レビュー
入国審査官となって,偉大な祖国アルストツカのため,入国希望者をビシビシ調べよう
Papers, Please
男の子の将来の夢といえば,「スポーツ選手」「パイロット」「宇宙飛行士」あたりが定番だが,もちろん,現実にはなかなか叶わないもの。しかし,たとえ現実で夢が叶えられなくても,ゲームの中なら好きな職業を思う存分体験することが可能だ。ワールドカップで優勝したり,伝説のエースパイロットになったり,銀河の危機を救ったりしているゲーマーの皆さんは多いはず。
しかし,ゲームの面白いところは「なりたくてもなれなかった職業」を体験できることだけではなく,それとはまったく逆の「できることなら,なりたくなかった職業」を体験することだって可能なことだろう。そんな職業に就ける作品の一つが,今回紹介する「Papers, Please」(PC/Mac)なのだ。本作において,プレイヤーはとある共産主義国の「入国審査官」として日々生活していくことになる。
「Papers, Please」公式サイト
Steam「Papers, Please」紹介ページ
「Papers, Please」は2013年8月に配信が開始されたインディーズ作品で,リリース直後からその面白さが評判になっていたが,先日サンフランシスコで開催されたIndependent Games Festivalで,大賞であるSeumas McNally Grand Prizeのほか2部門を獲得したことで,再び注目が集まっている(関連記事)。
さらに,作者のLucas Pope氏が日本在住であることもあってか,2014年になってテキストの日本語化対応が行われ,日本のプレイヤーも手に取りやすい作品になった。
というわけで,そんなPapers, Pleaseの,斬新かつなんとも言えない魅力をできる限りお届けしたい。
アルストツカにようこそ!
本作の舞台は架空の共産主義国家「アルストツカ」で,時代は1980年代前半。同国はこれまで,隣国と6年にわたる戦争を続けていたが,このたびついに終結の運びとなり,国交が回復したため入管業務も再開された。そんな状況の中,プレイヤーは厳正なる抽選の結果,入国審査官を命じられ,国境の町グレスティンで労働に励むことになるわけだ。
「入国審査官の仕事」と聞くとなにやら難しいものを想像するかもしれないが,実際にやることは,机の上で書類をチェックし,パスポートに入国の可否を表すスタンプを押すだけだ。確認のうえ必要書類に不備がなければ,緑色の「APPROVED」を押し,パスポートと書類を入国希望者に返せばいい。操作は,基本的にマウスオンリーでできる。
書類などに不備が見つかった場合,右下の赤いアイコンをクリックして,「調査モード」に入る。そして問題がある場所をマウスで選択し,矛盾する2つの情報を入国希望者に突きつけ,審問を行う。納得できる答えが返ってこないなら,入国不許可を示す赤色の「DENIED」をパスポートに押して追い返せばよい。また,犯罪者の場合は「拘束」することも可能だ。
作業自体をひと言で表してしまえば,「間違い探し」だ。例えば「パスポートの有効期限が切れているからダメ」といった感じ。序盤は分かりやすい間違いが多いため,ゲームにチュートリアルはないが,操作に慣れる時間は十分にある。
入国審査官は気楽な稼業……なわけがない
ここまでなら,「さすが共産主義国の公務員。楽な仕事じゃないか」と思う読者もいるだろう。確かにルール自体はシンプルなのだが,実際の業務はトラップが満載で,意気揚々と赴任してきた新人審査官の余裕は,1週間も経たないうちに完全に消えていく。
なにせストーリーが進むにつれ,作業と書類が右肩上がりで増えていくため,業務(とプレイヤーの頭)はどんどんパンク状態になっていくのだ。
