連載
【Jerry Chu】コントローラは無色透明であるべきか
Jerry Chu / 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー
Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」Twitter:@akemi_cyan |
コントローラは無色透明であるべきか
据え置きゲーム機にはゲームパッド,PCゲームならキーボードとマウスを使うこともある。携帯ゲーム機の場合,本体とコントローラが一体化している。スマホにはタッチ操作のバーチャルコントローラがある。形や操作方法は異なるが,我々は何かしらのインタフェースを通じて,ゲームの世界に働きかける。
だが,妙なことに我々はコントローラをあまり意識しない。ゲームを遊んだことがなければ,「○ボタンを押せ」と言われても,すぐに押せないだろう。しかし,ゲーマーは手元を見ずとも,キーやボタンを操作できる。ゲーマーにとって,もはやコントローラは体の一部になっている。
ゲームの基本操作には,ある程度の定石がある。FPS/TPSなら左スティックでキャラクターの移動,右スティックで視点を動かす。DUALSHOCK 4の場合,[○]ボタンでしゃがみ,[R2]ボタンで銃を撃つのが一般的だ。
アクションゲームであれば,[□]ボタンで攻撃,[×]ボタンでジャンプ(または回避)だろう。こうしたジャンルに慣れている人は,マニュアルを読まなくてもキャラクターを意のままに操れる。
ゲームの世界に没入したり,夢中になったりする体験を,「コントローラを持っていることも忘れる」と表現することがある。「没入感」や「直感的操作」を良しとする昨今において,コントローラはあくまでインタフェースでしかなく,空気のような存在が望ましい。
コントローラを意識させる
Giant Sparrowの「What Remains of Edith Finch」(邦題 フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと)は,あえてコントローラを意識させるゲームだ。
本作の主人公は,呪われた一族と称されるFinch家の末裔。廃屋と化した屋敷に足を踏み入れ,先祖達が残した遺品を手に取りながら,彼らに訪れた悲運な死を追憶していく。
一人称視点で無人の屋敷を探索することになるが,戦闘やパズルの要素はほぼない。ストーリーと雰囲気に主眼が置かれており,いわゆる「Gone Home」のようなアドベンチャーゲームだ。
「Gone Home」との共通点は多いが,決定的な違いもある。「What Remains of Edith Finch」は屋敷を探索しつつ,テキストやセリフを追うばかりでなく,さまざまなゲームプレイが体験できる。
飢え過ぎた女児は肉食獣になる幻覚を見た。プレイヤーはフクロウやサメになって,ほかの生物を捕食していく。凧あげの最中,嵐に巻き込まれた男児のチャプターでは,プレイヤーは空飛ぶ凧を操ることになる。写真撮影が趣味の男性の場合,彼が命を落とすまでの出来事をカメラのレンズ越しに目撃する。
主人公が屋敷を探索するときは,左スティックで移動,右スティックで視点操作,右トリガーでアクションというオーソドックスなFPS風の操作だ。だが,追憶のチャプターでは,それぞれ独自の操作方法がある。
フクロウやサメになったときは,アナログスティックで方向転換,右トリガーで動物を捕食する。凧揚げではキャラクターを操作するのではなく,アナログスティックで大空を舞う凧を操る。写真撮影のときもその場から動くことはなく,左スティックで視点をズームして,右トリガーでシャッターを切る。
チャプターによって操作方法は異なるが,チュートリアルや説明はない。プレイヤーはまさに手探りで操作方法を探るしかない。こうした仕様について,「What Remains of Edith Finch」のクリエイター,Ian Dallas氏は次のように語っている。
「ゲームを遊び始めたときに,『このボタンはどう機能するか』『この世界では何ができるか』『自分の行動に対して,この世界はどう反応してくるか』を探るのは,ビデオゲームにおいて最も純粋な探索行為だと思う」
「ゲームをマスターすることより,私はビデオゲームだからこそ感じられる“初心者の感覚”のほうに興味を持つ。プレイヤーはゲームを能動的に探るが,我々の作品のテーマは“未知”と“探索”だから,10〜15分おきに操作方法を変えることでプレイヤーの注意を引き,ゲームプレイに慣れることを防いだ」
※Glixelのインタビューより。
ブランコから転落して命を落とした子供を演じるチャプターがある。ブランコを漕ごうと左スティックを倒したら,左足が前に出るだけでブランコは動かない。何回も倒しても変わらない。
しばらくして,ようやく気がついた。左右のスティックがそれぞれ左足と右足に対応しているのだ。左右のスティックを同時に倒して両足を動かすると,やっとブランコが動き出した。思わず「なるほど!」とこぼしながら,答えを見つけた喜びを実感する。ゲームの遊び方を探るという体験。これがIan Dallas氏の言う「初心者の感覚」ではないか。
「What Remains of Edith Finch」は操作方法が異なるミニゲームを1本のパッケージにまとめており,いわばアンソロジーである。「次は何が出てくるのか分からない」というワクワク感がある。
通常,ゲームの操作方法に慣れてしまえば,コントローラを気にせずにプレイし続けられる。だが,「What Remains of Edith Finch」の操作方法は頻繁に変わり,慣れることはない。
