連載
みんなの力で宇宙を目指す。「放課後ライトノベル」第84回は『南極点のピアピア動画』で明るく前向きな未来に思いを馳せてみませんか?
中高生を中心に人気の動画サイトといえばニコニコ動画だが,初めのうちはYouTubeの動画をそのまま転載したことで叱られ,またある時は,アニメや映画などが無制限にアップロードされたおかげで多くの権利者から怒られ,「こりゃ長くなさそうだなぁ」と思ったものだ。しかし,それから5年の月日が流れた現在,いつの間にか公式でアニメが配信されるようになったり,プレミアム会員が150万人を超えていたりと,なんだかんだで市民権を得るようになった。
そうしたニコニコ文化の中で発展したコンテンツは数多いが,それを代表するのが初音ミクだろう。自分が作った曲を機械に歌わせられるボーカロイドは,それだけでも十分に革新的だった。だが,そこにニコニコ動画が加わったことで,感想を気軽にコメントできるようになり,また,曲に対してPVが作られたり,作られた曲を実際に人間が「歌ってみた」りなど,さまざまに発展してきたのだ。
今回の「放課後ライトノベル」で紹介するのは,そんなニコニコ動画と初音ミクを題材にしたSF短編集『南極点のピアピア動画』。作者はSF作家にして,ニコニコ動画でも“尻P”として絶賛活動中の野尻抱介だ。
『南極点のピアピア動画』 著者:野尻抱介 カバーイラスト:KEI 本文イラスト:撫荒武吉 出版社/レーベル:早川書房/ハヤカワ文庫JA 価格:651円(税込) ISBN:978-4-15-031058-5 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●「ピアピア動画」と「小隅レイ」が織りなす未来
『南極点のピアピア動画』は国内最大級の動画サイト「ピアピア動画」と,はやりのボーカロイド「小隅(こずみ)レイ」を物語の中心に据えて,宇宙開発や深海探査から,異星とのファーストコンタクトまでを幅広く描いた短編集である。
表題作でもある「南極点のピアピア動画」は,月に彗星が衝突したことが原因で,自身が携わっていた月探査計画が停滞し,さらに彼女にまで逃げられた大学院生の蓮見省一(はすみしょういち)が主人公。すべてを失い,ボーカロイドに自作の曲を歌わせるぐらいしかすることのない彼だったが,彗星の衝突による影響で発生したジェット気流を利用することで,宇宙への有人飛行が可能であることを発見する。かくして,去って行った彼女に振り向いてもらうため,ピアピア動画を巻き込み,電車男とプロジェクトXを足して2で割ったような計画がスタートする。
2本めの「コンビニエンスなピアピア動画」は,タイトルのとおりコンビニが舞台。コンビニの殺虫器で見つかった真空状態でも死なない蜘蛛が,ピアピア技術部の一人の手に渡ったことによって,思いもよらない展開を見せる。
3本めの「歌う潜水艦とピアピア動画」はボーカロイドの小隅レイに焦点を当てた一作。潜水艦と小隅レイによる発声装置を組み合わせ,鯨の群れとコミュニケーションを取ろうとする物語で,ボーカロイドの技術的な部分だけでなく,その社会的な影響も描いている。一度は頓挫しかけたプロジェクトを,国民的アイドルとなった小隅レイの人気と,ピアピア動画を利用したプロモーション活動で再稼動させようとする流れが面白い。
●ちょっとだけ先の未来へ
そして,本作の末尾を飾るのが「星間文明とピアピア動画」。これまでの三編が,現在の延長線上の,ちょっと先の技術を取り扱っているのに対して,この短編で扱うのは古典的な第三種接近遭遇。ここで描かれる宇宙人とのコミュニケーション方法や,宇宙人の姿がどのようなものかはネタバレになるので控えるが,いかにもこの作品らしい設定になっている。政府からの監視を逃れ,異星人の存在を世間に知らしめる方法も,実にユニーク。また,これまでの短編に出てきたキャラも再登場しており,まさにラストを飾るに相応しい一作だ。
ネット上で流行している固有名詞を並べ立てる小説は近頃では珍しくない。だが,本作がそれらと一線を画しているのは,作者が実際に「ニコニコ動画」に自作の動画をアップしていることもあって,思い入れが段違いという点だろう。例えば,第3話と第4話では,実際にニコニコ動画にアップされている初音ミクの曲の歌詞が引用されており,その歌詞は作品の内容と完全にマッチしている。
