企画記事
「World of Warships」でおなじみのウォーゲーミングジャパンでミリタリーアドバイザーを務める宮永忠将氏に,徳岡正肇氏が話を聞いた
「World of Tanks」に「World of Warships」と,リアルかつ独特なテイストを持ったゲームを提供するベラルーシのゲームメーカー,Wargamingだが,社員の中にはゲームを開発するわけでもなければ,販売するわけでもなく,純粋に史実のリサーチに専念するスタッフ達がいる。同社の日本支店であるウォーゲーミングジャパンで,「ミリタリーアドバイザー」を務める宮永忠将氏もその1人だ。
「World of Warships」公式サイト
かつてアナログのウォーゲーム専門誌の編集者として活躍していた宮永氏だが,現在,数あるゲームメーカーの中でも,割と尖った部類に属するウォーゲーミングジャパンで働くという,ある意味ふさわしく,ある意味では変わった経歴の持ち主だ。
そんな宮永氏に,ライターの徳岡正肇氏が話を聞いてきた。話題はミリタリーアドバイザーという仕事から,「World of Warships」の今後について多岐にわたる。なにしろ,1時間ほどの対談のつもりでいたら,3時間以上長話になってまったというくらいなのだ。さすがに,そのままでは長すぎるが,できる限りまとめたので,「World of Tanks」や「World of Warships」のファンだけでなく,ミリタリーアドバイザーという職種そのものに興味のある人も,ぜひ読んでほしい。
徳岡正肇氏 |
宮永忠将氏 |
宮永忠将氏,ミリタリーアドバイザーに就任す
徳岡正肇氏(以下,徳岡氏):
本日はよろしくお願いします。まず最初に,宮永さんがウォーゲーミングジャパンにミリタリーアドバイザーとして就任した経緯を教えてください。
宮永忠将氏(以下,宮永氏):
最初にオファーをもらったたときは,仕事を辞めていて,長野で軍事関係の専門書の翻訳とかをしてたんです。そしたら「ゲーム内の軍事用語について検証する仕事があるので,お願いできないか」っていう感じで。当時から「World of Tanks」の名前は知っていましたが,それを作っている会社のことはそれほど詳しくなかったんです。プレイもしていなかったので,「World of Tanks」がどれくらいこだわって作られているものかも,そのときは知らなかったんですね。
ただ,いろいろ調べると,これは非常によく作り込まれたゲームだし,リサーチにも敬意が感じられるなと思いました。
その後,ウォーゲーミングジャパンの川島代表から電話をもらって,一度会ってお話しましょうとなりました。外注の請負仕事として面白そうだな,と思って東京に行き,話をしているうちに,「いつから(弊社に)来てくれますか?」という話になってまして(笑)。
実際のところ,僕と同じ仕事ができる人って,たくさんいると思うんです。ただ,たまたまそのとき,自分は自由に動ける立場にいて,そこにこういう機会がめぐってきた。これは挑戦すべきだろう,と思えたんですよ。
徳岡氏:
宮永さんはそれまでもゲームに関わっていましたが,PCゲームやオンラインゲームの世界は,これが初めてですよね。
宮永氏:
そうです。ボード版のウォーゲームには制作面で携わってきましたが,PCゲームはあくまでプレイヤーでした。しかも,フリーになったあともライター業が忙しかったので,それほど熱心なゲーマーというわけでもなかった。
ただ,そろそろいい歳のオッサンになろうかというとき,こういう,まったく新しい世界に飛び込む機会を得たのは何かの運命なのかな,とは強く感じましたね。
徳岡氏:
ミリタリーアドバイザーに就任した宮永さんが自己紹介で,「まるで,中南米で対ゲリラ戦の指導をしているような肩書きですが……」と言っていたのが印象深かったのですが,とても珍しいというか,分かりづらい職種であるとも思います。これは最初から,「そういう肩書きでお願いします」という話だったんですか。
宮永氏:
いえ,入社してから決まりました。
僕は「コンテンツの品質管理的な部署があるから,そこをお願いしたい」という話を川島代表から聞いていたので,そこの一員になるのだろうと思ってたんです。でも,入社したら,いつの間にか「ミリタリーアドバイザー」になってました。
徳岡氏:
宮永さんは,東京ゲームショウでもウォーゲーミングジャパンのステージイベントに登場されますし,ニコニコ生放送の番組にも出演されてますし,露出が非常に多い。これって,明らかに「コンテンツの品質管理」とは違う仕事ですよね。
宮永氏:
で,入社してみるとメールボックスがすごいことになっていました。開発側からは,相当踏み込んだ情報を求めるメールが大量に届いてたわけです。もちろん,それまでも日本のスタッフががんばって応答してたんですが,なるほど,これは専門の知識がないと進まないな,という状態でしたね。
しかも,ちょうど同時期に「World of Tanks」の日本戦車が最終調整段階にあったので,日本戦車の最終モデリングデータの検証もしなくてはいけなくなって,そのため,最初はそういう調査系の仕事で駆け回りました。
徳岡氏:
そうした開発協力の仕事と,広報の仕事があるわけですが,どちらが多い感じですか。
宮永氏:
今のところ,仕事をうまくコントロールしてもらっているのか,それとも運がいいのか,開発協力関係の仕事がどっと押し寄せてきてるときにはイベント仕事が入らず,広報の仕事に全力投球という時期には開発協力の仕事がそんなに来ない,という波になってますね。
世界に羽ばたくミリタリーアドバイザー
徳岡氏:
Wargaming全体としては,ミリタリーアドバイザーの仕事をする人はどれくらいいるんですか。
宮永氏:
おそらく,8人ほどがコアメンバーです。うち役員レベルが2人ほど。そして,そこに絡んでいる人間が15人くらいですかね。人によってやっていることは微妙に違うので,同じミリタリーアドバイザーでも仕事の内容が違う,みたいなことはあります。
余談ですが,海外では僕のような立場の人間は,「Militaria」(ミリタリア)と呼ばれる事が多いです。歴史研究者(Historian)とミリタリー(Military)を合わせた造語です。
徳岡氏:
なるほど。でもまあ,混乱しそうなので,ここは「ミリタリーアドバイザー」で統一させてください。
宮永氏:
徳岡氏:
その会議ってどこでやったんですか。それともオンラインですか。
宮永氏:
キプロス共和国(以下,キプロス)で開催しました。一番集まりやすいんで。
徳岡氏:
集まりやすいのが,キプロスですか……。
宮永氏:
全世界に社員がいますから,ビザとかも結構大変なんですよ。EU圏だとロシアから出てくるのが大変になって,ビザを取得してるうちに案件が終わっちゃう,みたいなことになりかねない。オンラインゲームは,状況が変わるのも速いですからね。
そうなるとキプロスが一番いいということになりまして。実際,会社の大きな会議はだいたいキプロスで行われていて,川島もよくキプロスに出張しています。
徳岡氏:
キプロスって日本では非常に情報が少ないんですが,ぶっちゃけ治安とか大丈夫なんですか。分離独立運動とか,紛争とかが続いていたような気がします。
宮永氏:
安全ですよ。確かにキプロスでは,1960年代中盤から南北の紛争が続いてます。僕らは南キプロスで集まるんですが,そこから北キプロスに行きたいと思ったら,1か月パスとか簡単に取れるんです。
北キプロスはトルコが実効支配してるわけですが,実際に入ってみると,雰囲気が完全にトルコですね。そのときはロシアのメンバーと3人一緒に行動してたんですが,「せっかくだから北キプロスにも行こうぜ」って話になって。
徳岡氏:
世界規模の「せっかくだから」ですね。
宮永氏:
ロシアスタッフからは「おまえ,北キプロスに行くのが怖くないのか」と聞かれました。ロシアはトルコと仲が悪いため,ロシア人が北キプロスに入ると揉めるんじゃないか,と思ったようです。
徳岡氏:
確かに,ロシア人が北キプロスに入るとなると,一定以上の緊張感があるかもしれません。
宮永氏:
そうですね。でも僕は日本人だから,「北キプロスのトルコ人に歓迎されるはずだ」とまったく根拠のない主張をしました。それで,その場でビザが発行されたんで,境界線を越えて北キプロスに入りました。
徳岡氏:
北キプロスの,どこに行ったんですか。
宮永氏:
事前の準備もないし,時間に余裕もなかったので,近所にあったお土産物屋みたいなところに入って,暗い顔をしてるロシア人と一緒にちょっとトルココーヒーを飲んで,フォークダンスを踊っている若者グループに誘われて,一緒に踊ったりして2時間くらいで帰ってきました。「北キプロスに少し入って散歩した」くらいですかね。
徳岡氏:
タグをつけるなら「北キプロスに入ってみた」ですね。
ところで,ミリタリーアドバイザーには現役の軍人さんも含まれていると聞いていますが,実際にはどうなんですか。
宮永氏:
ロシアでは軍関係にいた人や,掛け持ちをしてる人も多いですね。
ただここも世相を反映してる部分があって,最近は「軍に行くのでWargamingを退社する」っていう話を聞くことがよくあるんです。
徳岡氏:
世相,ですか。
宮永氏:
例えば「ヘリコプターのライセンスを取ったから,軍での地位が上がるんで,軍に戻るわ」みたいな話です。
要は,旧ソ連時代ならロケットを飛ばしてたような技術者達が,そういう能力を活かせる場として,ゲームやITの世界で活躍しているわけです。
ソ連からロシアへ移行して,それ以後も軍縮が続く中,軍の仕事がどんどん減っていきました。それが今,また増えてきている。結果として,ゲーム/IT産業から軍に戻るという状況が起こっているようです。
徳岡氏:
そこでまた今後いろいろと起きて,人材の往復が起こり,また特殊な経歴の人達がゲーム業界で働く,ということも起こりそうですね。
宮永氏:
直近の,まさに足元で起きた事例としては,「World of Warplanes」の開発拠点であるキエフが挙げられますね。ウクライナ情勢もいろいろあるので,簡単には説明できませんが,とりあえず世界中のスタッフがキエフに集まって会議をするということは難しくなりました。
徳岡氏:
なるほど。
宮永氏:
一時期は,キエフのオフィスから安否情報が常に流れてきました。「わがオフィスは無事だ」みたいな。また,この前のパリのテロのときも,パリオフィスからはすぐ「パリのスタッフは無事だ」みたいなアナウンスが流れてて,グローバルって,こういうことなんだなあと感じました。
徳岡氏:
Wargaming,netのCEOであるVictor Kislyi氏も,「キエフのスタッフをいつでも避難させられるように,準備してある」って言ってましたよ。
宮永氏:
このあたりは,会社のガバナンスとして考えると,とても難しいところですね。メインになるゲームの開発本部がベラルーシ,ウクライナ,ロシアに分散していて,この三国の関係が良好なときは問題ないのですが,現実にはいろいろ起きてしまっている。そしてWargamingが扱っているネタはミリタリー!
