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“鉄拳っぽい音のコツ”教えます。「鉄拳サウンドとダイナミックレンジの歴史と未来へのヒント」レポート
本セッションは,2005年より「鉄拳」シリーズのサウンドディレクターを務めている柿埜氏が,長い歴史を誇る同シリーズのサウンドを振り返り,「鉄拳っぽい音のコツ」を紹介しつつ,ハードの進化に伴うダイナミックレンジの歴史や,各種ハード間でのダイナミックレンジ制御における解決策などを解説。それらを踏まえたうえで,今後のサウンド制作のヒントを考えようというものだ。
そんな鉄拳シリーズの特徴は,最初にアーケード版を開発し,その後コンシューマゲーム機向けに移植するという開発スタイルだと柿埜氏は語った。鉄拳シリーズの歴史は以下のスライドにまとめられているが,氏が担当したのは,スライドの緑色枠で囲まれた部分になる。今回のセッションで語られた内容も,基本的にはそのあたりの開発時に関する話題が中心になっている。
スライドによると,ラウドネス(音の大きさ)規制の先駆けは,アメリカの映画業界であるという。「TASA映画予告編の音量規制始まる」は,いわゆる「予告編問題」のことで,映画の本編に比べ,冒頭に流れるトレイラー,予告編のほうが音が大きいのではないか,という問題が取りざたされたのだ。
「トレイラーはいろんなシーンをつなげて作るものだし,自分の映画をより強く宣伝したいということで,音圧がどんどん高くなっていったのではないでしょうか」(柿埜氏)
それをまずアメリカが規制すると,ヨーロッパでも同様の規制が生まれた。そしてそれを受ける形で,2004年,日本の映画業界でも予告編等音量適正化委員会主導のもと,予告編における音量基準値の規制が決まったのだ。
「時代としては,ちょうどDVDが普及してきた頃……というとらえ方でいいかなと思います」(柿埜氏)
その後,今度はテレビCMの音量を規制する法律が,これまたアメリカで制定された。その後(昨年)日本でも,民放連が「テレビ放送における音声レベル運用基準-24LUFS」を提案し,-24LUFSのラウドネス基準値による運用が始まっている。
日本でのこうした動きは,アメリカのテレビCM規制に関連したものというよりは,2011年の「地デジ化」に伴い,サラウンド放送が可能になったことが大きく影響しているという。サラウンド放送を行うにあたり,音圧の非常に高いままCMやテレビ番組をサラウンドで制作してしまうと大変なことになってしまう(筆者注:マルチスピーカーで従来どおりの高い音圧を維持したままだと,再生時にすさまじい爆音になってしまい,問題になることが予測される)ので,テレビ業界は急ぎ基準を設けたのである。
「さらに,簡単に“雰囲気としての日本の音楽業界”の話をしておくと,90年代後半から2000年代台前半にかけて,日本の音楽業界は“音圧戦争”のピークでした」(柿埜氏)
音圧戦争という言葉を聞いたことがある人もいると思うが,この当時は「とにかくCDの音量が大きい」時代であった。「最近だいぶ落ち着いてきてはいますが,ものによってはまだすごく大きいものもあります」(柿埜氏)
そして現在,PlayStation 3 / XBox 360では5.1chサラウンドが当たり前になっており,ゲームにおけるラウドネスのアプローチも,映画の表現に近づいてきている状況だ。
少々前置きが長くなったが,柿埜氏は以上を踏まえて「鉄拳シリーズのラウドネス比較」を行った。ちなみに,懐かしの初代鉄拳(PlayStation版)も例に挙げようと思ったそうなのだが,「さすがに古すぎるのでエミュレーター上で動かしてみたところ,エミュレーターがボリュームを変えているようなので,公表を見送りました」とのことだ。
もちろんハードの仕組みが変わり,音の鳴らし方も変わったからではあるのだが,「鉄拳5」(PS2)と「鉄拳6」(PS3)の間に,大きな差があるのが分かるだろう。そういった事情を踏まえ,柿埜氏は興味深い例をいくつか解説した。
ちなみ柿埜氏によると,このタイトルはアーケード版をそのまま移植しているそうだ。「移植と続編制作を繰り返していると気付きにくい問題があります。ダイナミックレンジを広く持とうよ,と意識し始めた時代にも関わらず,鉄拳5の音色は古くなっていたんです」(柿埜氏)
