連載
我は放つ,光の白刃! 「放課後ライトノベル」第62回は『魔術士オーフェンはぐれ旅』で新大陸へはぐれ旅
筆者がライトノベルを読み始めてから15年。この間,ライトノベルはずいぶんと様変わりした。筆者の周りでも「最近ライトノベルを読む量が減った」という声をたびたび聞く。ライトノベルの変化というのは,それだけ速いものなのだ。
『スレイヤーズ』が始まったころには生まれてすらいない,というライトノベル読みも当たり前になってきた昨今,読者の間のジェネレーションギャップは今後ますます大きくなっていくことだろう。そこで「昔はよかった」と,若い人々に疎まれる「年寄り」の轍を踏むのではなく,若い読者と同じ目線で語り合える,そういう読み手でありたいものだ(たまにはいいことを言ってみた)。
ただその一方で,良い作品はいつの時代にも読まれてほしいもの。今回の「放課後ライトノベル」で紹介する『魔術士オーフェンはぐれ旅』も,まさにそんな名作の一つ。1990年代半ばから2000年代初頭にかけて数多くの読者を魅了してきた本作だが,完結から8年が経ったこの秋,後日談という形で本編が再始動。同時にその本編も新装版として復刊されている。刊行サイクルの速いライトノベルにおいては「伝説」といっても過言ではない本作。既読者も未読者も,伝説が再臨した喜びを共に分かちあおうではないか!
『魔術士オーフェンはぐれ旅 キエサルヒマの終端』 著者:秋田禎信 イラストレーター:草河遊也 出版社/レーベル:ティー・オーエンタテインメント/TOブックス 価格:1575円(税込) ISBN:978-4-904376-69-0 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●ライトノベルのいち時代を築いた,名作ファンタジー
とかく刊行サイクルの速いライトノベルの世界にあって,完結から8年が経ってその続きの物語が刊行されるというのは非常に珍しい(続巻が待ち望まれていながら8年経ってなお刊行されない,という作品もあるが……)。本作がその数少ない例外となった経緯は,あとがきや著者のサイトに詳しく書かれているのでここでは改めて触れない。その代わりに,主に今回の一件で初めて『魔術士オーフェンはぐれ旅』という作品を知ったという人に,どんな話なのかを駆け足ではあるが解説してみたい。
タイトルにもあるように,『魔術士オーフェンはぐれ旅』の主人公は全身黒ずくめの魔術士・オーフェン。凄腕の魔術士でありながら,キエサルヒマ大陸の片隅,トトカンタ市にてモグリの金貸しを営んでいた彼だったが,あるとき1匹の怪物と遭遇したことで運命の輪が回り始める。事件をきっかけに知り合った少女・クリーオウや,彼を魔術の師と仰ぐ少年・マジクと共に旅に出たオーフェンは,大陸を渡り歩いていく中で,大陸の命運をも左右する巨大な流れの中に巻き込まれていく。
こうした本編「はぐれ旅」のほかに,ギャグテイストの短編集「無謀編」(毎巻書き下ろしとして,オーフェンの幼少期のエピソード,通称「プレオーフェン」を収録)があり,これがシリーズの2大柱となっていた。
1994年,まだライトノベルのメインを占める潮流がファンタジーだった頃に始まった『オーフェン』は,人気の上昇に伴って『スレイヤーズ』と共に富士見ファンタジア文庫の看板作品となった。多種多様な人気作品が生まれるようになった2000年代以降は相対的に顧みられることは少なくなったが,’90年代後半のライトノベルを語るうえでは欠かせない作品の一つである。
残念ながら現在はすべての巻が版元在庫なしとなっているが,ネット書店や古書店を利用すれば手に入れるのは比較的容易。そして,本作はそれだけの価値のある作品でもある。次段からはその理由を述べてみたい。
●既存のファンタジーのイメージを覆す,オリジナリティに痺れろ!
