インタビュー
橋野 桂氏×マフィア梶田対談[後編]――1周年を迎えた「ペルソナ5」を振り返り,「PROJECT Re FANTASY」への取り組みや橋野氏の人物像について迫る
今回の後編では,2016年9月15日の発売から1周年を迎えた「ペルソナ5」(PS4 / PS3)を,貴重な資料や動画を見ながら振り返り,新プロジェクト「PROJECT Re FANTASY」への取り組みについても話してもらった。橋野氏のパーソナルな部分にも迫っているので,こちらもお見逃がしなく。
なお「ペルソナ5」振り返りには,同作品に関するネタバレが多少含まれる。まだクリアしていない人や,これからプレイする予定だという人は注意してほしい。
4Gamerでは,「ペルソナ5」と「PROJECT Re FANTASY」について,2016年8月と2017年2月にそれぞれインタビューを行っている。こちらにも目をとおしておくと,この対談での会話がさらに深く理解できるかと思うので,対談の前編と合わせて読んでみてほしい。
■2016年8月20日掲載「ペルソナ5」インタビュー
「ペルソナ5」橋野 桂氏インタビュー。“心を盗む怪盗”をテーマにした本作と,20周年を迎える「ペルソナ」シリーズに込められた思いを聞いた
■2017年2月3日掲載「PROJECT Re FANTASY」インタビュー
アトラスが「PROJECT Re FANTASY」で目指す“真なるファンタジーへの回帰”とは。プロデューサー 橋野 桂氏が新たなRPGへの挑戦について語る
橋野 桂氏×マフィア梶田対談[前編]――ゲーム制作を志したきっかけから「ペルソナ3」まで,橋野氏がゲームクリエイターとしての歩みを振り返る
「PROJECT Re FANTASY」公式サイト
“パズルを解くイメージ”でより良い方向へ変えていった
貴重な資料や実験動画で振り返る「ペルソナ5」
4Gamer:
ここからは発売から1周年を迎えた「ペルソナ5」を振り返っていただきたいと思うのですが……なんと橋野さんが,今回の対談のために制作時の貴重な資料を用意してくださったんです。
橋野 桂氏(以下,橋野氏):
どれくらいの範囲を公開できるか分からないんですが,もしも興味がおありならと思っていろいろ揃えてみました。
マフィア梶田:
めちゃくちゃ嬉しいです。橋野さんとお話できるのはもちろんですが,今回はこれを凄く楽しみにしていたんですよ。
橋野氏:
この資料を見ながらどんな話をすればいいのでしょう。
マフィア梶田:
P5のインタビューって,これまでたくさんしてきたと思うんですが,まだ表に出ていないような話ってありますか?
橋野氏:
そうですね……いま資料を広げながら思い出したんですけど,先ほど(※インタビュー前編)「ペルソナ3」以降で,仕事への取り組み方に大きな変化はなかったと答えましたが,一つ大きく変わったことがありました。
マフィア梶田:
おおっ,なんですか。気になりますね。
橋野氏:
これまで以上に,制作チームのスタッフがプレイした感想を重要視するようになったんです。具体的にどのようなことをしていたのか,この資料を交えてお伝えできるかなと思います。
4Gamer:
なんだかぎっしりと書き込まれていますが……何かの指示書でしょうか。
橋野氏:
これは「シナリオの課題リスト」といって,全体的なシナリオが仕上がって,ゲームとしても通してプレイできる段階で,制作チームのスタッフから集めた意見や指摘です。
物語の展開やキャラクターの振る舞いなどで,疑問に思った点や矛盾を感じた点を,自由に書き込んでもらったものなんですが,これを見て問題があれば修正していくんです。
マフィア梶田:
凄い量だ……どうやってフィードバックを集めたんですか?
橋野氏:
スタッフが各々自由に書き込めるシステムがあるんです。自分の意見を届けようと積極的に書いてくれた人や,仕事として何か出さなきゃと頭をひねって考えてくれた人など,いろんな意見があってなかなか面白いですよ。
それを印刷したものなんですね。梶田さんがさっそく見入っちゃっていますが(笑),一体どのようなことが書かれているんでしょう。
マフィア梶田:
いきなり“モルガナの設定への懸念:もっとも大きいのが(「ペルソナ4」の)クマとの類似点”なんてものが目に入ってきたんですけど……これ,俺なんかが触れていいものなんですか?
