連載
累計3000万PVを記録した人気Web小説が書籍化。「放課後ライトノベル」第56回は『魔法科高校の劣等生』で魔法の世界にご入学おめでとう!
他人に小説を読んでもらうのは難しい。何せ小説というのは,一作読むのに結構時間がかかる。イラストだったら一目で判断できるし,音楽だったら一曲聴いてもらうのにそれほど時間もかからない。しかも,こっちがぼーっとしていても勝手に脳に入り込んでくる映像や音楽などと違って,小説は積極的に読み進める必要がある。
だから,せっかく小説を書いたけど,これまで他人に見せられずに机の中にそっとしまってきた人は多いだろう。しかし時代は変わり,現在ではインターネット環境の発達によって,書いた小説を不特定多数の人々に読んでもらえるようになった。こうして,「せっかく書いたはいいんだけど……」という作品が日の目を見るようになったのだ。
その代表格が「小説家になろう」。投稿されている小説数が10万件を超すという超大手サイトだ。しかし,他人に読んでもらえる場所ができるのは良いことだが,それはあくまで書き手側の事情。読み手側としてはこういうサイトってどうなのか? ぶっちゃけた話,素人が書いた小説よりも,プロが書いた小説のほうが面白いに決まってるのでは?
いやいやいや,そう簡単に決めつけるのは軽率だ。一流のプロが集まり,大量の予算をかけたゲームよりも面白い同人ゲームだってあるんだし,たまたまYouTubeで見た映像が,ハリウッドの大作映画よりも心に残ることだってある。同様にアマチュアが書いた小説が,プロの作品以上に面白いというケースだって,当然あるのだ!
そして今回の「放課後ライトノベル」では,そのようなケースの代表例,ネット上で累計3000万PVを達成し,電撃文庫から出版されることになった怪物作『魔法科高校の劣等生』を紹介しよう。ちなみに「小説家になろう」でまだ公開されていますよ。
『魔法科高校の劣等生(2) 入学編〈下〉』 著者:佐島勤 イラストレーター:石田可奈 出版社/レーベル:アスキー・メディアワークス/電撃文庫 価格:578円(税込) ISBN:978-4-04-870598-1 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●司波兄妹,ご入学バンザーイ!
本作の時代背景は,「魔法」が技術として運用されるようになった21世紀末。魔法といっても,ほうきに乗って空を飛んだり,バハムートを召喚したりするわけではなく,どちらかといえば超能力の発展系に近い。魔法を使いこなす者は魔法技能師と呼ばれ,その力は核兵器を凌ぐほど。当然,世界各国は彼らの育成に競って取り組み始め,日本にも国立魔法大学付属高校――通称「魔法科高校」が作られる。
その魔法科高校に入学するのが,本作の主人公である司波達也(しばたつや)と,彼の妹の司波深雪(しばみゆき)。ちなみに兄妹とはいっても誕生日は達也が4月,深雪が翌年の3月で学年は一緒。見事,難関を突破した二人だったが,ここである一つの問題が生じる。
その原因は,魔法科高校内に存在する明確な格差にあった。魔法科高校では優れた魔法力を持つ一科生徒が「ブルーム(花冠)」と呼ばれるのに対し,二科生徒は実質的に一科生徒の補欠でしかなく,学内では「ウィード(雑草)」と揶揄されているのだ。
そしてトップの成績で合格した深雪が一科に入学したのに対し,兄である達也は二科に割り振られてしまう。重度のブラコンの深雪はこの扱いに納得できないが,達也は達観した様子で,とくに気にすることはなかった。
しかし,入学直後にトラブルに遭遇した達也は,生徒会長・七草真由美(さえぐさまゆみ)に目を付けられ,生徒を取り締まる役職の風紀委員に任命されてしまう。
そのような立場にウィードの達也が就くことに納得いかない人間も当然いるわけで,達也は一科生徒と二科生徒の対立に巻き込まれてしまう。さらに,この対立を利用しようとする謎の組織が学内に潜り込んでおり……。
●とことんまで作り込まれた設定に萌えるべし
本作でまず注目してもらいたいのは,オンライン小説ならではの情報密度だろう。本作の核となる魔法は,「ティロ・フィナーレ」と叫んで巨大な銃が出てくるような,ただの不思議パワーではない。魔法を単なる超常的な力で終わらせずに,サイオン(想子)やプシオン(霊子)といった独自の用語を使い,論理的に説明していく。
そして,魔法を発動させるアイテムもかなり独特。杖や魔導書といったオカルティックなものではなく,CADと呼ばれる電子機器が使用される。電子機器なので,説明の際には「プログラミング」「チューニング」「演算能力」といった,普通の魔法モノには出てこないような単語が飛び交い,どちらかといえばファンタジーよりもSFに近い雰囲気を持っている。
また,社会制度も現代とは大きく異なっており,魔法の力を持っている者が優遇されることから,「十師族」という,警察ですら手が出せないアンタッチャブルな魔法師の一族がいる一方で,「魔法による社会的差別の撤廃」を謳ったテロリストの団体も現れる。設定が練り込まれているのは魔法だけではない。電車やキッチンといった日常風景に登場するさまざまな物が現在より進歩した形で描かれており,物語が未来であることを感じさせてくれる。
物語を彩る登場人物も大変多く,2巻の時点で,達也のクラスメイトである西条(さいじょう)レオンハルトや千葉(ちば)エリカ,達也に体術を教える古式魔法「忍術」の使い手・九重八雲(ここのえやくも),さらには生徒会や風紀委員会のメンバーなどが,これでもかと登場。とにかく数が多いうえに,どいつもこいつも個性的な設定を持っているのだ。この膨大な設定は,設定マニアなら間違いなく歓喜できるものだろう。
これだけ書くと,「設定が濃すぎてちょっと……」と思う人もいるかもしれないが,文章も上手なので,意外とすんなり読み進めることができるし,細かい魔法の設定が理解できなくても,達也の実妹である深雪のお兄ちゃん大好きっぷりを見ているだけでもニヤニヤ楽しめるぞ。
●「劣等生」が意味する本当の意味とは!?
