イベント
[SIGGRAPH ASIA]8K解像度で再現された,葛飾北斎の浮世絵が動くUnity製デモに驚愕
改めて説明しておくと,ここでいう4Kとは,解像度3840×2160ドットのことを示し,フルHDとも呼ばれる解像度1920×1080ドットの縦横2倍に相当する。そして8Kは,4Kのさらに縦横2倍となる解像度7680×4320ドットのことで,フルHDと比べると,縦横4倍の16倍解像度に相当するものだ。
そんなNHK主導のもと,日本では2016年に,BSデジタル放送で8Kの試験放送が行われる予定で,2018年には8Kの本放送(※地上波ではなく,BSおよび110度CS)を開始する計画が進められている。2020年の東京オリンピックでは,8Kでの撮影と放送を主軸にしていきたいと,NHKや総務省は考えているほどなのである(関連リンク)。
SIGGRAPH ASIA 2015では,このプロジェクトを解説する「8Kスーパーハイビジョン,リアルタイム3D CGによる超臨場感空間『北斎ジャポニズムの世界感』」というセッションが行われた。ゲームにはまだまだ縁遠い8Kの世界だが,最新映像技術の一環としてレポートしたい
8K映像が切り拓く,新しい芸術鑑賞のスタイル
このセッションは,NHKアートの常務取締役である国重静司氏が司会進行役を担当し,北斎作品の解説を,NHKの解説者である中谷日出氏と,小布施堂の代表取締役である市村次夫氏が担当する形で進められた。ちなみに,小布施堂とは,長野県上高井郡小布施町にある北斎作品専門の美術館「北斎館」を運営している企業で,本業は和菓子の製造・販売だったりする。
北斎作品は,作品のサイズがそれなりに大きいので,鑑賞するときには,どうしても一定距離,離れて見ることが多い。歴史的価値も高いので,近寄って食い入るように見つめるというのは,なかなか難しいそうだ。しかし,8K撮影された作品は,デジタルコンテンツであるから,拡大縮小も自由自在。近寄ってじっくり見ても,まったく問題ない。
こうした8Kの利点によって,今まで気付かれることがほとんどなかったという北斎が作品に仕込んださまざまな表現が,発見されるようになったそうだ。
たとえば,「龍」という作品の場合,胴体側面の表現を注意深く観察すると,一定間隔で強い白のハイライトが描き込まれているという。作品を見慣れている北斎館の市村氏は,「これは8K映像で初めて気付くことができた」と感想を述べていた。
さて,北斎の作品を「日本の漫画表現の原点である」という研究者もいるそうだが,中でも,その象徴ともいえる作品が,「龍の目」だという。北斎は,浮世絵画家の中では比較的,写実指向の表現を多用したといわれているが,「龍の目」は逆に,記号的なタッチで描かれている。
市村氏は「こういう『力を抜いた表現』はあまり好きではなかったのだが,8K撮影された映像で,改めてじっくり見直してみると,白眼には陰影が描き込まれ,黒目には北斎の筆捌きの瞬間を感じられるような味わいもあって,考えを改めるに至った」と述べていた。
続いて取り上げられたのは,北斎の「波表現」である。
北斎の代表作である「富獄三十六景」の「神奈川沖波裏」にあるような「人の手が爪を立てたような波表現」は,北斎の特徴的な表現手法だ。これが漫画的と評されることもあるが,田中氏は「むしろ逆。ハイスピードカメラで海の波を撮影すると,水はこういう形状になっている。北斎の目はハイスピードカメラだったのかもしれない」と解説した。
北斎は88歳まで生きたそうで,当時としてはかなり長生きをした人物である。田中氏によれば,80代になっても画家として活動していたそうだ。そして,特徴的な波表現は,晩年になればなるほど冴え渡っていったという。
北斎が波表現で描いた水しぶきは,網のようなものに筆を当てて噴霧するような手法で描かれたと推測されている。手順としては,まず波を描いて完成させて,その上から水しぶきを付加するという順序になるそうで,つまり,水しぶきの噴霧工程は一発勝負だったわけだ。
それゆえに,ダイナミックな表現になったと一般には信じられているそうだが,国重氏は「北斎も人の子。せっかく8K撮影したものをじっくり見られるのだから,水しぶきの修正箇所を見つけることに挑戦してみた」と,念入りに観察したのだそうだ。その結果,何か所か水しぶきを消した修正部分を発見するに至ったのだという。
これを聞いた解説の市村氏と田中氏は,「無粋である」「冒涜だ」と笑いながらたしなめていた。
北斎の浮世絵が,Unityによって8Kで動き出す
セッション最後では,「龍」と「鳳凰」の2作品をリアルタイムで動かす8K解像度の3Dグラフィックスデモが披露された。このデモは,ゲームエンジンの「Unity」で作られており,Unity関係者によれば「世界初となる8KのUnityコンテンツ」であるとのことだ。
3D CGデモとはいえ,静止状態では8K撮影された北斎作品そのままの2D映像であり,8Kディスプレイに映し出された浮世絵に過ぎない。だが,龍型と鳳凰型の特殊なコントローラに触れると,浮世絵の龍や鳳凰が動き出すという仕掛けになっている。
2D平面の浮世絵が,龍型コントローラと鳳凰型コントローラに触れることで,ウニウニと動き出してしまう様子は衝撃的の一言だ。動きはゆっくりだが,立体的な動きをするので,平面視でありながらも立体視的な見映えになるのが面白い。
使われているテクスチャは8K解像度で,8K撮影された映像をそのままテクスチャにしたそうだ。そのテクスチャを投射テクスチャマッピングするような感じで3Dモデルに貼りつけている。
龍や鳳凰の3Dモデルは,総ポリゴン数にして約18万ポリゴン程度というから,際だって多いというわけではない。もともと,絵画として描かれたものなので,このくらいで十分だったようだ。
ところで,3Dモデルとして動き出した浮世絵は,身体をくねらせたり,口を開けたりといったアニメーションを行うが,浮世絵では描かれていない背面や口の中なども,表現しなくてはならなくなる。こうした要素については,北斎研究の専門家達と検討を重ねて,想像する方向性でテクスチャデザインを行ったとのことだ。
デモで使われたシステムにも言及しておこう。CG映像を生成しているのは,BOXX Technologies製のワークステーション「APEX4 7201」で,GPUには「Quadro M6000」を搭載しているとのこと。ディスプレイはLV-85001を使っているが,現状では,8K映像をケーブル1本で伝送する手段がないので,60fpsの4K映像を伝送できるHDMI 2.0ケーブルを4本束ねて,60fpsの8K映像を伝送しているそうだ。
龍型コントローラと鳳凰型コントローラは,彫像の各所に静電容量センサーが埋め込まれている。センサーに手を近づけると,手までの距離に応じた入力がホストPCに返される仕組みになっているという。ホストPCからは,彫像コントローラはキーボードとして認識されているそうだ。
そして,タッチされたセンサーの組み合わせに応じて,あらかじめ仕込んでおいたアニメーションで,鳳凰や龍のモデルが動く。インタラクション制御やアニメーション制御は,Unityによって作られているわけだ。
今回公開されたデモは,8K映像の活用手段と面白いだけでなく,ゲームエンジンのノンゲーム活用事例としても興味深い。使用システムが特殊なハードで構成されているため,今のところ,常設展示している場所はないそうだが,コンテンツの価値はかなり高いものなので,広く公開を行ってほしいものだ。
SIGGRAPH ASIA 2015 公式Webサイト
- 関連タイトル:
Unity
- この記事のURL: