連載
「放課後ライトノベル」第26回は『サクラダリセット4 GOODBYE is not EASY WORD to SAY』で新年早々リセットだ,春埼
遠い未来に思えた21世紀もあっという間に10分の1が過ぎてしまい,ちょっとびっくりな今日この頃だが,さて今年がある特別な年であることを皆さんは知っているだろうか? そう! 2011年は,みんな大好き荒木飛呂彦先生のデビュー30周年なのだ!!
荒木飛呂彦の代表作といえば,やはり何といっても『ジョジョの奇妙な冒険』。ジョースターの血統を引く者たちの,歴史を超えた戦いを描いた本作は,1987年の連載開始から現在に至るまで衰えることなく高い人気を誇っており,昨年は『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズが累計100巻を突破。ウルトラジャンプで連載中の『スティール・ボール・ラン』でも物語はクライマックスに突入し,さらに“あの男”が登場!!
そんな勢いに乗った状況で迎えるデビュー30周年の今年,荒木飛呂彦が読者に一体何を見せてくれるのか? 注目の1年になることは間違いない。
そんなわけで男子3人集まれば,「1番欲しいスタンドは何か?」「結局ジョジョってあだ名も,スタンドのことを幽波紋って呼ぶのも定着しなかったよね」「初登場時のアナスイはどう見ても女の子だったけど,それを言うならエルメェス兄貴だって最初は比較的女らしかったよね(編注:エルメェスは女性です)」などなどジョジョの話に花が咲くこと間違いなしだが,中でもとくに話題になりやすいのが,「ジョジョで1番好きなのは第何部?」という話だ。
ジョナサン・ジョースターと宿敵DIOの出会いを描き,のちに続く宿命の争いの始まりとなった記念すべき第1部。人類を遥かに超えた力を持つ“柱の男”に,知恵とトリックを駆使して人間,ジョセフ・ジョースターが立ち向かう第2部。スタンドが初登場し,空条丈太郎と仲間たちのユーラシア大陸を股にかけた冒険が描かれた第3部。イタリアを舞台にギャング同士の血で血を洗う壮絶な死闘を描いた第5部……。どの部にもそれぞれの魅力が溢れており,人によって答えはさまざまだろうが,筆者がとくに好きなのは,ごく普通の人々がスタンド能力を持つ第4部だ。
東北の地方都市「杜王町」を舞台に,普通に日々を過ごす人々と,平穏をのぞむ殺人鬼・吉良吉影を始めとする「日常に潜む悪」との戦いを描いた第4部だが,筆者が気に入っているのはスタンドという圧倒的な能力を持ちながらも,「小遣い稼ぎ」や「漫画のアイデア探し」「健康食の提供」といった個人的な形で能力を発揮している彼らの日常風景だ。
どれだけ凄い力を持っていても,戦うばかりが能じゃない。それをどう使うかはその人次第だ。そしてごく普通の人々の欲望や思惑と,創意に溢れた能力が複雑に絡み合うことで,当たり前の日常風景が“奇妙”なものへと変わっていくのがたまらない。
さて,そろそろ「コイツ,いつまでジョジョネタを熱く語っているんだ」と思い始めた人もいるだろうが,大丈夫だ。なぜならば,これはすべてジョジョ第4部とちょっと似ている作品,『サクラダリセット』を紹介するための緻密な前フリだったからだ! というわけで,今回の「放課後ライトノベル」では,シリーズ初の短編集『サクラダリセット4 GOODBYE is not EASY WORD to SAY』を取り上げる。よし,うまくごまかし……じゃなかった,計算どおり!
『サクラダリセット4 GOODBYE is not EASY WORD to SAY』 著者:河野裕 イラストレーター:椎名優 出版社/レーベル:角川書店/角川スニーカー文庫 価格:620円(税込) ISBN:978-4-04-474304-8 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●住人の大半が能力者! 奇妙な都市,咲良田の実態とは?
