
4Gamer:
自分が作ったものが,自分の想像を超えた影響を与えた瞬間です。
Chen氏:
そうなんです。遊んでくれた人達は,「Cloud」というゲームの美しさに感動して,「ゲームが癒しになるなんて思わなかった」と言ってくれたんです。みんな,ゲームは「競争か対戦」だと思っていたんですね。そうこうしてるうちに,オーストラリアの新聞「シドニー・モーニング・ヘラルド」に「Cloud」の記事が掲載されました。「このゲームには人を泣かせる力がある」と。※
それからプレイヤー達のメッセージもどんどん届きました。商業化するべきだ,世界中の人にゲームは殺伐とした戦いだけではないことを知らせるべきだ,ゲームにはもっとポジティブな面もあることを知らせるべきだ……そういうメッセージをたくさんもらったので,ついに僕も真剣に考え始めたんです。
※元記事を発見したので掲載しておこう。外部リンク:The Sydney Morning Herald
4Gamer:
ようやくthatgamecompanyに通じる話が登場しました。
Chen氏:
そうなんですが,もちろんそんなに簡単な話じゃなかったです(笑)。
家族の誰も企業運営の経験がなかったし,そもそも起業するお金もなかったし。ただ,純粋に多くの人が僕のゲームを好きになってくれて,やるべきだと言ってくれている。それならやれるんじゃないか,という甘い発想でした。
4Gamer:
お金儲けのためではない起業は,甘い発想と夢物語でしかないかもしれませんが,それでもやっぱり美しいと思います。
Chen氏:
そう言ってもらえると,当時の僕も救われます。
その甘い発想に駆り立てられて,僕達はパブリッシャ探しの旅を始めたんです。20社以上のパブリッシャと話をしたかな……。Microsoft,Nintendo,Electronic Arts,Activision……ほぼすべての大手パブリッシャの担当者と話をして,全員に断られました。ビジネスの場では誰も直接「No」とは言わず,何となく察してほしいという雰囲気を出していたのに,当時の僕はバカで,それをまったく分かっておらず,甘ちゃんすぎる考え方で,ずっと続けていたんです。
最終的には運良く――ホントに運は良くて――SonyとNintendoが僕らのゲームに興味を示してくれました。そのゲームは「Cloud」ではなくて「Flow」だったんですけど。でもそれが,僕達のゲームスタジオの始まりになりました。今考えてみると,当時の僕らのスタートは場当たり的で,本当にただラッキーだっただけなんです。
4Gamer:
若いころはこうだった,と客観的に話せることはすごいことだと思うし,そもそもすごくいい話じゃないですか……。
“音楽リスナー”とか“映画ウォッチャー”みたいな言い方がないように,いつか“ゲーマー”という言葉もなくなってほしい
4Gamer:
スタジオ設立のときの話で,ようやく「Flow」が登場しましたね。あれって,僕も古い人間なので遊んだ瞬間に気付いたんですけど,遠い昔にコンピュータのBASICとかで遊んでいた「スネークゲーム」※ですよね。
※「スネークゲーム」Wikipedia
Chen氏:
うむむ,まったくそうですね(笑)。
4Gamer:
あれがなぜそんなに評価されたと考えていますか?
