連載
それは儚くも哀しい復讐の物語。「放課後ライトノベル」第136回は『アリストクライシ』で“穴倉の悪魔”を根絶やしにせよ
インターネット上における毎年の風物詩ともなっているのが,4月1日のエイプリルフールネタ。毎年,さまざまなサイトがあの手,この手で閲覧者を楽しませようと努力しており,中には「そんな企画に力入れるぐらいだったら,さっさと新作作れよ……」と言いたくなるところもあるが,それはそれ。
そんな今年のエイプリルフールでも印象が強かったのが,「サイレントヒル:リベレーション3D」の公式サイトによる,静岡県ネタ。ファンのあいだでは昔から使われているネタだったが,まさか公式がド直球でやってくるとは。おまけに静岡県の公式サイトのデザインとそっくりだったし……。
しかし,ホラー映画で3Dか。ゲームもヤバかったけど,こっちも怖いんだろうなあ,ホラーとかマジ駄目だって……というわけで,今回の「放課後ライトノベル」ではホラーなライトノベル『B.A.D.』シリーズの著者,綾里けいしによる新作『アリストクライシ』を紹介しよう。ホラーというよりもファンタジー要素が強いが,グロかったり鬱だったりするのはいつもどおりだ。
『アリストクライシI for Elise』 著者:綾里けいし イラストレーター:るろお 出版社/レーベル:エンターブレイン/ファミ通文庫 価格:651円(税込) ISBN:978-4-04-728797-6 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●「穴蔵の悪魔」と「名前のない化け物」,種を異にする二人の異形
「穴蔵の悪魔」(アリストクライシ)。それは北部地方に語られる伝説だ。
その名前の由来となっているのは,かつて領民を虐殺した領主,アンドレアス・フォン・アリストクライシ。領民たちの反乱によって彼は相応の末路を迎えたが,実は死んでおらず,悪魔の巣穴に潜り込み,地獄の宴を開き続けているというのだ。
まるで馬鹿馬鹿しいお伽話。だが,それは伝説ではなく真実であった。アリストクライシとその一族は反乱から生き延び,悪魔の祝福を受けたことで,人よりも長い寿命と優れた身体能力,「領地」と呼ばれる特殊な空間を支配する力を手に入れた。そして人間を憎む彼らは,たびたびその領地に人々を連れ去り,殺していく。
しかし,その例外がエリーゼ・ベローだった。「穴蔵の悪魔」でありながら,家族を同族に殺された彼女は復讐のため,「穴蔵の悪魔」を探す旅をしていた。その旅の途中,彼女はある噂を耳にする。人間を襲い,何度殺されても死なず,生きたまま埋葬された化け物がいる――南部に伝わる童謡から,その男は「名前のない化け物」(グラウエン)と呼ばれていた。
その正体を確かめるため,エリーゼはその墓を暴く。そして棺の中から現れたのは,自らの記憶も感情も失った青年だった。青年が「穴蔵の悪魔」ではないと知って,彼を人間扱いしようとするエリーゼ。だが青年は,自分は人間ではなく化け物であると主張する。
その言葉を耳にしたエリーゼは
「――――私はずっと、貴方を探していたのかもしれませんね」
と青年に向けて手を差し伸べ,彼にグランという名前を与えた。記憶も感情も失い,生きる意味さえ持たない青年はその手を握り返す。
化け物でありながら化け物を狩る少女と,人間と呼ばれながら化け物だと名乗る青年。異端の中でも輪にかけて異端な二人の物語が幕を開けた。
●徹底して描かれた陰鬱な空気を堪能しよう
本作はダーク・ファンタジーを堂々と名乗っているだけあって,作品全編に血と暴力が横溢する陰惨な内容になっている。冒頭から爪が剥がれたり,舌を噛みきったりと,いきなりフルスロットルだ。タイトルにもなっている「穴蔵の悪魔」たちも,人間を調理して喰らったり,人間の四肢を改造し水槽で飼ったりと,まさに悪魔の所業を繰り広げる。
また,彼らはそれぞれが特殊な能力を持ち,その内容は全身のいたるところに口を作り出すというグロテスクな能力から,ぬいぐるみから刃物を発生させる能力まで,実にさまざまだ。当然,同族であるエリーゼにも能力があり,またグランも不死身の身体を活かして彼女を助ける。こうした「穴蔵の悪魔」たちと,エリーゼとグランとの戦闘描写が読みどころの一つ。
だが,不気味な空気を生み出しているのは悪魔ばかりではない。作中で二人が訪れる街では,ある奇妙な現象が起こっている。病人や怪我人,そして悪人が定期的に消えてしまうのだ。病人たちは数日するとは健康な姿になって戻ってくるが,悪人たちは一度消えると戻ってこない。その結果,街の人々は健康で善良な者たちばかりになっているのだが,そうした奇妙な状況を平然と受け入れる住人の姿はどこか薄気味悪い。
また各章の頭に登場するマザーグースを連想させる童謡は,作品の独特の空気を補強するだけでなく,重要な伏線にもなっているなど,細かいところまで作りこまれている。
●二人に与えられた悲痛な運命とわずかな救い
こうした,一見すると重くなりがちな内容を扱っている本作だが,思いのほか読みやすい構成となっている。本作はもともとファミ通文庫のホームページ,FB Onlineで連載されていたもので,物語のあちこちに読者を飽きさせないような“引き”が用意されているのだ。
街で起こる謎の現象の正体,街に潜む「穴蔵の悪魔」の目的,彼らに近づいてくる怪しげな人物。作中では,さまざまな謎が次々と提示される。だがその中でも一番読者の興味を引くのが,エリーゼとグランの過去だろう。
なぜエリーゼの家族は殺されてしまったのか,そしてグランの失われた記憶には何が隠されているのか。やがて明かされる二人の過去は,読者の想像を越えて重く苦しい。しかも作者の筆は一切の容赦もなく,さらなる過酷な運命を彼らに与えていく。そんな中で,唯一の救いとなるのが二人の関係だ。
憎しみの果てに同族を皆殺しにする道を選んだ少女と,周囲から化け物扱いされながらも一切の感情を持たなかった青年。まるで対照的だが,家族も居場所もないという共通点を持つ二人は互いの存在に救いを見出していく。
二人が求めていたもの,大切にしていたものは物語の開始時点ですでに失われてしまっている。これから先,彼らが復讐を果たしたとしても,それらが戻ってくることはない。そうした中で二人の復讐の旅はどのような結末に行き着くのか。辛く苦しいながらも,その終わりを見届けるまで目が離せそうにない作品である。
■穴蔵の悪魔じゃなくても分かる,綾里けいし作品
全体的に暗く重い雰囲気が漂っている『アリストクライシ』だが,著者である綾里けいしの作品は冒頭でも少し触れたように,やっぱりダーク。綾里けいしは第11回えんため大賞で優秀賞を受賞しデビュー。ちなみに以前,本連載で紹介した『空色パンデミック』や『ココロコネクト』も,この時の受賞作。そして,受賞作を改題した『B.A.D. 1 繭墨は今日もチョコレートを食べる』は人気シリーズとなり,コミカライズやドラマCD化を果たし,現在もシリーズ継続中。
『B.A.D. 1 繭墨は今日もチョコレートを食べる』(著者:綾里けいし,イラスト:kona/ファミ通文庫)
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物語の中心となるのは,普通の事件など一切扱わない「繭墨霊能探偵事務所」。そこに持ち込まれる事件は,空から内臓が降り,髑髏が笑い,鱗の生えた腕に足をつかまれるという,異常でグロテスクなものばかり。さらに,事件の陰に隠されているのは現実の人間による邪悪な意志だったりして,ますます救いようがなかったりする。
しかし,若干14歳にして所長を務めるゴスロリ少女・繭墨あざかは人間の不幸が大好きで,そうした事件の調査依頼を嬉々として受ける。その結果,所員の小田桐勤は依頼が持ち込まれるたびにお腹が痛い思いをすることに……。
また,本編では語られなかった事件を語る『B.A.D. チョコレートデイズ』という短篇集もある。こちらには水着回や料理対決など,コメディ要素が強めな話も収録されており,サブタイトルどおり甘い短篇集かと思いきや,やっぱり苦々しい結末が……。だが,この苦々しさこそが著者ならではの味なのだろう。
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