古くなっていた,ということに対する柿埜氏の説明は,次のようなものだ。まず,鉄拳をアーケード版として作る。それをそのままコンシューマ版に移植する。今度はそのコンシューマ版の音を,「鉄拳2」のアーケード版に持っていく。次にそれをそのままコンシューマ版として移植し,さらに「鉄拳3」のアーケード版へ……ということが繰り返されていたというのだ。
「そのため,音色が大変古いものになっていたんです。90年代の効果音と同じじゃないか,と思えるものが結構ありました。低レート,低ビットの音をリサンプリングして使用している状態だったんですね。さらに,先ほども紹介したように,音圧もすごく高い状態でした。音の表現が映像のリアリティに合っていないわけです。鉄拳では,シリーズを重ねるごとにキャラクターがリアルになっているのに,音だけが取り残されている状態が続いていました」(柿埜氏)
ところが,プロジェクトメンバーからは「音を変えないで元に戻してくれ」と,意外な反応が返ってきたという。その時は「なんで?」と思った柿埜氏だったが,話を聞いてみると,「パンチやキックの打撃音で技のタイミングを取っているプレイヤーが多いので,変えないでくれ」ということだった。
「鉄拳における攻撃の打撃音は,単なる効果音ではなく,ゲーム中の記号としても機能しているんです」(柿埜氏)
そして柿埜氏は,その悔しさを抱いたまま,鉄拳6の制作に関わることになった。下のスライドが鉄拳6の波形だが,鉄拳5と比較して,ダイナミックレンジはかなりおとなしい感じに仕上がっている。値としては狙ったわけではなく偶然だそうだが,-24LUFSくらいとのこと。当時はまだラウドネス基準が決まっていない時期だったが,柿埜氏は前回の反省を踏まえつつ,自分の感覚を頼りに,広いレンジを保った鉄拳作りに挑戦したのだ。
実演された音を聴いた限り,ハイ(高域)の成分が増している印象を受けた。まったく同じレートの波形を使って作り直したものもあるそうなのだが,音としてのクオリティは確かに上がっている。「とにかく同じ音を,すごくきれいな音で作り直す,という作業を繰り返したんです」(柿埜氏)
要するに,今までの「古くなった音」は低レートで,中低域しか出ていなかったため,高域成分に耳が慣れていない状態なのだ。今まで聞こえなかった高い成分が聞こえ,それが原因で音が軽く感じる……という捉え方をされているのだろうと柿埜氏は分析した。
加えて,音圧が高いほうが迫力がある感じがするということも,理由の一つだろう。「新しい音はそんなにコンプレッサーをかけていないので,そのコンプ感不足が気になったのかな,と推測しました。つまり,音がきれいになりすぎてしまったんです」(柿埜氏)
柿埜氏はその問題を解決すべく,一部の音にあえて“汚し加工”を施したそうだ。その音を実演しながら氏は,「多少ハイを落として,ディストーションを薄くかけています。さらに音を分厚くする,表面をザラッとさせる感じのエフェクトを軽くかけたりして,3種類くらいのパターンを作って,「どれが一番鳴りがいいか」当てはめていきました」(柿埜氏)
アーケード版の場合,スピーカーの特性や筐体自体の設計の問題から,ちょっと音を汚しておいたほうが,筐体鳴りがいいことがままあるのだが,鉄拳もまさにそうらしい。やっぱり少しザラッとしているほうが,筐体では「映える」のだそうだ。
こうした苦労を重ね,鉄拳6では「少しだけ」汚した音を使用することができたが,前述のとおり,数パターンの音を作っていたので,「移植されるタイミングでこっそり素材を取り替えて,もう少しきれいな音にしている」(柿埜氏)という衝撃の暴露話も披露された。「これは誰にも言わずにこっそりやっています。でも,徐々に変えていくと,みんな気づかないということが分かりました」と,柿埜氏は苦笑交じりに語っていた。
こうしてできあがった鉄拳6は,スライドを見ても分かるように,ダイナミックレンジ的にはかなり広くなっている。鉄拳5(PS2版)と鉄拳6(PS3版)を比べるとその差は歴然だが,逆に「少し広くし過ぎてしまったかな」という結果だったと柿埜氏は語る。
それを踏まえて,2012年に取り組んだ「鉄拳タッグトーナメント2」では,鉄拳6と比べて,ダイナミックレンジを若干狭くしたそうだ。「鉄拳タッグトーナメント2のテーマは“アゲアゲなお祭り騒ぎ”で,とにかく派手という注文があったので,鉄拳6より音圧をやや高めにしてみました。結果として,だいたい-21LUFSくらいで落ち着きましたが,自分としては,鉄拳らしい音圧感を探れればなぁと考えながら,仕事に取り組んでいました」(柿埜氏)