橋野氏:
「モルガナとクマって何が違うの?」って禁句じゃないですけど,「中の人がそれ言っちゃうの!?」って,読者の人もビックリされるかもしれないですね(笑)。でも,それくらいの指摘は割と普通ですよ。
4Gamer:
異世界で出会った謎の存在でペルソナ使い,そしてマスコット的キャラクターと……たしかに近しいポジションのキャラクターではありますよね。
橋野氏:
だからこそ,意味や役割の違いを感じてもらえるよう,慎重にモルガナというキャラクターを作っていったんです。ゲームが発売されて,それを手にしたユーザーの皆さんから「クマとモルガナって一緒じゃん」なんて声があがったら,作った方としても残念じゃないですか。
マフィア梶田:
“少しでも好色っぽい部分が出るとクマとかぶる”……なるほど,たしかに(笑)。こうやってあがってきた意見って,全部チェックして修正していったんですか?
橋野氏:
基本的には全て目を通しています。「あまりにも個人的過ぎる視点だな」と感じたものはさすがに対応しませんけど,「これはプレイヤーも気にするんじゃないか。違和感を覚えるんじゃないか」というところが少しでもあれば,なにが問題でそうなるのかをしっかり考えて修正していきましたね。
マフィア梶田:
凄いな……普通こんなゲームの作り方ってします?
橋野氏:
多かれ少なかれあるかとは思いますが,スケジュールにはいつも苦労しますね。
4Gamer:
時間やコストの面を考えると,たしかに難しそうですね。
マフィア梶田:
この作業って,かなりキツくないですか? 問題点を指摘する方,それを受け止めて対処する方,どちらで考えてもストレスフルじゃないかと思うんですけど。
橋野氏:
たしかに時間も労力もかかる作業ですが,でもやったほうが絶対クオリティが上がるものですから。
それよりまず大前提に,自分達が納得できていないもの,自信をもって送り出せないものが,ユーザーの皆さんに認めてもらえるはずがないという思いがあるんですよ。
制作チームには,ゲーム制作の現場が分かっていて,「P5」がどのような制約がある中で作られているか分かっていて,そしてゲーム好きという人達が集まっているわけです。まずはその人達から,「これがベストですね」って言われる仕上がりにしないといけない。1つめのふるいにかける,みたいなイメージですね。
マフィア梶田:
しかしこうして目を通すと,なかなか辛辣な意見も多いし,表に出せないような表現もけっこうある(笑)。いかにも内部資料って感じです。
4Gamer:
気になるものは何かありますか? 使えそうな範囲のもので(笑)。
マフィア梶田:
“杏について:見ためで遊んでいる女のような誤解を持たれやすいので,早い段階で根は純情であることを感じてもらう必要がある”。これについては,ここでは読み上げられないような,直接的な表現の指摘も続いてますわ(笑)。
4Gamer:
高巻 杏は作中において,目立つ容貌で周囲から誤解されてしまうというキャラクターですが,ゲームをプレイしていて“遊んでいる女”みたいな印象にはならなかったですよね。
マフィア梶田:
どうやって変えていったのか気になりますなあ。
橋野氏:
仕草一つでずいぶん印象が変わるんです。例えば怪盗団の集合シーンですが,天真爛漫な面を出そうとして,机の上に座って足を組むみたいなモーションにしたんです。
するとスタッフから,「タイツを履いているとはいえ,向かいにいる人にパンツが見えているのが分かっている女じゃないと,ミニスカートでこんな座り方は絶対しない」って指摘がきたんですよ。
マフィア梶田:
「これだと遊んでいる女だと勘違いされる!」と。
橋野氏:
キャラクター設定をしているこちらは先入観もあって,なかなか気が回らないんです。そういったところを,設定サイドに遠いスタッフがプレイしたときに見つけ出してくれるんですよ。
それで「ああ,なるほど。たしかにそうだ」と気付かされて,座り方や位置を変えましたね。
マフィア梶田:
なんて余計なことを!