また,ハードSFを得意とする作者だけあって,一歩間違えれば荒唐無稽になりそうな設定の数々も,細かい運動量の計算や,生物分析の詳細な描写を加えることで,説得力のあるものになっている。これらの緻密な考証と,日常的に見かける動画サイトやコンビニなどの要素が重なり合うことにより,本作は,明日にでも辿り着けそうな未来を見事に描き出しているのだ。
●面白きことの無き世を面白く
本作を読んで実感するのは,我々が今いる世界は,もう十分にSFであるということ。例えば,「南極点のピアピア動画」で登場する宇宙船の操縦装置にiPhoneが使われていたりするのがその一例だ。我々が普段手にしているPCはもちろん,ゲーム機や携帯電話ですら,アポロ計画によって打ち上げられたロケットのコンピュータスペックを大きく上回るものだし,ごく当たり前に利用しているコンビニにも,さまざまな最先端の技術が駆使されている。
そのような世界では,一日中,研究室に篭って怪しげな研究を続ける博士などは当然存在しない。本作で科学技術を扱うのは,ピアピア技術部の面々だ。彼らは,自分達で撮った動画をアップして喜び,チャットに女性が入ってくれば大はしゃぎする,ごく普通の人々である。彼らを動かすものは地位や名誉でもなければ,人類の発展に対する使命感でもない。本作のある登場人物は言う。
「こんな面白いもの、拡散しなくてどうしますか!」
また,明らかに某ドワンゴの代表取締役をモデルにしたとしか思えない,山上氏はこのようなことを言う。
「ピアピア動画で作品を発表するユーザーのほとんどは、金銭収入のためにそうしているのではない。人と出会い、自らの作品やスキルを見てもらい、承認されたいから来ているのである」
そこにあるのは,善悪や社会的価値すらも乗り越えた,「ただ面白いことがしたい」「みんなと一緒に楽しみたい」という根源的な欲望である。そのような欲望が人間にある限り,「才能の無駄遣い」とも言うべき動画は大量に作られ続けるし,本作のようなSF作品も書かれ続けるのだろう。
ちなみに表題作である「南極点のピアピア動画」に登場する歌は,雑誌掲載時には小説の中だけにしか存在しなかったが,その後,実際に曲をつけた動画が作られているので,本書を読み終えた人はそちらもチェックしてみよう。
■ボーカロイドじゃなくても分かる,野尻抱介作品
本作の作者である“尻P”は,ニコニコ動画で初音ミクの調教をしたり,パンツ(のようなもの)を飛ばす動画を撮ったりしているプロデューサーである。本作に登場する「ピアピア技術部」の元ネタとなった,「ニコニコ技術部」に所属しており,自作の面白ガジェットを使った動画も数多い。
『太陽の簒奪者』(著者:野尻抱介/ハヤカワ文庫JA)
→Amazon.co.jpで購入する
また,ニコニコ動画以外では,小説家・野尻抱介として活動しており,1992年にPBM(プレイバイメールゲーム)「クレギオン」のノベライズ『クレギオン ヴェイスの盲点』(富士見ファンタジア文庫)でデビュー。宇宙飛行士を目指す女子高生を主人公にした『ロケットガール』や,軌道カタパルト建造に邁進する天才女子高生を描いた『ふわふわの泉』など,宇宙を題材にした作品を得意とする。
ライトノベル以外では,早川書房から刊行された『太陽の簒奪者』で,日本SF界のビッグタイトル星雲賞を受賞し,さらに「ベストSF2002」の国内作品で1位に選ばれる快挙を成し遂げている。それ以外の作品でも星雲賞を5回受賞しており,現在の宇宙SFを語るうえで欠かせない存在だ。ただ,唯一惜しまれるのが筆の遅さ。今回紹介した『南極点のピアピア動画』も5年ぶりとなる新刊で,帯には「そもそも野尻さんがちゃんとしたSF作家だったというのは驚きだった」と書かれるほど。
これまで興味がなかったという人は,これを機に過去の作品に手を伸ばしてみるといいだろう。運が良ければ,既刊作品を読み終える頃には新刊が発売されているかもしれない。
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