レビュー
「絶対負けられない戦い」に臨んだ刺客は,GTX 680に勝てるか
Radeon HD 7970 GHz Edition
(Radeon HD 7970 GHz Editionリファレンスカード)
絶対負けられない戦いがそこにある――。
かねてよりAMDとNVIDIAは,ハイエンド市場向けGPUで性能トップの座を争ってきた。2011年末に発表され,2012年初頭に販売の始まった「Radeon HD 7970」(以下,HD 7970)が「GeFore GTX 580」を破り,世界最速の座に着いたら,今度は3月の「GeForce GTX 680」(以下,GTX 680)がそれを奪い返したというのは記憶に新しいところだろう。
シングルGPU戦線におけるトップ争いは,HD 7970 GHz Editionのリリースでどう変わるのか。AMDから入手したリファレンスカードを使って,戦いの行方を追ってみることにしよう。
早い話がHD 7970の高クロック版
シェーダコア数など基本仕様はHD 7970と変わらず
さて,そもそもHD 7970 GHz EditionとはどんなGPUなのかだが,その名称からも想像できるとおり,本製品は,HD 7970をベースとして,定格のGPUコアクロックをGHz,つまり1GHzの大台へ乗せてきたものとなる。
ただ,厳密に言うと,その説明だけでは不十分だ。
というのも,AMDから全世界のレビュワーに配布された資料によると,HD 7970 GHz Editionには「Engine Clock」(もしくは「Base Clock」)と「Boost Clock」,2つの動作クロックが用意されているのである。従来のRadeon HD 7900シリーズにはコアクロック(=Engine Clock)の設定しかなかったので,このBoost Clockが,HD 7970 GHz Editionにおける新要素ということになるだろう。
AMDはその動作原理について詳しく説明しておらず,ただスライドを用意しているだけなのだが,それを見る限り,Boost Clockを実現しているのは,「AMD PowerTune Technology with Boost」という機能。その名からして,Southern Islands世代のGPUで導入されている電力管理機能「AMD PowerTune Technology」(以下,PowerTune)を発展させたもののようだ。
※1 アイドル状態になっているコアなど,動作していない回路ブロックへのクロック供給を止め,電力を削減する機能
※2 「アクティブに動作しているコアの動作クロックと動作電圧設定値」のようなもの。Southern Islands世代のGPUでは,このP-Stateが細かく設定されるのが特徴となっている
なお,今回入手した個体では,3D描画負荷がかかっているとき,動作クロックは1050MHzに張り付き,少なくとも,Engine Clockとされる1GHzで動作する状態は確認できなかったが,AMDに確認したところ,これは「コンマ何秒という刻みで,P-Stateが頻繁に切り替わっているため」だそうだ。「社内のツールでは,肉眼で追えないほどの速度で切り替わっているのを確認できるが,既存のツールでは1050MHzに張り付いているように見えても不思議ではない」とのことだった。実際の挙動を確認できるようになるのは,AMDの言う「社内ツール」が何らかの形で公開されるか,PowerTune with Boost関連のデータシートが公開されるかしてからになるだろう。
ただ,メモリクロックが,HD 7970の5500MHz相当(実クロック1375MHz)から,HD 7970 GHz Editionで6000MHz相当(実クロック1500MHz)へと約9%引き上げられ,メモリバス帯域幅も264GB/sから288GB/sへと向上しているのは注目しておきたい。メモリ帯域幅の狭さが弱点となっていたGTX 680とのスペック差は,さらに広がったわけである。
そんなHD 7970 GHz Editionのスペックを,HD 7970,それにライバルとなるGTX 680のものと比較したものが表1となる。あらためて「HD 7970のクロックアップモデル」となっているところを確認してもらえれば幸いだ。
面白いのは,HD 7970だと「カードレベルの最大消費電力が250W」とされているところ,HD 7970 GHz Editionでは「典型的な消費電力が250W以下」とされているところだが,この点は後ほど考察したい。
基板からGPUクーラーに至るまで
HD 7970リファレンスカードと瓜二つ
もちろん,基板長が実測267mmで,GPUクーラーがカードの後方に10mm程度はみ出し,カードサイズが実測約277mm(※突起部除く)となっている点も,HD 7970リファレンスカードから変わりなし。80mm角相当のブロワーファンを搭載する点もまったく同じだ。
動作クロックの引き上げによって懸念される消費電力の増大だが,少なくとも補助電源コネクタは6+8ピンと,HD 7970リファレンスデザインから変わっていない。
HD 7970 GHz Editionのリファレンスカード,表裏 | |
補助電源コネクタが6+8ピン構成である点や,外部出力インタフェースはDual-Link DVI-I×1,HDMI×1,Mini DisplayPort×2となっている点もHD 7970のリファレンスデザインと同じだ |
