インタビュー
“もっと簡単”で“もっと楽しく”,“もっと誰でも遊べる”ものを目指して――「謎惑館 〜音の間に間に〜」について,ディレクターの中井 実氏にいろいろ聞いてみた
これまでにないコンセプトを他人に伝えて理解させることが最大の難関
4Gamer:
現状,カプコンを含めたゲームメーカーは,各社とも完全新規タイトルの企画・開発に慎重になっているように見受けられます。そんな中,「謎惑館」はどのように社内で企画を通していったのでしょう?
中井氏:
今回はまず企画書を提出して,試作版の開発承認を受けました。そして決められた期間と予算,人数を使って試作版を作り,プレゼンを行い,本開発に進むジャッジを受けたわけです。
4Gamer:
「謎惑館」のように,これまでにないタイプのゲームだと,理解を得るのに苦労したのではないかと思うのですが。
まさしくそのとおりで,一部の方には「意味が分からない」「全然面白くない」と言われましたよ(苦笑)。
もともとカプコンはガチのアクションゲームを得意としてきましたし,社員も皆,アクションが好きですから,それ以外のジャンルの企画は理解されにくいところがあるかもしれません。
その一方で,私はいろんなゲームを出していったほうがいいだろうと考えるんです。車でいえば,F1マシンだけでなく,マーチやデミオみたいなモデルもあったほうが,ショールームとしては楽しいですよね。F1マシンの技術を使ったデミオがあったら面白いと思いますし。
話をゲームに戻しますが,私は面白くて売れるなら,小粒なものでも良いんじゃないかと考えるんです。大作主義みたいなものが当たり前になってしまうと,ゲーム業界そのものが危うくなっていくんじゃないでしょうか。
4Gamer:
そうすると,「謎惑館」の企画・開発の過程は決してスムーズではなかったわけですね。
中井氏:
ええ。「よく分からない」と言われたので,ものすごく説明しました。その結果,「中井が作るのならいいだろう」と試作版の制作期間と予算をもらえたんです。そこで必死になって試作版を作ってみたところ,予想通り面白いものができ上がりました。
面白いし,予算も昨今のトレンドから見ると少なめだし,さらにカプコンとしても新しいものにチャレンジしていかなければならない,といったさまざまな判断が働いた結果,無事に本制作の承認を受けられました。
そこは,私のこれまでの実績を信用してチャンスを与えてもらった部分も大きいですから,非常に感謝しています。なかなか,こういった“謎”の多いタイトルは作らせてもらえませんよ(笑)。
4Gamer:
実際にプレイして初めて分かる部分が多いゲームですよね。公開されている情報だけではどんな内容なのか掴めない人も多いはずです。
ええ。非常にプロモーションのやりにくい内容です。動画を見ても,自分が発話するとどんなリアクションがあるかまでは分からないんですよね。
繰り返しになりますが,聞いて,しゃべって,動かして,はじめて「謎惑館」なんです。どれか一つが欠けても面白くない。
だから,開発中も音声入力の部分ができ上がるまでは面白くなかったんです。音を聞いてタッチするだけだったんで,ずっと「物足りない」「はよ,音声入力できるようにならへんかな」と思っていたんですが,音声入力を組み込んだ途端,完成形になって面白くなりましたね。本当に,しゃべると全然違うんです。
プロモーション動画でも,マイクに向かってしゃべる様子を紹介していますが,やはり体感できないと面白さやゲームの良さは伝わりません。非常にプロモーションが難しいタイトルですね。
4Gamer:
今のプロモーションだと,魅力は半分どころか3分の1も伝わっていないかもしれない,と。
中井氏:
そうですね。一番良いのは実際に触れていただくこと,二番目は口コミでしょうか。面白いという人が多ければ,やってみようと思う人も増えるでしょうから。
4Gamer:
プレイしてみるまでは,こんなにしゃべらないといけないゲームだとは思ってもみませんでした。住人と実際にしゃべることでゲームが進んでいくというのは,新鮮で面白い体験でした。ただ,他人がいるところでは遊びたくないですけど(笑)。