橋野氏:
いえいえ,修正前だって別にパンツが見えていたってわけじゃないですよ(笑)。
マフィア梶田:
“パンツが見えるかも”という構図っていうだけで,ドキドキするんじゃないですか! 「この角度だと見えてるんじゃないか」という妄想もできるわけですよ。
橋野氏:
そっちの発想はありませんでした(笑)。
4Gamer:
(笑)。天真爛漫な女の子に見えるか,はたまた遊んでいる子っぽく見えるか,仕草ひとつで変わってしまうというのは,この話を聞いて納得です。
橋野氏:
パーティメンバーに関してだと,喜多川祐介が登場する「班目編」で苦労したことを覚えています。祐介に愛着が持てなくて,ターゲットとなる斑目一流斎も憎く思えないという意見もあがったんですよ。
マフィア梶田:
マジか……完成したゲームをプレイする限り全く想像つかないですよ。
4Gamer:
そうですね。真逆と言っても過言ではない,放っておけないキャラクターになっていますから。
橋野氏:
この班目編は,怪盗団のメンバーが揃っていく序盤において,彼らに感情移入できるかどうかという意味でも重要なシナリオだったんです。
そういった意味でもかなり気を遣っていたのですが,このままだと話に乗っていけなくて,ここでゲームを止めてしまうプレイヤーが出るんじゃないかと。
マフィア梶田:
修正前のシナリオがかなり気になりますわ。具体的にどうやって直したんですか?
橋野氏:
大きく作り直すわけにも行かないので,言葉の順番を入れ替えたり,別のところで使っていたセリフを切り貼りしたりもありましたね。こういう指摘を受けたものって,“セリフの言いまわしに気遣いが足りなかったために,結果,嫌な感じに聞こえてしまった”ということが多いんです。
そういう部分は,例えば語尾がちょっと変わるだけで解決することもあります。
マフィア梶田:
よく分かります。日本語の難しいところですよね。
あと「P5」のベースには悪党を主人公とした物語の様式である「ピカレスクロマン」があって,テーマの一つに「反逆」がありました。
それらをベースに,特殊な能力に目覚めた高校生が,まだまだ未熟な正義をかざしながら世直しみたいな活動を始める……という物語が展開していくわけですが,「こんな不良達には感情移入できない」となってしまう可能性もあるわけです。
マフィア梶田:
だからこそ,序盤の展開やキャラクターの振る舞いは細かくチェックしたと。
橋野氏:
はい。もちろんそれは,序盤だけではなく全体的に気を遣ったところではあるんですけどね。本当に些細なところでもニュアンス次第でガラッと印象が変わるので,話し方や仕草って本当に大事なんだなって,あらためて痛感しましたね。
マフィア梶田:
なるほど。この修正作業ってどれくらいの期間を要したんですか?
橋野氏:
シナリオだけでも,2か月くらいは掛かったかと思います。
マフィア梶田:
シナリオ“だけ”でも?