ゲーマーにとってコントローラは体の一部になっているはずだが,本作ではコントローラを見ながら操作することになる。まさに初心に立ち返るような感覚だ。操作方法を頻繁に変えることで,プレイヤーの意識をコントローラに向けさせている。
2つの操作を同時にこなす
Finch一族の死に様のなかで,Lewis Finchはとくに印象深い。Lewisは魚の缶詰工場で働く青年だった。彼は魚の首を延々と切り落とし,単調な作業をしながら妄想に耽るようになる。
現実世界のLewisは,缶詰工場で働く一介の従業員だ。しかし,彼の脳内では一国を治める国王になっていた。万民に愛されるLewis王は,やがて海を渡って壮大な冒険に出る。
Lewisのチャプターでは,現実と妄想に生きるLewisを同時に操ることになる。プレイヤーは右スティックでLewisの右手を動かし,魚の首を切り取ってベルトに投げ込む。それと同時に左スティックでは妄想の世界を歩む。
Lewis王を目的地に導きたいが,作業台に放り込まれる魚が妄想の世界の視界を遮る。したがって,プレイヤーは魚を素早く捌かなくてはならない。
「2つのタスクを同時にこなす」体験は,なかなか新鮮だった。放り込まれる魚を持ち,首を切ったらベルトに投げ入れる。呆気ない作業だ。左スティックで2Dマップを歩くのも,さほど難しいことではない。別々でやるなら,どちらもつまらないタスクだが,これを同時にこなそうとすると難度が跳ね上がる。
魚,Lewisの右手,Lewis王。プレイヤーは3つのポイントを注視しなくてはならない。 魚ばかりに注目していると,Lewis王は壁にぶつかってしまう。Lewis王に気を取られると,今度は魚を捌き切れず,妄想の世界の視界が遮られる。2つの操作を同時に行わせることで,単調な作業を挑戦しがいのあるものに変容させたわけだ。
さらに「左手と右手がそれぞれ違うものを操作する」という感覚は,Lewis自身の心境をうまくシミュレートしている。Lewisは働きながら,空想では大冒険を繰り広げる。2つの思考が彼の脳内で並行するように,プレイヤーも2つの操作を並行してこなす。
Lewisの妄想は次第にエスカレートしていく。最初,ファンタジーの世界はモノクロの2Dマップで描かれるが,やがて色鮮やかな3D空間に変わる。画面の左側に存在する妄想の世界は徐々に拡大し,遂に現実世界を覆い尽くす。缶詰工場の景色が完全に消え,妄想にのめり込んでいくLewis。現実を捨てた彼は,ゆるりと自らの最期を迎える。
コントローラの操作とキャラクターの心境が完全に同調したかのようだ。Lewisのチャプターは切なくて美しく,「What Remains of Edith Finch」のなかでも存在が際立っている。
兄弟を同時に操る「Brothers: A Tale of Two Sons」
Lewisのチャプターをクリアした筆者は,真っ先に「Brothers: A Tale of Two Sons」(邦題 ブラザーズ:2人の息子の物語)のことを思い出した。兄弟の冒険を描く本作の特徴と言えば,キャラクター2人を同時に操作する点だ。
弟がレバーを回して柵を上げているうちに,兄がくぐっていく。兄弟が力を合わせて,重いオブジェクトを運んでいく。役割を分担して船を漕ぐ。プレイヤーは左右のスティックでそれぞれ兄と弟を操作して,さまざまなパズルを解いていく。
「キャラクター2人を同時に操作する」というメカニズムは,兄弟の絆の比喩にもなっている。「孤掌鳴らし難し」という諺(ことわざ)があるが,プレイヤーは左手(兄)と右手(弟)の動きを同調させないとパズルを解けない。
左手と右手,兄と弟。これらが対をなす存在であるテーマは,操作方法を通じてプレイヤーに伝わる。
「What Remains of Edith Finch」はプレイヤーの左手と右手を,Lewis Finchの脳内に共存する2つの思考に喩えた。対して「Brothers: A Tale of Two Sons」は,プレイヤーの両手を一心同体である兄弟に喩えている。
コントローラは決して異物ではない
ゲームとプレイヤーの間にコントローラが介在する。ゲームに没入したいプレイヤーにとって,コントローラは異物なのかもしれない。
同ジャンルのゲームは,同じような操作方法になっている。ゲームの途中から操作方法がガラリと変わることも稀だ。プレイヤーに不慣れな操作をさせることは,没入感を損なう恐れがあるのだから当然だろう。
だが,コントローラは必ずしも無色透明であるべきではないと,「What Remains of Edith Finch」は示してくれた。
本作は2時間前後でクリアできるので,プレイ映像を映画感覚で眺めた人もいるかもしれないが,ぜひ実際に体験してほしい。自分の手でコントローラを握らなくては,Lewis Finchの心境にシンクロできない。
「Brothers: A Tale of Two Sons」もプレイ映像を見ただけでは,ストーリーを完全に理解することができない。なぜなら,特殊な操作方法も物語の一部だからだ。
■■Jerry Chu■■ 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。 |
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ブラザーズ:2人の息子の物語(Brothers: a Tale of Two Sons)
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