『魔術士オーフェンはぐれ旅』でまず印象的なのは,設定周りの独創性だ。たとえば「魔術」。本作における魔術は1種類ではなく,人間が使う音声魔術のほかに,沈黙魔術や暗黒魔術,獣化魔術といったさまざまなものが存在する。
人間以外の魔術を使う種族は総称して「ドラゴン種族」と呼ばれているのだが,ドラゴンと言われて我々が想像する姿形をしているものは一つもない。中には,外見だけなら人間とほとんど区別がつかないドラゴン,なんていうものもいる。魔術そのものにしても,防御用の魔術は攻撃用の魔術よりも展開が速いため,魔術士同士の戦いは魔術だけでは決着がつかず,結果的に身体能力や格闘能力が重要になってくるという,タイトルの「魔術士」に真っ向から喧嘩を売るような設定があったりする。
文明の発達具合からして,よくある中世風ファンタジーからはほど遠い。市街にはガス灯が立ち並び,エネルギー源として蒸気機関が実用化されている。信頼性は低いながらも銃が武器として普及し始めており,街を歩く人々の服装もTシャツやジーンズだったりと,現在の我々とそう変わらない。「剣と鎧の騎士,ローブやマントの魔法使い」を期待して読むと肩すかしを食らうのは間違いない。
万事においてこの調子な『オーフェン』の諸設定。その世界観はもはや「剣と魔法のファンタジー」のイメージを大きく離れ,「『オーフェン』の世界」としか言えない域に達している。あまりの独創性ゆえにか,パロディが珍しくないライトノベルの世界でも『オーフェン』のフォロワー的な作品はほとんど見られず,その独自性は今でも一際強い輝きを放っている。ライトノベル史に楔のように打ち込まれた,ライトノベルが生んだ鬼子。それが『魔術士オーフェンはぐれ旅』という作品なのだ。
●希望を胸にオーフェンたちは今,新たな世界へと旅立つ
そうした世界の中で描かれるのは,一見シニカルなようで強い希望に満ちた物語。暗殺者として育てられ,挫折し屈折しながらも,最後の一線は折れることなく運命に抗うオーフェン。周囲の人々もまた,己の目指すもののため,それぞれの葛藤や苦悩と戦いながら前に進んでいく。分かりやすいカタルシスや萌えはないかもしれない。だが,それを補ってあまりある「重み」が,物語の端々から響いてくる。
それは,このたび始まった新シリーズでも変わることがない。本編終盤の事件によって王権反逆罪をかけられ,刺客から命を狙われるようになったオーフェンは,人々を率いてキエサルヒマ大陸の外に出る決意をする。それまで世界のすべてだった大陸を捨て,新天地を目指す――それは明確な目的地のない,それが見つかるかも分からない,真の「はぐれ旅」に出るということだ。
どんな困難が待ち受けているともしれない,未知の旅路を目の前にして,しかしオーフェンの様子に悲壮感は感じられない。それは彼を追うクリーオウや,大陸にとどまることを選んだマジクも例外ではない。苦難を前に足を止めることはあっても,決して絶望することなく,一歩一歩自分の道を切り拓いていく。それが大陸を旅する中でさまざまなものを見聞きし,変わってきた彼らの生き様なのだ。
新シリーズ第1巻「キエサルヒマの終端」では,彼ら以外にも多数の懐かしい名前が登場する。レティシャ,サルア,フォルテ,コルゴン……。既存の読者は,「無謀編」のキャラクターがまさかこういう形で「はぐれ旅」に関わってこようとは予想していなかったのではないだろうか。そして次巻「約束の地で」では一気に時間が20年後へと飛ぶ。
ここに来て舞台も時間の幅も広がり,一人の男の旅路を描いた物語から,一つの時代を描いた物語へと変わりつつある『魔術士オーフェンはぐれ旅』。オーフェンら旧世代の登場人物と新世代の人物たちが出会ったときにどんな物語が紡がれるのか,これからの展開に大いに期待したい。
旅はまだ,終わらない。
■魔術士じゃなくても分かる,秋田禎信作品
『魔術士オーフェンはぐれ旅』の著者・秋田禎信(ちなみに下の名前は「よしのぶ」と読む)は1992年,第3回ファンタジア長編小説大賞(現・ファンタジア大賞)準入選の『ひとつ火の粉の雪の中』でデビュー。受賞時はまだ10代の学生だった。その後,受賞後第1作となる『魔術士オーフェンはぐれ旅』が大ヒット。アニメ化やコミカライズをはじめ多数のメディアミックスも果たし,名実共に富士見ファンタジア文庫を代表する作品となる。
『魔術士オーフェンはぐれ旅 新装版1』(著者:秋田禎信,イラスト:草河遊也/TOブックス)
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ライトノベルとして『エンジェル・ハウリング』などの作品を手がけたのち,ライトノベル外へ活動の場を広げ,『カナスピカ』『機械の仮病』などの作品を発表。舞城王太郎の作品を原作に,複数の作家が覆面で執筆するという企画『魔界探偵 冥王星O』にも参加している。
本文にも書いたとおり,代表作である『魔術士オーフェンはぐれ旅』は長らく版元在庫なしという状態だったが,このたび新シリーズ開始に合わせ,本編20巻を各2巻ずつ合本にした新装版として復刊されている(ただし第1巻の初版には多数の誤植があり,版元で交換を受け付けている状態なので,これから購入する際には注意)。
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