例えば,初日の業務の入国ルールは「自国民(アルストツカ人)のみ入国可能」なので,確認すべきなのはパスポートの国名と有効期限だけでよい。操作方法さえつかめば,数十秒で審査完了となる。
しかし,外国人の入国が許されるようになれば,新たに「入国券」が必要書類に追加され,さらに翌日にはそれが「入国許可証」に変更されたりする。何か問題が起きるたびにルールと書類は次々変わっていくため,「昨日と今日で入国ルールがまったく違う」ということもざらだ。なんという官僚主義。
そのため中盤以降は,「労働許可証」「IDカード」「ワクチン証明書」「身分証明補足書」など,希望者1名を入国させるだけで机の上が書類で完全に埋まってしまう。しかも個々の書類には有効期限や氏名が記載されており,それぞれに不備や矛盾がないか,きちんと突き合わせなければいけない。
また,書類を単に突き合わせて終わりというわけにはいかない。明らかに容姿が女性でもパスポートの性別が男性だったりすれば,透視装置での性別チェックが必要になるし,書類によって名前が違うことを指摘して「別名がある」と言われれば,指紋の照合をしなければいけない。さらに,偽造書類で入国しようという不届き者も多いので,氏名やIDは合致していても,書類自体が偽物ということもあり得る。入管作業には次第に慣れていくが,それを上回る速度で日々書類と作業が追加されていく。
攻略のアドバイスをすれば,前半は書類に少しでも不備があれば,どんどん追い返してしまおう。中盤までは入国拒否の理由は問われないし,序盤ならわざわざ違反者を拘束するメリットもないので,調査モードに入る必要性はあまりない。気にせず「DENIED」の赤いスタンプをどんどん押し,手早く業務を進めていきたい。
働けど働けどなお我が生活楽にならざり
じっと書類を見る
書類が増えていけば当然チェックに時間がかかるようになるが,実はそう悠長にしてはいられない。というのも,入国審査はリアルタイムで進み,かつ1日の時間は限られているため,時間がかかればかかるほどさばける人数が減るからだ。
1日の終了時に結果報告画面が表示されるが,給料は「完全歩合制」であり,手間取るほど収入は減る。しかも,給料は高給とはほど遠く,はっきり言って「家族もろくに養えない」程度の超薄給なのだ。なけなしの貯蓄はあっという間に底をつき,おそらく初プレイでは多くの人が,暖房費どころか食費すら捻出できなくなるだろう。
寒い真冬に暖房すらつけられず,食事もできなければ家族はどうなるだろうか? 答えは簡単,病気にかかってしまうのだ。病気になれば薬が必要になり,さらに家計を圧迫する。次々と家族が病気になり,雪だるま式に収支が悪化すると,「食事」「暖房」「薬」のすべてが入手できない日も珍しくなくなる。そして,そんな日々が続けば,泣こうがわめこうが,家族に待っているのは死あるのみだ。
だが,労働についていくら思いを巡らせても,入国審査が休みになるわけではない。偉大なる祖国アルストツカには,忌引きすらないのだ。ならばこれ以上の被害を防ぐため,業務をささっと適当に……といきたいところだが,1日に2回を超えるミスは罰金の対象になり,容赦なく薄給からさっぴかれてしまう。
まさに「あちらを立てればこちらが立たず」という状態が続くため,プレイヤーは最後までこのジレンマに向き合っていかなければならない。
身もふたもない話をすると,食い扶持が減れば食費は少なくなり,病人が死んでしまえば薬代が不要になる。望むか望まないかは別として,口減らしの効果はかなり高いため,家族の存在は,ある種の難度調整機能として働いている。
とはいえ,家族が全員死ぬとゲームオーバーになるので,度を過ぎた家庭軽視は厳禁。当たり前だが,死んだ人間がよみがえることはないのだから。
食えない公務員と豊かなテロリスト
あなたならどっちを選ぶ?
