レビュー
GeForceの上位モデルと戦えるRadeonが,唯一無二の特徴を武器に戻ってきた
Radeon R9 Fury X
(Radeon R9 Fury Xリファレンスカード)
R9 Fury Xは,「Tonga」(トンガ)ベースの拡張版コアとなる「Fiji」(フィジー,開発コードネーム)を採用したGPUで,その最大の特徴は,グラフィックスメモリとして,積層メモリ(Stacked Memory)技術に基づく「High Bandwidth Memory」(以下,HBM)を採用する点にある。
世界初採用となったこのHBMで,Radeonのゲーム性能はどれだけ向上したのか。標準で簡易液冷仕様となるリファレンスカード――AMDによれば,R9 Fury Xはリファレンスデザインのものしか流通しないとのこと――をAMDから短時間ながら借りて使う機会が得られたので,そのポテンシャルを探ってみたい。
グラフィックスメモリにHBMを採用した史上初のGPU
GPUアーキテクチャそのものはTongaを踏襲
「メモリチップを積層させる」と聞くと,熱が気になるかもしれないが,動作クロックは1GHz相当(実クロック500MHz)と非常に低く,問題ないどころか,Fijiチップ側の発熱を受けてヒートスプレッダとしても機能しているというから,これまた衝撃的だ。
一方のGPUコア側だが,ものすごく簡単にまとめると,Fijiというのは,「Radeon R9 285」で採用されたTongaコアをベースに,“ミニGPU”たる「Shader Engine」(シェーダエンジン)あたりの「Compute Unit」(コンピュートユニット。「GCN Compute Unit」ともいう)数を増やし,さらにメモリコントローラを従来のGDDR5対応版からHBM1対応版へ変更したものだ。
それに対しFijiでは,Shader EngineあたりのCompute Unit数が16基に倍増している。なので,総シェーダプロセッサ数も倍の4096基となるわけである。
Shader Engineは,Compute Unitの束と,「Geometry Processor」(ジオメトリプロセッサ)と「Rasterizer」(ラスタライザ)各1基に,「Render Back-End」(レンダーバックエンド)4基がセットになったもので,この点でFijiとTongaの間に違いはない。なので文字どおり,Fijiというのは,Shader EngineあたりのCompute Unit数がTonga比で倍増したGPUという理解でいいだろう。
なお,Tongaと同じということで,Tongaで初めて実装された,Render Back-End側のピクセルデータ可逆圧縮機能「Lossless Delta Color Compression」は,HBM対応を果たしたFijiからも利用可能だ。AMDでデスクトップGPU部門のシニアプロダクトマネージャーを務めるDevon Nekechuk(デヴォン・ネケチャク)氏によると,Lossless Delta Color CompressionによるFijiとHBM間におけるデータ転送速度の最適化は,性能面だけでなく,消費電力面のメリットも生んでいるとのことだった。
そんなR9 Fury Xの主なスペックを,前世代のハイエンドGPUである「Radeon R9 290X」(以下,R9 290X)と,そのデュアルGPUモデルとなる「Radeon R9 295X2」(以下,R9 295X2),それにAMDが「R9 Fury Xの競合」と位置付ける「GeForce GTX 980 Ti」(以下,GTX 980 Ti)とともにまとめたものが表1となる。
全長は20cm弱! ミドルクラス並みの
カードサイズとなったR9 Fury X
ラジエータユニットを本体背面側や天板部の120mm角ファン用スペースへ取り付けるにはおおむね問題ないと思われるが,それほど長くはない。ラジエータユニットの大きさとホースの長さは取り付けのハードルとなり得るので,R9 Fury Xの購入にあたっては,ラジエータユニットをどう設置するかを,事前に検討しておく必要があると思われる。
残る1個はAMD独自の省電力機能「AMD ZeroCore Power Technology」(以下,ZeroCore)が有効か無効かを示すもので,有効時には緑色に光る……はずなのだが,今回のテストではZeroCoreがうまく効かなかったのか,それとも入手した個体のLED側に問題があったのか,この緑色が点灯することはなかった。
DIPスイッチといえばもう1つ,カード背面,RADEONロゴマーク部の近くに1系統用意されているのだが,これは2つあるグラフィックスBIOS(以下,VBIOS)を切り替える「Dual BIOS Toggle Switch」だ。R9 290Xだと,設定の異なる2つのVBIOSが用意され,このスイッチによって動作モードを変更できるようになっていたが,少なくとも,筆者が入手したR9 Fury Xカードだと,2つのVBIOSはどちらも同じものだった。オーバークロックで万が一の事態が生じたとき,2番めのVBIOSから起動できるようにしてある,ということなのだろう。
