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[TGS 2016]自分の中に深く潜って作った「シルバー事件」を,いちインディーズゲームとして注目してほしい――須田剛一氏インタビュー
4Gamer:
よろしくお願いします。「シルバー事件」がHDリマスターされますが,その経緯について教えてください。
グラスホッパー・マニファクチュアのゲームは,おかげさまで海外でもコアなファンの方が付いてくれています。しかし,ファーストタイトルであるシルバー事件は,海外で発売されていなかったんです。この状態をずっと何とかしたいと思っていて,実は9年前にアクションを起こしたんですが,発売には至らなかったという経緯があります。
しかし,2年前にアクティブゲーミングメディアさんから「ウチでシルバー事件を出したい」というお話をいただき,HDリマスターのプロジェクトが始まりました。
4Gamer:
9年前に起こしたアクションというのは?
須田氏:
ニンテンドーDSへ移植しようとしたんですが,テキストをどうやって英語に翻訳するのかが課題になりました。量も多いですし,複雑に絡み合ったシナリオですから,本当に意味を理解している方に翻訳をお願いしなければならないわけです。
4Gamer:
今回,プラットフォームとしてPCを選ばれた理由はなんでしょう。
須田氏:
アクティブゲーミングメディアさんが得意とされているフィールドであることと,インディーズゲームシーンが盛り上がっていて,個人的にも注目していたことが理由ですね。インディーズゲームには,なんといってもゲームデザインの面白さがあります。僕らグラスホッパー・マニファクチュアもインディーズからスタートしましたから,1発目の作品であるシルバー事件はインディーズゲームが盛んなPCで出すのが正解だろうと。コンシューマの大きな海とは違う,インディーズの海へ自分達から入っていかないと,今の本当のところは分からないんじゃないかと思ったんです。
4Gamer:
PAX EASTとWESTにそれぞれシルバー事件HDを出展されていましたが,海外ファンの反応はいかがでしたか。
須田氏:
テキストベースのアドベンチャーゲームであると言うことで少し心配していたんですが,自然に受け入れていただけましたね。翻訳もうまくいっていて,テキストを読んで普通に笑ってくれていました。
4Gamer:
英語版を待ち望んでいた海外ファンにとっては朗報ですね。
須田氏:
会場ではいろいろなメディアにインタビューしてもらいましたが,ドタキャンもありませんでしたし。
4Gamer:
え,ドタキャンってよくあるんですか?
須田氏:
ええ。海外メディアって取材のドタキャンが多いんです。約束していた3つくらいのメディアが普通に来なかったり,前日に飲み過ぎて遅刻してきたりとか,ザラですよ。
4Gamer:
日本ではちょっと考えられないことですね。
須田氏:
でも,シルバー事件HDではみなさんが“ちゃんと”来てくれた。
4Gamer:
それだけ注目されていたということでしょうね。
では,HDリマスターにあたって苦労された点はどこになりますか?
須田氏:
やはり翻訳です。今回はアクティブゲーミングメディアのジェームズ・マウンテンさんが気合いを入れてやってくださいました。PAXでもずっと通訳をしてくれた方で,その過程でお互いにコミュニケーションして趣味に共通点を見いだしたり。お互いに波長が合ったからこそ,ここまでのクオリティのものになったんじゃないかと。
4Gamer:
テキストだけを丸投げして発注するようなものではなかったわけですね。
須田氏:
はい,キャラクターごとにどこまで言葉を崩すか……というようなところまで,しっかりと詰めていきました。
4Gamer:
言葉を崩す度合いですか。
須田氏:
例えば,会話の中にどこまで“Fワード”を入れるかといったところですね。シルバー事件では警察組織が描かれますが,海外のああいった現場ではFワードが使われることが多いんです。そこで,どれくらいFワードを使うかについて,キャラクターごとにきちんと設定したんです。
4Gamer:
テキストを単に英語化するだけでなく,海外の実情に合わせたものになっていると。
