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印刷2012/08/24 10:56

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[CEDEC 2012]ゲームにおける「遅延」とは何か。「太鼓の達人」の事例から考える,初心者にこそ知ってほしい液晶テレビの遅延問題

バンダイナムコスタジオ 第1開発本部 P&S部門 技術部 基盤開発2課 課長補佐/リードエンジニア 森口明彦氏
画像集#002のサムネイル/[CEDEC 2012]ゲームにおける「遅延」とは何か。「太鼓の達人」の事例から考える,初心者にこそ知ってほしい液晶テレビの遅延問題
 2012年8月20日から22日にかけ,神奈川県のパシフィコ横浜にて開催されたCEDEC 2012。その中から,開催初日の8月20日に行われたセッション「AV機器とゲームの幸せな明日」のレポートをお届けする。

 本セッションでは,バンダイナムコスタジオ 第1開発本部 P&S部門 技術部 基盤開発2課 課長補佐/リードエンジニア 森口明彦氏から,家庭用液晶テレビをはじめとするAV機器を使用した場合の,ゲームの映像表示および音声再生の「遅延」の実態と,それに対する同社の取り組みなどが紹介された。
 ゲーム──とくに格闘ゲームやリズムゲームなど,アクション性が高いジャンルにおいて,映像/音声の遅延は,プレイフィールを大きく左右する問題となる。本セッションでは,同社内で最も進んだ遅延対策を講じているという,「太鼓の達人」シリーズを題材に解説が行われた。適宜筆者の補足を加えつつ,紹介していこう。

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「太鼓の達人」公式サイト

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「遅延」とは何か


 ことの起こりは,Wii用ソフト「太鼓の達人」シリーズを専用コントローラで遊んでいるユーザーから寄せられた問い合わせだったと語る森口氏。「専用コントローラの反応が悪いのではないか」というものだったそうだが,開発現場では,当初その原因を,液晶テレビの「表示遅延」だと考えていたそうだ。しかし検証を進めるうちに,ユーザーの訴えるその感覚も,あながち見当違いと言い切れないことが分かってきたという。

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 話を進める前に,ゲームにおける「遅延」について,改めて説明しておこう。一口に遅延といっても,その要因にはさまざまなものがある。
 森口氏は,ゲームのインタラクションループを表す以下のスライドを示し,遅延が発生しうる要素として「入力デバイス」「入力解析」「ゲーム処理」「描画処理」「出力デバイス」の5つのポイントについて説明した。

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 「入力デバイス」による遅延とは,コントローラから入力した信号が,ゲーム機に届く前に発生する遅延のこと。これがいわゆる「入力遅延」で,問題の解決にはコントローラを改善する必要がある。先に紹介したユーザーからの問い合わせは,これを疑ったものである。
 一方「出力デバイス」の遅延は,いわゆる「表示遅延」。テレビなどのディスプレイの内部で発生する遅延だ。解決にはより遅延の少ないディスプレイ(ゲームモードを搭載したものや,ブラウン管を採用するものなど)を用意しなければならない。
 「入力解析」や「ゲーム処理」「描画処理」などは,現在のゲーム機ではあまり問題になることはないはずだが,例えばグラフィックスの処理が重くてフレームレートが出ないような場合は描画処理の遅延に該当する。

会場では「太鼓の達人」を例に,ゲームにとって遅延がいかに大きな問題かを示す動画が披露された。スライドの画面は,譜面の上下で画面を分割し,遅延のない上画面と遅延がある下画面を比較している。2フレームの遅延(画像右上)では,音符半個分のズレが,6フレームの遅延(画面左下)では,音符1個分相当のズレがそれぞれ生じているのが分かる。「こうなってしまうと,もうゲームとして成立しない」とは,森口氏の弁である
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 ここで重要なのは,ユーザーが感じる遅延とは,これらのさまざまな遅延の合算であるということ。それらが合わさって,ユーザーのプレイフィールに影響を及ぼすので,ユーザーが今感じている遅延の原因を,自身で切り分けるのは難しい。冒頭で紹介したユーザーからの問い合わせが,「あながち見当違いはといいきれない」のは,つまりこういうことなのだ。