日々振り回されるのが書類だけならまだいいが,そんな日常をよりエキサイティングにしてくれるのが,個性豊かすぎる入国希望者達だ。何せこちらは入国審査官であり,出会いは向こうからいくらでもやってくる。
例えば前半だけでも,手作りのパスポートでの入国を試みる変なオヤジ,妻の書類がない仲むつまじい夫婦,悪徳斡旋業者に追われる女性,堂々と賄賂を渡そうとする密輸業者など,数え切れないほど多くの出会いが入国審査官を待っている。
基本的に彼らとは一期一会の間柄だが,それぞれがそれぞれの人生とドラマを背負っており,多くの場合,プレイヤーに協力を求めてくる。罰金覚悟で彼らに手を貸すかどうかも,プレイヤーの判断にゆだねられているのだ。
目の前のことだけ考えれば見逃す義理はないが,「情けは人のためならず」の言葉どおり,あとあと,より大きなリターンになって戻ってくる場合がある。これらは実績の解除につながっていることも多いので,積極的に乗ってみるのも当然アリだ。
「テロ? デスクワークの自分には関係ない」と割り切りたいところだが,テロが起こればその日の業務は強制終了となり,完全歩合制の給料は激減してしまう。そんな実情を考慮してか,中盤以降はテロリストを「直接制圧」できるようになる。デスクワークから急に血なまぐさい話になるが,成功すれば少ないながらボーナスが出るので,銃を手に偉大な祖国のために戦おう。
もちろん,テロリスト側もそのような状況を黙って見ているわけがない。積極的にこちらにコンタクトを取ってくるだけではなく,仲間に引き込もうとしてくるのだ。ささやかな手土産と一緒に。
一面的なモラルや正義感,あるいは愛国心といったものだけではとても割り切れない選択が,ここにはある。以前「公務員の給料が安すぎるため,賄賂を受け取らないと生活できない。だから買収や賄賂がいっこうに減らない」という,ある国の話を聞いたことがあるが,まさか自分がそれを実感することになるとは思ってもいなかった。
幸い(?)なことに,筆者の場合は援助の申し出が一歩遅く,もはや現金はあまり必要ではなくなっていた。すでに家族の半分を失っていたため支出が減り,家計はそれなりに安定していたのだ。結果的に怪しい金は受け取らず,国家に忠誠を誓うことができた。息子の死はけっして無駄ではなかった……と信じたい。
もちろん,こんな祖国にうんざりしたなら,積極的に政権転覆側に協力するのもアリだ。このあたりの判断も完全にプレイヤーに任されているので,思う存分国家に意趣返ししてやろう。まあ,実際にやることといえば,押すスタンプの色を指示どおりに変えることぐらいなのだが……。
さあ,地上の楽園アルストツカに移住して
入国審査員としての道を歩き出そう
上記のように,本作の基本は間違い探しであり,規則と書類を突き合わせ,入国希望者の矛盾を探し出すだけだ。ルールと操作方法が非常にシンプルなため,しばらくプレイすれば誰でもゲームに慣れることができるだろう。
その一方,それなりの作業感は否めないし,正直なところ「こんな細かい規則まで覚えてチェックしてられるか」と感じてしまうこともあった。ファミコンを思わせるグラフィックスは好みが分かれそうだし,とにかく全編にわたって淡々と進むため,この地味さが合わない人もいることは否定できない。
しかし,本作はテーマが斬新なだけの一発ネタ的な作品ではない。単調さが気になってしまいそうなゲームシステムを,スパイスの効いた舞台設定やストーリーでうまく味付けして,深い世界観を感じられるようにまとめ上げている。演出自体は最低限に抑えられているのだが,それがまたゲーム内容にマッチしており,そのさじ加減が非常にうまい。
プレイヤーは入国審査官という他人の生殺与奪の権を握る,ある意味特権的な立場でありながら,自分の家族の生活すらままならない身だ。ルールやモラルを守るのか,家族や仲間の幸せを優先するのか,はたまた国家に忠誠を誓うのか,あるいは情にほだされるのか,長いものに巻かれるのか……。そういった簡単には割り切れない人生の選択の縮図が,入国審査員という職業を通じて体験できるところが本作の大きな魅力だと筆者は思う。
本作はマルチエンディングのシステムを採用しており,ゲームの途中で選択した行為がそのままエンディングにつながる。気に入らない結果になってしまった場合は,任意の日付から即座にやり直すことも可能だ。ゲームバランスは最初は難しく感じるが,慣れてくると意外と何とかなってしまうという,かなり絶妙なレベルに調節されている。
おそらく2周めになれば,楽に進められるだろう。さらに特定のエンディングを迎えれば,「エンドレスモード」という,任意のルールで入国審査のスコアを競うモードをアンロックできる。
本作はSteamやPLAYISMなどから購入可能で,Steamでは9.99ドル,PLAYISMでは1008円と,比較的手頃な価格になっている。インディーズゲームならではのアクの強さや荒削りな部分はあるものの,本作ならではの味わい深い世界観は,それを補って余りあると思う。
もし,本作に興味がわいたなら,ぜひ賄賂……ではなく入国手数料(ソフト代)を握りしめて,希望と虚飾と欺瞞に満ちたアルストツカへ入国するための列に並んでほしい。先任の入国審査官は快く「APPROVED」のスタンプを押してくれるはずだ。アルストツカに栄光あれ!
「Papers, Please」公式サイト
Steam「Papers, Please」紹介ページ
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