徳岡氏:
デリケートな話になりますが,社内で親ロ派とか親ウクライナ派とか,そういった対立が起きる可能性もあるわけですか。
宮永氏:
ただこれって,世界中の,いわゆるグローバル企業はどこでも抱えている問題だと思います。今回のような,ある種のナショナリズムに基づいた問題もあり得ますし,宗教がイシューになることだって当然あります。
このことは逆に,社外に向けても同じことが言えるんです。カスタマーサポートでも,宗教によって窓口を分けている,というところがあります。カトリックやロシア正教における「常識」をベースにしていると,とんでもないことになりかねないですから。
徳岡氏:
イベントなんかも大変ですね。クリスマスイベントといっても,クリスマスに対するイメージは全然違うわけですし。
宮永氏:
イベント関係ですと,特に痛感させられたのがハロウィンですね。
ハロウィンは,日本国内ですら温度差があるイベントですが,これが世界に広がると,さらに温度差が激しくなります。「なんでそんなことでイベントをするんだ」という声もあれば,「ハロウィンなんだから,もっと盛り上げろ」という声も出てきます。
このあたりは,世界市場でゲームをサービスする会社に共通した悩みでしょう。
徳岡氏:
そういう,社内,社外それぞれの社会的,文化的差異を見きわめつつ,仕事をしていくわけですね。
宮永氏:
武器に限らず,製品には,それを作った人達の思想とか社会的な背景とかが,どうしても絡んできます。例えば左利きの人のほうが圧倒的に多い国があったとすれば,その国では,ハサミは左利き用を主力商品として作ったほうがいい。それに対して「ハサミは右利き用が当然だ。おまえらの商品はおかしい」と外から言っても,その国の人達には意味不明なイチャモンにしか聞こえない。そういうわけですから,ミリタリーアドバイザーとしては,兵器や装備について,「これはこういう設計思想で」「これはこういう運用の思想があって」というレベルで話を詰めていかなければ,ゲームを作る人達になかなか理解してもらえない,ということが起きます。
もっともそこまでやっても,提供した資料のうち,採用されたのは装備品一個,みたいなことは起きるんですけどね。だからといって,説明することをやめたら,それで終わりですから。
異文化コミュニケーションの現場で
徳岡氏:
Wargamingはグローバル企業ですが,そういった異文化コミュニケーションのことを考えると,やはり英語の能力は重要なんでしょうか。
宮永氏:
Wargmaing社としての社内公用語は英語なので,最低限の英語ができる必要がありますね。でも僕の英語は「スター・ウォーズ」でいえばジャー・ジャー・ビンクス程度なんですね。「ミーはユーのトモダチ」レベルです(笑)。
もっとも,Wargamingはロシア系の会社ですから,本社側の人達はロシア語で考えているわけです。それを僕らに伝えるときに,英語に翻訳して連絡してくる。そうなるとですね,英語だけ上手でもどうにもならないシーンも増えてきます。また,相手が英語に堪能とは限らないときもある。
徳岡氏:
つまり,相手もジャー・ジャー・ビンクスかもしれない。
宮永氏:
それです。この前,プロモーションムービーを作っているチームから「今度のムービーでは,戦闘機乗りが持っているアミュレットを登場させたい」という,不思議なメールをもらったんです。
徳岡氏:
アミュレット? 千人針……とかですかね。
宮永氏:
まずそこから悩みますよね。僕も最初,数珠かなと思って「パイロットは数珠なんか持たない」って返しそうになったんですが,よく考えた結果,お守りのことかと思いつきました。なるほど,それなら分かるし,不自然でもない,と。
お守りの形状は,今と昔で大きく変わるものではないですが,しかし,そこに書いてある文面は,時代や状況によってまるで違います。Googleなどで「日本のアミュレット」をキーワードにして検索すると,出てくるのは現代のお守りです。
徳岡氏:
「交通安全」とか「家内安全」とかですね。
宮永氏:
ええ。そこで彼らが選んだのが「家内安全」だったんです。でもこれ,当時のパイロットが「家内安全」のお守りを持って出撃するかとなると,ちょっと疑問ですよね。あったかもしれないけど,現代の日本人が「World of Warships」の新プロモーションムービーで「家内安全」のお守りを持ったパイロットを見たら,「ないわー」と思うのが普通かなと。やはりそういうのはマズいですよね。
徳岡氏:
ちょっと笑っちゃいますね。
宮永氏:
似たような案件として,プロモーションムービーの制作チームから「日本では,出征する兵士が恋人や妻と交換するアイテムとして,何が一般的か?」と聞かれたことがあります。
出征する旦那に奥さんがお守りを渡すなら,「必勝」「武運長久」あたりが一般的でしょう。そこまではいい。じゃあ旦那が奥さんに,どんなお守りを託すのか? というか,そもそも旦那は奥さんにお守りを託すのか? 先方は,ドラマとしてどうしても必要だと考えているんですが,こっちとしては,違和感が脳内を駆けめぐるわけですよ。
でもここで,「史実で適切なものはない」と返しちゃったら,そこでおしまいなんです。むしろ僕らとしては,ヨーロッパとかロシアとか,まったく違った文化を持つ相手に,日本の文化を伝えるため,彼らが理解できる翻訳を一枚噛ませなくちゃいけない。
もちろん,「これってミリタリーアドバイザーの仕事なのか?」みたいな疑問も脳裏をよぎるんですが,それでも,ない知恵を絞って,そういう場面で旦那が奥さんに贈るのにふさわしいアイテムを探し,先方に伝えたんです。すると,先方は「これは素晴らしい!」と返してきました。
徳岡氏:
なるほど。英語の能力以上に,何かを伝えたいという意志と,粘り強さのほうが重要なんですね。
宮永氏:
そうです。もっとも,そうやって送った情報をもとに彼らが作った画像をいざ見ると,お守りのフォントが中国語だったりして。
徳岡氏:
あるある。
宮永氏:
そのため,こちらから資料を送るときは,日本語フォントのアウトラインをとって,画像として先方に送るんですが,そういう経験も,だいぶ積ませてもらいましたね。また,漢字は正しいのに,なんか書道っぽいといった理由で,フォントに淡古印とかが使われちゃうこともありますし。
