インタビュー
佐藤天平氏と伊藤賢治氏が届けたいメッセージとは?――iTunes Storeでチャリティアルバム「birthheart」を配信中の「W-NOTE」にインタビュー
このアルバムは,2011年に発生した東北地方太平洋沖地震の復興支援ためにリリースされたチャリティアルバムであり,佐藤氏と伊藤氏の「被災者の支えとなるような音楽を届けたい」という想いに賛同した中西圭三氏,岡田浩暉氏,森 由里子氏,藤本記子氏ら,著名なミュージシャンがジャンルの壁を越えて制作に参加している。なお,ジャケットのデザインはイラストレーター,戸部 淑氏が担当している。
今回4Gamerでは,佐藤氏と伊藤氏への取材を行い,お二人の出会いやW-NOTE立ち上げのきっかけ,そしてbirthheartに込めた想いなどを聞いてきた。
「W-NOTE」公式ページ
「birthheart」配信ページ(iTunesが起動します)
スイーツの話題で意気投合。そしてレーベル設立へ
4Gamer:
本日はよろしくお願いいたします。
長くゲーム音楽に携わってこられたお二人が,新たなレーベルを立ち上げられたというのに驚いたんですが,そもそもどういったきっかけで知り合ったんですか?
昔からお名前は存じ上げていたんですけど,なかなか接点はなかったんです。ただ,お会いする前に「ニコニコ生放送」に出ているのを見たことはあって,自分を飾らない誠実な人柄が伝わってきて,「信用できそうな方だな」という印象は持っていました。
ちょうど今から3年くらい前に業界内の飲み会があって,初めてお目にかかったのはそのときですね。そこから意気投合したんです。
伊藤賢治氏(以下,伊藤氏):
初対面のとき,個人的には天平さんが自分とは正反対なところを面白く思いました(笑)。
佐藤氏:
そうそう。基本は対照的なんですよね(笑)。
音楽性に関しては,起承転結のはっきりした熱いメロディを大事にしているといった共通点はあるんですけど,聴いてきた音楽も違いますし。
それだけに,一緒に音楽をやったら,どういう反応が起きるのかな? という期待感のようなものがあって,いつか一緒に何かやりたいね,という話をしていました。
4Gamer:
対照的なお二人が意気投合するような,何か共通の話題などがあったんでしょうか?
伊藤氏:
強いて言うなら,食べ物の好みが似ているぐらいですかね?
佐藤氏:
お互いにスイーツが好きなんです(笑)。
そんな話で盛り上がって,その後,スイーツ会みたいなものを開いたりして親交を深めてきました。
4Gamer:
食は生命維持に重要ですし,そこの好みが合えば意気投合しやすいですよね。
ちなみに佐藤さんは,どんなスイーツがお好きなんですか?
佐藤氏:
幅広く好きですね。スイーツの人気店が集まる渋谷,原宿,表参道あたりは,本当にあちこち行きました。パリやスペインのチョコレートがあるカフェや,国産のタルトのカフェなんかは全部制覇しています。今だと,パンケーキにはまってるんですけど。
4Gamer:
パンケーキ,今,アツいですよね。
つまり佐藤さんは,スイーツを通じて時代の流れをバッチリ掴んでいるんですね。
佐藤氏:
ええ。美味しいスイーツを食べたインスピレーションで,曲を作っているところがありますから(笑)。
伊藤氏:
僕もスイーツは好きなんですけど,天平さんはそれ以上で……なのに太らないというのが羨ましいんですよね。
佐藤氏:
毎日欠かさず腹筋はやっています。目標体重を設定して,それを越えたらちょっと摂生したり。バントもやっていますから,体型の維持には気を使っているんです。
4Gamer:
バンドといえば,佐藤さんはご自身でも歌われていますよね。
佐藤氏:
ええ。おかげさまで,ゲームの挿入歌などはよく歌わせていただいています。
4Gamer:
実は「魔界戦記ディスガイア」の「戦友よ」が大好きなんです!
佐藤氏:
ホントですか! いや〜,ありがとうございます(笑)。「戦友よ」は僕が歌っている曲の中でも,とくにファンが多いみたいなんですよね。
4Gamer:
佐藤さんの歌声は本当にカッコイイです。せっかくなのでお聞きしておこうと思うんですが,ああいったゲームの挿入歌を御自身で歌われることになったきっかけはなんだったのでしょうか?
