レビュー
Piledriver世代のAMD FXは,競合と戦えるようになったか
FX-8350/4.0GHz
発表時点のラインナップは下記のとおり4製品。今回4Gamerでは,最上位モデルとなる「FX-8350/4.0GHz」を発表に合わせて入手できたので,さっそくその特徴と性能をチェックしてみたいと思う。
第1世代AMD FXシリーズはゲーム用途で期待された性能を発揮できたとは言いがたかったが,8コアCPUとして初めて定格動作クロックが4GHzに達した第2世代モデルで,性能はどれだけ改善してきただろうか。
●発表時点における第2世代AMD FXのラインナップ
- FX-8350:8コア(4 Piledriver Module),L2 2MB×4,L3 8MB,4.0GHz(最大4.2GHz),TDP 125W
- FX-8320:8コア(4 Piledriver Module),L2 2MB×4,L3 8MB,3.5GHz(最大4.0GHz),TDP 125W
- FX-6300:6コア(3 Piledriver Module),L2 2MB×3,L3 8MB,3.5GHz(最大4.1GHz),TDP 95W
- FX-4300:4コア(2 Piledriver Module),L2 2MB×2,L3 4MB,3.8GHz(最大4.0GHz),TDP 95W
Piledriver ModuleはTrinityと同じもの
L1 TLBの増強などによってIPCの向上を狙う
Bulldozerアーキテクチャでは,2基の整数演算ユニットが1基の浮動小数点演算ユニットを共有する形で「Bulldozer Module」を構成するのが最大の特徴だが,Visheraが採用するのは,その第2世代版となる「Piledriver Module」。物理アドレスと仮想アドレスの変換を担うTLB(Translation Lookaside Buffer)の容量が増強され,ハードウェアプリフェッチ機能の強化,「直前にメモリでストアされたデータ」の再利用にかかる遅延の低減などにより,IPC(Instructions Per Clock,クロック当たりの実行命令数)がBulldozer Moduleよりも向上しているというのがポイントである。
ダイ写真を基にした,第2世代AMD FXのブロック図 |
Bulldozer Moduleに対するPiledriver Moduleの強化点をまとめたスライド |
AMDはVisheraで,Zambeziよりも最大15%高速になったとアピールしているが,確かにエンドユーザーの立場からすると,まったくの新CPUというより,Zambeziの高IPC&高クロック版と認識したほうが分かりやすいかもしれない。
そんなFX-8350とFX-8150,そしてAMDがFX-8350の競合と位置づける「Core i5-3570K」との間で主なスペックを比較したものが表1となる。
FX-8150からキャッシュ周りが少し改善
Bulldozerアーキの特徴はよくも悪くもそのまま
なお,ASUSTeK Computer(以下,ASUS)製の「AMD 990FX」マザーボード「Crosshair V Formula」で用いているBIOSバージョン1605はAMD推奨のものだが,ASUSからは別途「Visheraへの最適化が済んだものではない」という情報が得られていることをお伝えしておきたい。今後,性能面で若干の改善が図られる可能性はある。
グラフ1は,Sandra 2012で,CPUコア間の帯域幅を見る「Inter-Core Bandwidth」の結果である。ここでFX-8350のスコアはi5-3570Kの約1.5倍となり,2コアが1セットで1モジュールを構成するBulldozer/Piledriverアーキテクチャのメリットをよく表している。
ただし,FX-8150とのスコア差は誤差程度であり,Piledriver Moduleならではの優位性は確認できない。
続いてグラフ2は,やはりSandra 2012から「Inter-Core Latency」の結果となる。Inter-Core Latencyは,コア間のデータ転送時に生じる遅延の大きさを見るものだが,FX-8350とFX-8150は,i5-3570Kと比べて遅延がかなり大きくなってしまっている。Bulldozerアーキテクチャは「コア間の帯域幅が大きい一方,遅延も大きい」という特徴を持っていたが,それはPiledriverアーキテクチャのVisheraでも基本的に変わらないというわけである。
メモリ関連の総合的な帯域幅を見る「Memory Bandwidth」の結果がグラフ3で,FX-8350はFX-8150と変わらずDDR3-1866に対応し,今回は実際にPC3-14900 DDR3 SDRAMと組み合わせていることもあって,スコアはいずれも20GB/s超えと良好だ。
もう少しメモリ周りを細かくチェックすべく,グラフ4の「Cache Bandwidth」でデータブロックサイズごとの帯域幅を見てみよう。
