連載
舞台は1983年の東ドイツ。「放課後ライトノベル」第45回は,“オルタの18年前”を描いたマブラヴスピンオフ作品『シュヴァルツェスマーケン』を紹介
数ある言語の中でも,ドイツ語ほど中二心を激しく揺さぶられる言語もほかにあるまい。どうということのない単語でも,ドイツ語になると一気に「やだ……かっこいい……」な響きに早変わり。ゲヴェルクシャフト(労働組合)! ブライシュティフト(鉛筆)! シュヴァインシュタイガー(豚小屋)!
そんなドイツ語の魅力に魅せられ大学で履修したはいいものの,講義についていけず,卒業時にはIch liebe dich.(=I love you.)しか覚えてなかったのも今となってはいい思い出である。
かっこいい響きのドイツ語単語を挙げていけばきりがないが,その中でも今回紹介する作品のタイトル「シュヴァルツェスマーケン」はかなりいいセン行っているのではなかろうか。しかもこの単語,響きだけでなく意味もかっこいいのだ。その意味とは「黒の宣告」。まるで作中で登場人物たちが置かれる厳しい状況を象徴しているかのようである。そう,あの日ドイツ語の試験に遅刻した筆者に教官が浴びせてきた冷たい視線のように……!
そんなわけで今回の「放課後ライトノベル」は,『シュヴァルツェスマーケン』の第1巻をご紹介。この作品,2011年秋にXbox 360に移植予定のゲーム「マブラヴ」「マブラヴ オルタネイティヴ」のスピンオフなのだが,本作単体でも十分楽しめるので,ぜひ多くの人に手に取ってみてほしい。身を切るような過酷な戦場の物語があなたを待っている。
『シュヴァルツェスマーケン 1 神亡き屍戚(しせき)の大地に』 原作:吉宗鋼紀(アージュ) 著者:内田弘樹 イラストレーター:CARNELIAN 出版社/レーベル:エンターブレイン/ファミ通文庫 価格:735円(税込) ISBN:978-4-04-727306-1 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●雪けぶり戦火燃える大地で,2人は出会う
舞台となるのは,1983年の東ドイツ。第二次世界大戦ごろまで現実とほぼ同じ歴史を歩んできた作中世界だが,一点だけ,現実と大きく異なる点がある。それは,BETA――地球外から来た謎の生命体によって,人類が存亡の危機に立たされているという点。物語開始時点から,圧倒的物量を誇るBETAの前に人類は後退を余儀なくされ,すでにユーラシア大陸の大半を支配されている。
ヨーロッパの最前線である東ドイツでは,ポーランドとの国境沿いに絶対防衛線を敷き,日々多くの損害を出しながら,兵士たちが決死の思いでそれ以上のBETAの侵攻を食い止めていた。そんな死の気配が濃厚な戦場の真っ只中で,物語は幕を開ける。
主人公のテオドール・エーベルバッハは,東ドイツ軍第666戦術機中隊所属の中尉。戦術機と呼ばれるロボットを駆り,BETAと最前線で渡り合う「衛士」の一人だ。「シュヴァルツェスマーケン」の異名を持つ第666中隊は,その実力で東ドイツ最強と名高い一方,常に過酷な戦場に送られ続け,任務のためとあらば時に容赦なく友軍を見捨てることから,ほかの部隊からは「死神」と呼ばれ忌み嫌われていた。
その一員であるテオドールは,衛士としての実力は確かであるものの,過去のある出来事から他人に対する不信感を抱えており,同じ中隊の仲間すらも信用していなかった。
日に日に疲弊する戦線を醒めた目で見つめながら,仲間を見捨ててでも生き残ろうと頑なな決意を崩さないテオドール。そんな彼が,あるとき戦場で一人の少女――カティア・ヴァルトハイムを助けたことをきっかけに変わっていく……。
●死は特別な出来事ではない。それは,戦場の物語
大元が美少女ゲームということもあってか,第666中隊のメンバーには女性が多い(8人中6人が女性)。そんな環境にハーレムものを期待して読み始める人もいるかもしれないが,その期待は10ページもしないうちに裏切られることになる。
万を超える数で攻め立ててくるBETAとの戦いには,そんな甘っちょろい期待が入り込む余地など微塵もない。あらゆる作戦が常に死と隣り合わせで,生きて帰れるだけでも奇跡。ついさっきまで戦っていた人間がむごたらしく殺されていき,目を背けたくなるシーンも一度ではない。そう,そこはまぎれもない「戦場」なのだ。その凄まじさは,ここで筆者がどれだけ言葉を尽くそうと伝えきれるものではない。
絶望に塗りつぶされた,戦いの最前線――そんなところに常に身を置いて,平常な精神を保つほうが難しい。実際,東ドイツ最強とされる第666中隊の面々も,内実は決して「強い絆で結ばれたチーム」というわけではない。個々の実力は高いものの,精神的に不安定なメンバーが少なくなく,主人公テオドールもその一人といえる。