よく知られているように,アーケード版の音はダイナミックを狭くしなければならない。小さい音が周囲の騒音に埋もれてしまうため,レンジが広いと小さい音が聞こえづらくなってしまうからだ。
またアーケード版では,筐体の仕様上デジタル出力が設定できず,(店舗側で)アナログボリュームで音量を変更する場合があり,「制作側では制御がしづらい」(柿埜氏)のだという。よって,ダイナミックレンジを狭くして,ちょっと小さめの音量で再生されていても,それなりに聞こえるようにしなければならない。
「困るのは,繊細で微妙なパンニング(定位変更)が全然効かない(筆者注:効果が感じられない)ことです。スライドの写真は鉄拳でいつも使っている『ノワール筐体』ですが,テーブルの奥のほうにスピーカーが2つあります。2台の筐体がこれだけ近接しているので,音量が小さいと,どっちの音かすら分からなくなるんです」(柿埜氏)
それと比較して,現行機以降のコンシューマ版のダイナミックレンジは広い。加えて近年は一層レンジが広がる傾向にあり,昨年度からのラウドネス基準値に準拠する流れになっている。
換言すると,アーケード版からコンシューマ版への移植というのは,ダイナミックレンジの「狭いものから広いものへの移植」ということになり,移植の際の音量調整には非常に手間がかかる。逆にダイナミックレンジの「広いものから狭いものへの移植」は,さまざまな手法が考えられるので,案外スムーズにいくのではないかなと柿埜氏は考えているそうだ。
そしてBGMも,ステレオミックスとサラウンドミックスの両方を,先に制作しておくと柿埜氏。アーケード版ではサラウンドミックスは使用しないのだが,サラウンドとステレオの両方を同時に作ったほうが,それぞれ別々に制作するよりも,予算的に収まりがいいというところが大きいとのこと。一昔前はサラウンドミックスにも結構な費用がかかったのだが,ここ1,2年で,それほど予算も時間もかからないようになってきており,問題にはならなくなっているのだそうだ。
また,曲が完成したあと,しばらく経ってから「サラウンドミックスをやるよ」となると,コンポーザーは新しいことをやりたくなってしまう。結果的に「音色を変えたい」「バランスを変えたい」ということにつながり,最終的には「全然違うものになってない?」というケースがままあるそうだ。そういう意味でも,ステレオミックス/サラウンドミックスを同時に作るのが合理的なのだ。なお,アーケード版制作時に作ったサラウンドミックスは,コンシューマ版に移植するまで1年ほど寝かせておくとのこと。
アーケード版のBGMは,ステレオミックスをアーケード筐体用にマスタリングし直して使用している。効果音は,内部処理はサラウンドで配置し,ダイナミックレンジを広いまま実装している。とくにコンプレッサー処理などせず,できるだけ素材のまま実装して,プログラムのマスター出力にコンプレッサーを入れ,BGMと効果音のバランスを取っていくスタイルで進めているそうだ。
要は,できるだけ波形レベル(素材レベル)でダイナミックレンジ圧縮を行わず,リアルタイムのプログラム制御で音圧の調整を行い,アーケード版という大変ダイナミックレンジの狭いバージョンを作ってしまう,という手法だ。
鉄拳のBGMにはいくつかルールがあるそうで,1つは「イントロは短く」というもの。「Roung1, Fight!」とコールされてから,KOするまでの時間が,うまいプレーヤーだと30秒,40秒しかかからない。「そこを意識して作ってもらったり,作ったあとに構成を編集したりしています。できれば,10秒,20秒でテンションが上がるような構成だと,ゲームとしては遊びやすいですね」(柿埜氏)
2つめのルールは,「リズムは常にキープ」というもの。これはとくに,プロジェクトの企画担当者によく言われるそうで,理由は「リズムがピタッと止まる感じが爽快感に悪影響を及ぼす」からだそうだ。「テンポ感の変化は試合に影響が出てしまうので,とにかく常に何かビートを刻んでいてほしい。例えばキックを抜くのであれば,ハイハットは刻むとか,そういう形で何かしら,ビートを刻んでいてほしいというリクエストがあります」(柿埜氏)
そして最後のルールが「変拍子禁止」だ。リズムに乗りにくいから変拍子はやめてください,というリクエストが多いのだという。
