連載
ファンタジー世界で自衛隊とドラゴンが交戦する。「放課後ライトノベル」第124回は『ゲート』の向こうで状況開始!
世界が滅亡することなく迎えた2013年。この「放課後ライトノベル」もどうやら無事,打ち切られることなく連載が続いていくようである。ゲーム情報サイトに掲載という場違い感にもそろそろ慣れ,今後もこの調子で頑張っていきたいところ。とりあえずまた1年,どうぞよろしくお願いいたします。
さて,今年これからに目を向けてみると,どうやら今年も結構ゲームを買うことになりそうな予感。「メタルギア ライジング リベンジェンス」「モンスターハンター4」あたりは間違いなく買うだろうし,体験版で興味を惹かれた「SOUL SACRIFICE」も気になる。そうそう,忘れてはいけないのが「STEINS;GATE 線形拘束のフェノグラム」。「どこまでシュタゲで頑張るんだ……」と思いつつも,なんだかんだで出たら買ってしまうんだろうなあ。ああ,でもまだ「比翼恋理のだーりん」が終わって……(以下略)。
そんな,今年も資金繰りと時間の捻出で苦労しそうな筆者がお送りする「放課後ライトノベル」第124回は,シュタインズ“ゲート”つながりで『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』を取り上げる。近年存在感を増しているWeb発の小説群の中で,45万部のヒットとなっている同作を,文庫化が開始されたこの機会に紹介してみたい。
『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり 1.接触編〈上〉』 著者:柳内たくみ イラストレーター:黒獅子 出版社/レーベル:アルファポリス/アルファポリス文庫 価格:630円(税込) ISBN:978-4-434-17474-2 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●『門』の向こうにあったのは,剣と魔法の新天地
20XX年夏。人で賑わう東京・銀座に,突如として『門(ゲート)』が出現した。
『門』からあふれ出てきたのは,ゴブリンやオークといった,ファンタジー世界の住人たち。彼らは現れるや否やその場に居合わせた人々に次々に襲いかかり,結果,多くの市民が犠牲となった。のちに『銀座事件』の名で呼ばれる,この未曾有の惨劇を終結に導いたのが,日本が誇る自衛隊だった。
自衛隊は異形の襲撃者たちに反撃を行い,これを撃退。その一部を捕獲して捕虜とすることで悲劇のさらなる拡大を防ぐと,日本政府は次いで『門』の向こうへと部隊を派遣する。そこは,中世ファンタジー風の文化を持つ,地球とは異なるもう1つの世界だった。自衛隊は現地の人々が「アルヌスの丘」と呼ぶ,『門』のある地に戦陣を構築。異世界を統べる大国にして,『門』を通じてこちらの世界へと侵攻を謀った帝国の軍と戦端を開く。
一方の帝国は自衛隊を排除し,日本へ再侵攻しようとするが,地球の近代兵器の前に敗退を繰り返し,それをきっかけに国内情勢が不安定になっていく。さらに地球側でも,異世界――通称“特地”の利権をめぐって各国がうごめきだす。
かくして『門』を挟んだ自衛隊VSファンタジー世界の戦いは,さまざまな陣営の思惑を巻き込みながら,両世界の歴史を変える出来事へと拡大していく――。
●自衛隊VS騎士団! 小銃VS魔法! 異文化大戦勃発!
設定的に「ファンタジー版戦国自衛隊」とでも言いたくなるような本作,見どころの1つはもちろん「近代兵器とファンタジーのギャップ」だ。
『門』の向こうの異世界は,ドラゴンが宙を舞い,人々が魔法を操る,ゲームの中で勇者たちが冒険しているような場所。そんな世界で装甲車が大地を駆け,ヘリコプターが空を飛び回り,迫り来るゴブリンの大群を小銃や機関砲で迎え撃つ光景を想像していただきたい。そこにはなんとも言えない,おかしみにも近いギャップが存在している。ドラゴンをパンツァーファウストで撃ち落とすシーンに至っては,ギャップを通り越してシュールですらある。
文化レベルや技術面では地球のほうがはるかに上ということで,緒戦は全体的に自衛隊有利に進む。ゲームではさんざん苦戦したような相手を,日本の自衛隊が退けていく姿には胸がすく。もっとも,のちのち敵も力の差を自覚したうえで策をめぐらせたり,自衛隊側もさまざまな軋轢から行動に制限がかかったりして,戦いは予断を許さない。
兵器だけでなく,特地の人々にとっては自衛隊員がもたらすものすべてが物珍しく,垂涎の的。こうした異文化と接触することで特地が変化していく様が,丁寧に描かれているのも本作の特徴だ。本連載の第113回で紹介した『理想のヒモ生活』も,現代日本と異世界の文化が接触した際のシミュレーション小説としての側面を持っていたが,それをより幅広い分野で,それも異世界の側を中心に描いたのが本作と言えるだろう。
もっとも,帝国の王女がBLにハマり「芸術だ」と言いだしたり,コスプレ衣装が宮廷の淑女方の間で流行してしまったりするくだりには思わず苦笑してしまうが。
●ファンタジー世界とのファーストコンタクトを描ききった充実の1作
『門』の向こうにあった異世界は,人類にとって文字どおりの新天地。レアアースを始めとする貴重な資源が眠っている可能性も大きいとあって,各国は『門』のある日本の脇から利権をかすめ取ろうと画策する。ファンタジー的な異世界を前になんとも夢のない話だが,これが現実の政治情勢を色濃く反映していて,世知辛くも興味を覚えずにはいられない。これに特地の帝国側の思惑が絡み……と,本作は謀略小説としての一面も持っている。
なんだか堅そうな話だ,と思うかもしれないが,決してそんなことはない。自衛隊サイドの中心人物となるのは,陸上自衛隊二等陸尉,第三偵察隊隊長の伊丹耀司(いたみようじ),33歳。いわゆるオタクで,自衛隊員に求められる勤勉さや真面目さとは遠く離れた人物。自衛隊員としては型破りなほどいい加減な彼だが,そのいい加減さゆえに複雑な異世界情勢を打破していく。本作はそんな,王道的なヒーローものでもあるのだ。そしてその活躍ゆえに,期せずして異世界の少女たちから次々に好意を寄せられるという,ちょっとしたハーレムもの的な楽しさもある。
2つの世界にまたがった数々の恋愛模様や,意外な立場のキャラクターの活躍など,サブキャラクターの魅力が伝わるエピソードも豊富に描かれ,群像劇としての側面も。文庫化前で500ページ前後もの本5冊からなる大作だが,それにふさわしいボリュームとバラエティが,この物語には備わっている。どれか1つでも気になるポイントがあった人は,一度手に取ってみてはいかがだろうか。
■自衛官でなくても分かる,柳内たくみ作品
前フリにも書いたように,この『ゲート』はもともとWeb上に掲載されていたものを書籍化した作品。同様の経緯で書籍化される作品は今日では珍しくないが,その中でも本作はとくに大きなヒットとなっており,「書籍化されたWeb小説」の代表的な存在と言えるだろう。ちなみに文庫版は刊行が始まったばかりだが,最初の書籍化シリーズである四六判では全5巻(外伝1巻)で完結しており,またコミカライズも行われている。
『戦国スナイパー1 信長との遭遇篇』(著者:柳内たくみ,イラスト:陸原一樹/講談社BOX)
→Amazon.co.jpで購入する
著者の柳内たくみは元自衛官であり,その経験が作中描写に存分に活かされているであろうことは想像に難くない。『ゲート』だけでなく,講談社BOXから刊行されている『戦国スナイパー』も主人公は自衛官。こちらはあるとき唐突に戦国時代に来てしまった主人公が,偶然織田信長の暗殺を防いだのをきっかけに,時代の変転に巻き込まれていく……というタイムスリップもの。まさに「ひとり戦国自衛隊」だ。
もう1つの著作『氷風のクルッカ 雪の妖精と白い死神』(アルファポリス)もスナイパーの物語。「白い死神」と恐れられたフィンランドの伝説的狙撃手,シモ・ヘイヘが登場するが,物語自体は事実を下敷きにしたフィクションとなっている。
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