橋野氏:
ゲームシステムに関しても,同じ作業をしていますから。
マフィア梶田:
マジか……しかし,こんなことやってたら,そりゃ発売が延びるに決まっているじゃないですか(笑)。
橋野氏:
いえいえ,これがあったから延びたというわけではないですよ。「ペルソナ4」でも同じことをやっていますから。
マフィア梶田:
そうか……そう考えると,逆によくその期間で修正できたなっていう話になりますね。
橋野氏:
とはいえ,たしかに「P4」のときよりも,複雑で大変なものにはなっていましたけどね。
「P4」のシナリオも,ミステリーとしてどんでん返しを用意しましたが,それに比べても「P5」の展開は全体的にトリッキーだったので。
4Gamer:
そうですね。それこそゲーム中盤の大きな山場では,推理小説のようなトリックもあります。
橋野氏:
あれは最初につないだものが,破たんの連続で。「これだと矛盾している,これだと次の展開につながらない」と,苦悩しながら何度もやり直しました。
「おかしいところは全部つなぎ直した」と思ってテストプレイをお願いしたら,重大な見落としを指摘されるなんてこともあって,かなり大変でしたね。
マフィア梶田:
その苦労もかなって,素晴らしいトリックになっていたじゃないですか。「どうなるんだこれ?」って,ハラハラしながらイベントを見届けましたよ。
橋野氏:
そうなら嬉しいですね。この資料(課題リスト)の続きというわけじゃないですけど,「シナリオの設計図」というのも用意しました。制作スタッフからあがった意見や指摘に対して,どのような形で対処したかが色分けされて分かるようになっています。
4Gamer:
こちらも凄い量ですね。
この辺りなんか全面真っ赤で,文字も枠からはみ出しちゃっているじゃないですか。
橋野氏:
赤いところは相当苦心しながら修正を重ねた部分ですね。
マフィア梶田:
これらの資料をあらためて見てみて,どんな思いですか? 先ほども言いましたけど,やはりこれって凄いストレスある作業だったと思うんですよ。
橋野氏:
うまくまとまったかなと一息つくと新たな指摘があがってきて,どう対処するか頭をひねりながらスケジュールを再調整する……みたいなことが続いていた当時のことを思い出しますね。
終わったと思っていたものが,実は終わっていない。ずっと悪夢が覚めないという感じでしたが(笑),でもこの作業自体は,パズルを解いていくような感覚でワクワクするというか楽しめた部分もあったんです。
マフィア梶田:
パズルを解く,ですか。
橋野氏:
はい。そして,このパズルは答えが一つじゃないわけです。明らかな矛盾点や違和感みたいなものはともかく,細かい部分については最終的には手にしたプレイヤーがどう感じるかですから。もちろん人それぞれでツッコミどころはあると思うんですけど,少しでも誤解されて伝わる部分をなくそうと考えながら作業しましたね。
4Gamer:
「PROJECT Re FANTASY」のインタビューでは,“大きく誤解されて伝わってしまったことも,思ったよりも少ない印象”とおっしゃっていましたね。
続いてですが,今回は紙の資料のほかにも,動画もご用意いただいているんですよね。
橋野氏:
はい。制作中に行った,さまざまな実験を記録した動画もいくつか用意してきたんですよ。
マフィア梶田:
えっ,そんな貴重なものを見せてもらっていいんですか。実験を記録した動画って,一体どんなものなんですか?
橋野氏:
例えばこれは,“主人公にとって群衆はこんな風にしか見えていない”という体で,街にいる人達や群衆をグレーで一色にしたらどうなるかという実験です。色味的に地味になってしまったので,採用はしなかったのですが。
マフィア梶田:
おおっ,これは面白いですね。たしかに地味だけど,でもこの雰囲気はローディング画面に生かされている気がする。
橋野氏:
次の動画にいきますね。これは主人公の住まいをどうするかをいろいろ試したもので,主人公が女検事のマンションの一室に住んでいるという設定です。
マフィア梶田:
あれ,この女検事って……。
橋野氏:
はい,テストでは既存のゲームタイトルのモデルを使っていることもあるんですが,ここでは女検事役をキャサリンに演じてもらいました(笑)。
なかなか貴重な絵ですなあ。
4Gamer:
いわゆるトレンディドラマに出てくるような高層マンションですね。埃っぽい場末の喫茶店の2階とはまったく逆のイメージです。
橋野氏:
主人公が自分を追いかけている女検事の自宅に居候していて,その女検事が,自分が出した予告状を目の前で広げながら憤っている……みたいなイメージでテストしたんです。
この設定は,ちょっと安っぽいドラマみたいになるかなと思ってやめたんですけどね。
マフィア梶田:
これはこれで面白いですよ。「面倒だけは起こさないでね」ってセリフがありますが,この感じは現在の新島 冴そのままというイメージがありますね。
あともう一つ,ゲーム本編とは違うものですが,プロモーションの初報ムービーの検討動画をお見せしましょう。
電車に乗っている主人公が,車窓から外の風景を眺めていて,うとうとし始める……という内容だったんですけど,動きが無くて面白くないかなということで没になったものです。
4Gamer:
実際の初報には,Production I.Gさんが制作した,渋谷の群衆を描いたアニメーションが使用されていましたね。
マフィア梶田:
……これ,全然時間足りないっすね。全部見られないのがもったいないところですが,貴重な資料や動画をご用意いただきありがとうございました。
橋野氏:
いえいえ,喜んでいただけたなら良かったです。ここまで未完成の状態のものをお見せしてしまって,果たして良かったのかなというのはありますが(笑)。
「PROJECT Re FANTASY」では
現代における“王道”とはどうあるべきかを考えている
ここであらためて,現在取り組んでいらっしゃる「PROJECT Re FANTASY」の話をお聞きしたいと思います。
新たな制作チームとして「スタジオ・ゼロ」を立ち上げ,心機一転完全新作に挑む。しかもそれは,アトラスのカウンターとして定めていた“王道ファンタジー”に挑戦して,世間をあっと言わせてやろうという話じゃないですか。
橋野氏:
はい……そうですね。
マフィア梶田:
なんか歯切れが悪いじゃないですか。
橋野氏:
“世間をあっと言わせてやろう”というところに,違和感を覚えたんですけど……。
マフィア梶田:
最初の発表でそんなこと言ってませんでしたっけ?「俺達が世の中のファンタジー変えてやるぜ」みたいな。
橋野氏:
そんなの絶対言ってない(笑)。また大げさに言って,カッコいいものに仕立てあげようとしていますね。
マフィア梶田:
俺の中ではもう,そういうカッコいいイメージに置き換えられているんでしょうがないんですよ(笑)。
そんな“王道ファンタジーへの挑戦”ですが,果たして今,橋野さんはどのような考えを持って進めているのかというのを知りたいんですよ。
橋野氏:
これは前に「PROJECT Re FANTASY」のインタビューでも話をさせていただきましたが,近代文学としてのファンタジーの名作って,18世紀以降の産業革命や資本主義が進みだした時代への“カウンター”として生まれているんですね。
それらの作品からは,自然や人間の精神性といったものへの“ノスタルジア”が感じ取れるのですが,「ではこの現代で“ノスタルジア”を持ったファンタジー世界をゲームで作るとしたら,どうあるべきものなのだろう」ということを考えながら取り掛かっていますね。
4Gamer:
前のインタビューでは,“ファンタジーはなぜこうも人を惹きつけるのか”を,いろんな人に聞いているともおっしゃっていましたね。
橋野氏:
今回はそれについて,梶田さんがどう考えているかをお聞きしたかったんですよ。
これはファンタジーの世界を作り上げる研究の一つでもあるんですが,いろんな人達の“考え方”を知りたいんです。
マフィア梶田:
ファンタジーの懐の深さというのを愛している,というのがあるんですが,とくに何が好きかと言われたら逃避の部分ですかね。それはただの現実から逃避するためのものじゃなくて,現実とは全く別の世界なんだけど,自分はどういう生き方ができたのかということを想像させてくれる場所といいますか。
橋野氏:
今回の挑戦で,まさにそんな場所を作りたいというのがあるんです。
今の時代,科学技術は進歩して便利な世の中になってきているけど,一方でさまざまな問題点も見えて,なかなか楽しそうな未来,明るい未来を想像するのが難しいんじゃないかと思います。
そんな漠然とした不安を持った時代に生きる人達が,“自分の大事なものや生き方を振り返る場所”としての幻想世界を作り上げることができたら,それは現代においての王道ファンタジーになり得るんじゃないかと思うんですよ。
マフィア梶田:
凄く面白いことを考えていますね。それって,例えばJ.R.R.トールキンが「指輪物語」でやったような,世界観を一から構築するところから始めるということですか?
