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“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
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印刷2011/08/20 00:00

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“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった

伊藤氏と前山田氏の音楽の源流は

昭和歌謡にあり


画像集#015のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
前山田氏:
 伊藤さんはクラシック以外では,どんな音楽を聴かれていたんですか?

伊藤氏:
 昔は日本の歌謡曲や,ポール・モーリア(※18),リチャード・クレイダーマン(※19)あたりを。

前山田氏:
 僕も大好きですよ! ポール・モーリア,リチャード・クレイダーマン,それとデイヴィッド・ベノワ(※20)なんかは,ひどい言い方をするとださいんですよ! でもそこが大好きで。

伊藤氏:
 あとは,デイヴィッド・フォスター(※21)とか?

前山田氏:
 大好きですね! 大好物ですね! あの人も激情型というか,切なさをどんどんたたみかけるんですよね。

伊藤氏:
 あの辺の人達って,あまりにメジャーすぎて「この人が大好き」って公言するのが恥ずかしいんですよね。でも僕が好きってハッキリ言うと,「実は僕も好き」「私も好き」っていう人が続々と現れてくるのが面白くて(笑)。

前山田氏:
 そうなんですよ。何となく言いづらいんですよね。でもあそこらへんの,ベタなフュージョンピアノ曲が大好きなんです。シャカタク(※22)なんかも。いやぁ,何となく納得できました。
 伊藤さんの曲からはハードロックのにおいも感じているんですが,そういうものはあまり聴いてこなかったんですか?

伊藤氏:
 中学までは全然聴いてませんでしたね。
 ただ当時,西城秀樹(※23)さんなんかが歌っていた歌謡曲が,ハードロックのにおいをさせていた時期があるんです。そういう意味では血肉になっているのかもしれませんね。

前山田氏:
 つまり二次的な影響ですね。そしてその先に僕が……という流れで(笑)。確かに1970年代前半の歌謡曲って,展開がドラマチックなんですよね。ストリングスを贅沢に使っていたり。

伊藤氏:
 基本的にアレンジがゴージャスなんですよ。

前山田氏:
 僕は西城秀樹さんでは,1980年代より1970年代の曲が好きなんですよ。さすがに生まれてないんで,後追いですけど。

伊藤氏:
 僕はリアルタイムで「ブーメランストリート」を聴いて熱狂していました。バラードでは「ブルースカイブルー」が好きでしたね。バラードなのにハッキリしたロック魂があったりして。そういうところが,今のベースになっているのかもしれませんね。もちろん,「傷だらけのローラ」「激しい愛」なんかも好きでしたし。

前山田氏:
 「激しい愛」は僕も大好きです!

伊藤氏:
 本当に31歳なんですか?(笑)

画像集#016のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
前山田氏:
 はい,一応(笑)。
 1970年代アイドルが持っていた独特の叙情感が好きで,後追いで聴きまくっているんですよ。最近では,さらなる叙情感を求めてムード歌謡にまで手を出しているんです。日本人特有の切なさみたいなものがあるんじゃないかと思って。それに,30〜40年前の歌謡曲には,クラシックが持つ叙情感の影響があるのかなとも思っているんです。
 そういえば,ハードロックではゲイリー・ムーア(※24)やマイケル・シェンカー(※25)なんかは,ハードロックにクラシックを混ぜた感じでドラマチックに仕立てていると僕は思っているんです。ひょっとしたら,かつてのハードロックも日本の歌謡曲も,根っこの部分には近いものがあるのかなとも思ってるんですよね。

伊藤氏:
 面白い分析ですね。
 僕の場合,高校の頃にヘヴィメタブームがあって,アイアン・メイデン(※26)やクワイエット・ライオット(※27)が大人気だったんですけど,なんとなく怖い印象があって受け付けなかったんですよ。でもアルフィー(※28)がハードロック路線に切り替わって,「メリーアン」や「星空のディスタンス」がヒットしたときに,アルフィーもいいなと思って。で,アルフィー経由でフォークやロックを聴いていった感じですね。