ドライバにはCatalyst 12.7 Betaを利用
HD 7970,GTX 680との比較を実施
テスト環境のセットアップに入ろう。今回のテスト環境は表2のとおりで,比較対象には,表1でその名を挙げたGPUを用意している。
「Core i7-3960X Extreme Edition/3.3GHz」では,負荷状況に応じたクロックアップ機能「Intel Turbo Boost Technology」の効き具合がGPUによって異なる可能性を排除するため,同機能をマザーボードのUEFI(≒BIOS)から無効化した。
HD 7970 GHz EditionとHD 7970のテストに用いたグラフィックスドライバ「Catalyst 12.7 Beta」(8.981.2-120612a-140817E-ATI)は,AMDから全世界のレビュワーに配布されたものだ。一方,GTX 680のテストに用いている「GeForce 304.48 Driver Beta」は,北米時間18日に公開されたものである。
20日の記事でお伝えしたとおり,NVIDIAは現状,「Intel X79 Express」プラットフォームにおけるPCI Express(以下,PCIe)3.0を公式にサポートしていない。そのため,今回のテストでも,PCIe 3.0動作するのはHD 7970 GHz EditionとHD 7970で,GTX 680はPCIe 2.0動作となる。
テスト解像度は,HD 7970 GHz Editionがハイエンド市場向けということもあり,1920×1080&2560×1600ドットを選択。テスト方法は4Gamerのベンチマークレギュレーション12.2準拠とした。
ただ,テストを実際に行ってみると,「Sid Meier's Civilization V」(以下,Civ 5)では,何度繰り返しても同じシーンでGTX 680のテストが中断するという不具合があった。試してみたところ,この問題は「GeForce 301.42 Driver」を用いると回避できることが分かったため,今回のCiv 5におけるGTX 680のスコアは,GeForce 301.42 Driverを用いて取得したものを参考値として掲載する。この点はあらかじめお断りしておきたい。
メモリ負荷が高い局面ではGTX 680を逆転
HD 7970比では約10%高いスコアに
グラフ1は,「3DMark 11」(Version 1.0.3)で,「Performace」と「Extreme」の2プリセットにおける総合スコアをまとめたものだ。HD 7970 GHz Editionは,HD 7970からスコアを8〜9%程度伸ばし,HD 7970で16〜17%程度あったGTX 680とのギャップを,6〜7%程度にまで縮めている。
続いてグラフ2〜5は,「S.T.A.L.K.E.R.:Call of Pripyat」(以下,STALKER CoP)の公式ベンチマークテストで用意された4つのテストシークエンスから,「Day」と「SunShafts」の結果をまとめたものだ。
4シークエンス中,最も描画負荷の低いDayだと,HD 7970 GHz Editionのスコアは対HD 7970で5〜10%程度高い(グラフ2,3)。また,アンチエイリアシングとテクスチャフィルタリングを適用していない「標準設定」では,GTX 680から約11%低いスコアへ留まるのに対し,4xアンチエイリアシングと16x異方性フィルタリングを適用した「高負荷設定」では,2560×1600ドットでGTX 680を逆転しているのも目を引くところである。
最も描画負荷が高く,グラフィックスメモリ負荷も高いSunShaftsシークエンスだと,HD 7970 GHz Editionのスコアはさらに景気がよいものとなった(グラフ4,5)。標準設定の1920×1080ドットでこそGTX 680の95%程度に留まるHD 7970 GHz Editionだが,それ以外の条件では102〜109%程度と,GTX 680のスコアを凌駕している。
3DMark 11とSTALKER CoPのテスト結果を見る限り,純粋な3D性能ではGTX 680に分があるものの,極端にグラフィックスメモリ負荷の高い状況では,HD 7970 GHz Editionの持つ高いメモリ性能が威力を発揮すると見てよさそうだ。
STALKER CoPと同じくDirectX 11世代のFPSで,かつグラフィックス描画負荷も高い「Battlefield 3」のテスト結果がグラフ6,7だ。BF3はGeForceシリーズへの最適化が進んでおり,また,STALKER CoPほどにはグラフィックスメモリ負荷が高くないだけに,HD 7970 GHz Editionのスコアは対GTX 680で84〜91%程度に留まった。もっとも,HD 7970に対しては10〜13%高いスコアを示してもいる。
グラフ8,9にスコアをまとめた「Call of Duty 4: Modern Warfare」(以下,Call of Duty 4)では,少々面白い結果となった。HD 7970に対してHD 7970 GHz Editionは安定的に11〜12%程度高いスコアを示す一方,GTX 680に対しては,標準設定で約10%高いスコアを示すものの,高負荷設定では88〜92%に留まっているのだ。
ただ,これはGTX 680のレビュー時と同じ傾向でもある。3Dオンラインゲームを想定してベンチマークレギュレーションで採用し続けているCall of Duty 4は,最新世代のGPUからすると負荷が低すぎるのだが,それゆえに,GPUコアあたりの処理性能が高いGTX 680では,負荷が低い状況でコアやテクスチャユニットが“空転”してしまい,スコアが上がらないのだろう。
高負荷設定ではその問題が解決し,かつ,メモリ負荷はもともと低いため,GTX 680がHD 7970 GHz Editionに有意なスコア差を示すものと思われる。
今回行ったテストのなかで最も見どころが多かったのが,グラフ10,11にまとめた「The Elder Scrolls V: Skyrim」(以下,Skyrim)のスコアである。
テストにあたって,4Gamerでは高解像度テクスチャパックを導入しているため,Skyrimは非常にグラフィックスメモリ負荷が高いものとなっているが,果たして高負荷設定では,HD 7970 GHz EditionがGTX 680に対して最大約33%という大差をつけている。標準設定の1920×1080ドットでこそ後塵を拝している一方,残る2条件で順当に高スコアを残した点も特筆しておきたい。
また,HD 7970のスコアにも注目してほしい。「GeForce GTX 670」のレビュー記事と比べると分かるのだが,ハードウェア構成がまったく同じで,「Catalyst 12.4」を導入して動作させたHD 7970のスコアと比べると,フレームレートは3.6〜14.2fpsも向上しているのだ。
もともと,Skyrimに対するRadeonのフレームレートはやや低めだったのだが,ゲームタイトルの発売から半年以上が経過して,ようやく「Catalyst 12.7 Beta」で最適化が進んだということなのだろう。この数字にはかなりインパクトがある。
HD 7970 GHz EditionがGTX 680を圧倒しているという点では,グラフ12,13にスコアをまとめたCiv 5も同じだ。前述のとおり,GTX 680のスコアは参考値となるが,それにしてもHD 7970 GHz Editionが標準設定で6〜10%程度,高負荷設定で30〜35%程度高いスコアを示しているというのはインパクトが高い。
これは,Radeon HD 7900が持つ足回りの優位性に加え,テストに用いている「Leader Benchmark」がGPGPU性能も反映するものになっているため,3Dグラフィックス特化型のGK104コア(≒GTX 680)よりも,Tahitiコア(≒HD 7970 GHz Edition)のほうが有利になるためだろう。
グラフ14,15にスコアをまとめた「DiRT 3」でも,HD 7970 GHz Edition&HD 7970は,Catalyst 12.7 Betaの恩恵により,スコアを大きく伸ばした。結果として,HD 7970 GHz EditionはGTX 680に対し,4〜14%程度高いスコアを示すに至っている。
HD 7970より33〜51W程度高い消費電力
GPUクーラーはGTX 480の悪夢再び
序盤でも述べたとおり,AMDは,HD 7970 GHz Editionの消費電力を「Typical Board Powerで250W以下」としている。
上の表1ではこれを「公称典型消費電力」として記載したが,これは要するに「3Dアプリケーション実行時における典型的な消費電力」という意味だ。AMDは従来,このTypical Board Powerを,ミドルクラス以下のGPUにおける消費電力指標としてよく用いてきたのだが,今回はブーストクロックが設定されているため,最上位モデルたるHD 7970 GHz Editionでも採用してきたということなのだろう。
いずれにせよ,HD 7970 GHz EditionとHD 7970の公称消費電力は,数字だけ見るとどちらも250Wなのだが,その意味合いは大きく異なっているわけである。
では,実際の消費電力は本当に250W以内で収まっているのか。システム全体の消費電力の比較を,ログの取得が可能なワットチェッカー「Watts up? PRO」を用いて行ってみたい。
テストにあたっては,ゲーム用途を想定して,無操作時にもディスプレイ出力が無効化されないよう設定したうえで,OSの起動後30分放置した時点を「アイドル時」,各アプリケーションベンチマークを実行したとき,最も高い消費電力値が記録された時点を各実行時として,スコアをまとめることにした。
マザーボードのUEFIをアップデートしたことで,CPUの省電力機能「Enhanced Intel SpeedStep Technology」を無効化できるようになったため,アイドル時のスコアはGTX 680のレビュー記事より若干高く出る点には注意してほしい。
さて,その結果はグラフ16のとおり。アイドル時の消費電力値は変わりなしといったところだ。参考までに述べておくと,アイドル時にディスプレイ出力がオフになるよう設定した場合,HD 7970 GHz Editionはいわゆるロングアイドルモードへ移行し,「AMD ZeroCore Power Technology」が有効になって,PCI Expressインタフェースを除く部分への電力供給をカットするため,アイドル時の消費電力は84Wまで下がっている(※同条件でHD 7970は83Wだった)。