橋野氏:
そこまで立派なものではありませんが,でも,これまでのファンタジー作品の世界観を参考にするというよりは,“そもそもなぜファンタジーというジャンルが生まれたのか”に立ち返って,世界を構築しているイメージはありますね。
マフィア梶田:
ゲームシステムについてはどうですか? 俺はゲームジャンルとしてのファンタジーを考えると,やっぱり“ハック&スラッシュ”だと思うんですよ。モンスターと戦って経験値やアイテムを手に入れ自身を強化し,さらなる危険に挑んでいく。とにかくリスクを負ってリターンを得るという世界ですね。
橋野氏:
アウトプットはできていませんが,こういう設計にしようというイメージは固まっています。
ただこれも世界観の話と同じで,現在の“王道”を作り上げるために,今王道と呼ばれているファンタジーゲームの形を持ってくるのは違うと思うんですね。
もちろんハクスラは好きですし,RPG好きとしてもたまらないものがあります。そういったものの根っこにあるものは押さえながら,皆さんに楽しんでもらえるものを新たに構築できればと思います。
マフィア梶田:
話を聞いていると,“「ペルソナ」ってそもそもどういうコンセプトで始まったのか”というところに立ち返って制作したという「P3」の話に似ていますね。
4Gamer:
前のインタビューでも,今回のファンタジーへの取り組みと同じように,学園モノを“ゼロ”から見つめ直して制作されたとおっしゃっていました。
マフィア梶田:
「P3」が出てから,現代を舞台にした作品ってもの凄く増えたじゃないですか。「P3」から現代劇のムーブメントが起きて,なんだったら“こういう要素を入れておけば大丈夫”みたいな方法論も出来上がって,飽和状態にもあると思うんです。
俺は「PROJECT Re FANTASY」って,今度はそんな現代劇というジャンルへのカウンターになっているんじゃないかって感じるんですよ。自分が作り上げたムーブメントを自分でぶっ壊すみたいで,カッコいいですわ。
橋野氏:
また話を大げさにされていますね(笑)。
マフィア梶田:
ともかくこのファンタジーへの挑戦が,橋野さんの“文脈”にどう落とし込まれて,どんな化学反応が起きるのか楽しみです。
いままでゲームクリエイターとして培ってきたノウハウが,フルに生かされると期待していいんですよね?
橋野氏:
もちろん,ノウハウをできるかぎり生かしたいと思っていますが,新しいスタッフもたくさん入ってきたので,本当に面白いんですよ。今まで見たことがないような作り方をする人もいて,彼らにアトラスのゲーム作りの良い部分を伝播しながら,こちらも勉強させてもらっていますね。
4Gamer:
プロジェクトのコンセプト発表に合わせて大々的に制作スタッフの募集を開始されましたが,こちらもまだ募集中なんですよね?
橋野氏:
はい。新たに“ドキュメントバラエティ番組”という,ちょっと変わった形で現場の声を届ける「アトラス『スタジオ・ゼロ』ゴールデン採用特番」というムービーで採用情報を紹介しますので,ぜひこちらを観ていただければと思います。
スタジオ・ゼロではファンタジー以外でも
ユーザーの皆さんを驚かせたい
4Gamer:
気づけば残りの時間もわずかになってしまいました。
橋野氏:
梶田さんに「シン・ゴジラ」の話を聞く時間がなくなっちゃいましたね(笑)。
マフィア梶田:
いやいやまだ時間はあるんで,シン・ゴジラの話しましょうよ!
4Gamer:
おやっ,梶田さんから切り出しましたね。
マフィア梶田:
というのも,俺の方から逆に聞きたいことがあるんです。
橋野さんが何か作品を評価しているところって,俺はあまり見たことないんですが,前に「シン・ゴジラは面白かった」って言ってくれたんですよ。あれって,俺が出演していたから気を遣って褒めてくれたのか,それとも純粋に面白いと思ったからなのか,ずっと気になっているんですわ。
橋野氏:
気を遣ったわけじゃなくて,本当に面白いと思ったからですよ。梶田さんも役にハマっていて,「ああ梶田さんだ」と我に返ることなく作品を楽しめましたし(笑)。
4Gamer:
(笑)
マフィア梶田:
俺の出演シーンは置いておいてですね,橋野さんがシン・ゴジラの何が面白いと思ったのかが知りたいんですよ。絶対その感想には橋野さんのクリエイター性が出ると思ってるんで,すごく気になるんです。
なんて言ったらいいんだろう……。あくまで個人的な感想になりますが,ちゃんと作品自体が言いたいことを持っていると思えて,制作者の技術や映画ならではの技法によって,それが作中のいろんなところに散りばめられている。それでいて,エンターテインメント作品として多くの人が楽しめるようにオブラートに包まれていて,実際にヒット作となっている……という“文脈”に圧倒された感じですね。
創作の力というものを感じさせられましたし,ここまで高い完成度に作品を仕上げた人達への憧れみたいなものもありますよ。
マフィア梶田:
なるほど。じゃあ,前に「銀河英雄伝説」が好きだって話してくれたことがあったじゃないですか。
橋野氏:
はい,そうですね。学生のころにレンタルビデオ店でOVAを借りて観たら面白くて。
……しかし,なぜ急に銀英伝が出てくるんですか?