前山田氏:
 好きなミュージシャン経由で,興味の幅が広がっていくんですよね。僕もピチカート・ファイヴが好きで,小西康陽さんが好きだと言っているものを聴いて,そこからセルジュ・ゲンスブール(※29)を聴いて……となっていきましたから。
 そういう経験がなかったら,音楽的に広がらなかったのかなとは思うんですけど。

伊藤氏:
 ああ,何となくお互いにとってきた行動が似てますね。

前山田氏:
 ですね! そうやって広げてきたものが,今,僕がやっているアイドルやアニメの音楽に生きているんです。
 そのあたりは唯一,わざとらしさというか,僕のメロディセンスが許されるフィールドなんですよ。本格的なR&Bなんかだと,基本は循環コードなんですけど,そういうのよりコードのテンションが上がっていくのが好きなんで。……要は,一個の曲をドラマにしたいんですよ。

伊藤氏:
 そう聞くと,カカカタ☆カタオモイ-Cなんか,Aメロは普通にポップスなのにBメロがいきなりシャッフル(※30)になるのも理解できますね。
 この感覚はもう,僕には分からないというか,絶対に作れません。一曲の中でここまでリズムをがらっと変えて,ひっくり返して……というのはなかなか思いつかないですから。

前山田氏:
 僕はそういう奇をてらったことばっかりで,ここまでご飯を食べてきたんで,手詰まりになったらどうしよう? という不安はあります。
 でも,今までにないことをしたいという気持ちのほうが現時点では大きいんですよ。だって,僕以外にも作曲家は大勢いて,しかも僕よりスキルが高い方ばっかりなんです。その中で僕にしかできないことってなんだろう? となると,奇をてらうことかな? という。積極的に奇をてらってるつもりもないんですけどね。

4Gamer:
 結果的に奇をてらった形になっているにすぎない,と。

前山田氏:
 僕としては普通にやっているつもりなのに,奇をてらってると言われることは多々ありますねぇ。でも単純に,自分が聴いてみたいものを作っているという気持ちはあります。最近はドラマチックなメロディのJ-POPが少ないですし。
 さっきも話に出た,傷だらけのローラなんて,もの凄くドラマチックじゃないですか。あの頃の阿久 悠さん世代の曲って今にして思えば実験的なものが多いんですよね。

4Gamer:
 実験的でありながら,同時にマスに受け入れられていたという,凄い時代ですよね。

前山田氏:
 ですよねぇ。ピンク・レディー(※31)もすべてが奇抜なのに,それがちゃんと受け入れられていて。山口百恵(※32)ちゃんだって不思議な魅力だったし,楽曲的にはおかしなものが多かったですし。ああいう変なもの,トリッキーなものでありながら,メロディや歌唱力がしっかりしていたんですよね。
 あの時代って,作曲家が「先生」と呼ばれていて,デビューするまでに何年もボイストレーニングをしていたんですよね。それにおそらく1960年代後半までは浪曲の文化も強かったと思うんですよ。渚ようこ(※33)さんの歌い方は,そういうものをモチーフにしているんだと思いますし。

伊藤氏:
 村田英雄(※34)さんもそうですよね。

前山田氏:
 そうですね,浪曲出身ですもんね。
 例えばそういう浪曲的な発声であったり,キャンディーズ(※35)にしても森 昌子(※36)さんにしても,あの年齢でしっかりとビブラートができて。歌唱力が異常にしっかりしていて,ちょっと熟練されすぎている状態なのに,サウンド自体は実験的で冒険していて。そのミスマッチさも凄く好きなんです。
 一方,今の時代の曲って,予定調和が多いかなというのがあって,物足りない気分があるので,僕はこんなことをしていたら……たまたま受け皿があったんです。ラッキー,生きられる! っていう。

画像集#017のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった

4Gamer:
 「だって あーりんなんだもーん☆」(※37)なんかは,ある意味その最たる例ですよね。

前山田氏:
 ピンク・レディーのオマージュで。途中でストリップシーンみたいなのが入って,トランペットがペーペーペーっていうような。そのほうが楽しいかなと思って(笑)。
 こういうことをさせてくれるのが,アニメとアイドルなので……いや,アイドルというか,ももいろクローバーZ陣営だけなんですけどね。