佐藤氏:
魔界戦記ディスガイアは元々挿入歌が多い作品なんですが,当初は女の子の曲ばかりだったんです。ある日,「男の挿入歌もほしい」というオーダーがあったので気軽に歌ってみたところ,予想以上の反響をいただけたんですね。自分でも意外な展開だったんですが,それからは毎回プロデューサーからオファーをいただくようになりました。。
4Gamer:
最初はお試しみたいな感じだったんですか。
佐藤氏:
はい。ちょっと図々しいかな? とも思っていたんですが,今では自分で歌って良かったと思っていますし,それを許してくれたプロデューサーにも感謝しています。
4Gamer:
今やディスガイアシリーズの名物ですもんね。
佐藤氏:
ええ。毎回歌っているものですから,曲数も増えました。最近はMiss Kissというバンドを組んで,ディスガイアシリーズの楽曲を中心としたライブもやっています。
4Gamer:
ライブといえば,伊藤さんもご自身で歌ったことがありますよね。そのライブ(関連記事)に行けなかったことを,いまだに後悔しています……。
伊藤氏:
あれはネタだからねッ!(笑)。
佐藤氏:
声はいいんですよね。ピッチが少し危ないんですけど(笑)。
4Gamer:
では,伊藤さんも佐藤さんのように,今後はご自身で挿入歌を歌われたり……。
伊藤氏:
そんなオファーないですから(笑)。
どなたかの歌モノをプロデュースさせていただくことは多いんですけどね。
震災に対する“想い”の合致
4Gamer:
最初から余談じみてしまいましたが,そろそろ本題に入らせてください。
スイーツを通じて親交を深めてきたお二人が,「W-NOTE」というレーベルを立ち上げることにしたのは,東北地方太平洋沖地震があったからなんでしょうか?
伊藤氏:
いえ,そういうわけではないんです。
天平さんといろいろとお話をしつつ,一緒に音楽をやってみたら面白いものができそうだなと思って,そろそろ本格的に動き始めようかな? と考えていた矢先に,あの震災が起きてしまったんです。
4Gamer:
一緒に音楽活動をしてみようという構想自体は,震災以前からあったんですね。
伊藤氏:
はい。ただ,そんなタイミングであまりに大きな出来事が発生してしまったもので,僕も天平さんも,これから何をしていくべきなのか,一旦仕切り直して考え直そうということにしたんです。
佐藤氏:
その段階ではまだ何をするか決まっていなかったんですが,ただ「何かせねば」という想いだけはありましたね。
伊藤氏:
ええ。その“何か”にしても,僕達の仕事は音楽ですから,音楽を発信するということだけはぶれませんでした。でも,例えばインストゥルメンタルにするのかとか,あるいはボーカルにメッセージを込めるのかとか,そのあたりの方向性までは固まっていませんでした。
4Gamer:
それが固まり始めたのはいつ頃ですか?
佐藤氏:
2011年の夏から秋頃に,自然と方向性が固まっていった記憶があります。あの頃は,話し合っている最中にも余震がきたり,計画停電などの情報があったりもして,本当にいろんなことを考えさせられました。
伊藤氏:
その中で,しっかりとメッセージを伝えたい,そのためにはボーカルが必要だろう,と。
4Gamer:
話し合いの途中に,音楽以外の選択肢が浮かぶようなことはありませんでしたか?
それはとくにありませんでしたね。被災地から遠いとはいえ,僕自身も今まで体験したことのない大きな揺れや恐怖を味わって,色々なことを考えさせられたのは確かです。でも,やっぱり自分が音楽を生業にしてきた以上,その音楽を通じて,誰かの支えになりたいという思いが強かったんです。
佐藤氏:
僕も含め,あのときは,どうしたらいいのか分からないという人達が多かったと思うんです。そんな時にTwitterなどでファンの方々から,僕の音楽を聴いて「元気が出た」「勇気をもらった」というありがたいリプライやメールをいただいたんですね。
そういう声もあったので,やっぱり僕らがやるべきことは音楽なんだなと決意することができました。
それで,あえて普段作っているようなインストゥルメンタルではなく,直接的にメッセージを届けられる“歌”という形を選んだんです。
4Gamer:
そうして生まれたのが,「birthheart」なんですね。
このアルバムには,佐藤さんと伊藤さん以外にも,著名な方々が参加されていますが,どういった経緯で実現したものなんでしょうか。
伊藤氏:
まず,僕と天平さんで1曲ずつプロデュースして出そうということを決めました。そして自分達の世界観を表現していくうえで,僕だったら歌詞を中西圭三さん,天平さんなら曲を岡田浩暉さんにお願いしてみよう……というところから広がっていきました。
佐藤氏:
お二人とも,震災や原発,被災者への気持ちを日頃の活動やTwitterなどで示している方々だったので,話は非常にスムーズでしたね。
伊藤氏:
スケジュールを合わせるのには,少し難儀しましたけど。
4Gamer:
みなさん各方面で活躍されていますしね。
そこに森 由里子さんと藤本記子さんも加わって……という形ですが,作品に仕上げていく過程では,どのような打ち合わせが行われていたんですか?