マフィア梶田:
橋野さんが作品を評価しているところを見たことあるのが,シン・ゴジラ以外だとその銀英伝くらいなんです。銀英伝は,橋野さんのどのあたりに刺さったのかなと。
橋野氏:
決してほかの作品を褒めないなんてことはないですよ(笑)。影響を受けた作品は本当にたくさんありますから,たまたまです。
その中でも銀英伝に関しては……深夜作業中にBGM代わりに再生すると癒されるというのがあって。今でも繰り返し観ているせいか,つい話題に出してしまうんです。
4Gamer:
どんな要素に今も惹かれているのか気になりますね。
橋野氏:
作者の考えや伝えたいメッセージが登場人物それぞれに散りばめられていて,それが群像劇としてさまざまな出来事や人間模様を通して届けられている。そこには,そのときどきの流行ではなくて,心に留め置けるような普遍的な物事が描かれているというところでしょうか。
あと,誰か一人の物語ではないというところは,けっこう惹かれるところかもしれません。もちろん銀英伝に限った話ではないんですけどね。
なるほど。やはりこの2作品の感想を聞くと,橋野さんのクリエイター性みたいなのが見えてきますよ。これまで制作された作品からも感じていたんですけど,人間より一段上のレイヤーから,人々の営みや心の動きを俯瞰で眺めている,みたいなところがありますよね?
前から俺の中にあるイメージなんですが,そんな橋野さんって“クトゥルフ神話の邪神”みたいな感じなんですよ。
……あっ,これは誉め言葉ですからね?
橋野氏:
「クトゥルフ神話の邪神」は全然誉め言葉じゃない(笑)。
4Gamer:
邪神の例えは別として(笑),私も梶田さんが言っていることは分かります。
「ペルソナ」シリーズにはいろんな性格の登場人物が出てきますが,どんな性格の人物もフラットな視点で描かれているなと感じるんですね。どれかのタイプに属している人間……って言ったら変ですけど,どこか偏った考え方や物の見方をする人だと,こうは描けないんじゃないかなあと。
橋野氏:
そんな立派な話ではないと思うんですけど……でも近い話だと,ジャンル自体に対して,割と引いた目線で見ているというのはあるかもしれないです。
「ペルソナ」でいえば,昔からジュブナイル作品が好きで「いつか作りたかった!」といって関わった作品ではなく,だからこそ「学園モノならではの“ノスタルジック”とはどういうものなのか」を俯瞰でとらえて取り掛かることができたんです。
4Gamer:
前のインタビューでお話いただきましたね。学園モノへの固定観念がなかったからこそ,新たなものを構築できたと。
橋野氏:
それをしていかないと,そのジャンル自体が好きで詳しい人達が作っている作品との差別化もできないという考えもあります。
これは非常によろしくないとも思うんですが,自分の作った作品も俯瞰で見てしまうところがあるんです。自分の作品を褒めていただいたらもちろん嬉しいんですけど,どこかで「どこが受け入れられたんだろう」と考えている自分がいるんです。
マフィア梶田:
自分の作品がめっちゃ好きで,それを隠そうとしない人もいるけど,それと正反対ですね。橋野さんらしいとは思いますけど。
橋野氏:
うーん……。よくほかのクリエイターさんのドキュメンタリーなんかを観ると,皆さん自分のデスクに自身が関わった作品やグッズを並べているじゃないですか。もちろん,自分が作った作品には愛着や思い入れがあるんですけど,僕はそういうことをやっていないんです。なんだかそれで,ちょっと疎外感みたいなものも感じるんですよ。
マフィア梶田:
疎外感って言うのはさすがに気にし過ぎですよ(笑)。別にクリエイターみんながそうだってわけじゃないんですから。