須田氏:
なにげなく話していることが後の伏線になったりすることも多いんですが,そうした点もすべて把握した上で翻訳していただいています。ほぼ完璧な英語化ができていると思いますね。
4Gamer:
作品への愛があるからこその翻訳ですね。
須田氏:
アクティブゲーミングメディアさんも「ウチにはシルバー事件のファンがたくさんいるし,外国人なのにゲームをクリアした人が3人いる」と。その1人が社長のイバイ・アメストイさんだったりするわけです。そんな人達が,「絶対に須田さんが納得いくものに仕上げてみせる」と言ってくれていたので,そこはしっかり信頼しようと思いましたね。
4Gamer:
実にアツいですね。
HDリマスター版で,内容的に変更されている部分はあるのでしょうか。
須田氏:
実は1か所だけメッセージの誤植を直しています。それと,「百問組手」というクイズは,時代性のある問題に差し替えていますね。システム的には,画面全体のクオリティを上げすぎず,PS1の荒いポリゴンの雰囲気を残しつつ,解像度を上げています。
あとは基本的に変えていません。いま読み返してみると,変えたいと思える部分はあるんですが,あえて触らないようにしています。1999年の僕自身,海外で「SUDA51」と呼ばれる前の“ゴウイチ・スダ”のクリエイティビティを守ろうと。
4Gamer:
7月に開かれたBitSummit4では,インディーズクリエイターのもの作りにおいて「1作目は初期衝動として内面を吐露する形で作れる。2作目を作る時に燃え尽きている時があるから必死に作らなければならない」というお話をされていました。須田さんにとっての初期衝動の1作目と,必死に作った2作目は,どれになるのでしょう。
須田氏:
シルバー事件が初期衝動の1作目ですね。制作時は自分の内側深くへと“潜る”ような作業でした。その反動で作ったのが「花と太陽と雨と」です。リゾート地が舞台ですし,一切,人が死なない。シルバー事件で“潜った”エネルギーを利用して逆方向へ行きました。
その後は,花と太陽と雨との反動で「killer7」を作りました。シルバー事件よりも深く“何にも影響を受けない,まったく新しいゲームデザインを目指そう”というコンセプトがあったんです。
4Gamer:
反動の反動というわけですね。
須田氏:
そこからさらにkiller7の反動があって,「NO MORE HEROES」を作りました。自分の好きなものを全部入れてミックスし,何も考えずに作ろうと。
4Gamer:
ああ,まさにそんな感じがします。「ビーム・カタナ」とプロレス技によるバトル,全編に溢れるプロレスネタと映画ネタとカッコイイ音楽。本当に好きなものの「全部のせ」だと思います。シルバー事件制作時の初期衝動というのは,どういったものだったんですか?
須田氏:
言葉にすると「沈殿物」でしょうか。僕の中にやりたいことがずっと溜まっていたんです。ずっとオリジナルの作品を作りたかったんですが,ヒューマン(※須田氏が所属していたデベロッパ)時代にはなかなか実現できませんでした。
当時手がけた「ムーンライトシンドローム」も酒鬼薔薇事件の影響で自主規制をすることになりましたから,作品を壊されたことに対して自分自身への回答を出したかったんです。「犯罪とは何なのか」を自分への言葉で描いていこうということですね。
4Gamer:
制作当時に一番楽しかったことはなんでしょう。
須田氏:
楽しかったことは,「自分のゲーム」を作れるということですね。日々,充実感と喜びがありました。一方,これがちゃんと世の中に通じるのか,ヒューマンを独立した無名の個人が,ノンジャンルに近いゲームを出して人の目にどう映るのか……という怖さも感じていましたが。
4Gamer:
プロレスラーの前田日明さんが第二次UWFを立ち上げる時に語った「選ばれし者の恍惚と不安,二つ我にあり」(※太宰 治が引用した,フランスの詩人の言葉)という状態だったわけですね。
須田氏:
でも,そこは自分のやりたいことを100%出して勝負をかけたかった。「ビデオゲームって凄ぇんだぞ」というものを自分の手で作れればいいなと思っていたんです。当時はギラギラしてましたし,心は何かに対する怒りに満ちていましたね。
4Gamer:
では,苦しかったことは?