中井氏:
部屋に鍵をかけて,布団をかぶってやってもらうのが一番良いかもしれません。3DSに向かってしゃべっているところを家族に聞かれたら,「コイツ大丈夫か?」と思われるでしょうし(笑)。
4Gamer:
住人としゃべるシーンの中でも,スイカ割りのシーンが印象に残りました。「右」「左」の方向指示に加えて,「『可愛い』っていってもいいよ」と言ってくるんですよね。それで実際に「可愛い」っていってみると,きちんとリアクションがあって。
中井氏:
ええ。あの女の子は,プレイヤーの指示を聞いているようで,あまり聞いていないんですよね(笑)。そこもリアルのスイカ割りの面白さとして表現してみました。
また,音声入力のゲームとして,100%のリアクションを用意することはできませんから,「『謎惑館』の住人は,どこかトボけたところがある」という設定にしています。話した意図と違うリアクションが返ってきても,「まあ変な人達やから,しゃあないかねえ」みたいに受け止めてもらえるんじゃないか,と。
4Gamer:
なるほど,どうやっても完璧にならない部分を,逆手に取っているところもあるわけですね。
セリフとボイス,そして上杉忠弘氏のイラストで館の住人を生き生きと描く
4Gamer:
「謎惑館」は,全体のプレイボリュームはどのくらいになるのでしょう?
普通にやれば,7時間くらいです。やり込むと10時間くらいでしょうか。
私の理想では,1日に1章ずつ遊んでいただいて,1週間くらいで一通り終わるというボリュームです。がっつりやるというよりは,お気に入りの小説を毎日少しずつ読んでいくイメージですね。
4Gamer:
「オートセーブだから,途中で止めてもいい」みたいなセリフもありましたね。そういったセリフ回しだからか,リアリティがあるというか,奇妙な感覚を覚えました。
中井氏:
ゲームの中の世界でありながら,そこからたまに現実世界へ飛び出してきたりするなど,カオスで面白いつくりを意識しています。
4Gamer:
開発期間が短いからこそでしょうけど,タイムリーなネタも入っていますよね。そんなネタを使って大丈夫か? と心配になるくらい(笑)。
中井氏:
そこはもちろん全部調べて,クリアなものだけを使っています。最近は,ウッカリ使うといろいろなところで引っかかりかねないですから。
4Gamer:
メニュー画面以外でテキストが出てこないところにもこだわりを感じました。
中井氏:
フルボイスの話すゲームでも,テキストが表示されると,そっちを先に読んでしまうんですよね。そうなると,どうしてもボイスを途中でスキップしたくなります。
しかし今回は,3DSの中にいる住人と対話ができるゲームにしたかったんです。デジタルのデータではあるんだけれども,この人達はゲームの中で暮らしている……,生きている,というところまで錯覚させたい。そういう意図から,テキストは極力表示しないようにしています。
4Gamer:
今回,50名以上の声優陣を起用していますが,いわゆる低予算タイトルでは珍しいケースですよね。
まず,音がメインとなるゲームだからという理由があります。また,住人一人一人にきちんとした声を付けたいという考えもありました。そこで知名度や人気に捉われず,きちんとした演技ができる方,あとは私がお願いしたい方を中心にリストアップしていったら,最終的にこの数になったんです。
低予算でありながら,ここまで多くの声優さんを集められたのは,新妻プロデューサーの手腕が大きいですね。決定したリストを見たときに,「この人も,この人も,この人も入ってるやん!」と,すごく感謝しました。
4Gamer:
新妻さんがプロデューサーになったのは,本制作が決まってからですか?
中井氏:
そうです。シナリオの北島さんを紹介してくれたのも,ビジュアルアートの上杉忠弘さんとお会いする機会を作ってくれたのも新妻プロデューサーです。
4Gamer:
ビジュアルアートに上杉さんを選んだのは,やはりイラストのテイストが「謎惑館」に合っていたからですか?