遅延を距離に置き換えたイメージ図。8フレームの表示遅延が発生するディスプレイでプレイすることは,遅延0のディスプレイを,約4万km(およそ地球1周分の長さ)先に置いてプレイするに等しい(画像左)。またこれは入力遅延でも同様で,プレイしているユーザーは,映像ケーブルが4万kmなのか,コントローラのケーブルが4万kmなのか,それぞれが2万kmずつなのかプレイフィールからは区別ができない(画像右)
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遅延をとりまく努力と現状


 ではユーザーに遅延なくゲームを楽しんでもらうには,メーカーとしてどうすればいいのだろうか。一つは,業界団体などと協力し,低遅延のディスプレイをより広く普及させていくということだ。
 森口氏は,実は2年前のCEDEC 2010でも,液晶テレビの表示遅延に関するポスターセッションを行っている。その内容は,バンダイナムコスタジオが独自開発した測定ツールを用いて,社内にあるさまざまなメーカー/さまざまなサイズの液晶テレビの表示遅延を検証したというもの。
 その結果は大型テレビほど遅延が大きい傾向が見られたとのことで,2010年のセッションでは驚きの声が多かったそうだが,これはおそらく,大型で高価なテレビほど,高画質化処理などの(アクションゲームにとって)余計な機能が搭載されていることによると思われる。

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 この点について,2012年の今回も追跡調査を行ったそうだが,やはり大型のテレビほど,遅延が大きいという傾向は変わらないとのこと。ただしその遅延の具合が,正式にスペックとして公表されるようになったので,テレビを選ぶ際の指標として,目安の一つになっていると森口氏は語る。
 また高画質化処理が行われているテレビであっても,最近は表示遅延を抑えたゲームモード(スルーモード)を搭載したテレビが増えてきているのも大きな進歩といえるだろう。

 ただゲームモードは,機器メーカーによって呼称から設定方法,機能/性能に至るまで仕様がバラバラで,必ずしも万人に理解しやすいものになっていないという課題がある。理想はテレビゲーム機を接続すれば,自動的にゲームモードになってくれることだが,それを実現する可能性のあるHDMIの「コンテンツタイプ指定機能」は,残念ながら普及には至っていない。
 これはゲーム業界側とテレビメーカー側のそれぞれに課題があるとのことで,今後より一層の努力が両業界に求められることになるだろう。

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ゲーム機をコンポジット接続(いわゆる黄色いケーブル)した場合に,極端な遅延が発生すケースも。Wiiに同梱されている接続ケーブルはコンポジットであるため,初心者ほど遅延に悩まされるという現状も浮き彫りとなった
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メーカーによってバラバラなゲームモードの仕様。使いこなすのはなかなかに大変だ
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まだまだ対応機種の少ない「コンテンツタイプ指定機能」。そもそもHDMI1.4が規定されたのが2009年なので,現行ゲーム機自体が対応していないと思われる
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「コンテンツタイプ指定機能」の普及に向けては,ゲーム業界側とテレビメーカー側の双方に,さまざまな問題が残されている
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ユーザーも表示遅延には高い関心を持っている。しかし現状では,製品一つを選ぶにも,高いリテラシーを要求する
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テレビメーカーへの呼びかけと共に,Wii用「太鼓の達人」シリーズでは,ユーザーへの呼びかけも行っている


遅延を感じさせない工夫


 さて,ここまでは表示遅延の話で,テレビメーカーとの協力で,その遅延をいかに少なくするかという取り組みについて述べられたものだった。ここからは「遅延なくゲームを楽しむ」方法として語られた,また違った切り口からの考えを紹介しよう。

 ゲームにおける遅延とは,さまざまな遅延――「入力デバイス」「入力解析」「ゲーム処理」「描画処理」「出力デバイス」の総合である。そしてユーザーは,今感じている遅延が,これらのどれに当たるかを切り分けることはできない。
 ならば,一つの要因で発生している遅延を,別の要素でもってカバーすることも,可能なはずだ。もちろんカバーするといっても,すでにある遅延を消してしまうことはできないので,ここでいうカバーとは,遅延を一定にするという意味である。