徳岡氏:
なんだか,映像ディレクターみたいな仕事じゃないですか。
宮永氏:
「ミリタリーに関することだから宮永に」って,こっちに振られちゃうんで(笑)。
ともあれ,我々にとって正しいことをそのまま見せても,必ずしも彼らが理解できるとは限らない。こういう齟齬は,想像するよりずっと多いんです。
そうではなく,彼らが作ってきたものを,日本人が見ても違和感がないようにすり合わせるには,どうしたらいいか。ここに知恵を絞る必要があるんです。
最初の質問に戻ると,英語はできるに越したことはないですが,上手な英語で「そんなものはありません」と返すだけでは,ミリタリーアドバイザーとして仕事をしている意味はない,ということになりますね。
「World of Warship」とミリタリーアドバイザーの仕事
徳岡氏:
「World of Warships」には,どのように関わってこられたんですか。
宮永氏:
「World of Tanks」のときは,すでに完成したゲームに日本の戦車を乗せるという形でしたから,ある意味,分かりやすい仕事でした。
一方の「World of Warships」は開発途中であり,しかもリリース時の技術ツリーには日本とアメリカしかなく,つまり片方の主役といってもいい。そのため,開発陣も東京にオフィスが開設されることに,大きな期待を抱いていたと聞いています。これで「World of Warships」開発における,いろんなボトルネックが解消されるぞ,ということですね。
しかし,東京オフィスの設立当時は,日本で「World of Tanks」を成功させることに全力投球するしかなく,「World of Warships」の開発協力に割ける人的リソースがありませんでした。そんなところに僕が入ってきたので,「World of Warships」開発スタッフから大量に届いていた熱いご要望メールを,全部処理することになってしまった――というのが,最初の話です。
徳岡氏:
普通ならそこで話が終わりそうですが,そこが入り口なんですね。
宮永氏:
そうなんですよ。ここで,割と決定的な問題が持ち上がりました。僕は東京にいて,サンクトペテルブルクで「World of Warships」を開発しているチームの要望に応えていくわけですが,情報を提供しようにも,肝心のゲームがどんなものなのか,こちらではプロモーションムービーを見ることしかできなかったことです。グローバル企業ならではですね。
徳岡氏:
ははあ,なるほど。
宮永氏:
こちらとしては,どれくらいのディテールで情報が必要なのか分からないという状況でした。
一方,まぁ,ないだろうとは思いましたが,水兵の一人として甲板上を走り回れるようなゲームだった場合,甲板にある階段どころか張り紙や注意書きの詳細まで必要になります。そのへんをはっきり理解しないまま,サンクトペテルブルクの開発チームとメールでやりとりをしてたんですが,案の定,埒が明かない。
そこで,それがどんなゲームになるのか,せめて画面写真だけでも送ってもらえないかと聞いたんですが,画面写真は社外秘なので外には出せないということでした。
徳岡氏:
そういえば,Wargamingって,情報管理については非常にシビアでしたね。
宮永氏:
結局,「分かった,オレがそっちに行く」という話になりました。何につけても,実際に触ってみるのが一番ですからね。ただ,個人的には,あんまり行きたくなかったんです。
徳岡氏:
そうなんですか。キレイな街だったと記憶していますが。
宮永氏:
時期ですね。ちょうど11月末で,冬の真っ只中。できれば春に行きたかった。まあ,そんなことは言ってられないので,約一週間にわたって行ってきました。
徳岡氏:
ロシアの冬は,いかがでしたか。
宮永氏:
それがなぜか,雪はまったく降ってなくて,それなのにネヴァ川以外はがっちり凍っているという,なんていうか「いまレニングラードに突入すれば,確実に落とせる」みたいな冬でした。60年ぶりの異常気象だったそうです。
ともあれ,この出張で開発部との意見のすり合わせもできて,こういうゲームになるから,主砲の弾道特性や,内部の設計図まで必要になるんだ,といったところも理解できました。そして帰国後,国内の専門家に話を聞き,情報をまとめていったという感じですね。
徳岡氏:
とすると,「World of Warships」開発の,かなり初期の段階から関わっていたと考えていいんですか。
宮永氏:
中盤くらいから,という印象です。そこまで初期ではないですね。どちらかというと,実際にゲームとしてテストできる状態に持っていく,その最後の追い込みのあたりで参加した形です。開発現場では,すでにアメリカの軍艦のモデリングができていて,それらを通じて船の制作に関する技術的蓄積が完了していました。
僕が関わったのは,日本の軍艦の外見に関する情報です。彼らが把握してる情報が,いろいろ歯抜け状態だったので,その空白を埋めていきました。実作業としては,必要な図面を手に入れたり,日本でしか入手できない書籍を集めたり,それらに基づいてレポートを作成したり,そんな感じですね。
サンクトペテルブルク出張と,稀有な経験
徳岡氏:
サンクトペテルブルク出張で印象深かったことって,何かありますか。
宮永氏:
そうですね,僕は船の外見についての仕事がメインなので,いきおいアート部門との付き合いが多かったんですが,そこの新人育成システムが印象的でした。アート部門の人は,入社するとまず,明るくて綺麗な大部屋に入れられます。そこで1年間,働くんですが,実はこれ,選抜テストも兼ねてまして,優秀なスタッフから順に専門部署へ引きぬかれていくんです。
もちろん,1年経っても行き場がないから退社ね,みたいなことにはなりませんが,システムとしては厳しいです。なにしろ入社してくるのはみんな,美術大学とかを出た優秀な若者達で,そんな彼らが直接,腕前を評価されるわけですから。
徳岡氏:
なかなかエグい競争ですね。
辞めちゃう人とか,出ませんかね。
宮永氏:
出るみたいですね。やはりプライドを直撃するシステムですから。