伊藤氏:
 いろいろやってるんですねぇ(笑)。


エンターテイメントとしての音楽

そして,音楽とお笑いの融合


画像集#018のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
伊藤氏:
 実は僕は,10年ぐらい前までアニソンなんて鼻にも引っかけなかったんですよ。キャラクター重視っていうだけで,本格的な歌じゃないと思う部分もありましたし,タイアップでアニメとあんまり関係ない曲がついていたりしていましたから。でも,だんだん偏見もなくなってきて普通に聴いてみるようになったら,昔の歌謡曲に似てるようなものもあるんですよね。
 それこそ実験的な曲もありますし,アニソンシンガーのレベルも上がっていますし。そうやってあらためてサウンド全体を聴いてみると,構築の仕方が,1970年代の歌謡曲のようなシステムに見える部分があるんです。僕の中では,ですけど。

前山田氏:
 まったくもって同意です。
 それが凄く日本の文化だとも思っているんです。“本当のJ-POP”はアニソンとかアイドルソングなんじゃないか? とさえ思っているぐらいです。僕にとって一番イヤなのは,海外の猿まねなんですよ。だって,マネなら本物には逆立ちしたって勝てないじゃないですか。

4Gamer:
 音楽ってどんなに時代が変わっても,やっぱり民族や風土に根ざした部分は消えないんですよね。

前山田氏:
 ええ,だから逆にアニソンやゲーム音楽,アイドルソングなんかは,ほかの国の人が「日本人じゃないとできない」と思うことじゃないかなと思っているんです。日本固有の音楽として胸を張れるんじゃないかなと思いますし,胸を張りたいんですよね。

4Gamer:
 海外の音楽の直接的な影響にあまりさらされることなく,独自の進化をしてきたジャンルであると。

前山田氏:
 ええ,ガラパゴス化ですよね。

4Gamer:
 元から浪曲,演歌なんかも日本独自のものですし,音楽に関してはちゃんと独自の文化があるんですよね。

前山田氏:
 そうなんです。ドメスティックな部分があるんです。それは無意識のうちに培われるものだと思うんですよ。
 伊藤さんのイトケン節も,凄く日本人に刺さるものだと思ってるんですが,そういうものは,無意識にご自分の中に蓄えてきたものから出てくるものなんですか?

伊藤氏:
 うーん,無意識の部分で……というのは,やっぱり大きいでしょうね。
 だけど逆に,意識的に「この人の作品が好き!」と思ったのは,「宇宙戦艦ヤマト」の宮川 泰(※38)さんだったんです。

前山田氏:
 伊藤さん,ブレがないですね! 思い当たりますもん。

伊藤氏:
 よく言われます。お前,分かりやすいなぁって(笑)。

4Gamer:
 一方ではTM NETWORK(※39)もお好きだったんですよね。

画像集#019のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
伊藤氏:
 ええ。高校のときにどっぷりはまってましたね。TMN以前のTM NETWORK時代には,凄く影響を受けました。当時はいろいろなシンセサイザーが開発されていて,YAMAHA DX-7という機材が出てきたときも,TM NETWORKがそれを活用していたんですよ。
 小室哲哉さんがDX-7とリズムマシンのRX-5を使って一大システムを作ったり,EOSをプロデュースしたりとか,そういう部分も含めて好きでした。

前山田氏:
 僕はEOS B700が初シンセでした。trf(※40)が好きだったもので。
 でも伊藤さんがTM NETWORKがお好きというのは,ちょっと意外ですね。むしろ世代的にYMO(※41)なのかな? と思っていたので。

伊藤氏:
 YMOも好きなんですけど,はまったのは「散開」後だったんですよ。それまでは,ボコーダーの声がどうしても受け入れられなくて。

前山田氏:
 ああ,その気持ちはよく分かります。
 どっちも後追いになるんですけど,僕もYMOよりはTM NETWORK派でした。やっぱり僕は歌メロがしっかりした歌モノが好きなんです。YMOも格好いいとは思うんですけど。

4Gamer:
 YMOも歌ってましたけど,歌モノのイメージは強くないですよね。みんながYMOをカラオケで歌うか? っていうと,せいぜい「君に、胸キュン」ぐらいかもしれませんし。