ええ。上杉さんなら,ミステリアスで怪しい感じなんですが,どことなく愛嬌があって,不思議な「謎惑館」のワールドに誘われる感じを表現してもらえるだろう,と。
実際,これは大正解でしたね。ザックリとしたリクエストを行って,あとは上杉さんにデザインを考えていただいたんですが,「あれもすごい,これもすごい」という感じのものを仕上げていただいて,ほとんど一発OKでした。
もう一つの理由は話題性です。上杉さんは映画「コララインとボタンの魔女 3D」で,第37回アニー賞の日本人初の最優秀美術賞を受賞している方ですから。私自身も,その映画が大好きなんですよ。
4Gamer:
「謎惑館」の話をしたとき,上杉さんはどんな反応をしていました?
中井氏:
上杉さん自身,ゲームの仕事は初めてということで,ちょっと戸惑われていました。「僕にできるんでしょうか?」みたいな感じで。そこで,まずはコンセプトアートからお願いすることになったんです。
ところが実際にいただいたデータのクオリティが非常に高くて,これならそのままゲームに使っってしまおうということにしたんですよ。上杉さんのほんわかしたおしゃれなテイストもそうですが,思いつくまま描いたからこその線などが本当によかったんです。
……実はつい先日まで,上杉さんのデータをそのままゲームに使っていることを伝え忘れていたんですよ。上杉さんは,自分の絵がそのまま使われると知っていたら,もっとアニメ調にしたかもしれないとおっしゃっていたので,私としてはウッカリしていてかえって正解だったなあ,と(笑)。
4Gamer:
上杉さんはゲーム中の住人全部のイラストを手がけているんですか?
中井氏:
いえ,スケジュール的に無理でしたので,メインキャラだけをお願いしました。それでも30〜40体は描いていただいています。基本的にはキャラクターをお願いしていたのですが,急に思い立たれるのか,背景込みで描いてくださることもあったんですよ。「背景も描いてみました」「うわっ,これはスゴい! じゃあ,そのままいただきます」みたいなケースも何度かありました。
4Gamer:
お話を聞いていると,上杉さんと「謎惑館」の相性はピッタリだったようですね。
中井氏:
ほかの方にお願いしていたら,私の思い描くイメージと違って,悩んでしまったかもしれません。私は絵描きではないので「じゃあ,どんなのがいいんだ」と言われても,描いて説明できませんから。そういった意味では,謎惑館のビジュアルワールドは,本当に上杉さんの才能ありきでしたね。
4Gamer:
その一方で,「謎惑館」の開発チームデザイナーは,上杉さんのタッチを真似て描くのに相当苦労していたようですが。
中井氏:
いやあ,上杉さんのタッチを完全に真似るのは無理ですので,そのデザイナーも,変に真似るより自分のタッチで描いて,上杉さんの絵と並べても違和感のないものになるよう,途中で制作手法を変えてましたね。また,それを上杉さんに相談したところ,確かにそのほうが良いと快諾してくださいました。
あとタッチは違えど,スタッフが描いたものも上杉さんのチェックを受けているので,あまりバラバラな印象にはならず,一つのテイストでまとまっています。
4Gamer:
そのほか,上杉さんとのお仕事で印象に残ったエピソードはありますか?
中井氏:
面白かったのは,プロモーションムービーでも公開している応援団です。あれは開発チームで描いたキャラなんですが,それを見た上杉さんが「どおくまんみたいですね。これ描きたかったなあ」とおっしゃったんですよ。どおくまんの名前が出てくるのが,面白いなあと思いました(笑)。
とにかく上杉さんは“何でも描きたい”みたいですね。こちらからいろいろ案を持っていくと,「どれも描きたい!」とおっしゃってくださるんですが,やはりスケジュールの都合で……,主要なものだけに留まることになりました。
対話ごとに200ずつ登録されたワード。人気声優の演じる住人がきわどい言葉に反応?
4Gamer:
細かいことなんですが,ゲームで気になる部分について教えてください。
住人と対話するときに,基本的には「ハイ」「イイエ」といった単純な言葉で進められますけど,別の言葉だと違うリアクションが返ってくることはありますか?