すると,2kBから64kBあたり,L1キャッシュに収まる範囲だとFX-8350はFX-8150よりも11〜20%程度高いスコアを示しているのが分かる。さらに,128kB〜2MBといったL2キャッシュの範囲で9〜17%程度,4MB〜8MBのL3キャッシュ範囲でも6〜15%程度と,キャッシュ周りの改善が見て取れよう。定格動作クロックの向上は約11%なので,アーキテクチャの改善効果はたしかにあると述べてよさそうである。
Core Microarchitectureと比べるとL2キャッシュが遅く,L3キャッシュが速いというあたりは,Bulldozerから変わっていない。
ブロックサイズごとにキャッシュやメモリの遅延を見る「Cache and Memory Latency」では,L3キャッシュの範囲となる4MB〜8MBではi5-3570Kに差を付けられ,メモリコントローラの性能勝負となる16MB以上でも,i5-3570Kにはまったく歯が立たないという結果が得られた(グラフ5)。
ただ,「Sandra 2011」(SP5 Version 17.8)を用いて実行したFX-8150のレビュー時には「Core i7-2600K/3.4GHz」にここまでのスコア差はつけられていなかったので(関連記事),今回の結果はやや不自然だ。AMD FXの2製品でスコアが極端に大きく出すぎているので,むしろここではSandra 2012の本テストでAMD FXのテストがうまく動いていないか,Bulldozer&Piledriverアーキテクチャが不利になる改変があったかといったところを疑うべきだろう。
ここからはAIDA64でCPUの純粋な演算性能をチェックしていきたい。グラフ6〜9はそのAIDA64から,整数演算系テストのスコアをまとめたものである。
整数演算系テストではスコアの値がバラけるため,グラフ画像を合計4つに分けている。グラフ6は,スコアが5桁になった「CPU Queen」「CPU PhotoWorxx」のスコアを抜き出したもので,CPU Queenは,「碁盤目状となるn×nのボードに,縦横斜めに移動できるチェスのクイーンn個を置くとして,互いに攻撃できないよう配置するパターンがいくつあるかを求める」問題,いわゆる「N-Queen」に関するテストだが,FX-8350のスコアはFX-8150より約11%高くなった。ちょうど動作クロック分の性能向上なので,定格4.0GHzの効果が出たと見るべきだろう。
CPU PhotoWorxxは整数演算を用いて行う画像加工のテストだが,ここでFX-8350のFX-8150に対するアドバンテージは約4%。CPU PhotoWorxxではマルチスレッド処理能力が重視されるため,それほどには動作クロックが効かなかったのだと推測される。ただ,この「4%」によってFX-8350がi5-3570Kをわずかに上回ったのはトピックといえそうである。
データ圧縮を行う「CPU Zlib」における結果がグラフ7だが,ここでFX-8350はFX-8150比で約26%,i5-3570K比で約46%高いスコアを示した。CPU Zlibもマルチスレッド性能がモノをいうテストなので,整数演算ユニットを8基持つFX-8350&FX-8150が4コア4スレッド仕様のi5-3570Kを圧倒するのは妥当なところだが,FX-8350とFX-8150でこれだけの差がついたのはなかなかインパクトがある。動作クロックの引き上げとIPCなどの改善が,総合的に作用したのではなかろうか。
グラフ8は,AES(Advanced Encryption Standard)暗号における暗号化性能を見る「CPU AES」の結果となる。今回テストした3製品はいずれもハードウェアアクセラレーションが利用可能なため,スコアに大きな違いはない。
一方,ハッシュアルゴリズム「SHA1」を用いてハッシュを求める処理の性能を見る「CPU Hash」では,FX-8350でFX-8150からスコアが約12%伸びているのを確認できた。AIDA64で対応している拡張命令セット「XOP」(eXtended OPerations)のアクセラレーションにAMD FXは対応し,Core i5は対応しないという違いがあるため,i5-3570Kとのスコア差が大きいのはある意味織り込み済みだが,それとは別に,FX-8150に対して動作クロック+IPC向上分の優位性を示している点は注目しておきたい。
整数演算に続いては,浮動小数点演算のテストも見てみよう。グラフ10は,AIDA64の浮動小数点演算関連テスト4つの結果をまとめたものだ。FX-8350のスコアはFX-8150から7〜13%伸びており,性能向上を確かに感じ取れるが,i5-3570Kの差はいかんともしがたい。整数演算は速いが浮動小数点演算が遅いというBulldozerアーキテクチャ以来の傾向は,FX-8350でも変わっていないわけだ。