ちなみに,僕も「Flow」は好きで,一度始めると黙々と食べ続けちゃう――少しずつ大きくなっていくのが美しくて楽しい――んですけど,あれがなんで好きなのか自分でもちょっと分かりません。開発者はどう思ってるのか,ちょっと興味あります。
Chen氏:
あなたは……なかなか凄い記者ですね。事前に僕のことを全部リサーチして,面白い答えを導き出そうとしていますね? そしてたぶん,これから僕が話すこともすでに分かっているんだと思いますが,それでもお答えします(笑)。
4Gamer:
ありがとうございます(笑)。
Chen氏:
600万人もの人が,僕のサイト(※FlowはもともとFlash版のゲーム)で「Flow」を遊んでくれました。学生時代に作ったゲームなのに,今まで僕が作ったゲームの中で,一番プレイヤー数が多いゲームです。
「Cloud」を完成させて公開したとき,それに感動して僕達に感謝のメッセージをくれた人達と同じぐらいの数,人から勧められたけど遊び方が分からなくて説明を求めてくる人達もいたんです。その多くの人はもちろんゲーマーじゃなかったですが,それでも「Cloud」をダウンロードして遊ぼうとしてくれて,でもどうやって遊べばいいのか分からなくて困っていました。
確かに「Cloud」は,操作方法の説明書きを見ただけで,ゲーマーでない人は「あ,無理」と思ってしまうかもしれません。
Chen氏:
そうですね。今改めて見れば,そういうこともよく理解できます。でも当時は,そういうこともちゃんと分かってなかったんです。
「Cloud」は当時の僕に,1つの教訓を与えてくれました。それは,ゲーマーと,ゲームを遊ばない人との間には,とても大きな知識のギャップがあるということです。ゲーム初心者に対しては,ほぼすべてのゲームが難しすぎます。ゲーム初心者に対して威圧感を与えれば,もうそれだけでその人達はゲームを楽しめなくなります。
僕はゲームが好きですが,ほかの人が同じ思いを持っているわけではありません。ましてや親の世代は,もっとそうです。多くのゲームを作って,もっと多くの人がゲームを遊んで,もっと多くの人がゲームを好きになってくれたらいいな……という夢を,当時の僕は見ていたんです。
4Gamer:
でも,それだけ多くの人に遊んでもらえたのなら,その想いは結果的に「Cloud」の中に根付いていたのでは?
Chen氏:
もしかしたらそうかもしれません。ゲームを遊ばないような人達が遊んでくれたというのは,開発者である僕にとっての最高の褒め言葉でした。そしてそれをきっかけにして,もっと多くの人が僕達の“仕事”を分かってくれるようになるかもしれません。
でもそういうことを思うのと同時に,一種の罪悪感をも感じました。せっかくゲームに興味を持ってくれたのに,ゲームが難しくて挫折を味わってしまったんじゃないだろうか,僕のせいでその人達とゲームとの距離が,また離れてしまったんじゃないだろうか……。もし僕が,ゲームを遊んでくれた初心者の人達に良いゲーム体験を与えられないのだとしたら,そもそもゲームを遊ばない人達に対して,僕はなんの影響も与えられてないじゃないか,と。まずは,この問題を解決したいと思ったんです。
4Gamer:
なるほど……。でも初期にそれに気付いたのはすごいと思います。その反省点……いや反省点って言うのは違いますね,その問題点を少しでも解決の方向に進めようと思って作ったのが,「Flower」なんですねきっと。
Chen氏:
そのとおりです。
4Gamer:
かつてのゲーム大国の影響や,いまなお強い任天堂の存在感から,日本はコンソールゲームの聖地とされていますけど,日本でも「ゲームの権利」はまだまだ低いと言わざるを得ません。最近ではeスポーツやらいろいろとプラスの材料もありますが,今しがたあなたが言ったように,ある程度の年齢以上の親世代の人はいまでもネガティブですし,ゲームをするとバカになるとか勉強しなくなるとか,いまだにいろんなことが言われています。
Chen氏:
逆! 逆でしょう?(笑)
人はゲームの中で勉強します。ゲームは人を賢くします。ゲームを遊ばない人より,ゲームを遊んでる人のほうが頭はいいでしょう?
4Gamer:
多くの人はそう思っていませんよきっと。
でもあなたの考えている,ゲームは広く大勢の人にやってもらいたいという思想が日本でもちゃんと広がれば,日本でも――いやもしかしたら中国でも――ゲームという文化の立ち位置は,もっと上がっていくと思いますか?
Chen氏:
それはつまり,あなたはゲームの立ち位置が低いままで,上がる見込みがないと思っているということですか?
4Gamer:
そこまで悲観的ではないです。でも日本では,ゲームの産業としての位置がずっと低いままであるというのが1つ。そしてもう1つ,最近はこちらのほうが気になっているんですが,ゲーム業界全体が,なんと言うか広く多くの人に遊んでもらいたいという方向に“進んでいない”ことを危惧している,というのが質問の意図です。
Chen氏:
これは,僕が大好きな話題です。とてもいいですね。
何から話しましょうか……長くなりますけどいいですか? 僕がアメリカに来たばかりの頃,たぶん2004年か2005年か,そのあたりです。当時の授業で教わったんですが,アメリカのゲーマーの平均年齢は35歳とのことでした。当時の教授は,Electronic Artsのファウンダーの1人であるBing Gordonという人でした。当時の僕は,彼に自分の意見をぶつけてみました。曰く,
「今ゲームをリスペクトしてくれない人達が,いつかゲームを尊重してくれるようになることをしたい。“音楽リスナー”とか“映画ウォッチャー”みたいな言い方がないように,いつか“ゲーマー”という言葉もなくなってほしい。音楽を聴く時に,映画を観る時に,人々は自分の気持ち(=ムード)を語るように,ゲームもそうなってほしい。」
4Gamer:
なんというか……あなたのことがますます好きになりそうです。
Chen氏:
ありがとう。でも教授は僕のことを優しく笑いました。
「大丈夫,そんなことを頑張る必要はないよ。今ゲームを遊ばない人はみんな年を取っているんだから,15年か20年か経つと,その人たちはみんな死んでいなくなる。そうしたらみんながゲームを遊ぶ時代が来るから。」
あれから15年経って,ゲーマーの平均年齢は35歳から50歳になりました。……もちろん平均が50歳になっているわけはないのですが,少なくとも彼が間違っていたことはもう証明されたと思っています。時間が経っても状況が変わらないことは事実なんです。
4Gamer:
確かにこれだけスマホゲームが普及して,これだけeスポーツがもてはやされる昨今でも,大局的状況はあまり変わってないかもしれません。
Chen氏:
そこでまず僕は,自分の考えを整理してみました。そう,映画学院出身らしくいきましょう(笑)。
広く受け入れられるメディアというものは,老若男女問わず,人種や宗教を問わず,誰でも自分に合うものを見つけられるものです。音楽や映画がそうですね。でもそれは,薄々お察しのとおり今の「ゲーム」に適用できません。
4Gamer:
そうですね。むしろ今のゲーム業界のムーブメントに「合う人」だけがいられる場所になってます。
Chen氏:
そう。例えばコンソールゲームですが,これは負のスパイラルに陥っている気がします。
コンソールゲームに触れた初めての世代から今に至るまで,若い男性のプレイヤーがゲームに流れ込んできています。多くの“ゲーム評論家”も若い男性なので,人気が出るように,より売れるように,多くのゲームは若い男性をターゲットに作られています。
4Gamer:
おっしゃることは理解できます。
Chen氏:
「ゲームはエンターテイメントメディアである」という視点から考えると,これはものすごく偏ったものであることが容易に分かると思います。いまどきのゲームをジャンルで分類するなら,「冒険」「アクション」「スリラー」「ホラー」とかそういうものばかりで,これらはすべて,基本的には若い男性向きのジャンルになります。
ある程度年齢がいった人や女性向きであるジャンルである,例えば「ロマンス」「恋愛コメディ」「ファミリー」「ドキュメンタリー」とかそういう――僕も最近こういうのがいいですね。年を取ったからかな?――ものは,小説などの伝統的なメディアや,映画や音楽には出てきますけど,ゲームではほとんど見つけられません。
4Gamer:
ええ。誤解を恐れず言ってしまえば,似たような感じのゲームがとても多いと思います。ステレオタイプのストーリーと,ステレオタイプのキャラクターと,ステレオタイプのゲームシステムと……。
けれど,選択の幅はもっと多くてもいいと思うんです。
Chen氏:
そうなんです。もしも,限られた人しか楽しめないものなら,そのメディアに対しての社会全体からの誤解がなくなることは決してありません。なので,ゲームを社会からリスペクトしてもらう唯一の方法は,ゲームのエモーショナルな部分を広げて,映画やドラマ,小説,舞台,音楽などのようにしていかないとならないと思います。
老若男女を問わず,人種や宗教を問わず,誰でもゲームで自分に合うものを見つけられる日が来たら,そこでようやく,誰でもゲームを遊ぶ日が来ると思うんです。ゲームを「遊ぶか遊ばないか」ではなくて,どのゲームを遊ぶのかという選択になるわけです。
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