伊藤氏:
 ですね。当時,YMOはいろいろ実験的な仕掛けもやっていたんですよね。ただ,その実験加減が当時の僕にとっては過激だったんですよ(笑)。
 でも「散開」コンサートのライブアルバム「アフター・サーヴィス」で,シンセだけのインストゥルメンタルでいろいろな曲が演奏されているのを聴いて,初めて楽曲の良さを知ったんです。そこから遡って,過去の曲を聴いてはまっていきました。

前山田氏:
 あの音楽を軸に据えたサービス精神には凄いものがありましたよね。

伊藤氏:
 全盛期のクレイジー・キャッツ(※42)のような,そういうにおいがYMOにはありましたね。

前山田氏:
 分かります!
 実は僕も,ももいろクローバーZでそういうのをやりたいと思っていて。47都道府県を面白おかしく紹介していく「ももクロのニッポン万歳!」(※43)という曲では,少し達成できているんですけど,もっとスネークマンショー的な音楽を作ってみたいんですよ。

伊藤氏:
 僕もまさにスネークマンショーみたいなことをやりたくて,劇団系の友達と一緒にいつかやろうと思っているんです。
 ……タイミングが合ったら,一緒にやりませんか?

画像集#021のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
前山田氏:
 ぜひやりたいですね,それは! ぜひやりたいです。
 今って,お笑いは芸人さんだけがやるものになってますけど,お笑いと音楽が融合していた時代もあったんですよね。ネタとして凄く面白くて,音楽もしっかりしていて。僕は音楽ってエンターテイメントだと思っているんで,いろんな形で楽しいものを作りたいんですよ。

伊藤氏:
 そういえば,今年の「R-1ぐらんぷり」(※44)で優勝した,佐久間一行(※45)さんの「井戸のお化け」というネタで,ロマサガ3の「最果ての島」という,エビが踊るシーンで流れる曲を使っていたんです。
 その曲が話題になったこともあって,佐久間さんのライブにトークゲストとして招かれたりもしたんですが……お笑いと音楽って,うまくはまると,何か新しいものが生まれるかもしれませんよね。

4Gamer:
 最近はあまり例がないだけに,何か生まれそうですよね。
 過去の作品がそうやって思いも寄らぬ場所で使われると,どんな気持ちになるんでしょうか?

伊藤氏:
 やっぱり嬉しいものですよ。ただ,佐久間さんはスーパーファミコンの音源を使っていたので,それをそのまま使うのはやめてくれ! とは思いましたけど(笑)。

前山田氏:
 ああ,でもそういうのには憧れますね。ももいろクローバーZの曲も,将来,どこかで使われて話題になったりしたら嬉しいだろうなぁ。

4Gamer:
 例えば伊藤さんご自身として,過去のスーパーファミコンの音源の曲を,今の音に作り直したいという気持ちはありますか?

伊藤氏:
 PlayStation 2の「ロマンシング サガ -ミンストレルソング-」で当時の限界というか,表現したいものは一つ極めたものがあるんですよ。それ以外のものを,今の音に……となっても,おそらく似たり寄ったりになってくるとは思うんで,さほど積極的には考えていません。

前山田氏:
 それにしてもスーパーファミコンの音源って,何だか独特の響きがありますよね。

伊藤氏:
 とくに当時のスクウェアの音作りは独特だったと思いますよ。
 まず,植松さんは植松さん,僕は僕で好きな楽器の音があるんです。植松さんは,海外メーカーのE-MUやKURZWEILの音が基本的に好きで,そこにRolandの音を混ぜるようなセレクトだったんですね。
 でもFF側がそういう音作りをするのであれば,僕は同じことをするわけにいかないという思いがあって,YAMAHA,KORG,Rolandという国産メーカーを中心にしていたんです。そして,トランペットならトランペット,ヴァイオリンならヴァイオリンの音をサンプリングして,スーパーファミコンに落として使っていました。

