連載
譲れぬ想いを翼に託して。「放課後ライトノベル」第110回は『雪の翼のフリージア』でもう一度,大空の舞台を目指せ!
いろいろな意味で印象的な卒業式エンドを迎えた「仮面ライダーフォーゼ」に続き,新シリーズ「仮面ライダーウィザード」が始まった。引き続き視聴しつつ世間の評判なども追いかけているわけだが,「あのベルト,黙ると死ぬんじゃないか」とか,3話めにしてハーレム結成か!? とか,早くも話題になっている模様。シャバドゥビタッチヘンシーン! チョーイイネ!
もっとも見どころはそんなネタ的な部分ばかりではなく,たとえばフォームチェンジをしながらの戦闘は
このように今シーズンも変わらず,毎週日曜朝8時にテレビの前で全裸待機している筆者がお届けする「放課後ライトノベル」第110回では,電撃文庫の『雪の翼のフリージア』をご紹介。ライダーの場合はバイクがドラゴンと合体しないと空を飛べないわけだが,本作の登場人物は違います。なんせ,生まれながらに背中に翼が生えているのだから。そんな彼女たちが織りなす人間ドラマに要注目だ。
『雪の翼のフリージア』 著者:松山剛 イラストレーター:ヒラサト 出版社/レーベル:アスキー・メディアワークス/電撃文庫 価格:641円(税込) ISBN:978-4-04-886923-2 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●再び空を翔けるため,少女は人工の翼を望む
背中に翼の生えた人々が生きる世界・ウィンダール帝国では,毎年「天覧飛翔会(グラン・ルーレ)」なる飛翔レースが開催されていた。数万人からなる飛翔士(ルーラー)たちが,最速の座を目指して翼を競い合う一大レースである。
優勝者は褒美として皇帝に謁見して,自身の願いを聞いてもらうことができる。若くして一流の飛翔士となったフリージア・ギガンジュームの願いは,没落した家を再興し,離ればなれになった妹を引き取ることだった。だが,念願の「天覧飛翔会」の舞台に立った彼女を待っていたのは,突然の事故。さらに,その後遺症によって,フリージアの翼は飛ぶ力を永久に失ってしまう。
翼は折れた。それでも,彼女の心は折れなかった。
最後の希望をかけてフリージアが訪ねたのは,義翼屋「アキレス亭」のガレット・マーカス。若くして天才と謳われる腕を持つ彼に,彼女は義翼を作ってほしいと頼み込む。もう一度,大空の舞台に立つために――。
●そこは確かに,翼持つ人々の生きる世界
翼を持った人々が織りなすドラマを描いた本作だが,作中ではことさらに「この世界の人々は,背中に翼が生えている」などとは書かれない。当然だ。作中世界の人々にとっては,背中に翼があるのが当たり前なのだから。このように「翼を持つ人々の住む世界」がごく自然に描写されているのが,本作の魅力の一つである。
たとえば地上を第一層とし,そこから空中に向かって広がっている空中市場(ルー・マルシェ)。作中の描写を追うだけで,青空を背景に,人や雲上馬車(ベーガ・セアラ)が行き交うにぎやかな市の様子が目に浮かぶようだ。六翼鳥(レジール),飛び魚(ルーフィス)といった数々の固有名詞も想像を掻きたてる。その一方で,この世界の負の側面,たとえばかつて飛べなくなった人々は迫害を受けていた――それゆえに義翼の製作技術が発達した――といった歴史の話もさりげなく盛り込まれている。
さらには,「翼を動かすための筋肉『翼胸筋』を鍛えると,女性は乳房が盛り上がる(つまり優れた飛翔士はみんな巨乳)」とか,「飛翔服(ルーラ・オール)は空気抵抗を減らすために布を減らし,体のラインがはっきり出る形状になっており,さらに翼胸筋の動きを妨げないよう胸元が大きく開いている」などという,どう考えても読者サービスとしか思えない設定もある。いやはやけしからん,けしからんぞ!
●少女の翼と同じ速度で翔ける300ページ
紆余曲折を経て,ガレット製の義翼を手にしたフリージア。目指すはもちろん,天覧飛翔会への復帰,そして優勝。だが運命は,1つの挫折を乗り越えた少女に,次々と新たな試練をもたらしてくる。一度折れた翼は果たして,再び空を舞うことができるのだろうか。
物語は,フリージアが苦難に立ち向かっていく姿を縦軸に,ガレットの秘められた過去や,フリージアが翼を失った事件の真相などを絡めながら進んでいく。脇を固めるのは,フリージアのライバル的存在の飛翔士グロリア・ゴールドマリーに,フリージアと同じくガレットに義翼を作ってもらった少年クローバー・テクトラムや,マスコット的存在の四翼馬(ベーガ)のブッフォン。フリージアとガレット,グロリアの淡い三角関係などを交えながら,ストーリーはクライマックスである天覧飛翔会の大舞台へとつながっていく。
正直なところ,構成に大きな驚きはない。話がテンポよく進む半面,描き込みが物足りないと思う向きもあるかもしれない。だがこの作品の場合,それでいい。否,それがいいのではないかと思う。この作品で描かれているのは,飛翔会にまつわる政治劇でも,自由を失った少女の苦しみでもない。1人の少女が文字どおり“墜落”し,そこから再び舞い上がる姿なのだから。
白銀の羽を持つ外見から「雪の翼」と名付けられた義翼と共に,フリージアはもう一度大空を目指す。その姿を描くにはきっと,彼女の飛翔に負けない速さが必要なのだ。
■翼がなくても分かる,松山剛作品
著者の松山剛は1977年生まれ。2006年10月,『閻魔の弁護人』(新風舎文庫)で第8回新風舎文庫大賞・準大賞を受賞し,翌年2月に同作でデビュー。その後,『銀世界と風の少女』(一迅社文庫),『天才ハルカさんの生徒会戦争』(ガンガンノベルズ)などを手掛ける。
『雨の日のアイリス』(著者:松山剛,イラスト:ヒラサト/電撃文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
著者の名を一躍世に知らしめたのが,『雪の翼のフリージア』と同じヒラサトとのコンビで2011年5月に刊行された『雨の日のアイリス』。第17回電撃小説大賞4次選考作を書籍化した本作は,1体のロボットの数奇な人生を描いた物語だ。ロボット研究の第一人者であるウェンディ・フォウ・アンヴレラ博士によって作られた少女型ロボット,アイリス・レイン・アンヴレラは,主人であるウェンディに仕え,また主からも大切にされるという幸福な日々を送っていた。だが,そんな日々はある日唐突に失われる……。否応なく読者を惹きつける序文から,涙なくして読めない結末まで,胸震わせるシーンが随所に詰まった感動作だ。シリーズものが主流のライトノベルの中で,1巻完結だからこその余韻を残した同作は読者の間で大きな反響を呼び,「このライトノベルがすごい!2012」のランキングでは10位にランクインしている。
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