R9 290Xと比べると電源周りのスペースも小さくなっており,カードサイズの縮小に一役買っているのが分かると思う。
従来製品および競合製品と比較
テスト解像度は4Kがターゲットに
GPU,そしてカードの概要を押さえたところで,テストのセットアップに入ろう。
今回,テストにおける比較対象には,表1でその名を挙げたR9 295X2とR9 290X,GTX 980 Tiを用意した。R9 Fury Xが性能面で前世代からどれだけ進化し,競合製品と戦えるようになったのかを見極めようというわけである。なお,R9 290Xでは,より高い性能が得られるよう,Dual BIOS Toggle Switchを「Uber Mode」に設定している。
ただこのドライバはR9 Fury XおよびRadeon R9/R7 300シリーズ専用となるため,R9 295X2とR9 290Xのテストにあたっては,「Catalyst 15.6 Beta」を用いるので,この点はお断りしておきたい。なお,GTX 980 Tiでは,テスト開始時点の最新版となる「GeForce 353.30 Driver」を用いる。
そのほかテスト環境は表2のとおりだ。
なお,テストに用いたCPU「Core i7-4790K」の自動クロックアップ機能「Intel Turbo Boost Technology」は,テスト状況によって挙動が変わる可能性を排除すべく,マザーボードのUEFI(≒BIOS)から無効化している。
R9 290X比でざっくり30〜70%速いR9 Fury X
対GTX 980 Tiでは「勝ったり負けたり」
順にテスト結果をチェックしていこう。グラフ1は「3DMark」(Version 1.5.915)の結果だ。R9 Fury XはR9 290Xから43〜48%スコアを伸ばし,対GTX 980 Tiでは,テスト解像度が2560×1440ドットとなる「Extreme」でこそ後塵を拝するものの,4K解像度のテストである「Ultra」では逆転を果たしている。AMDは,4K解像度でR9 Fury XはGTX 980 Tiに対して優勢であるというメッセージを出しているのだが,それを裏付けるデータが出ているといえるだろう。HBMによる広いメモリバス帯域幅が高解像度環境で“効いて”いる印象だ。
グラフ2,3は,4Gamerのハードウェアレビュー初登場となる「Far Cry 4」のスコアである。
「MEDIUM」プリセットの2560×1600ドットではCPUのボトルネックによるスコアの頭打ちが迫るためか,R9 Fury XとR9 295X2,GTX 980 Tiのスコアに大きな違いは見られないものの,それ以外だと,R9 Fury Xのスコアは極めて景気がいい。対R9 290Xでは56〜73%程度,対GTX 980 Tiでも13〜21%程度高いスコアなのだから,文句なしだ。とくに,「ULTRA」プリセットの3840×2160ドットだと,R9 290Xはもちろんのこと,GTX 980 Tiですらレギュレーションで規定される合格ラインとなる平均40fpsをクリアできていないのに対し,R9 Fury Xが余裕を持って上回っている点はポイントが高い。
「Crysis 3」では,R9 Fury XとGTX 980 Tiのスコアが拮抗している(グラフ4,5)。ただ,解像度別に見ると,2560×1600ドットにおける対GTX 980 Tiだと92〜96%程度に留まるR9 Fury Xが,3840×2160ドットでは100〜102%程度のスコアを示しており,ここでもHBMの効果は見て取れる。
対R9 290Xのスコアは127〜135%程度,対R9 295X2のスコアは81〜90%程度だ。
Crysis 3と同じCRYENGINEベースながら,描画負荷がぐっと低くなっている「EVOLVE」でも,R9 Fury Xは良好なスコアを示した。グラフ6,7を見ると,R9 Fury Xはすべてのテスト条件でGTX 980 Tiに対して15%以上高いスコアを示した。GTX 980 Tiのレビュー記事で筆者は,EVOLVEに対するGeForce Driver側の最適化不足を指摘したが,それがまだ尾を引いている可能性もありそうである。
続いてグラフ8,9の「Dragon Age: Inquisition」(以下,Inquisition)だが,ここでのスコア傾向は,Crysis 3と比較的近いものになっている。R9 Fury Xは,R9 290Xに対して31〜39%程度高いスコアを示す一方,GTX 980 Tiに対しては,「高負荷設定」の3840×2160ドットでようやく約1%高いスコアを示すのみに留まった。
現在のところ,Radeonファミリーには分の悪い「ファイナルファンタジーXIV: 蒼天のイシュガルド ベンチマーク」(以下,FFXIV蒼天のイシュガルド ベンチ)だが,対GTX 980 Tiでは案の定という結果になっている(グラフ10,11)。R9 Fury Xのスコアは91〜97%程度で,頼みの綱の4K解像度においても,GTX 980 Tiには届かなかった。
