連載
吹けよ風,呼べよ嵐! 「放課後ライトノベル」第119回は『幻國戦記CROW』で霊子果学忍法大戦の巻
前代未聞のサイバーパンク・ニンジャ小説『ニンジャスレイヤー』を取り上げた本連載の第112回は予想だにしなかった好評をいただき,週間の記事ランキングでなんと8位に入ってしまった。ゲーム情報サイトなのに,これでいいのか? という疑問を抱く一方で,改めて『ニンジャスレイヤー』という作品,ひいてはニンジャに対する読者諸氏の熱い思いをひしひしと感じた次第である。スゴイ!
そういえば先日,「好きなマンガのジャンルは?」というアンケートに答えた際,項目の中に料理,歴史といったメジャーなものに混ざってなぜか「忍者」があって,ひどく驚愕したものだ。こんなものまで利用して勢力を拡大しようとは,汚いなさすがニンジャ汚い。……あとで「NARUTOがあるからじゃね?」という指摘を受けて納得したのは内緒だ。
とにもかくにも時代はニンジャ(断言)。というわけで今回の「放課後ライトノベル」で紹介するのは,GA文庫の『幻國戦記CROW』。本連載の第36回で取り上げた『アバタールチューナー』などを手掛けたベテラン・五代ゆうと,アニメ化された人気ライトノベル『紅』のイラストを担当した山本ヤマトがタッグを組んだ,ニンジャ・スチームパンク小説だ。
『幻國戦記CROW ―千の矢を射る娘―』 著者:五代ゆう イラストレーター:山本ヤマト 出版社/レーベル:ソフトバンククリエイティブ/GA文庫 価格:662円(税込) ISBN:978-4-7973-7189-5 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●新たなる〈神器〉をめぐり,八州が燃え上がる
〈御禍戸(みかど)〉が崩御した――。
100年前。当時まつりごとの中心だった都市は,一夜にして魂喰(タマハミ)と魍魎(スダマ)の跋扈する地獄と化した。
のちに「凶都」の名で呼ばれることになるその都市から落ち延びた人々は,高濃度霊子集積回路〈神無薙(カムナギ)〉を製造,魂喰と魍魎を凶都の結界内に押し込めることに成功する。現在では,神無薙を持つ「韻州(いんしゅう)」を柱とする美須真留(みすまる)八州が政治の中心地となっている。
御禍戸とは,〈三種の神器〉と共に神無薙の統御を行う役目を担う者のこと。御禍戸なくして神無薙の結界は機能せず,神無薙なくして美須真留八州の平穏は成り立たない。その御禍戸の崩御に伴って覚醒する,新たな御禍戸と神器を手にすることは,神無薙を,ひいては美須真留八州を手にすることへとつながる。
神無薙と御禍戸を守る御統衆(みすまるしゅう)は警戒を強めるが,折しも彼らが抱えていた〈忍〉,逆神忍軍(さかがみにんぐん)が謀反を起こす。その背後には,ほかの七州の影がちらついていた。
そして八州に争いの火種が生まれんとする中,1人の少女がある出会いを果たす――。
●すべては霊子から始まる。見よ,これが霊子果学忍法だ!
忍者の出てくるフィクションは? と聞かれて,山田風太郎の忍法帖シリーズを挙げる人は少なくないだろう。そんな「忍法帖がやりたい」というアイデアから生まれたという本作。見どころの1つは当然,〈忍〉同士の壮絶な忍術バトルである。虚空から虚空へと渡り,時に自らの身体すらも変化させて,ぶつかり合う〈忍〉たち。その迫力と興奮は,本家である山風忍法帖に勝るとも劣らない。
本作で面白いのが,それらの忍法に量子論的なバックボーンが与えられていること。この世のあらゆる存在は〈霊子(りょうし)〉によって構成され,その霊子は何者かが〈観測〉することによってその形をとる。人であれば,自己を人と認識するからこそ人の姿をとるのである。
通常,人は己のうちに観測の軸を持つのだが,霊子果学(りょうしかがく)――謎の人物・果心居士によって拓かれた,霊子を研究する学問――によって生み出された〈忍〉は外部に観測軸を持つ。ゆえに自分で自分を〈逆観測〉することで,その姿を変えることも,人には不可能な現象(忍術)を起こすこともでき,自身が「死んだ」という認識を持たない限り死ぬことさえない。
忍者を主題としたフィクションは数多いが,こうした霊子を軸とする世界観が,本作にそれらとは一線を画す独自の色を加えている。
●芸人2人に,復讐者1人。まつろわぬ者たちの旅はいずこへ
神無薙と御禍戸をめぐる,この空前絶後の量子科学的ニンジャ活劇の語り手は,千弦(ちづる)という名の少女だ。彼女は生まれながらにして呪力を持つ,隠仁(オニ)の一族の1人だったが,ある日突然に故郷を滅ぼされてしまう。
逃亡の果て,九郎(くろう)と心木田之介(こころぎたのすけ)と名乗る芸人の青年たちに拾われた千弦は,自らも芸人に身をやつしつつ,村を滅ぼした黒鴉の面の〈忍〉に復讐を誓う。だが,時を同じくして起きた御禍戸の崩御が,彼女の運命を決定的に変えていく――。
血しぶき舞う戦闘,飛び交う権謀術数,千弦の重い過去など,全体的にハードな展開の本作だが,千弦,九郎,田之介のトリオが揃ったシーンの明るさは,そのハードさを打ち消して余りある。普段はちゃらんぽらんなように見えて,押さえるところはしっかり押さえる九郎たちは,そのギャップもあってかなり格好いい。
だが,そんな九郎や田之介にも秘密があり,千弦の見ていないところではさまざまな策を巡らせている。御統衆に逆神忍軍,七州の太守と,さまざまな組織の思惑が入り乱れる激動の中を,千弦たちは生き延びることができるのか。
独特の世界観からなる重厚な雰囲気がハマれば癖になること間違いなしの本作。ニンジャ好きならずとも注目していきたい,期待の新シリーズだ。
■山本ヤマトがイラストを手がけたライトノベル
主にその回に取り上げた著者の他作品を紹介している本コラム欄だが,たまには趣向を変えてイラストレーターつながりの作品も紹介してみたい。
『ストーム・ブリング・ワールド 1』(著者:冲方丁,イラスト:山本ヤマト/MF文庫ダ・ヴィンチ)
→Amazon.co.jpで購入する
2003年,『満月を喰らうもの 鞍馬天狗草紙 一』(著:成田良美/富士見ファンタジア文庫)でライトノベルの挿絵デビューを果たした山本ヤマトは,今日に至るまで多数のライトノベルの挿絵を手掛けている。代表作は,『鞍馬天狗草紙』とほぼ同時期にシリーズを開始した『9S<ナインエス>』(著:葉山透/電撃文庫)。そしてなんと言ってもアニメ化もされた『紅』(著:片山憲太郎/スーパーダッシュ文庫)だろう。ちなみに同作と世界設定を共有する『電波的な彼女』でも挿絵を担当している。書影として取り上げたのは,今注目の作家・冲方丁による「カルドセプト」のノベライズだ。
『紅』については,のちに自らがコミック版の作画を手掛けている。同作は10巻で完結し,現在は『伝説の勇者の伝説』『いつか天魔の黒ウサギ』の著者である鏡貴也を原作に据えた『終わりのセラフ』をジャンプSQ.にて連載中。このように近年はマンガに活動の軸を移しており,その影響もあってか,前述の『9S<ナインエス>』は現在別のイラストレーターが挿絵を担当している。今回紹介した『幻國戦記CROW』で久々にライトノベルの挿絵を担当したことになり,その意味でも今後のシリーズ展開に注目したいところだ。
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