基礎検証の最後は,AIDA64を使ったメモリ読み書きとコピーのテスト結果だ(グラフ11)。これを見ると,Sandra 2012におけるメモリスコアの低さが,主に書き込み性能に起因するものであることが推測できよう。
FX-8150付属の簡易液冷クーラーと組み合わせた
オーバークロックにより4.9GHzでの安定動作を確認
ここまでのテストで,Zambeziからの性能向上は確かにあるが,劇的ではない気配が感じられたと思うが,ゲーム性能の検証に先立って,オーバークロックも試してみよう。
AMDから全世界のレビュワーに配布されたレビュワーズガイドには,「オーバークロックにあたってTurbo COREを無効化し,コア電圧は1.40〜1.55Vの間に,簡易液冷クーラーのファン回転数は最大に設定したところ,社内テストでは5.0GHzに到達した」とあったので,今回はこれに倣うことにした。具体的には,FX-8150の初期出荷版に付属していた,Antec製「KUHLER-H2O-920」相当の簡易液冷クーラーを取り付けた状態で,FX-8350の動作クロックを5.0GHz,コア電圧を1.55Vに設定。そのうえで,「Apm Master Mode」は「disabled」,「CPU Load Line Calibration」は「High」,「CPU Voltage Over-Current Protection」は「130%」に変更しているが,この状態でWindowsは問題なく起動するのを確認できた(※レビュワーズガイドだと,CPU Voltage Over-Current Protectionは無効化せよとあるのだが,今回はその設定がないため,余裕を持たせるべく130%に指定している)。
ただし,システムに100%の負荷をかけ続けるストレスツール「OCCT」(Version 4.3.1)を実行すると,すぐにシステムがフリーズしてしまう。
そこで今回はこの状態を「FX-8350@4.9GHz」として,定格動作時ともどもゲームベンチマークに用いたいと思う。オーバークロック動作を前提に第2世代AMD FXの導入を検討している人は,こちらも参考にしてもらえれば幸いだ。
※注意
CPUのオーバークロック動作は,CPUやマザーボードメーカーの保証外となる行為です。最悪の場合,CPUやメモリモジュール,マザーボードなど構成部品の“寿命”を著しく縮めたり,壊してしまったりする危険がありますので,本稿の記載内容を試してみる場合には,あくまで読者自身の責任で行ってください。本稿を参考にしてオーバークロック動作を試みた結果,何か問題が発生したとしても,メーカー各社や販売代理店,販売店はもちろん,筆者,4Gamer編集部も一切の責任を負いません。
ゲーム性能検証にあたってのテスト環境は表2そのまま。テスト方法は基本的に4Gamerのベンチマークレギュレーション12.2準拠だが,スケジュールの都合上,「S.T.A.L.K.E.R.: Call of Pripyat」と「Sid Meier's Civilization V」は省略した。
CPU検証なので,解像度は1280×720ドット,1600×900ドット,1920×1080ドットの3パターン。「高負荷設定」(もしくは「Ultra設定」)のテストは行わず「標準設定」「低負荷設定」のみ実施することになる。
ゲームにおいてはFX-8150より約10%速い
FX-8350@4.9GHzがi5-3570Kといい勝負
順に結果を見ていこう。グラフ12「3DMark 11」(Version 1.0.3)における「Entry」「Performance」「Extreme」各プリセットの総合スコアをまとめたものだ。
よりCPU性能が色濃く表れるEntryプリセットで,FX-8350のスコアはFX-8150より約8%高い。動作クロックとIPCの改善を踏まえると順当な結果になっているといえるだろう。FX-8150ではi5-3570に届かないところ,FX-8350では追いついて,わずかながら逆転している点にも注目したいところだ。
また,FX-8350@4.9GHzはEntryプリセットでFX-8350より約7%高いスコアを示し,オーバークロックに相応の意味があることを示している。
3DMark 11のPerformanceプリセットから,CPUによる物理シミュレーション処理性能を見る「Physics Score」のスコアを抜き出した結果がグラフ13となる。おおむね総合スコアを踏襲した傾向だが,ここでもFX-8350がi5-3570Kを上回っている点は押さえておきたいところだ。
FX-8350@4.9GHzはさらにスコアを伸ばし,その立ち位置を強固なものにしている。
3DMark 11では景気のよかったFX-8350だが,グラフ14の「Battlefield 3」(以下,BF3)では一気にトーンダウンしてしまう。BF3では,FX-8350はFX-8150から最大で約13%,FX-8350@4.9GHzに至ってはFX-8150比で最大約27%もスコアを伸ばすのだが,それでもi5-3570Kといい勝負を演じるのがやっとだ。