ただ,対R9 290Xでは144〜167%程度という,景気のいいスコアになっているのも確かだ。とくに,最高品質の2560×1600ドットで,スクウェア・エニックスの示すスコア指標で,R9 290Xが上から4番めの「やや快適」レベルなのに対し,R9 Fury Xが最上位の「非常に快適」となっている点は評価できる。
グラフ12,13の「GRID Autosport」でも,R9 Fury Xのスコアはパッとしない。描画負荷がそれほど高くないとはいえ,GTX 980 Tiにはすべてのテスト条件で10%以上のスコア差を付けられてしまった。GRID Autosportは,ハイエンドクラスのGPUからすると負荷の低いタイトルで,グラフィックスメモリ容量の違いがスコアを左右することはあまり考えにくいことからすると,R9 Fury Xが真価を発揮しづらいタイトルということなのかもしれない。
消費電力はそれ相応に高い
簡易液冷ユニットの冷却性能は優秀
公称典型消費電力が275Wながら,電力供給自体は375Wまで可能で,200mm未満という長さの割には“凶悪”な8ピン×2の補助電源コネクタを持つR9 Fury Xだが,実際の消費電力はどの程度だろうか。今回も,ログの取得が可能なワットチェッカー「Watts up? PRO」を用いて,システム全体の消費電力を比較してみよう。
テストにあたっては,ゲーム用途を想定し,無操作時にもディスプレイ出力が無効化されないよう指定したうえで,OSの起動後30分放置した時点を「アイドル時」,各アプリケーションベンチマークを実行したとき,最も高い消費電力値を記録した時点を,タイトルごとの実行時とした。
その結果がグラフ14だ。
アイドル時の消費電力がR9 290XやGTX 980 Tiより10W高いのが気になる人もいるだろうが,おそらくこれは,簡易液冷ユニットに搭載されるポンプの消費電力だと思われ,アイドル時におけるR9 Fury Xの消費電力が無駄に高いということにはならないだろう。
ちなみに,アイドル状態が続いたとき,ディスプレイ出力が無効化されるよう設定したところ,R9 290X搭載システムの消費電力は75Wまで下がったのに対し,R9 Fury Xは87Wに留まった。前述のとおり,ZeroCoreが有効になったことを示す緑色LEDが点灯しなかったので,今回のテスト環境では,ZeroCoreが十全には機能していない可能性がありそうだ。
続いてアプリケーション実行時だが,R9 Fury Xの消費電力は,R9 290X比で27〜60W,GTX 980 Ti比で45〜73W高い,という結果になった。このスコアをどう評価するかは難しいところだが,ネガティブに表現するなら,「HBMの採用にによる電力効率の引き上げをもってしても,TongaコアのCompute Unit増強版であるFijiコアの省電力はいかんともしがたく,第2世代MaxwellアーキテクチャベースのGPUにはまったく歯が立たない」ということになるだろう。一方,ポジティブにいくのであれば,「R9 290X比の消費電力増大率は最大でも約15%に留まっており,ゲームベンチマークにおける性能向上率と照らし合わせれば,HBMの効果は明らか」といったところになる。
今回用意した4枚のグラフィックスカードは,言うまでもなくクーラーがすべて異なり,また,温度センサーの位置も異なるため,横並び比較には向かない。その点は注意してほしいが,簡易液冷クーラーを搭載するR9 Fury XのGPU温度はアイドル時,3DMark時ともに低く,とくに3DMark時のスコアは,AMDの言い分よりは高めながら,十分に魅力的な値だ。
ただ,ここで誤解しないでほしいのは,R9 Fury XのFijiコア自体が低発熱というわけではないことである。少なくとも,ラジエータユニットから排出されるエアーはかなり温かく,AMDがR9 Fury Xで簡易液冷ユニットを標準搭載した事情はよく分かる。R9 Fury Xでは相応の熱が発生しており,それを優秀な簡易液冷ユニットが何とかしている,という理解をすべきだろう。
ちなみに気になる簡易液冷クーラーの動作音だが,フルロード中でもハイエンドグラフィックスカードの冷却機構としては十分に静かといえる。比較対象となるカードだと,限られた空間で口径の小さいファンを搭載するしかないのに対し,R9 Fury Xではラジエータユニット側で口径の大きなファンを搭載できるのは,大きなアドバンテージになっている印象だ。
少なくとも,R9 290Xのリファレンスクーラーよりは圧倒的に静かだった。
GTX 980 Tiの対抗馬として,十分な存在意義がある
このカードサイズに惹かれるならアリ
北米市場におけるメーカー想定売価が649ドル(税別)というのは,GTX 980 Tiと同じ。それが日本だと揃って税込10万円超えの値付けになるのは解せないが,シングルGPU仕様のRadeonが,久しぶりに,(特殊な存在である「GeForce GTX TITAN X」はさておき)一般PCユーザー向けの最上位GeForceと真っ向から勝負できるようになったこと,それ自体は大いに歓迎できるところだ。
AMDのRadeon R9シリーズ製品情報ページ
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