4Gamer:
 音の作り方からして,チームごとに違ったんですね。

画像集#020のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
伊藤氏:
 ええ。もう少し詳しくお話ししましょうか。
 例えばトランペットって,アタックから始まって音を伸ばす楽器ですよね。ですが,鍵盤を押さえてトランペットの音を長い拍で再現するときには,その音をループさせることになるので,どこかの綺麗な波形を取り出す必要があるんです。そこであえて,最初のアタックの部分を削って,伸ばしている音の成分だけを抽出してサンプリングするんです。そうすることで,音のキャラだけを残して存在感を消すことが出来るんですよ。そういうことをスクウェアではやっていたので,当時のスクウェアの音は独特の透明感があったんですよ。

前山田氏:
 一つの音色を作るだけでも,そこまで工夫していたんですね。
 僕は,スーパーファミコンで初めて遊んだのが「ファイナルファンタジーIV」だったんですが,ファミコンからこんなに音が進化するんだなぁという,あのときの感動は忘れられません。ほとんど生音じゃないの? と思ったほどです。

伊藤氏:
 今でも語りぐさになっているんですが,エニックスがスーパーファミコンの発売直後に「アクトレイザー」を出していなかったら,あそこまでの音作りはしていなかったでしょうね。
 ちょうど,FFIVのスケジュールが終盤に差し掛かっているタイミングでアクトレイザーがリリースされたんですが,「どんなものかな?」とちょっとやってみたときに,音の凄さに驚かされたんです。で,このままじゃ負ける! となって,徹夜とかそういう次元じゃない勢いで改修することになりました。古代祐三さんが凄かったんですよね。
 実はそれまで,植松さんはヒゲがなかったんですけど,あの厳しい作業の中で伸ばしはじめたんですよ(笑)。「これが終わったら剃る」って言ってたんですけど,結局あれがトレードマークになって。

前山田氏:
 あのおヒゲに,そんな逸話があったんですね。
 スーパーファミコンの音源と比べると,今は生音がそのまま使えたりするので,やりたい放題になっていますよね。ある程度の制限があったほうが,クリエイティビティは発揮しやすいんじゃないかとも思うんですが,当時と今を比べてそういった違いはありますか?

伊藤氏:
 う〜ん,僕自身としてはあまりそういうことは感じませんね。というのも僕自身はピアノが音楽キャリアのスタートで,やっぱりピアノへの思い入れも強いんです。ですが,スーパーファミコンだとピアノソロの曲は無理だったんです。ピアノの音自体,キャラクターが強いですし,それだけだと容量オーバーになってしまうこともあって,それを出せないストレスを強く感じていました。
 逆に今だと,ピアノソロでも問題ないですから,そういったストレスがなくなったことで,むしろやりやすくなったと思っていますね。

画像集#037のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
前山田氏:
 なるほど。僕の場合,ノートPCさえあれば大概のことはできますし,そのおかげで音楽学校に通ったわけでもなく,詳しい知識があるわけでもない僕でも飯が食えるので助かってはいるんですけど,何らかの縛りがあったほうが発揮できるクリエイティビティというものも,ひょっとしたらあるんじゃないかと思っているんです。
 それこそ,ファミコンの音源なんか,3和音+1ノイズしか出せないのに,どんな音でも出し放題の今よりも,ずっと凄い曲があるじゃないですか。

4Gamer:
 そのあたりは,実際に制限が厳しかった時代から,今に至るまでを体験してきた人と,制限がない状態しか体験していない人とで,感覚的な差はあるのかもしれませんね。

伊藤氏:
 でも前山田さんが,そういった制限に対してある種の憧れを持っていらっしゃるというのは,ちょっと意外ですね。だって,前山田さんの楽曲の音の埋め方って,かなり高密度じゃないですか。ミキサーさんが泣いているんじゃないかな? と思うほどですよ。

前山田氏:
 いや,実は逆らしいんですよ。ミキサーさんは皆さん喜んでくれますね。というのも,やりたいことがハッキリしていて,無駄なものがないと感じてもらえるそうなんです。
 ほかの人のことは分からないので何とも言えないんですけど,めちゃめちゃトラック数は多いですし,一回しか出て来ない音もあるんですけど,ちゃんと役割が決まっているところが良いと,何人かのミキサーさんから言ってもらっています。

伊藤氏:
 ああ,なるほど。そう言われると何となく分かりますね。

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