佐藤氏:
何も決まらないで終わる打ち合わせも多かったです。「僕はこう思う」「私はこう思う」と,自分達の気持ちを話しているだけで,いつの間にか朝になったりして(笑)。半年ぐらいはそんな感じでした。
でも今にして思えば,そういった時間も必要なことだったんですよね。
4Gamer:
では,今回参加された方々とは“想い”が合致したということですか?
伊藤氏:
そうですね。きっと我々の「まず形にしよう」,収入は全て赤十字にお渡ししようという考えを,温かい気持ちで理解してくれたんだと思います。
4Gamer:
そういえば,「W-NOTE」というネーミングの由来はどこにあるんですか?
佐藤氏:
伊藤さんのアイデアなんですが,いくつか意味があります。一つは二人の意見を記すという意味での“ダブル”ですね。
伊藤氏:
あとは,ヴァイオリンの“ダブルノート”からです。二本の弦がハモって音色を鳴らすという意味合いで,ちょうどいいだろうと。
4Gamer:
……伊“藤”と佐“藤”で“ダブルの藤”って意味なのかな? なんて思っていてすみませんでした!
一同:
(笑)。
それぞれのメッセージを込めた楽曲
4Gamer:
では,楽曲について聞かせてください。
伊藤さんプロデュースの「アカシアの咲く頃に」がしんみりとした雰囲気なのに対して,佐藤さんプロデュースの「手をつなごうよ」はアップテンポな明るい曲ですよね。
続けて聴いたとき,そのギャップに驚いたんですが,これは何か意図があってのことなんでしょうか?
佐藤氏:
トータルイメージはそれほど考えていませんでした。それぞれのイメージで,作詞家やボーカルのキャラクターを活かすという点を重視しています。
4Gamer:
では,お互いに違ったイメージの曲にしようとか,そういう取り決めがあったわけではないんですね。
佐藤氏:
そうですね。私の曲に関しては,震災復興に絡めるには明るすぎるという意見もありました。しかしスタッフの方々とも相談したうえで,「これでいきましょう」と決めたんです。
現状,まだ「手をつなごうよ」なんて言えない人達が大勢いるとは思うんですが,せめて気持ちが前に向くきっかけになればいいなと。思い切って明るい曲にさせてもらいました。
4Gamer:
不思議と元気が出てる曲だと思います。
佐藤氏:
「さすがにストレートすぎるんじゃないか」という不安はありましたが,岡田さんに歌っていただく段階になって,嘘臭さが無くなったんです。それはきっと,岡田さん自身が飾らない,まっすぐな方だからだと思うんですね。
彼の歌唱力や気持ちの力をお借りしたことで,まっすぐな曲に仕上げることができたんだと考えています。
4Gamer:
伊藤さんは,アカシアの咲く頃にという曲へ,どんな想いを込めたんでしょうか。
伊藤氏:
天平さんの歌詞を見たとき,万人へ向けてのメッセージなのかなと思ったんです。ならばこちらは逆に,聴く方のパーソナルな部分に焦点を当てようと。代弁というわけではないですが,一人一人の気持ちを汲み取り,それを形にすることを目指しました。
4Gamer:
確かに,非常にメッセージ性の強い歌詞ですよね。
伊藤氏:
作詞の藤本さんは以前にも僕の楽曲に参加してくれています。僕の曲調や世界観をよく理解してくださっているので,「じゃあ,私の想いを伊藤さんの想いに含めて曲に乗せます」と快く引き受けていただけました。
4Gamer:
作曲に関してはいかがですか?
伊藤氏:
中西さんが歌うならバラードが一番心に響くだろうとすぐに決まったのですが,ジャンルは悩みました。
最初は徳永英明さんの「最後の言い訳」のような,ずっと同じビートなんだけど心に響いてくるサウンドを目指したんですが,もっとエモーショナルな,僕自身が得意としているフレーズだったり演奏だったりといったアレンジを加えていった結果,今の形になっています。
4Gamer:
そういえば。作曲は中西さんと伊藤さんのお二人で担当されているんですよね。
伊藤氏:
当初,僕はプロデュースに専念して中西さんに曲を作っていただく予定だったんです。ただ,中西さんが体調を崩された時期がありまして,「伊藤さんが手伝ってくれると嬉しい」と言われたので,僕もお手伝いすることになりました。
その段階で,すでに断片的なメロディは出来上がっていたので,僕が担当したのはそれをつなぎ合わせるという作業ですね。そうして全体をまとめながら,アレンジをしていきました。
4Gamer:
そういう役割分担だったんですね。
レコーディングの様子はいかがでしたか?