須田氏:
スタッフとの信頼関係をゼロから構築していくことですね。とくに外部の人たちと組んだ時は大変でした。それというのも,当時ゲームは他業種の方から下に見られがちだったからです。
シルバー事件ではアニメや実写を使っているんですが,アニメのディジメーションさんがノリノリで作業してくださった一方,実写の人達と仕事をするのはかなりの苦労がありました。
4Gamer:
異業種となると,スタッフの気質から何からすべてが違うでしょうしね。
須田氏:
収録の際には,シーンを細切れにした状態で作業を進めていきますし,アングルにしても,実写の常識と違ったものを要求することもあります。しかし,実写畑のスタッフからすると,シーンの意味や脈絡が分からない上に実写だとありえない絵を撮らされる……ということになってしまうんですよ。こちらも一つ一つ説明していくんですが,スタッフがぶつぶつ文句を言いながら作業を進めるようなこともありました。泊まり込みで撮影に行って,夕飯の時なんかもすごく険悪な雰囲気になって。もうけんか腰でしたね。
ですから,「この人達にいつか目にもの見せてやる」と思ってがんばりました。大事なのはゲームに必要な素材をちゃんと作ることで,最終的に,遊んでくれる人達がすごいと思ってくれればいい。だから,不満が出ても必死になって食らいついていきました。
4Gamer:
そうした戦いの末に,シルバー事件が生まれたわけですね。
須田氏:
でも,ものを作るっていうのはそういうことなんじゃないかと思うんです。信頼関係を勝ち取らないといけないし,それが叶わなくとも,作らなければならない。当時のことは今も鮮明に焼き付いていて,あの時の気持ちは,忘れてはいけないものだと思っています。自分達の知らない世界の人と組むというのはまったく新しい挑戦ですし,だからこそ新しいものが作れる。今は,上から目線の人達と組んでゲームを作ってみたいと思いますね。
4Gamer:
HDリマスター化するにあたって,そんな当時のものを読み返してみていかがでしたか?
須田氏:
殺気をビンビン感じますね。拙いところもあるんですが「コイツ,がんばってたな」と感じられて,そこは誇らしいです。
4Gamer:
今回の東京ゲームショウでは,4Gamerブースでプロレスの実況をしていただきましたが,久々のプロレス観戦はいかがでしたか?
須田氏:
リングから近い距離感で,マットの音やレスラーの皆さんの臭いが感じられてすごく良かったです。普通は汗と血の臭いがするんですが,あの時は香水のいい香りがしました。さすがは女性レスラーですね。
4Gamer:
プロレスを観るのはリングス以来とのことですが。
須田氏:
そうですね。当時はメジャー団体をはじめとして,W☆INGなど,いろいろな団体を観ていました。武道館の2階席からだとリングが小さく見えて,まるで「ファイヤープロレスリング」みたいだなと思ったことを覚えています。
4Gamer:
個人的に思い出深いのが,スーパーファミコンでの初回作「スーパーファイヤープロレスリング」で,当時ブレイク中だった三沢光晴選手を「氷川光秀」として初参戦させたんですよ。現実の三沢選手は「超世代軍」リーダーとして全日本プロレスで登り詰めていきましたが,ファイヤープロレスリングシリーズがメジャー化していくのと時期的に完全にリンクしていて,“凄い瞬間に立ち会っている”という感覚がありました。
須田氏:
プロレスに凄まじいドグマが煮えたぎっている面白い時代でしたね。週プロ,ファイト,ゴング……プロレス関連の活字はすべて読んでいました。
4Gamer:
ちょっと話題を元に戻しますが,東京ゲームショウを見られていかがでしたか?
須田氏:
とても楽しいですね。コンシューマとは別のホールを使ってインディーズゲームの展示ができるというのは,それだけ数が増えているということですよね。純粋なコアゲームであるインディーズゲームと新技術であるVRが並んでいるというのは,すごく健全だという気がします。熱気もものすごくて,こういう雰囲気は好きですね。
4Gamer:
最後に,シルバー事件HDを楽しみにしているファンにメッセージをお願いします。
須田氏:
1999年に,当時30歳の若手インディーズクリエイターが作ったゲームが,たまたまリマスターされるだけなので,新人が作ったものだと思って気軽に買ってみてください。面白くなかったらガンガン意見を出してほしいですし,面白かったら応援してもらえれば嬉しいです。
現在では配信されていない続編「シルバー事件25区」も,この後に作りたいと思っていますので,グラスホッパー・マニュファクチュアを知らない人も,いちインディーズゲームとして,シルバー事件HDに注目してください。
4Gamer:
ありがとうございました。
「シルバー事件」公式サイト
4Gamerの東京ゲームショウ2016特設サイト
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シルバー事件
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