 森口氏は,遅延の問題を改善するために,ゲームデザインの段階で,以下の4つのポイントについて調整すべきとして,次のスライドを示した。それは,

  • 早さ(遅延時間の少なさ)
  • 速さ(分解能の細かさ)
  • 揺らぎの少なさ
  • 予測のしやすさ

の4点だ。

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 少し説明が必要だろう。「早さ」とは,遅延そのもののことだ。これを改善できれば,もちろんゲームは快適になる。が,人間とって「早さ」,つまり「反応」とは,もっとも対応が難しいゲーム要素の一つなのだ。これまでの話と矛盾しているように感じるかもしれないが,数フレーム程度の遅延なら,どうせ人間は反応できない。なので,実はそれほど大した問題にはならないのである。
 しかし次の「速さ」については,人間はかなりの対応力を持っている。人間は1フレームの時間で情報を処理することはできないが,1フレームを狙って動くことはできる。スロットゲームの目押しで,狙った絵柄を的確に出せたりするのはこのためだ。

 そこで重要になってくるのが,「揺らぎの少なさ」と「予測のしやすさ」だ。情報が前もって提示され,「予測」が立つ状態であれば,「早さ」に頼る必要はないわけだ。あとはその「予測」に「揺らぎ」がなければ,人間は1フレームの「速さ」で,目の前の問題を解決できるのである。

 具体例を挙げてみよう。「太鼓の達人」において,プレイヤーは初見の譜面を反応の「早さ」のみでクリアするのは難しい。しかし何度かプレイすれれば,譜面を手が覚えることで,次にどんな音符が来るか「予測」できるようになるだろう。そのうえで「揺らぎ」なく「予測」が当たるなら,「速さ」でもって正確に音符を叩くことができる。
 重要なのは,遅延が「揺らぎ」なく常に一定であることだ。ゲームデザインの段階で上記のポイントが押さえられていて,かつ環境にかかわらず,遅延が数フレーム程度で一定に保たれているなら,少なくともゲームが破綻することはない。

 以上を踏まえて,遅延対策を実現したのが,アーケード版の「太鼓の達人」だ。この事例では,まず機器メーカーと協力し,ほかの業務用タイトルにも応用できる液晶モニタを用意したという。そのうえで高画質化処理(倍速フレーム補間)を調整し,遅延を2.8フレームに収めている。さらに映像と音声の遅延が一定であることから,映像部を先行して表示させるなどの調整をほどこして,ほぼ完全なプレイ環境を構築している。
 ハード面からプレイ環境を統一できるアーケードならではの手法だが,これなどは「出力デバイス」の遅延を,「描画処理」でカバーした例といえるだろう。

 なお,セッションでの話ではないが,一部のオンラインゲームでは,シングルプレイ時にも,オンラインプレイでのラグを想定した遅延が,意図的に差し挟まれていることがある。これなどはネットワークのラグを「ゲーム処理」でカバーした例といえるかもしれない。

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初心者にこそ知ってほしい遅延問題


 セッション後の質疑応答では,同社の鉄拳シリーズなど,格闘ゲームの事例についても言及が行われ,森口氏はネットワークの問題も含め,格闘ゲームでもさまざまな対策を検証していると語っていた。

 ここからは筆者の雑感になるが,どうもこうした遅延の話というのは,ごく一部のハイレベルプレイヤーだけの問題と考える人が多いように思える。しかし,それはまったくの誤りだということを,改めて強調しておきたい。
 「太鼓の達人」の例もそうだが,遅延というのは初級プレイヤーであるほど,大きな影響を受ける問題なのだ。筆者も格闘ゲームで10時間練習してできなかったコンボが,ディスプレイを変えたら5分でできてしまい,愕然としたことがある。普通なら,ディスプレイを変える前に「難しいゲーム」と投げてしまってもおかしくないわけで,そうならなかったのはまったくの幸運としかいいようない。
 むしろハイレベルなプレイヤーなら,遅延があるなら自分でタイミングを微調整し,あるいは遅延を前提とした戦術を考えられるわけで,そういう人達にとっては,(ゲームを楽しむという意味では)むしろ大した問題にはならないものなのだ。

 「小足を見てから昇竜」はウメハラにしかできないかもしれないが,遅延によるコンボの不発は,すべてのプレイヤーにとっての悲劇である。しかし,だからといって,「ディスプレイの遅延に気をつけろ」と初心者に言っところで意味がないのは,セッションでも触れられたとおりで,実に難しい。バンダイナムコスタジオの取り組みが,すべてのプレイヤーが享受できる恩恵として結実することを,切に願いたいところだ。

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