佐藤氏:
いつものレコーディングというより,中西さんの歌を我々だけが聴かせてもらえる,かけがえのない時間という感じでしたね(笑)。
伊藤氏:
α波が出ますよね,中西さんの歌声は!
4Gamer:
ちなみに,今回は二曲とも男性のボーカルですが,これは偶然なんでしょうか?
佐藤氏:
偶然ですね。さまざまな候補の中,最終的にこのお二人に決まったという感じで。
4Gamer:
では,作品リリース後の諸々の手応えはいかがでしたか?
伊藤氏:
今回はあえて,さりげなくリリースさせてもらったんです。ファンの方々に向けて必要最低限の情報だけを出すという意識で。でも,そこからじわじわと広がっていく感覚はありましたね。
4Gamer:
あえて大々的な宣伝は避けたといいうことですか?
伊藤氏:
僕らのスタンスとして,チャリティありきの楽曲ではなく,楽曲の意味がチャリティの精神に則ったものであるということを大事にしたかったんです。
佐藤氏:
なので,ファンの皆さんにじわじわ伝わっていって,その流れで岡田さんのファンから「歌詞を読みたい」という声が出たので歌詞ページを開設したりと,一緒に広げていくという意識がありました。
4Gamer:
確かに派手なプロモーションをしてしまうと,ちょっと嫌らしさみたいなものが出てしまうことはありますよね。……だからといって,誰にも届かなかったら意味がないですし。
佐藤氏:
ええ。そのバランスは悩みましたね。
4Gamer:
パッケージを出さず,iTunes Storeというプラットフォームを選んだ理由はありますか?
伊藤氏:
ネットで浸透させていきたいという目的を考えた際,iTunes Storeとの親和性が一番高いと思ったんです。パッケージとなると手間や,いろいろな制約も増えてしまいますしね。
4Gamer:
お二人はTwitterなども利用されていますし,ネットからダイレクトに反応が返ってくることもあると思うんですが,今回はいかがでしたか?
伊藤氏:
温かいメッセージをいくつかいただきました。素晴らしいファンの方々に恵まれて,本当に幸せだなとあらためて実感しています。
4Gamer:
そういった意味で,今回の企画が受け入れられた要因というのはどこにあったとお考えですか?
伊藤氏:
楽曲第一というところを認めていただけたのかなと思っています。楽曲よりもチャリティが前面に立ってしまうと,聴く前に拒否反応を起こしてしまう人もいると思うんですよね。
4Gamer:
目標を達成するためということを考えると,本来,どちらが前に出ていても問題ないとも思うんですが,感じ方は人それぞれですし……。
伊藤氏:
そうなんですよね。
それもあるので,まずは楽曲を聴いて楽しんでください,という気持ちです。なので今回の楽曲を,いろいろなところで流してもらえると嬉しいですね。
4Gamer:
もしもの話ですが,今回の楽曲を元にリミックスや編曲をやりたいという人が現れた場合はどうされます?
伊藤氏:
基本的には問題ないです。ただ,今回の楽曲に関しては,大切にしてくださる方にお願いしたいという希望はあります。
「伊藤さんと佐藤さんの想いに則って,自分達もこういう形で参加させてもらいました」というような形で広げて展開していただけると,僕らも嬉しいですしね。
4Gamer:
分かりました。
そうそう,今回はジャケットのイラストを戸部 淑さんが担当されていますよね。
はい。僕達が作った2曲を聴いてもらったうえで,描いてもらったイラストなんです。
その時点ではアルバムの名前も決まっていなかったので,「この絵からどうやってタイトルをつけよう?」と悩みました。最初はハートが人と人をどんどんつなげていくという絵なのかなと思ったんですが,見方を変えてみると二人が手を差し出したときにハートが“生まれる”という意味が見えてきたんです。
それで「新しい心が生まれる瞬間のイメージって大切だな」と思い,「birth」という単語が出てきたという感じです。
4Gamer:
戸部さんらしい,とても柔らかな印象のイラストですよね。
伊藤氏:
前々から,自分がもしオリジナル楽曲のアルバムを出す時にはご一緒したいという話をしていて。今回,それがこういう形で実現したのは非常に良かったなと思います。
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