さて,タイトルになっている「劣等生」。優秀な妹という設定と,劣等生という単語から,「ダメダメで落ちこぼれなお兄ちゃんと,それを一生懸命フォローする妹の話なんだろうなあ」という,某猫型ロボットの兄妹のような関係を想像した,そこのあなた。違うよ,全然違うよ!
確かに主人公の達也は,ある事情により魔法実技はイマイチなのだが,それ以外は完璧なのだ。成績優秀,運動神経バツグンで体術も学んでいるので,実戦ではほぼ無敵。しかもルックスもイケメンで女の子にもモテモテで,可愛い妹がいて,さらには世間一般で認知されている魔法とは異なる,別の才能を持っている。何,この完璧超人! ネプチューンマンもびっくりだよ!
だが,この過剰さこそが本作には必要なのだ。現在ネット上に公開されている作品では,2巻以降の続きを読むことができる。そこでは敵の能力も話の規模もどんどんエスカレートしていく。そして読み進めていくうち,読者は「これぐらい優秀な奴じゃないと,この物語が成立しないんだ」と気づかされることになる
そう,上下刊で刊行されたこの「入学編」は,あくまで物語の導入編に過ぎない。これからさらに,想像もつかないスケールの物語が読者を待ち受けているのだ。ちなみに,表紙に小さな文字で書かれている英語のタイトルは「The irregular at magic high school」。劣等生ではなくイレギュラー。これは本作の本質を表している。主人公の達也は,高校内では浮いてしまうが,それは彼の存在があまりにも規格外なためであり,決して劣っているからというわけではないのだ。
そして,一般の小説界においてイレギュラーなのは,本作も一緒である。『魔法科高校の劣等生』は,設定からキャラクター数,物語の分量まで,あらゆる意味で過剰で贅沢な作品である。ページ数などに制限のある新人賞に送ろうとすれば,書こうとする物語の一割も書けずに規定枚数をはみ出すだろうし,無理矢理押し込んだとしても,「設定の説明ばかりで話が進まない」「物語に絡まない登場人物が多すぎる」という批判を受けることになるだろう。
つまり,これだけのスケールと密度を持った本作は,オンライン小説でしか書けなかった作品なのだ。そして,本書が電撃文庫から出版され,より多くの人の目に触れる機会を得たことは,誰にとっても喜ばしいことである。普段,オンライン小説を読まないという人は,ぜひ本書を手に取ってみてほしい。そこでは普通の新人賞の作品では味わえない,溢れ出る熱量を感じられるはずだ。
■書籍化された,Web小説の人気作品
元はWebに掲載されていた人気作品が実際に出版されるというケースは,ライトノベルでも増えてきている。まず紹介するのは,今回紹介した『魔法科高校の劣等生』と同じ電撃文庫の作品である,川原礫の『ソードアート・オンライン』。
『ログ・ホライズン1 異世界のはじまり』(著者:橙乃ままれ,イラスト:ハラカズヒロ/エンターブレイン)
→Amazon.co.jpで購入する
完全なヴァーチャルリアリティ世界を実現したオンラインゲーム「ソードアート・オンライン」のプレイヤーたちは,ゲームの世界に閉じ込められてしまう。クリアしなければ脱出不可能で,ゲームオーバーは現実の死を意味する。この絶望的な状況で,主人公・キリトは女戦士・アスナと手を組み,ゲームの攻略を目指す。シリーズごとに登場する個性豊かなゲームと,読者から「キリトさんパネェっす!」とも言われる主人公のチート性能が人気の秘密。
次に紹介するのは『魔法科高校の劣等生』と同じく,「小説家になろう」に掲載されており,エンターブレインから刊行中の『ログ・ホライズン』。作者は,『まおゆう魔王勇者』でも話題になった橙乃ままれ。
人気オンラインゲーム「エルダーテイル」のプレイヤーたちは,突然,ゲームの世界に閉じ込められてしまう。その中の一人である主人公・シロエは仲間たちと一緒にゲームの中の世界を冒険する……と,序盤は『ソードアート・オンライン』と似ているのだが,本作が向こうと大きく違うのは,「死」という概念がないこと。ゲーム内で死んでも勝手に甦ってしまい,ゲームのクリア条件も明かされない。その結果,やさぐれたプレイヤーたちは,アイテムを奪い合ったりPK活動に勤しんだりする。そのような無法地帯で,シロエたちは法と秩序を取り戻そうとする。これは冒険ファンタジーだけでなく建国シミュレーションでもあるのだ。モンスターとの戦闘ではなく,ほかのプレイヤーとの交渉や協調がメインとなるあたりは『まおゆう』の作者らしい。
そして,やや変わり種なのが,加地尚武による『福音の少年 〜Good News Boy〜』(徳間デュアル文庫)。現代社会に魔法や錬金術が持ち込まれた世界が舞台なのだが,本作の何が異色かというと,実はこの作品,もともとは「新世紀エヴァンゲリオン」の二次創作なのだ。出版に当たって,新たにオリジナル作品として書き直されているのだが,主人公がヘタレだったり,ヒロインの一人が,父親が作ったホムンクルスだったり,ヒロインの一人がドイツからやってきたハーフの女の子だったりと原作の面影はかなり残っている。ちなみに二次創作時代の作品は「こちら」で読めます。
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