インタビュー
声優にしてクリエイター・杉田智和の原点を辿る「月英学園 -kou-」インタビュー。杉田氏と森Pが解き明かす,その原風景と世界観
キャラクターに込められたさまざまな思惑
これは単純に疑問なのですが,杉田さんご自身は,執事というキャラクターの声を担当されていますよね。普通に考えれば,主人公である遠山 浩を杉田さんが演じるのが自然なようにも思うのですが,なぜそうしなかったのでしょうか。
杉田氏:
これを説明するとネタバレになってしまうのですが,僕が浩を演じてしまったら,浩が執事と出会ったときに……声でバレちゃうじゃないですか。
4Gamer:
あー……なるほど。あくまで別の存在ということなんですね。
杉田氏:
そうです。英理と朱音に別のキャストを当てているのも,ほぼ同じ理由からですね。
4Gamer:
そういえば,執行 律が浩のことを「兄様と似ている」ってしきりに言っていましたね。それも,何かあるわけですか。
杉田氏:
ええ。執事と執行 蓮,その両方のデータベースを参照して生まれたのが,遠山 浩という人間なんです。
森氏:
杉田くんが考えるキャラクターは,「そこまで説明しなくていいから!」という部分まで設定が作り込まれていて,バックボーンが複雑すぎるくらい複雑なんですよ(笑)。
杉田氏:
主人公として浩が設定されたことで,いろいろと変化した部分は大きいですね。律はVita版から登場したキャラクターですが,元々は中等部のキャラクターとして,雄喜(英理の弟)と同級生になる予定でした。
4Gamer:
ああ,それで高校2年生にしては幼い外見なんですね。
杉田氏:
メインヒロインの英理が「偉そうな後輩」というキャラ付けだったので,浩がクラスで孤立しないためにも,律が必要だったんです。同様の理由で,田中(CV:安元洋貴)や佐藤(CV:阪口大助),兼城いずみ(CV:丹下桜)もクラスメイトになりました。彼らもちゃんと名前がつき,声が吹き込まれたことで,愛着が沸くキャラクターになってくれましたね。
4Gamer:
うーん,なるほど。しかし返す返す,豪華なキャスト陣ですよね(笑)。月英学園そのものからは少しズレるのですが,声優さんのインタビューなどで,アニメなどの現場に比べて,ゲームのアフレコは難しいという話を聞く事があります。実際のところ,どうなのでしょうか。
杉田氏:
それぞれ,まったく別物ですね。アニメのアフレコは,掛け合いをしながら動画に合わせて収録しますが,ゲームの場合は基本的に別録りです。さらにテレビアニメは毎週放送される物なので,制作進行の流れが根本的にゲームとは異なります。
森氏:
アニメの場合,目の前にある映像に対して声を当てるので,ある程度は絵が想像できるじゃないですか。でもゲームには,ほとんどの場合それがありません。なので,基本的に口頭での説明と資料だけで,役者さんにキャラクターをイメージしてもらうことになるんですよ。だから,どうしても最初の微調整が難しくなります。
4Gamer:
そう聞くと,確かにゲームの方が難しそうですね。
森氏:
想像で補ってもらう部分が大きいので,そういった意味ではアニメよりゲームのほうが,収録は大変かもしれません。
杉田氏:
アニメにはアニメの難しさがあるので,一概には言えませんけどね。でも,今回のキャストを,ある程度面識のある人で固めたのには,そうしたイメージを伝えやすくするためという側面もあるんです。
森氏:
そうそう。気心が知れた相手だと,意思疎通が図りやすいんだよね。アニメでも,監督が同じだと,作品は違えど起用するキャストが似通ることが多いじゃないですか。あれも同じ理由です。もちろん,新しいキャストにチャンスを用意するのも,また重要なんですけど。
杉田氏:
関係の深さに甘えてばかりでは良くないので。月英学園で言えば,若手の起用で栄斗 圭役の山口立花子さんがいますし,久遠院倭人役の伊智生士冶さんは,主に舞台の方面で活躍されている役者さんで,僕は今回が初顔合わせでした。
4Gamer:
それも,杉田さんがキャスティングを?
杉田氏:
ええ。久遠院倭人は老人の役で,同じ立場にいる市能瀬涯(CV:銀河万丈)とバランスが取れるような役者さんでなければならなかった。そこで,「戦国大戦」で渋い役を色々演じている,伊智生士冶さんに白羽の矢を立てました。でも実際に会ってみると,想像以上にお若い方で……。
4Gamer:
ええっ,お若い方なんですか?
杉田氏:
ええ。僕もとても驚きました。あと朝倉役の山本匠馬さんも,普段は俳優としての露出が多い方です。朝倉というキャラクターは,桃生町の中では異質な存在じゃないですか。その朝倉を,声優が本業でない方が演じることによって,その異質さがより際立ったと思っています。
4Gamer:
お聞きしていると,キャスティングはとてもスムーズに決まったようですが,配役で悩んだキャラクターはなかったのですか?
杉田氏:
キャスティングで揉めたのは……御月雄喜役くらいですね。彼は大河や英理の弟で,中学2年生なんですが,女性の声優さんにするか,男性の声優さんにするかで,少し迷いました。結局は,上がってきたイラストがかなりタフな見た目だったので,後者になったんですけど。
雄喜は,痩せると男前になりそうですよね(笑)。
杉田氏:
自分のやりたいことのために,自ら引きこもり生活を選んでいるという,凄く意思の強いキャラクターですから。その「意思の強さ」を表現できて,英理役の早見さんよりも年下の役者さんということで,石川界人さんに担当してもらいました。
4Gamer:
なるほど。
杉田氏:
そうそう。特定の役というわけではないですが,ガヤやモブの声も,ちゃんと選んでキャスティングしています。しっかりサンプルを聴いて,森永さんと話し合いながら決めていきました。
4Gamer:
えっ。ガヤやモブって,主演の方達が兼役で録ったり,あるいは事務所の若手の方が担当するものだと思っていたのですが……違うのですか?
杉田氏:
いや,実際はそういうことが多いと思います。でも,僕はここが作品のクオリティを大きく左右すると思っているんです。それを単に事務所のつながりや,使いやすいかどうかで決めてしまっては,役者さんに失礼じゃないですか。ただ,その収録にはスケジュールが合わなくて参加できなくて……それが今でも少し残念です。
クリエイター・杉田智和氏の原点――複雑に入り組んだ世界の裏側
4Gamer:
ここからは,原作者――クリエイターとしての杉田さんに迫っていこうと思うのですが……まず,そもそも月英学園の物語,世界観というのは,杉田さんのどこから生まれてきたのでしょうか。
杉田氏:
月英学園の世界は,僕の中にある「自分の感性に影響を与えた物や出来事を,他人に伝えたい」という意思から生まれたものです。また,それらの出来事を忘れないよう,まとめて保存しておくメモのような意味合いもありました。
森氏:
これは僕の興味から杉田くん聞いてみたいことなんだけど,いいかな。
杉田氏:
はい。
森氏:
月英学園の舞台って“田舎の町”(桃生町)という閉鎖的な空間の中にある“学校”(月英学園)だよね。つまり,桃生町という閉鎖的な空間の中に,学校というさらに閉鎖的な空間が入れ子になっているわけだ。どうしてそういう設定にしたの?
杉田氏:
それは単純に,あの舞台設定が僕の原体験に由来しているからです。僕自身が田舎の村で育った人間なので,桃生町という舞台には僕が育った村が投影されてる……と思います。
ああ,やっぱり杉田くんの原風景なんだ。でも普通はさ,閉鎖的な空間の内側に置かれた組織って,“外”に向かう意思や力を持つものだと思うんだ。でも月英学園では,その学校すらも内側に向かっているよね。
杉田氏:
田舎の世界って,そういう物なんですよ。僕が育った田舎の人間達って,絶対に“外”に喧嘩を売ったりしません。内輪の中で争って,「お山の大将」を目指す世界なんです。だから,僕が月英学園で描きたかったのは,僕が過去に体験してきた“理不尽”への抵抗です。
4Gamer:
理不尽というと?
杉田氏:
学生の頃って,ほら,コミュニティにランクがあるじゃないですか。いつもはやりの音楽を聴いて,誰が誰を好き,という話題で盛り上がっているような奴らが一番上で,その輪に入れなかった奴らが,また別のコミュニティを作っていくような。当時の僕は,そのメインストリームのコミュニティに入れなかったんです。
4Gamer:
いわゆるスクールカースト的な。自分も体験して来たので,よく分かります(笑)。
杉田氏:
メインストリームの人間から「お前なんかあっちに行ってろよ」と言われた人間達が作ったコミュニティで,僕は彼らの言う“あっち”を楽しんでいたんだけど,そうしたら,俺を追い出した奴らから,「そんな面白い場所があったのに,なんで言わなかったんだ!」って言われて。そんなもの,こっちからすれば「知ったことか!」じゃないですか。まぁ,単に僕がひねくれ者だっただけなのかもしれませんが。
森氏:
もしかして……杉田くんは自分がひねくれ者じゃないとでも思ってたのか(笑)。
杉田氏:
そうならざるを得ない状況だっただけです! 僕だって,サッカーやバスケットボールを嗜みながら,修学旅行は好きな女の子の話題で盛り上がりたい時もありました。でも現実では,僕は一切の球技がダメで,テニス部の中でもずっとアニメとゲームの話をして,修学旅行は京都のゲーセンで格ゲーを遊ぶという状況でした。
4Gamer:
それはそれで,ちょっと楽しそうですけど(笑)。オタク同盟というか,マイノリティの中で生まれた絆は,より強くなるものですし。
森氏:
ああ,それはよく分かる(笑)。
杉田氏:
ええ。その中で生まれた絆は,どれも本物なんです。その当時に仲が良かった連中とは,今でも親交があるくらいですから。
4Gamer:
ええと,ちょっと話を戻しますと,つまりそういう閉鎖的な社会からの脱出を描きたかった?
杉田氏:
はい。特典のドラマCDに,少年時代の後堂の「多くの人間は,不条理を飲みやすい形にして飲み込んでいる。大河なんてのはとくにそうだ。だが,俺は納得がいかねえ!」というセリフがあるんですが,ここに僕がこの作品で言いたいことがすべて詰まっています。
森氏:
杉田くんのラジオに出た時にも言ったんだけど,僕は「月英学園」のテーマは“虚像”だと思っているんですよ。作中では「鏡に映っている物が真実なのか否か」という,目に映っている出来事と,自分の信じていることの差異が,大きくクローズアップされているので。
4Gamer:
なぜ学園でなければならないのか,というのは,自分もプレイしていて感じた疑問ではあります。まるでネルフに連れてこられたシンジ君のような状態にもかかわらず,何故,主人公達はその中で学園生活を送っていられるのだろうって。学園の中での出来事は,まるで胡蝶の夢のようで……その違和感は,恐らく意図的なものですよね。
杉田氏:
そうです。桃生町は歪んでしまった人工の世界なので,ある程度の矛盾や綻びが必要なんです。そもそも,あんな小さな村に学園があること自体,不自然じゃないですか。それに,誰もが幸せな空間だったら,メインフレームからルル様がやって来る理由もない。だから,桃生町はスキだらけで,違和感の塊でなければならない。
森氏:
前のインタビューで,僕は杉田くんの書くストーリーを“ヒネた中二”と表現したんだけど,この「世の中を,ちょっと違う角度から見ようとする」ところが,杉田くんの根っこなんだと思うんですよ。目に映っているものをそのまま信じずに,常に違う場所から観察しようとする。杉田くんのプロットを読んでいると,よくそう感じます。
4Gamer:
なるほど,それで“ヒネた”中二病だと。
杉田氏:
中二病って,思春期に起こる感性の成長を外から見た姿だと思うんです。あの時期の子供って,あらゆる物に興味を持って手を伸ばすじゃないですか。それがあまりに無節操すぎて,時には自分を見失ってしまったり,その姿が滑稽に見えたりする。
森氏:
そうだね。
杉田氏:
だからこそ,あの時期にインプットされたものってすごく大事だと思うんです。色んなものをごった煮したカレーのようなもので,中二病を経験した人は,みんな“自分味のカレー”を持っています。それが美味しいかどうかは,放り込んだ具材と,調理方法次第といいますか。
4Gamer:
杉田さんの鍋では,田舎の村の風景とスクールカースト,そしてアニメと格ゲーが煮込まれていたわけですね。
杉田氏:
ええ。物心ついた頃の杉田少年は,決められた未来をなぞらされるような田舎の確執が嫌で嫌でたまらなかった。だから声優雑誌のオーディションに応募して,新転地を求めたんです。この体験が,月英学園の世界観と,ストーリーの構築に大きく関わっていると思います。
4Gamer:
それが,クリエイター・杉田智和の原点だと。
杉田氏:
声優とクリエイターって,まったく違うものに見えるかもしれませんが,一つの世界観を作り上げる役割と言う意味では,どこか似た存在なんですよ。もちろん声優の場合は,自分が入る器(キャラクター)がなければ自分を表現できませんし,だからこそ,僕はいちからものを作り上げるクリエイターさんのことを,すごく尊敬してるのですが。
今回,クリエイターの立場に立たせていただいたことで,それがよく分かりました。この経験は,声優としての自分にとっても,恐らくなにかのヒントになってくれるじゃないかと思っています。
終わりのない月英学園の世界
4Gamer:
まだまだ語り尽くせそうにない月英学園の世界ですが,そろそろお時間も迫ってきました。気になるのは今後の展開についてなのですが……いかがでしょうか。エンディングを終えても,物語にはまだ続きがありそうな雰囲気でしたが。
杉田氏:
はい。「月英学園」は,これで終わるコンテンツではありません。今後も皆さんと共にこの作品を育てて行けるように,頑張りたいと思います。
森氏:
「月英学園は育てていくコンテンツ」だと思っていますから。もし次があるなら,もっとキャラクターを切り分けて,より深く掘り下げたいよね。
杉田氏:
ええ。本編で語り切れなかったサブキャラクターほど,そう考えてしまいます。
4Gamer:
おお。ということは,ファンディスク的な展開を期待してもいいのでしょうか。
杉田氏:
今はまだ,次を作る体制ができていないですし,僕の中でもまだ形になっていないので,すぐにどうこうという訳ではないですが。それをどうやって表に出していくかを今後,森さんと話し合っていきたいと思います。
4Gamer:
声優とクリエイターの両立はすごく大変そうですが,そんなことが可能なんでしょうか。
杉田氏:
可能かどうかなんて,後から考えればいいんです。同人版を制作するにあたり,伊藤賢治さんに楽曲のオファーしたときもそうでしたが,お願いする側が「お忙しいでしょう?」なんて先に言うのは,僕は好きじゃない。仕事をしている以上,皆忙しいのは当たり前じゃないですか。まずは先に依頼を伝えて,その後にみんなで解決策を考えるんです。
4Gamer:
な,なるほど。今回のインタビューでは深く触れられませんでしたが,伊藤賢治さんの音楽も,本作を語る上で外せない要素の一つですね。
杉田氏:
「熊川秋人さんのシナリオ」「哉ヰ涼先生の絵」「伊藤賢治さんの音楽」の3つは,僕は月英学園に必要不可欠な要素だと思っています。そのうちどれかが欠けるなんて,Vita版でも考えませんでしたし,今後もないと思いますよ。
4Gamer:
分かりました。大いに期待させていただきます。では最後に,本作を既に遊んだプレイヤーの皆さんへ,またこれから遊ぶというプレイヤーに向けて,メッセージをいただければと。
森氏:
そうですね。続編の話はまず置いておいて,とりあえず今は「月英学園 -kou-」で,“ヒネた”杉田ワールドを存分に楽しんでいただきたいですね。もちろん,キャラクターがこれだけ揃っているタイトルなので,今後の展開にもご期待ください。
杉田氏:
遊んでくれたプレイヤーの数だけ,桃生町の姿があると僕は思っています。まだ手に取っていないという人がいましたら,ぜひ遊んでいただいて,あなただけの「月英学園」を見つけてみてほしいと思います。
4Gamer:
本日は,ありがとうございました!
声優として知られる杉田智和氏が,クリエイターとして,その内に秘めた想いを形にした「月英学園 -kou-」。今回のインタビューでは,その一端を聞く事ができできたように思う。森氏とのやり取りの中でかわされたその言葉は常に真摯かつ明快なもので,杉田氏がいかに本作に真剣に取り組んできたかがうかがえるものだった。
インタビューの中で語られたように,本作のストーリーは未だ完結を迎えていない。続編については今のところ未定とのことではあるが,これから大きく広がりを見せるだろう「月英学園」に期待しておこう。また個人的には,月英学園とはまた違った“杉田ワールド”も見てみたい。そう感じるのは,少し贅沢に過ぎるだろうか。本作を足がかりに,さらに活動の幅を広げる,杉田氏自身の活躍からも目が離せない。
「月英学園 -kou-」公式サイト
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