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[GDC 2016]Paradoxのベテラン開発者が歴史ゲームのエッセンスを語ったセッションをレポート
この講演では,同社の開発部門であるParadox Development Studioのシニアゲームデザイナー,Chris King氏がスピーカーを務めた。King氏は「Hearts of Iron」シリーズや「Victoria」シリーズ,「Europa Universalis」シリーズなど,Paradoxの主要タイトルの開発に携わってきたベテラン開発者であり,濃い“パラドゲー”ファンなら必ずその名前を知っているはずの人物だ。
King氏はまず,歴史を扱うゲームにとって永遠に未解決ともいえる課題を提示した。それは「史実とゲーム性,どちらを優先すべきか?」」というものだ。ゲームの目的は歴史とその流れを楽しむことにあるのは間違いないが,史実とゲームプレイがどういうバランスになっているか,どうするのが正しいのかということだ。
例として挙げられたのは「Civilization」シリーズと,「Hearts of Iron」シリーズ。Civilizationは,歴史をテーマにしているとしても,勝敗に重要になるのはプレイヤーのスキルで,史実はフレーバーのような存在だ。場合によっては,ガンジーが核ミサイルを発射するようなこともできる。一方,第二次世界大戦を扱う「Hearts of Iron」シリーズは史実に重きを置いているため,例えばルクセンブルク大公国で始めた場合,プレイヤーはほかの国に比べて苦労が大きくなる。
歴史的事実とゲームの面白さは,いずれもプレイヤーに何かを提供してくれるものであり,相反するものでもないはずだ。しかし,悲しいことに,それらはしばしば相容れない場合があるとKing氏は述べた。つまり,必ずしもすべての史実がゲームシステムにうまく対応してくれるわけではないし,少なからぬ数の重要な歴史的イベントが,ゲームデザイナーにとって悩みの種になったりするというのだ。
コンピュータプログラムは,「はい」でなければ「いいえ」だと合理的に判断し,ゲームもそのメカニズムによっている。しかし人間の作る歴史はもうちょっと曖昧で込み入っているのだ。
歴史が積み重ねであることもまた,ゲームデザイナーにとっては厄介な事実だ。ゲームを始めたとき,どの国(あるいは勢力)も同じ歴史的段階にあるわけではなく,スタート地点は揃わない。“中世世界を扱ったゲーム”を作ろうとしても,ある国や地域は近世に足を踏み入れていることもあるだろうし,逆にまだ古代の残滓を引きずっているところもあるはずだ。これを忠実に再現すれば,勝てる国とそうでない国が必ず出てくる。
しかも歴史はあからさまな間違いや失敗に満ちており,理屈で考えて起きるはずのないことが起きている。それは,ドイツが第一次世界大戦のあとで何を学んだかを考えればすぐ分かるはずだと,King氏は語った。
こうした歴史ゲーム特有の難しさを解決するにはどうしたらいいのか? 誰でもあのParadoxがどのような処方箋を持っているのか気になるところだが,残念ながらそんなものはなく,個別に対処していくしかないとのことだった。
例えば,11〜15世紀のヨーロッパを舞台に,国王や公爵,伯爵などの封建領主に扮したプレイヤーが自分の血脈を後世に残すことを目指すという異色のストラテジー「Crusader Kings II」では,1054年のキリスト教分裂が問題になった。キリスト教がローマ教会と正教会に二分され,やがて十字軍遠征を招くことになる重要なイベントだが,ローマ教会と正教会の「相互破門」を再現するようなゲームシステムは非常に複雑になる。しかも,分裂後も相互に交流があったなど,単純に敵対していたわけではない。
また当時,イスラム教もスンニ派とシーア派に分かれて独自の発展をしており,その頃のイスラム世界の様子を伝える資料が少ないという理由もあって,十字軍の相手となるイスラム勢力の再現も大変だ。一般に,宗派対立は人間的な要素が濃く,ゲームに取り入れるのは難しいのだが,さて,どうするか? King氏は結局「無視した」と述べて,会場の笑いを誘った。具体的にはゲームのスタートを1066年にして,すでに分裂したあとの世界をゲームスタート時のデータとして用意したのだ。
このように,ゲームのために特定の時代を切り出す行為は,やってみるとかなり難しい。歴史ゲームのデザイナーは,まずは歴史の再現には限界があることを知り,そのうえで,かけた努力がそれだけの効果を生み出すかを測らなければならない。ゲームに何を入れるかは重要だが,それ以上に,“何を入れないか”を十分に考える必要があるとKing氏は言う。
続くケーススタディは,ルネサンス期から大航海時代にかけてのヨーロッパが勃興期を描く「Europa Universalis IV」で,ここではスペインによるメキシコ征服が挙げられた。実際はスペインではなく,スペインの征服王(コンキスタドール),エルナン・コルテスが独自にやったことで,ゲームでは自動的にスペインによる征服が進むようになっている。
しかし,スペインがメキシコを征服した場合,スペインを征服したプレイヤーは自動的にメキシコを手に入れることになり,誰も手間をかけてメキシコをほしいとは思わなくなるだろう。
そこで,インセンティブとしてメキシコに高い価値を与え,あとはゲームシステムに任せたという。その結果として,フランス領メキシコやイギリス領メキシコなど,歴史とは異なる流れになっても,それはそれで構わないという。ゲームシステムを信頼して,できる限り例外を作らないことが重要だとKing氏は述べた。
同じような問題は,最後のケーススタディである「Victoria2」でも起きる。同作が描くのは,列強が競ってアフリカを支配下に置いた時代だが,植民地は,争いになったときに艦隊を派遣しなければならないなど,経費がかかる割には得られるものは少なく,冷静に考えればペイしないものだ。
そのため,頭のいいプレイヤーであればアフリカ大陸を植民地にしたりはしない。「Victoria2」のプレイヤーは,AIがほとんど植民地獲得を目指さないことに気づいているかもしれないが,それは以上の理由によるものなのだ。植民地を手に入れると国内の不満をそらしたりできるので,まったく意味がないわけではないが,それだけでは動機付けとして少々弱い。
と,ここでKing氏は,意外な人物を持ち出した。それが,「資本論」で知られるカール・マルクスだ。唯物論者であるマルクスは,歴史や社会のメカニズムをすべて原材料を通じて説明しており,当時のヨーロッパ列強のアフリカに対する貪欲さも,さまざまな原材料への渇望によるものとしている。
King氏は,「Victoria2」は優れた経済システムを持っているので,プレイヤーは実際はペイしないにも関わらず,原材料欲しさに植民地を手に入れようとすると説明した。
こうしたマルクスの考え方は,ゲームに非常によくフィットするので,歴史を扱うゲームのデザイナーは,ぜひ読んでおくべきだと述べた。
歴史の専門家と歴史ゲームの関係については,2015年12月19日に掲載した「研究者の目に歴史ゲームはどのように映っているのか。ドイツで行われた軍事史研究会をレポート」でお伝えしたが,そこでは,歴史専門家にとって歴史ゲームのために調査を行うことはあまり魅力的ではないとされていた。一方のKing氏も,歴史専門家に対してはいささか冷淡であるようで,彼らの存在がゲームに裏付けを与えるものではないとした。ゲームの目的はプレイヤーに楽しい時間を与えることだが,専門家達はしばしばそれに納得してくれないというのだ。
最後に,Paladoxの歴史ゲームのポリシーが述べられたので,いくつかかいつまんで紹介しよう。上にも書いたように,史実とゲーム性のどちらを優先させるべきかについて,明確なルールはない。そのうえで言うなら,焦点を定めることが重要だ。このゲームはどこが興味深いのか,そして面白いのかを考え,あまり手を広げすぎないこと。たとえユニークなフィーチャーを思いついたとしても,それを実装する努力と得られる面白さを天秤にかけるべきだという。
抽象化については,力を入れすぎてはいけない。いくつかの歴史的事実は,ゲームシステムとして取り入れるのが難しく,ときには無視しなくてはならない。史実に拘泥することは望ましくないのだ。ゲームデザインは,科学ではなくてアートであり,それを念頭に置いて歴史ゲームを作ってほしいとKing氏は結論付けて,レクチャーを終えた。
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