一方,アプリケーション実行時のスコアは,HD 7970 GHz Editionが368〜400Wで,HD 7970から33〜51W高い結果となったが,その理由は,動作クロックが引き上げられただけでなく,GPUコア電圧が引き上げられている点にも求められそうだ。
TechPowerUp製のGPU情報表示ツール「GPU-Z」(Version 0.6.2)から追ってみると,入手したHD 7970 GHz Editionリファレンスカードのコア電圧は,0.945〜1.201Vの範囲で変化していた。一方,HD 7970だと0.846〜1.096Vの範囲になっているので,HD 7970 GHz Editionは0.1V強,電圧が引き上げられていることになるわけだ。
また,TDP(Thermal Design Power,熱設計消費電力)と公称消費電力値は異なるので,乱暴な計算になることを踏まえたうえで話を続けるなら,HD 7970 GHz EditionとGTX 680のスコア差は40〜79W。平均の約60WをGTX 680のTDPである195Wに加えると255Wであり,AMDの謳う典型消費電力250Wとまずまず近いところにあるとはいえるだろう。
消費電力が増大してしまったHD 7970 GHz Editionだが,HD 7970と同じリファレンスクーラーを搭載することで,冷却能力の不足などは生じていないのか。3DMark 11の30分間連続実行時点を「高負荷時」として,アイドル時ともども,各時点におけるGPU温度をGPU-Zから取得することにした。テスト時の24℃で,システムはPCケースに組み込まず,いわゆるバラック状態に置いている。
その結果をグラフ17に示すが,HD 7970 GHz Editionはアイドル時,高負荷時ともに,HD 7970とほぼ変わらない温度となった。
ただし,それにはカラクリがある。アイドル時と高負荷時のファン回転数をGPU-Zから追うと一目瞭然なのだが,HD 7970 GHz Editionのファン回転数は順に1080rpm,2339rpmで,HD 7970の同1143rpm,1875rpmと比べて,高負荷時の回転数が500rpm近くも上がってしまっているのだ。
毎度筆者の主観になってしまって恐縮だが,HD 7970 GHz Editionリファレンスカードの高負荷時における動作音はかなり大きい。以前「GeForce GTX 480」を評価したとき,筆者は搭載されるGPUクーラーの動作音を「正気でいられないほど」と評したが,HD 7970 GHz Editionのそれも,GeForce GTX 480を上回ることこそないものの,かなりいい勝負を演じてしまっている印象だ。
リファレンスデザイン版のHD 7970カードを利用している人なら,Catalyst Control Centerの「AMD OverDrive」からファン回転数を2300rpm以上に手動設定してみると,手っ取り早くHD 7970 GHz Editionのうるささを体感できるだろう。
性能のために払った犠牲は小さくないGHz Edition
各社独自クーラーとCatalyst 12.7 Betaに期待
以上,GTX 680キラーとして放たれたHD 7970 GHz Editionだが,その性能は,まずまずのところにあると述べていいのではなかろうか。シェーダコアあたりの3Dグラフィックス処理能力ではGTX 680に一歩及ばない雰囲気があるものの,メモリ周りの絶対的な優位性によって,高い描画負荷条件下でGTX 680を引き離しているのは魅力的だ。勝ったり負けたりなので,どちらがより優れているとは断言しにくいが,GTX 680と互角のレベルに達した点は歓迎したい。
AMDは搭載グラフィックスカードの価格を明らかにしていないものの,海外の報道によれば499ドル――HD 7970発表時の549ドルより50ドル安価――とのことなので,店頭売価はGTX 680と同程度か,若干高い程度になりそうな気配だ。今後,GTX 680との間で価格競争が起これば,ユーザーにとってメリットとなるだろう。
※18:20頃追記
北米市場におけるメーカー想定売価が明らかになったため,価格周りの表現をアップデートしました。
AMDのパートナーとなるカードベンダー各社は,すでにHD 7970でオリジナルクーラー搭載モデルを投入してきているので,各社からオリジナルクーラー搭載モデルが登場してくれば後者の問題は解決するはずだ。ただ,「それならHD 7970のクロックアップモデルでいいのではないか」という話も出てくると思われ,HD 7970 GHz Editionは,なかなか微妙な立ち位置に置かれることとなりそうである。
……さて,最後に1つ触れておきたいのは,Catalyst 12.7 Betaの存在だ。ドライバのアップデートでフレームレートが上がるというのはよくあることだが,SkyrimやDiRT 3の結果は,ちょっと驚くほど。AMDはグラフィックスドライバの月例アップデートを止めたので(関連記事),Catalyst 12.7正式版が7月にリリースされるかどうかは神のみぞ知るところだが,楽しみなドライバが控えていると述べていいのではなかろうか。
AMDのRadeon HD 7000シリーズ製品情報ページ(英語)
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