連載
思考を具現化する奇跡の力。「放課後ライトノベル」第127回は『再生のパラダイムシフト』で“想像”を“創造”せよ!
「頭の中で考えたものを,今すぐ,目の前に作り出せればいいのに」。読者諸氏は,そんなふうに考えたことはないだろうか。
筆者はある。というか,今まさに「目の前に完成原稿が現れればいいのに」と思っているところだ。それはともかく,似たようなことを一度でも考えたことのある人は少なくないだろう。
その「だったらいいのに」を形にする技術を大胆にも作品に取り込んだのが,第24回ファンタジア大賞(前期)の大賞と読者賞をダブル受賞した『再生のパラダイムシフト』だ。今回の「放課後ライトノベル」では,このフレッシュな感性があふれる作品の魅力を紹介したい。
……ちなみに「目の前に一瞬で完成原稿を作り出せる技術」,さっさと実用化しませんかね。なんでも作り出せるようになれとは言わないんで。いやほんと。マジで。
『再生のパラダイムシフト リ・ユニオン』 著者:武葉コウ イラストレーター:ntny 出版社/レーベル:富士見書房/富士見ファンタジア文庫 価格:609円(税込) ISBN:978-4-8291-3851-9-C0193 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●滅びをまぬがれた人類は,海の中に新天地を得た
150年前,未曽有の大規模地殻変動によって,人類は滅亡の縁に追い込まれた。生き残った人々は,死の大地と化した地上を捨て,海の中に新たなる住処を求めた。現在,海歴152年。人々は,海中を自在に移動する潜水都市で暮らしている。人類を滅亡から救った奇跡の技術“思考昇華(パラダイムシフト)”によって,“残留体”と呼ばれる異形の怪物たちと戦いながら。
潜水都市「鶺鴒(せきれい)」で暮らす風峰橙矢(かざみねとうや)は,対残留体組織・特立研究機構の武装研究員。“駆動銃(ランゲージ)”と呼ばれる武装を手に,人々の生活を守るため,残留体と戦う日々を送っていた。
そんな彼がある日,街で出会った緋色の髪の少女。記憶を持たず,自分が何者かも分からない彼女を,橙矢は「ほのみ」と名付け,自宅で保護することに。天真爛漫なほのみは,橙矢はもちろん,その家族や友人,同僚ともすぐに打ち解け,あっという間に一同のムードメーカーとなる。
少年と少女たちの,にぎやかな日々を支えながら,鶺鴒は深く静かに潜航する。内に,密かな騒乱の種をはらみながら……。
●夢の力か,悪魔の誘いか。万能の技術――思考昇華
『再生のパラダイムシフト』の物語は,良くも悪くも“思考昇華”という技術によって支えられている。人類を滅亡の縁から救い,今や人々の生活に欠かせないものとなっているこの思考昇華。その実態は,ひと言でいえば「想像を具現化する技術」である。
あらゆる刺激に反応する“涙晶”と呼ばれる物質に,駆動銃を通じて思考を投射すると,思考した物体や現象が目の前に出現する。文字どおり「想像」を「創造」することができるのだ。これを使えば,例えばお腹が空いた子供のために,その場でお菓子を作り出してあげる,なんてことも朝飯前。使いこなせばなんでも実現可能な,夢の技術なのである。
無論,こんな強力なものが誰にでも使えるわけではなく,一定の適性の持ち主でなければならない。しかも,使用する場合にも,不完全なまま想像を創造してしまう“暴発”の危険が常に付きまとっている。暴発すれば,使用者自身も致命的な傷を負いかねない。
そんな「その力,悪魔か,神か」という勢いの思考昇華だが,うまく操れれば頼もしいことこの上ない。残留体との戦闘においては,武器を創造するのはもちろん,氷の雨で攻撃する,光熱の花吹雪で敵を焼き払うなど,駆動銃1つで一騎当千の活躍を見せてくれる。事実上,無限のパターンの攻撃ができる思考昇華をもってしてもなお脅威だというのだから,残留体の恐ろしさや,橙矢たちの激闘ぶりが分かろうというものだろう。
●歪み切った世界で描かれる,まっすぐな物語
思考昇華の核となる涙晶は,2万メートルの海底から海面まで伸びる巨大な塔――「花瞳(アイリス)」からしか採取することができない。そのうちの1つ,「純白の花瞳(エルダーアイリス)」に立ち寄った鶺鴒だが,時を同じくして,街中で動力源として使われていた涙晶が盗まれるという事件が多発。さらに特立研究機構で捕獲していた残留体が脱走し――と,ほのみとのほのぼのした出会いの裏で,事態はきな臭い雰囲気を帯び始める。
かつて“暴発”によって心身に大きな傷を負った橙矢。以来,先輩武装研究員の天之河(あまのがわ)・シュティン・エル・美陽(みよ),駆動銃の整備を担当する親友・八王子(はちおうじ)ノボルら,周囲の人々に支えられて生きてきた彼だが,その心の内には常に,自身の命すら顧みないやけばちな思いがあった。しかし都市の,ほのみの危機に際し,彼は自身の戦う理由を問われる。自分はなんのために駆動銃を手に取るのか――過去の悔恨を乗り越え,橙矢がその問いに答えを出したとき,物語はクライマックスを迎える。
物語自体は王道のボーイミーツガールだが,潜水都市,思考昇華,駆動銃といったガジェットや,頭上に広がる海,海中を貫いてそそり立つ花瞳など,ビジュアル面の壮大さはこの作品独自のもの。むしろ,そうした独自設定の中だからこそ,王道の物語が生きてくるのだと言える。登場人物たちのまっすぐさ,ひたむきさがまぶしい本作が,ライトノベルの新時代を“思考昇華”してくれることを期待したい。
■パラダイムシフトしなくても分かる,第24回ファンタジア大賞受賞作
この第24回から前期・後期と2期に分けての選考となったファンタジア大賞。『再生のパラダイムシフト』が大賞を射止めた前期からは,ほかにも数名の新人作家がデビュー予定となっている。
『勇者リンの伝説 Lv.1 この夏休みの宿題が終わったら、俺も、勇者になるんだ。』(著者:琴平稜,イラスト:karory,背景イラスト:今野隼史/富士見ファンタジア文庫)
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金賞を受賞した『勇者リンの伝説』の舞台は,ドラクエ的なファンタジー世界の冒険者育成学校。勇者課程を志望していたカイ・アンバーは,何の運命のいたずらか,勇者の活躍を伝記にしたためる伝記士の育成課程に割り振られてしまう。カイは振り分けのやり直しを認めてもらうため,勇者課程の幼馴染み,リン・アルクスの夏休みの宿題を手伝うことに。だが,当のリンはスライム1匹殺せない落ちこぼれ。宿題をこなす過程で集まった仲間も,元戦士にして現ニートのジルに,異世界の一般人(例:カリスマ美容師の園田さん)を召喚できるニーナ(ドS)と,頼りになるんだか,ならないんだか分からない。そんなお気楽極楽な連中による,予測不可能なギャグの数々が実に楽しい。その一方で,勇者と魔物との関係性にも疑問を投げかけるなど,シリアスかつ意欲的な一面も。
なお,3月には銀賞を受賞した『ウチの彼女が中二で困ってます。』(著:日の原裕光)の刊行も予定されている。
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