もっとも,「GeForce GTX 680」と組み合わせ,高いグラフィックス設定でゲームをプレイする前提では,GPUボトルネック込みでi5-3570Kと変わらないスコアを示しているわけで,その意味ではFX-8150から改善があったともいえる。
BF3よりもさらに描画負荷の低い「Call of Duty 4」では,BF3において低解像度で生じていた力関係が,高解像度においても維持されている(グラフ15)。FX-8350@4.9GHzはi5-3570Kとほぼ互角で,FX-8350はそれより一段落ちるが,FX-8150からの性能改善も明らかだ。
一方,グラフ16の「The Elder Scrolls V: Skyrim」(以下,Skyrim)では,低解像度から高解像度までスコアが動かず,そのため,CPU性能の違いが顕著に出ている。FX-8350は,4.9GHzにまでオーバークロックしてもi5-3570Kに届かない。Bulldozerアーキテクチャはシングルスレッド性能が弱いという話はFX-8150のテストレポートでお伝えしているが,Skyrimのように,CPUコア数は2基もあれば十分という場合,シングルスレッド性能の弱さが如実に出てしまうというわけである。
グラフ17は「DiRT 3」の結果で,ここではおおむね3DMark 11と似た傾向にまとまっているといえるだろう。
FX-8350の消費電力はFX-8150とほぼ同じ
昇圧を伴うオーバークロックは「覚悟」が必要か
序盤の表1でもお伝えしたとおり,FX-8350のTDP(Thermal Design Power,熱設計消費電力)は125Wで,FX-8150から変わっていない。製造プロセスが変わらず,動作クロックが向上していることも踏まえると,消費電力の増大が予想されるところだが,実際はどうだろうか。ログの取得が可能なワットチェッカー「Watts up? PRO」を利用して,システム全体の消費電力を計測してみよう。
テストにあたっては,OCCTの30分間連続実行時を「高負荷時」,その後,30分放置した時点を「アイドル時」としている。
……と,冷静に述べてきたが,実際のところ,読者が目を引きつけられたのはFX-8350@4.9GHzのスコアのほうではなかろうか。コア電圧を1.55Vにまで高め,さらにCPUの全コアに100%の負荷をかけている状態なのでやむなしといえばそれまでだが,FX-8350比で高負荷時に300W以上高いというのは,衝撃的というほかない。オーバークロック動作を前提にFX-8350を運用する場合は,電源ユニットへの配慮が必須だろう。
グラフ18の各時点におけるCPU温度をハードウェアモニタリングツール「HWmonitor PRO」(Version 1.14)から取得した結果がグラフ19となる。
スコアは,テスト環境をPCケースに組み込まない,いわゆるバラック状態のまま,室温24℃の環境に置いていたときのものだ。前述のとおり,FX-8350@4.9GHzでは簡易液冷クーラーを用いるが,FX-8350とFX-8150ではSocket AMx共通のAMDリファレンスクーラー,i5-3570Kでは製品ボックス付属のクーラーを使うなど,テストの前提条件が異なるので,横並びの比較には適さない。また,アイドル時の温度はFX-8350@4.9GHzおよびFX-8350,FX-8150で室温を下回るなど,HWmonitor PRO側で温度データの補正をうまく行えていないため,あくまでも参考程度に見てほしいが,FX-8350とFX-8150の高負荷時で比較する限り,発熱量にも大きな違いは生じていない可能性は窺える。
8コア&定格4GHzのインパクトは大きいが
ゲーム用途での過度な期待は禁物
メリットは,依然としてAM3+プラットフォームに留まるため,既存のAM3+対応マザーボードならほぼそのまま使い回せるであろうことと,北米市場におけるメーカー希望小売価格が195ドル(約1万5460円)と,非常に安価であることだ。秋葉原ショップ筋の情報によれば,FX-8350の初値は1万8000円前後となりそうで,“FX-8350のドル円相場”は1ドル90円強ということになるが,それでも,「8コアで定格4GHz動作のCPUが2万円以下で買える」というのはなかなかインパクトが大きいと言える。
しかし,厳しい見方をすれば,ゲーム用途を前提にしたとき,競合製品に対して苦しい立ち位置であることはZambezi時代から変わっていない。手放しで歓迎できるほどの性能改善が得られているわけではないため,FX-8350はあくまでも,AM3+環境を持っている人向けのアップグレードパスということになるはずである。
つまり,非常にニッチな市場へ向けた製品というわけで,苦境にあると伝えられるAMDの業績を好転させる起爆剤には,残念ながらなりそうもない。
AMD公式Webサイト(英語)
- 関連タイトル:
AMD FX(Vishera)
- この記事のURL:
(C)2012 Advanced Micro Devices, Inc.