サンクトペテルブルクは大都市ですから,辞めてもほかに仕事はあります。そのため,突然社員がいなくなる,といったことは確かにあるらしいです。
ちなみに。大部屋から選抜されると,どんどん薄暗くて,小さな部屋で仕事をすることになります。つまり,サンクトペテルブルクの開発スタジオでは,薄暗くて小さくてジメジメした部屋にいる人ほど,偉くて権限がある。まるで洞窟修道院みたいな会社ですね。なにしろ映像・音響関係のボスがいる部屋には,窓さえなかったですから。
徳岡氏:
窓がないボスの部屋……。
宮永氏:
ちなみに,向こうのオフィスの総務の人と仲良くなったんですが,非常に親切で,なんでこんなに親切にしてくれるんだと聞いたら,実は自分は日本人のクォーターなんだと教えてくれました。
どうやら彼のおジイちゃんはシベリア抑留でソ連に来たみたいなんですが,軍人ではないそうです。しかも,抑留されてたわけでもない。あくまで,シベリア抑留に,一緒についてきちゃった日本人だそうで。
徳岡氏:
よく分かりませんが,そういう人がいたわけですね。
宮永氏:
で,そのおジイちゃんがいつしか当時のレニングラードへ流れてきて,そこでレニングラードっ子だったおバアちゃんと知り合って,彼の父親が生まれて……。
その後,彼のおジイちゃんは行方不明になり,お父さんも行方不明になったと言います。そんなわけで,彼によれば「自分の中には,ロシア史の暗黒面が流れているんだ」だそうです。
徳岡氏:
「ドクトル・ジバゴ」の世界ですね。
宮永氏:
そういう意味では,「現代のロシア」についても,似たようなことはありますね。
徳岡氏:
現代のロシア,ですか。
宮永氏:
我々の世代だと,ソビエト連邦が崩壊して,ロシアの人達が塗炭の苦しみを味わった混乱の時代の印象が強いと思うんです。通用する通貨はルーブルじゃなくてドルです,みたいな。
徳岡氏:
それはあるかもしれません。私は何度かロシアに行かされてますが,普通の人は,なかなか行く機会もないですし。
宮永氏:
「World of Warships」がらみで言うと,ソビエト艦の設計図に関わる問題があって。あれって全部設計図は残ってるんですが,すべて軍の機密文書扱いで,手続きを踏んで閲覧しても,コピーは禁止だったりするそうなんですよ。
徳岡氏:
そうなんですか。大昔の資料じゃないですか。
宮永氏:
僕もそう思ったので,開発スタッフに「その程度の機密文書だったら,軍の人に袖の下を渡せば,ちょっとくらい見逃してもらえるんじゃないの」って聞いたら,「おまえは,いつの時代の話をしているんだ」と呆れられまして。ああ,あの混沌の時代は,もう歴史になったんだなと痛感しました。
徳岡氏:
なるほど。
宮永氏:
ちょうどソチオリンピックの時期でしたので警備が厳重で,空港で短機関銃をつきつけられたのも,いい思い出です。
徳岡氏:
いい思い出って……。まあ,そうかもしれません。
宮永氏:
地下鉄でも毎日,ボディチェックを受けました。なにしろ,アジア系の髭面の男が大量の資料を大きな黒いカバンに詰めて,ネフスキー大通りから地下鉄に乗って郊外に出ていこうとするんだから,そりゃ怪しまれますよね。
徳岡氏:
無事に帰国できて,何よりでした。
ミリタリーアドバイザー,なぜか接待をする
徳岡氏:
「World of Warships」の制作チームは,来日して調査もしているそうですが,何を調べたんですか。
宮永氏:
彼らが大事にしているのは,船そのものは当然として,ちゃんと日本を理解したいという気持ちですね。そのため,呉に行って大和ミュージアムに入り浸り,手に入る限りの設計図を確保する,みたいなことは,もちろん全部やってます。でも彼らが一番気にしていたのは,「おかしな日本にしない」ことだったんです。
徳岡氏:
日本人が作る「リアルな西洋」が,ヨーロッパ風のごった煮になりがちだという,アレですね。
宮永氏:
それです。海外ゲームをよく遊ぶ人なら,日本と中国を足して足しっぱなしにしたような日本の描写を見ることは多いと思います。「World of Warships」を,ああいう風にはしたくない,ということです。
ただ,実際にどうしたらいいかとなると,それがよく分からない。それで日本に取材しに来たという流れですね。
徳岡氏:
なるほど。
宮永氏:
大和ミュージアム行きについては,初日からいきなりトラブルが発生しました。ロシアからの飛行機が遅れて,乗り継ぎにしくじった彼らは,予定では広島に直接到着するはずだったんですが,大阪に着いちゃったんです。
徳岡氏:
それより,そもそも,モスクワから広島へ直接来られるんですか。
宮永氏:
モスクワから仁川国際空港に降りて,そこから広島という乗り継ぎですね。言われて気付きましたが,確かに成田や羽田に降りて広島行くより近いです。
徳岡氏:
でも,大阪に着いちゃった。
宮永氏:
僕は広島空港で待ってたんで,連絡を受けて大慌てで大阪に戻り,なんとか彼らを捕まえて,ホテルに放り込んで一息ついたら,もう夜の11時過ぎでした。そしたら今度は,「宮永さん,実は我々は空腹です」という話になって。待ち合わせ場所を駅のホームにしてたから,食べる場所がなかったんです。これはしまった,と思いました。
徳岡氏:
……いや待ってください。そこで取材チームの食事の面倒を見るのって,明らかにミリタリーアドバイザーの職分じゃないですよね。
同席したウォーゲーミングジャパン広報:
宮永さん,そんなことまでしてたんだ……初めて聞きました。
宮永氏:
いやまあ,前の仕事は大阪の会社だったんで,土地勘もありましたし。
徳岡氏:
トラブル含みの取材でしたが,成果はゲームに活きてますか。
宮永氏:
だいぶ活きてますね。呉で印刷してもらった設計図は,全部出力するのに2週間かかるという,相当な分量でした。設計図はデータベース化されているんですが,管理している人によると,「こんなところまでプリントアウトしていった人は,初めてだ」と。まあ,持てるものは,根こそぎ全部持って行ったという感じですね。
徳岡氏:
印刷代とか,安くなかったでしょ。
宮永氏:
ええ,全部僕が立て替えたんですが,安くなかったですね。
徳岡氏:
え?
宮永氏:
彼らもそこまで日本円を持ち歩いてたわけではなく,それにクレジットカードも使えなかったんで,やむなく僕が払いました。
徳岡氏:
いやー,ミリタリーアドバイザーの仕事って,奥が深いですね。
宮永氏:
食事のアレンジでも,いろいろ経験させてもらいました。彼らは日本が好きすぎて,「あっさりしたソバとかがいいです」などと言い出しちゃうくらいなんですが,そんな彼らの心を捉えて離さなかった食べ物がありました。
徳岡氏:
広島だから,和牛とか牡蠣とかですね。
宮永氏:
ファミレスの抹茶アイスです。「この世にこんな美味いものがあるなんて! 毎日これを食べに来たい!」と大興奮でした。その一方で,焼き肉は非常に不評でした。
徳岡氏:
それはまた,どうして。CEOのVictor氏は,六本木のモンシェルトントンを愛用していると聞いてますけど。
宮永氏:
あそこでは,調理したものを配膳してくれるじゃないですか。自分達で焼くっていうスタイルが,ダメだったんですね。「なんでカネ払って,自分で調理するんだ」って。
だから,焼き肉を食べた夜は,日本人スタッフのテンションは高かったんですが,ロシア勢はどんどんテンションが下がり,仕方がないので,帰りにファミレスに寄って抹茶アイスを食べさせたら,すごいテンションになっちゃったという。
「海の戦い」が持つイメージの違い
徳岡氏:
「World of Warships」に登場する船の選択に,宮永さんは関与されているんですか。
宮永氏:
でも最終的にはゲームバランスだったり,将来的なアップデート計画だったりが絡んでくるので,それらを総合的に判断して選択されることになります。
逆に,「こういう船を出したいんだけど,設計図は手に入らないか」と聞かれることもあります。ここで僕が「ないです」と言うと,実装はあきらめるか,という流れになるんですね。
徳岡氏:
それはまた,責任重大ですね。
宮永氏:
そうですね。僕としても,「ない」とはなるべく言いたくないですし,実際,どこに転がってるか分からない。ですから,なるべく多くの人に会って最善を尽くします。いずれにしろ,ゲームである以上スケジュールがあって,それが最大の制約になりますね。
徳岡氏:
いつまでも新しい船が増えないのでは,ゲームの魅力も下がってしまいますからねえ。
宮永氏:
これは僕も最近知ったんですが,「World of Warships」に登場する船の候補は800隻あるそうです。それらの登場順についても,ある程度までプライオリティが決まっている。この大きな予定表に対して現実的に何ができるか,というのが僕の仕事になります。
徳岡氏:
800隻ですか。確かにまだ,大海軍国であるイギリスの技術ツリーが導入されていません。
宮永氏:
ただ,難しい問題もあるんです。例えばドイツの場合,日米に比肩しうる空母というと,まあ,ないと言わざるを得ないわけでして。
徳岡氏:
宮永氏:
このあたりは,太平洋戦争ではなく,第二次大戦における「海戦」について理解する必要がありますね。日本とアメリカは,太平洋という広大な戦場で戦ったので,そこでは空母が非常に大きな役割を果たしました。
でもヨーロッパでは,そうではなかった。ドイツ海軍に至っては外洋艦隊ではなく,外征的な能力は持っていません。ですからヨーロッパ戦線における海戦は,例えばビスマルクを追撃して沈めたといった個々のエピソードはあるんですが,戦争全体における役割は低い。
ヨーロッパのプレイヤーにとって軍艦とは戦艦のことだし,海戦といえば,第一次世界大戦の「ユトランド沖海戦」なんです。そうしたイメージを抱く層に対して戦艦をぶ厚く提供するのは,世界的な市場を見たとき,とても重要になってきます。
徳岡氏:
確かに,第二次大戦に入るとヨーロッパでも航空機が船を沈めていますが,多くは陸上から発進した航空機ですね。
宮永氏:
僕も常々,イギリスは別格として,フランスやイタリアの空母については技術ツリーにする意義があるのかな,とは思っています。プレミアム艦として,単艦で導入するのはいいと思いますが。
それよりは,巡洋艦や戦艦のラインを充実させたほうが,ヨーロッパのプレイヤーにとって,しっくりくるでしょう。
とはいえ,Wargamingはスキあらばペーパープラン兵器をねじ込んでくるところがあるので,意外と妙な空母ラインが爆誕するかもしれませんが(笑)。
徳岡氏:
「World of Tanks」でも架空戦車,大好きですもんね。
宮永氏:
いま実装されてるソ連艦のSTROZHEVOI(以下,ストロジェヴォイ)という駆逐艦が,まさにその案件でして。
調べたら,日本でいうとだいたい陽炎型相当らしかったんですが,でもTier 2。Tier 2で陽炎型はあり得ないから,じゃあもっと古い船なんだろうと思ってさらに調べたら,今度は1907年に進水した帝政ロシアの船にストロジェヴォイっていうのがあるのを見つけました。
徳岡氏:
おお,Tier 2ならギリギリそれっぽいですね。
宮永氏:
でもこのストロジェヴォイ,300tしかないんです。これはいくらなんでもピーキーというか,やっぱり違うんじゃないかな,と。そこで,あきらめてサンクトペテルブルクに聞いてみたら,「悪い悪い,それはペーパープラン艦だわ」と言われまして。帝政ロシアが順調であれば,1915年に進水する予定の船だったそうです。
徳岡氏:
Tier 2からいきなり架空ですか。
宮永氏:
これに限らず,Tier 9,Tier 10の駆逐艦は最初,ソビエト時代の「速力も砲力も装甲も,世界最高の駆逐艦です」みたいな宣伝文句をそのままにデータ化したらしく,テスト段階ではそりゃもう大変なことになってたそうです。もちろん,そこからいろいろ引き算して,現在に至っているわけですが。いやあ,ペーパープランって夢がありますねえ(笑)。
徳岡氏:
ソ連空母とか,どうなるんですかね。
宮永氏:
史実でも,軽空母みたいなものは発注されていたそうなんですが……どうなっちゃうんでしょうね(笑)。
空母のいない,日本の海戦
徳岡氏:
さて,ヨーロッパ市場においては海戦といえばユトランド沖海戦だ,という話が出ましたが,それを言うなら日本も空母のいない大海戦,日本海海戦を戦っています。「World of Warships」でそれを,といった方向性はあり得ますかね。
宮永氏:
可能だと思います。
この前,MIKASA(以下,三笠)がプレミアム艦として一時期公開されて,すぐに引っ込みましたが,理由は簡単で,三笠が戦うべき相手がいないからなんです。でも,僕がサンクトペテルブルクに行ったときの感触と,彼らが横須賀の三笠公園に来たときの異様なテンションの上がり方を見るに,ロシア市場における日本海海戦需要の高さがうかがえます。
ていうか,ロシア人としては「今度こそ日本海軍をアレしてやる」と思わなかったらウソでしょう。日本人だって,太平洋戦争のゲームをするなら,「ミッドウェイでアメリカ空母を沈めるぞ」っていうモチベーションはどこかにあるじゃないですか。
もちろん「対馬沖モード」が,今すぐ実装されるとは思いません。ただ「World of Warships」のシステムから言えば,まったく問題なく楽しめると思います。
徳岡氏:
なるほど。
宮永氏:
三笠が弱い,使いにくいという声もありました。でもそれは当然で,基本的にドレッドノート級以降の船が並んでいる「World of Warships」に三笠が入っても,戦艦どころか海防艦でしかないわけです。時代遅れになった兵器って,そういうものでしょう。そこで必要になるのは,史実で三笠が戦った相手であり,開発側もそれは確実に意識していると思います。
でも今,それを「World of Warships」の新パッチとして配信しても,世界の多くのプレイヤーは,なんで? ってなっちゃう。
つまり,いかにゲームシステムがユトランド沖海戦や日本海海戦にフィットしていて,かつ開発側もそういうものをやりたいという情熱を持っているとしても,それはやはりミリタリーマニアの欲求だということです。ゲーマーの欲求とは,食い違うんですよ。
徳岡氏:
確かに,いきなり三笠やクニャージ・スヴォーロフが出てきても,「旧式艦で殴りあうだけのモードが増えた」と感じるだけですね。
宮永氏:
「World of Warships」には日米の技術ツリーが出てきますが,太平洋戦争で発生した海戦は,海戦史全体から見ると,かなり特殊な戦いになります。空母と空母が戦ったのは人類史上,今のところあれが最初で最後なんです。
ですから,「海戦ゲーム」として作られている「World of Warships」において,太平洋戦争での海戦が100%再現されるに違いないと考えてしまうと,ちょっと期待の方向が食い違ってしまうかもしれません。もっとも,ユトランド沖海戦シナリオなんだから空母は参加できないぞ,それくらいみんな分かってるだろ,みたいな話になると,これはこれでまた違う,となりますが。
徳岡氏:
つまり,「World of Warships」の方向性には,まだ未知数なところがある,と考えていいのですね。
宮永氏:
そのとおりです。「World of Warships」はまだ産声を上げたばかりのゲームで,開発途中だと考えています。ようやくゲームとしての具材が揃って,遊べるようになった状態であり,これからプレイヤーと一緒に,さらに磨き上げていく必要があるわけです。
徳岡氏:
「World of Warships」はこれからも変化するゲームだというのは納得できるお話なのですが,現段階では,どのような点が課題だと考えていますか。
宮永氏:
その筆頭は魚雷ですが,プレイヤーからは「魚雷はあんなに命中するものじゃないだろ」「魚雷が進むコースに乗っていたら,必ず当たってしまうのは,いくらなんでもリアリティがない(ついでに撃たれた側に希望もない)」みたいな意見を多数いただきます。
実際の魚雷って,目標の下に潜っちゃったり,不発だったり,長距離を進んでいるうちに振動で自爆しちゃったりと,非常にデリケートな兵器ですからね。そういう意味では,「World of Warships」の魚雷は超兵器的なところがあります。
ですが統計を見ると,魚雷を搭載した船が敵艦に魚雷を命中させる本数って,だいたい1本前後なんです。もし従来の「World of Warships」で命中していた魚雷が,船底を潜るなりなんなりして,数%の確率で非命中扱いになります,みたいなことになったら,相当ストレスが溜まるだろうと考えていいと思います。
徳岡氏:
リアルだけど,ゲームとしては面白くなりそうもない,という感じですか。
宮永氏:
というのも,夜戦では陣形など,艦隊規模での運動が非常に重要になるからで,現状の「World of Warships」で規律ある艦隊運動は非現実的でしょう。クラン戦は未実装ですし。
徳岡氏:
「World of Tanks」の,プレイ歴の長いプレイヤーが集まる高Tier帯のゲームでも,ランダムバトルで「規律ある集団戦」はあまり期待できないですもんね。期待されても困りますし。
宮永氏:
そこなんです。となると,夜戦モードを導入しても,ユーザーにとってはストレスにしかならない可能性が高い――というか,現状ではほぼ間違いなく,「こんなモードはいらない」という意見が多数を占めることになると思います。
現実と虚構の狭間
徳岡氏:
さて,ここまでWargamingのスタッフの熱意が伝わるような話でしたが,ゲーム内の表現に対してそこまで強くこだわるのは,なぜなんでしょう。
社員として専門スタッフを大量に配置するというのも異例だと思いますが,先ほど話があったように,世界中にいる歴史専門スタッフが,会社の経費を使ってキプロスに集まり会議を行うというのは,ゲームメーカーとして,ほかでは聞いたことがありません。
宮永氏:
徳岡氏:
言われてみると,「World of Tanks」の初期の映像からは,そこまでものすごくこだわっている,という印象は受けないですね。
宮永氏:
ですね。地面の上を戦車がツルツル滑っているような雰囲気で,履帯で力強く動いているという感じではなかった。
徳岡氏:
でもそれがアップデートごとにどんどん改善されて,戦車の物理的な挙動に,音響にと,すごく変わりました。HDモデルの戦車になって,リアル感はさらに増しています。
宮永氏:
HDモデルについては,ゲーム以外の領域で必要以上に期待が高まってるという話も聞きます。正直,ハードルが上がったなと戦々恐々ではあるんですが。新たなソースが出てくる限り,それは再現する,という姿勢でやってますので,新資料が発見されれば,それを適用する予定です。
でも,僕らの立場から言うと,HDモデルには良いところと悪いところがあります。
徳岡氏:
と,言いますと。
宮永氏:
HD化によって必ずミリタリー的なリアリティが向上するかというと,意外とそうではないというのが実感です。ただその時代の,ある国が共通して使っていた装備――小はスコップから,大は機銃まで――なんかは,ディテールも調べやすいですし,HDモデルを作れば同じ国のほかの戦車にも使える,というのはあります。そんな感じの努力は,日々続いています。
とはいえ,じゃあWargamingのゲームがリアリティ一辺倒かと言えば,それはまた全然違う話だ,というのはここで強調しておく必要があると思います。
徳岡氏:
ええ,「World of Tanks」や「World of Warships」はミリタリーシミュレーションというより,アクションゲームですよね。ゲームイベントを主催している私の知り合いが「World of Tanks」を評して,「年寄り向けのFPSだ」と言ってました。
宮永氏:
僕もそう思います。
実際,「World of Tanks」も「World of Warships」も,専門家からは「リアルじゃない」と言われることのほうが多いです。かつて僕もアナログウォーゲーム業界にいた頃,「World of Tanks」や「World of Warships」のようなコンピュータゲームに対して「リアルじゃない」と言い続けてきましたので,そういう人には「お気持ちはよく分かります」と申し上げたい。
ですが,じゃあそういったリアルじゃない部分を修正したらどうなるかといえば,答えは簡単で,ゲームではなく,仕事の延長線上のようなものができます。具体的に言えば,砲撃戦が始まるまで実際と同様,1時間以上かかるのが当たり前だったりするゲームです。これは,前の仕事でそういうものを実際に作ったり翻訳したりしてた僕が言うんだから,間違いありません。
そういうゲームを作ることはできます。そして,それを売ることもできます。でもそういうゲームを作って売っていた会社は,もう残ってないんです。
徳岡氏:
まったくですね。
宮永氏:
史実をゲームに利用するというのは,とても難しいんです。何も考えずに「史実を踏まえると,かくあるべし」とやると,とんでもない失敗をしてしまうんです。
徳岡氏:
「World of Tanks」のヒストリカルモードみたいな先例も,すでにありますよね。そもそも面白くない,っていう。
宮永氏:
ヒストリカルモードは典型的ですね。あれって実は世界に散らばるミリタリーアドバイザー達の意見がほとんど集約されないままま,実装されちゃったんですよ。「え,そんなのやるの?」ってときには動き出していた。
徳岡氏:
宮永氏:
ああいうモードを面白くするためのノウハウは,ミリタリーアドバイザー達の間に大量にあるわけです。PCゲームに近い話をすれば,PvPじゃなくてPvEにするとか。そういう,史実が持つ戦いの不均衡さをゲームの面白さとして取り込む方法論は,いろいろあるんです。
徳岡氏:
確かに,いくつも思いつきます。
宮永氏:
それがまったく活かされないのでは,会社にとってもプレイヤーにとっても損失じゃないですか。まあ,そういうこともあって,過ちを繰り返させないために,キプロスにミリタリーアドバイザーが集結する,みたいなことになったわけなんです。
徳岡氏:
そうだったんですか。
宮永氏:
歴史というのはいろいろ難しくて,それによって面白くなる部分もあるんですが,あえて史実から切り離された,上手なウソをつくことで生まれる面白さもあります。それは「ガールズ&パンツァー」が,とくによく示していると思います。
もちろん,「World of Tanks」や「World of Warships」が完全に現実を無視しているかといえば,それも違いますよね。ゲームは,ゲームにするために,現実のさまざまな事柄を省略したり,逆に誇張したりして表現します。その省略や誇張によって,ミリタリーの何が表現されているか,それを伝えるのが,ミリタリーアドバイザーとしての大きな仕事の一つだなというのは,切実に感じています。実際,そうやってあきらめずに伝え続けることで,ゲームの魅力を分かってもらえるという経験も積んできました。
徳岡氏:
忍耐力の要求される仕事かと思いますが,ぜひこれからも頑張ってください。
本日は長時間,どうもありがとうございました。
ウォーゲーミングジャパン公式サイト
1970年代から1980年にかけて,日本でもアナログのウォーゲームが大きなブームとなった。だが,やがてそのブームは終息する。最近のボードゲームブームや「艦隊これくしょん -艦これ-」「ガールズ&パンツァー」の人気に合わせるように息を吹き返しつつあるが,それでもかつての栄華には遠く及ばない。
宮永氏は以前,そんなウォーゲームの,“最も厳しい時代”を支えてきた人物だった。つまり,「ミリタリー系のゲームにおいて,これをやると行き止まりに追い込まれる」「これをやると地獄を見る」というノウハウを,日本で最も有する人物の一人でもあるのだ。
そんな宮永氏が今,世界を舞台にどんなミリタリーエンターテイメントの広がりを作っていくのか,今後の活躍に注目したいと思う。
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