今回のインタビューだって,撮影用に自分が関わった作品を揃えたかったんですけど,人にあげちゃったりもするから手元になくて。会社中かき集めたんだけど,「ああ,『真・女神転生デビルサマナー』が見つからない。全部揃わなかった……」みたいなことにもなっちゃって……なんか,こういうのもよくないなと最近思うんですよ。
なので今度,名越さんが司会されている番組(※)に呼んでいただいているのですが,僕なんかで大丈夫か不安というのもあるので,仲魔としてモルガナかジャックフロストのぬいぐるみを持って行こうかなと思っているんです。
※「龍が如く」シリーズ総合監督としても知られるゲームクリエイターの名越稔洋氏がMCを務めるWeb生番組「セガなま 〜セガゲームクリエイター名越稔洋の生でカンパイ〜」のこと。橋野氏は7月25日配信回に出演している。はたして本当にモルガナやジャックフロストを連れて出演したのか? 未視聴の人は[こちら]のアーカイブ配信でチェックしてみよう
マフィア梶田:
今さら遅いっすよ! そんなの橋野さんのらしくないですわ(笑)。
4Gamer:
(笑)。残り時間もわずかと言いながら,さらにたっぷり語ってもらっちゃいましたね。まだまだ話は尽きない感じではありますが,そろそろお二人に締めの言葉をいただかなくてはいけません。
マフィア梶田:
「PROJECT Re FANTASY」ももちろんですけど,橋野さんとこんなにたっぷり「ペルソナ」の話ができてよかったです。
「ペルソナ」って,プレイヤーが自分の青春を補填できるゲームだと思うんです。俺は囚人よりちょっと酷いくらいの学生時代を過ごしてきましたが,そんな灰色の青春を「ペルソナ」で上書きできたわけですよ。
4Gamer:
秀尽(※)じゃなくて,まんま“囚人”の方ですか(笑)。
※「ペルソナ5」の主人公達が通う秀尽学園高校(しゅうじんがくえんこうこう)
橋野氏:
「P5」の主人公の話をしていたときに,「自分と同じ境遇ですわ」なんて言っていたんで,そんな馬鹿なと思ったら……こんな言い方したら失礼ですけど,なかなか悲惨な話を聞かせていただきましたよね(笑)。
マフィア梶田:
“自分の内面にあるものが敵にも味方にもなる”というテーマを内包したゲームって結構多いと思うんですけど,リアルに心に響くものを感じたのは「P3」が初めてだったんですね。
それで「自分のペルソナを,厄介者とせずに味方につければ世の中うまく進む。なるほど,こんなはっきりしたシンプルな答えがあったのか」と,ゲームをプレイすることで理解できて。おかげで今はペルソナ被りまくって,立派にこの現実を生きていけているわけですよ(笑)。本当に「ペルソナ」と,そして橋野さんとの出会いに感謝です。
橋野氏:
そう言っていただけるとありがたいです(笑)。
4Gamer:
それでは続いて橋野さんにメッセージをお願いしたいのですが,やはり今後について何かあると嬉しいですね。
橋野氏:
まずですね,スタジオ・ゼロは決してファンタジー作品を作るためだけに集まったわけじゃなくて,現在ファンタジー以外にも動いているタイトルがあります。
マフィア梶田:
おおっ,マジですか!
橋野氏:
詳しいことはまだ明かせませんが,「えっ,それもあるの!?」というのも準備していて,そっちの方が先に皆さんにお見せできるかなと思います。
もちろん,「PROJECT Re FANTASY」の今後の情報にも,ぜひご期待をいただきたいと思いますので,どうかよろしくお願いします!
4Gamer:
本日はお時間をいただき,ありがとうございました!
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