中井氏:
実は,プレイヤーがしゃべるであろう言葉を,対話の判定のたびに,200個ずつ登録してあります。どんなリアクションになるかは部屋によって違うのですが,言葉を判定して喜怒哀楽や照れ,ツッコミを返します。
「これは,ほとんどプレイヤー言うだろう」という言葉には,だいたい返しのセリフを用意していますね。どんな言葉に反応するかを探すのも,遊びの一つかと思います。
4Gamer:
「学園編」や「モテモテ編」は,やりがいがありそうですね。
中井氏:
ええ。CEROのレーティングが上がってしまうかもと思ったくらい,結構きわどい言葉も登録しています。
4Gamer:
ホントですか! それなら,いろいろな言葉を試してみないと……。
中井氏:
そうですね,ぜひ(笑)。
4Gamer:
アドベンチャーゲームには付き物の,リプレイ性の低さという悩みも,「謎惑館」では対策済みといえそうですね。
ええ。その一つの回答が,対話のバリエーションにあると考えています。何度もプレイしていただいて,いろんなリアクションを探してもらえるんじゃないでしょうか。
1周目だけですべてのセリフを確認するのはまず無理なので,2周目はまた違った遊び方を試したり。あと1週目をクリアすると自由に部屋を選べるようにもなりますので,「この部屋が面白い」とお友達に薦めていただくこともできます。
4Gamer:
そういう意味では,テキストを極力使っていない点も効果的ですよね。選択肢があるなら,総当りで全部の因果関係をいつかは見られますが,音声だとどんなワードが登録されているか,すべてを知ることはできないかもしれませんし。
中井氏:
私自身,全部は把握できていないですからね(笑)。
登録ワードの内容は,私やほかのスタッフの意見,品質管理部からの要望などで,どんどん洗練されていきました。最終的に何が登録されているのか,各部屋担当の企画マンしか分かりません。
チェックしたら「こんな言葉を入れていたんだ」「この言葉に,こんなピンポイントで反応するかね?(笑)」みたいなものがありそうです。
また「謎惑館」には,登録ワード以外にもいろいろな隠し要素があります。それらを見つけていただくのも面白いと思いますよ。
4Gamer:
普通にプレイしていて,隠し要素の存在に気づきますか?
中井氏:
それは大丈夫です。まず隠し要素の存在に気づくようにしていますし,「隠し要素を出したい」と思ったら,そんなに面倒なことをせずに出せるようにしています。
私自身,「こんなの気づくか! 気づいても難しいムリ」みたいなものは,やりたくないですし,出せなかったら悲しいですしね。なので「こうしたら何か起きるんじゃないか」と想像できる仕掛けにしていますし,メニュー画面のクリ男がいろいろヒントを出してくれるようにもしています。
4Gamer:
中井さん自身,「謎惑館」をプレイした方にどのようなことを感じてほしいですか?
中井氏:
遊んで笑っていただけたら,それが一番ですね。もちろん怖い部屋もありますが,「うわっ,面白!」と思っていただけたら幸せです。「楽しいものの詰め合わせ」というつもりで作っていますから。
スタッフロールにもこだわった仕掛けを入れていますので,隅々まで堪能してください。
4Gamer:
最後に「謎惑館」に期待する人に向けて,メッセージをお願いします。
中井氏:
3DSでしかできない,全く新しいゲームを作りました。昨今のゲームに物足りなさを感じている人,新しい遊びを求めている人,「俺の3DSって実はスゲーんだぜ!」と再発見したい人にはピッタリの内容です。
いろんな話が入っていて夏向けのヒヤッとする要素もありますし,遊び終わってからも「このゲーム,面白いよ」と“接待”できるような内容になっています。
買って損のないように仕上げた自信はありますし,肩肘張らずに遊べるゲームですので,遊んで面白いと思ったら,お友達に広めていただけると嬉しいです。
4Gamer:
ありがとうございました。
事前情報では,立体音響にクローズアップされていた「謎惑館」。このインタビューや別途掲載されたプレイレポートから,立体音響は重要ではあるけれども一要素に過ぎず,実は音声認識を中心に,3DSのさまざまな機能を駆使した意欲作なのだということを,感じ取ってもらえれば幸いだ。
「謎惑館 〜音の間に間に〜」公式サイト
「謎惑館 〜音の間に間に〜」プレイレポート
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