さて,話題はもう一度ラウドネス比較に戻り,今年の6月にリリースされたばかりの「鉄拳レボリューション」がスライドに映された。
こちらでは,前作にあたる鉄拳タッグトーナメント2と同様のレンジ感を狙ったそうだ。前作はラウドネス基準が適用される直前のリリースだったため,シリーズ初のラウドネス基準適用タイトルとなる。「ラウドネス基準値を少し意識しているが,基準値となっている-24LUFSではなく,それより少々高めの-23LUFSとか,-22LUFSにしています」(柿埜氏)
ただ,新しい仕様や,大きく変化させる部分はきちんと作りました。流用している部分と,新しい部分で,しっかりメリハリをつけることが,“使い回し感”を感じさせないポイントだと考えています」(柿埜氏)
また,鉄拳未経験のプレイヤーに,シリーズならではの爽快感を楽しんでもらう,サウンド側からのアプローチを検討した結果,「BGMのイメージチェンジをしよう」という結論に至ったそうだ。
BGMをイメージチェンジするにあたって柿埜氏が定めたキーワードは,「歌とアコギ(アコースティックギター)」だ。歌はいわゆるコーラス。朗々と歌い上げる歌詞のついたものではない。歌詞のある歌が鉄拳に合わないということではなく,格闘ゲームなので,歌に意識が行きすぎないよう,歌というよりはコーラスっぽいものをたくさん入れてもらったのだとか。
そしてアコースティックギターは,クラシカルなフレーズを入れるということではなく,リズミックに使用してみようという試みだ。「どちらも鉄拳ではありそうでなかったものなので,この辺をキーワードに,弊社のサウンドスタッフががんばって曲を制作しました」(柿埜氏)
「現在ゲーム市場は,コンシューマからソーシャルへと流れているのではないでしょうか。自分はコンシューマ畑で育ったので,この変化を顕著に感じていて,“これからどうなっていくのだろう”“ソーシャルって何をやったらいいんだろう”と考えてしまうこともあります。先程の鉄拳レボリューションも,ソーシャルゲームではありませんが,Free to Playのゲームですしね。
そんな中,かつてとてもお世話になった大先輩,ファミスタを作った岸本氏から『今の時代はアーケード全盛期からコンシューマに移行した時期に似ているよ』とアドバイスされました。『あの頃はみんな,ゲームはゲーセンでやるものだと思っていた。だけど,上手にコンシューマに移行できたゲームメーカーが,今もがんばって残っているんだよ』とおっしゃったんです。ああ,自分の狭い視野で,コンシューマ製品が売れない,パッケージが売れないと嘆いているだけではダメで,やはり大きい流れに,自分達もきちんと乗っていかなければいけないなと,思い直すことができました。
そうやって流れに乗っていくことこそが,より良いゲームを制作するための近道になるんじゃないか,と今では考えています」(柿埜氏)
「もちろん,コンシューマやアーケードでは,今まで以上にこだわった音を作っていけばいいと思います。技術的にもアイデア的にも臨機応変に対応できる,振り幅の広いサウンド制作というものが,今後求められていくのではないかと感じています」(柿埜氏)
柿埜氏は,アーケードからコンシューマへの移植が前提のプロジェクトで,「効率の良い」サウンド制作手法を実践し,大きな成果をあげている人物だ。氏は,鉄拳を一から作り上げたオリジナルメンバーではない。よって「パイオニア」ではない。が,「ビッグタイトルの続編開発を請け負う」という,並大抵ではないプレッシャーと戦い続けてきたサウンドクリエイターだ。
先人が作り上げたものが大きいがゆえに,ダイナミックレンジの変更や,効果音の差し替えといった,時代が要求する重要な案件がなかなかプロジェクトに認められない中,諦めず,粘り強く工夫し続ける姿からは,「パイオニアも大変だが,フォロワーも本当に大変だ」という事実があらためて感じられる。プロジェクトの要望を受け入れつつ,一方で粘り強く自分の主張を受け入れさせようというという手法は,現在のゲーム開発に,実は一番適しているスタイルなのかもしれない。
かくいう筆者は,サウンドデザイナーとしては真逆の「武闘派」「海賊一味」だったりするわけで,余計そう思うのである。
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