唯一の例外といえるのが,テオドールに命を救われ,新たに第666中隊に加わるカティア。持ち前の天真爛漫さで初対面の中隊員たちにも物怖じすることなく接していく彼女だが,戦場においてその明るさはむしろ異端。幾度となく彼女が先輩隊員に叱責され,嫌悪される様は,戦争のままならなさを象徴しているようでどうにもやりきれない。それでも諦めることなく前向きに頑張っていこうとするカティアの姿が,この物語唯一の希望といえるかもしれない。
●人類すべての敵を前に,人は手を取り合えるのか
もっともBETAとの激戦や戦場の描写は,この物語を構成する要素の半分でしかない。もう半分を占めるのが,人類の存亡を賭けた戦いという難局に置かれてなお,一致団結できない人の醜さだ。
舞台となる東ドイツでは,国家保安局(シュタージ)なる秘密警察が権力を強めており,国民の間に幅広い監視網を敷き,徹底した言論統制を行っている。彼らのターゲットは,国家に仇なす可能性のあるものすべて。国内の反乱分子や,政治的に対立する隣国西ドイツからのスパイはもちろん,その監視の目は,国民を守るために決死の覚悟で戦っている軍にまで及んでいる。当然,軍との関係はよくない。
東ドイツと西ドイツ,軍と国家保安局……人類の総力を結集しなければ,人類そのものが滅びてしまうかもしれないという苦境にあって,それでも人同士の対立の芽はなくならない。「BETAに,東も西も関係ありません。だったら,ふたつのドイツが,一緒に戦ったほうがいいに決まっています」――カティアの叫びは,ただただ空しく響くばかりだ。
過去に国家保安局と関わり,その恐怖を身をもって知るテオドールは,戦いの日々の中,カティアが抱えるある秘密を知ってしまう。それは国家保安局に知られたが最後,彼女が処刑されることはもちろん,テオドール自身の命をも危うくする極めて重大なものだった。巻き添えを食って死ぬくらいなら,いっそこの手で――自らの保身と,部隊の一員を手にかける罪悪感との間で葛藤するテオドール。そしてそんな彼の葛藤に関係なく,絶え間なくやってくるBETAの脅威……。
丁寧にディテールを積み重ねながら描かれる第1巻は,テオドールのある決意と,物語が大きく動き出す予兆を感じさせたところで幕を閉じる。刻一刻とドイツ崩壊の足音が迫る中,果たして絶望の中に希望は生まれるのか。今後の展開から目が離せない。
なお,前述のとおり本作は単体でも楽しめる内容になっているが,原作はまた違ったテイストの名作。下記のコラムで原作について簡単に解説しているので,興味を持った人はぜひそちらにも手を伸ばしてみてほしい。
■ますます広がりを見せる,マブラヴの世界
「マブラヴ」は2003年にアージュから発売されたPC用ノベルゲーム。初プレイ時は王道的な学園恋愛アドベンチャー(エクストラ編)として話が進むが,ある条件をクリアすると,キャラクターなどはほぼそのままに,BETAに人類の生存が脅かされている世界で物語が展開する“アンリミテッド編”がプレイできるようになる。
『マブラヴ オルタネイティヴ トータル・イクリプス 1 朧月の衛士』(著者:吉宗鋼紀,イラスト:唯々月たすく/ファミ通文庫)
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「マブラヴ オルタネイティヴ」は2006年に発売された「マブラヴ」の続編で,アンリミテッド編と同じく人類とBETAが戦う世界が舞台。前作で謎だった部分の真相が明かされるなど,完結編と呼ぶにふさわしい内容となっている。どちらもオリジナル版は18歳未満購入禁止だが,のちに全年齢版が発売され,今秋には初となるXbox 360への移植が予定されている。内容についてより詳しく知りたい人は「こちら」の記事も参考にしてみてほしい。
美少女ゲームとしては極めて異色と言える内容だが,それゆえにか現在でも根強い人気を誇り,派生作品も多い。中でも戦術機を始めとする作中のメカニックに焦点を当てた「マブラヴ オルタネイティヴ トータル・イクリプス」は現在まで続く人気企画となっている。こうした中からさまざまなサイドストーリーが生まれており,今回の『シュヴァルツェスマーケン』もその一つ。なお,「マブラヴ」「マブラヴ オルタネイティヴ」のノベライズがスーパーダッシュ文庫から,「トータル・イクリプス」の小説版がファミ通文庫から刊行されているので,「原作も見てみたいけど,ゲームはちょっと……」という人はそちらをどうぞ。
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