本作品の舞台となるのは,太平洋に面した日本の片隅にある地方都市“咲良田(さくらだ)”。そこに住む人々の半数は物理法則に反した特別な能力を持っている。
「咲良田に住むすべての猫の動向を把握できる」といった役に立つのかどうか分からないものから,「咲良田に起こる未来を予知する」というものまで,住民の持つ能力はまさに千差万別。
そんな状況では能力に関するいろいろな問題が噴出しそうだが,住民たちは咲良田から出た途端,能力の存在を忘れてしまうため,能力の存在は咲良田の外には隠されている。また管理局と呼ばれる組織が,住人の能力を管理することで,日々多くの問題を処理しているため,大きな問題はなかなか起こらない。かくして咲良田の人々は特別な能力を持ちながらも,ごく普通の生活を営んでいるのだ。
そして本作の主人公である男子高校生,浅井(あさい)ケイもそんな能力者の一人。
彼の持つ能力は「過去の五感,意識を再現し,一度見聞きしたことや考えたことを確実に思い出せる」というもの。極端な話,人より記憶力が良いという能力でしかないのだが,パートナーである春埼美空(はるきみそら)と組むことで,その真価を発揮する。
春埼の持つ能力は「世界を3日分巻き戻せる」という能力。彼女の能力がこの作品のタイトルにもなっている「リセット」の由来だ。
しかし,あまりにも強力な能力のために,肝心の本人の記憶もリセットされてしまい,巻き戻った時間に何が起こったのか春埼自身も覚えてはいない。だが,ケイだけは記憶を保持する能力によって,巻き戻った時間に何が起こったかを覚えていることができるのだ。
単独で使っても大した能力ではないが,二人が組み合わさることで,その能力は咲良田でも屈指のものとなる。高校の奉仕クラブに所属するケイと春埼のもとには,そうした彼らの能力を見込んでさまざまな依頼が持ち込まれる。
1巻では「死んだ猫を生き返らせてほしい」という依頼が,2巻では「失われた能力を元に戻してほしい」という依頼が持ち込まれた。
どちらも一見シンプルな内容の依頼に思われるのだが,咲良田に住むさまざまな能力者たちが絡んで来ることで状況は複雑化し,その複雑な状況を解決するために「リセット」した結果,最初に持ち込まれた依頼とは全然別の思わぬ事件まで巻き起こってしまう。
●読者の意表を突く,張りめぐらされた能力と伏線
『サクラダリセット』の特徴の一つは,何といってもその巧みなロジックの組み立て方にある。各登場人物が持つ様々な能力とその利用方法を見ても,それは明らかだ。
例えば,ケイの親友である中野智樹(なかのともき)が持っているのは「離れた相手に声を届ける」という能力だが,本人曰く「オレのは一方通行だからな。相手の声も聞こえる分,携帯の方が便利だろ」といった具合で,それほど大した能力には思えない。
だが彼の持つ能力は,読者の意表を突く形で,たびたび重要な役割を果たす。智樹の能力に限らず,『サクラダリセット』に登場する能力の利用方法は,読者の想像の一歩上を行ってみせる。
その秘密は,能力の組み合わせにある。
『サクラダリセット』の登場人物の能力は,基本的に単体では大した能力であることは少ない。だが,主人公のケイと春埼の組み合わせがそうであるように,それぞれの能力が組み合わさることで,意外な効果を発揮するのだ。作者はそういった能力の組み合わせを計算し,綿密なロジックを組み立てて,もっとも効果的な形で提示することで,読者に大きな驚きを与える。
また,作者のロジックの組み立て方は能力に関するものだけではない。
例えば,1巻では猫探しをするケイの前に,「幽霊山に出没する吸血鬼」「咲良田中の能力を支配するマクガフィン」「壁に空いた掌の形をした穴」などのさまざまな噂が現れる。一見バラバラなこれらの噂だが,実はすべてが巧妙な伏線となっており,最終的にはこれらの噂が一つにまとまり,事件の全体像を形成することになる。
このように読者にさまざまな情報を与えながら,それらを的確に組み合わせることで,思いも至らない結末へと話を持っていく。これこそが『サクラダリセット』が読者を引きつける最大の武器なのだ。
●短編集では,より存在感を発揮する文章に注目せよ!
それと同時に『サクラダリセット』にはもう一つの魅力がある。それは登場人物たちの心情を鮮やかに映しだす透明感溢れる文章だ。多彩な比喩や,軽妙な会話が散りばめられた文章はこれといった特別なことが起こらなくても,ただ読んでいるだけで十二分に楽しめる。
そして,今回紹介する『サクラダリセット4』はシリーズ初の短編集。長編で見られる複雑な構成は姿を潜めているが,その分『サクラダリセット』独特の空気を持った文章を堪能できる。
本書に収録されている「ビー玉世界とキャンディーレジスト」は,ふとしたきっかけでビー玉の中に入り込んでしまった少女・世良佐和子(せらさわこ)を,高校に入学して奉仕クラブに入った直後のケイと春埼が助け出そうとする話。
「月の砂を採りに行った少年の話」では,1巻にも登場した野ノ尾盛夏(ののおせいか)と小学生の男の子,そして一匹の猫の交流を優しく描いている。
そして「Strapping/Goodbye is not an easy word to say」で語られるのは,2年前に起こった一人の少女の死の直後の出来事だ。ここではケイと春埼がどのようにして現在の関係に至ったのかが判明する。
ほかにも普段は感情を表に出さない春埼の視点から,彼女の日常を描いた「ある日の春埼さん〜お見舞い編〜」「ある日の春埼さん〜友達作り編〜」や,『サクラダ』とはまったく別の短編,別の時間の自分と入れ替わってしまう少女と一人の少年のちょっぴり変わったラブストーリー「ホワイトパズル」も収録されている。
『サクラダリセット』で描かれるのは,あくまで咲良田という地方都市の話だ。世界の命運を賭けて争うような話でもなければ,大量の美少女たちが突然押しかけてくるような話でもなく,そういった意味では最近のライトノベルの中では,派手でインパクトがある作品とは言えないだろう。
だが巧みな伏線を操りながらも,読者の心に響くような文章を綴る,その内容はロジカルにしてリリカル。一見相反するような二つの要素が完全に調和した高い完成度を誇る作品なのだ。そんな『サクラダリセット』を,ぜひ多くの人に手に取って読んでみてもらいたい。
■新年早々,時間を巻き戻したいあなたのための時間SF名作選
主人公たちが時を巻き戻す『サクラダリセット』は時間SFの一種であるとも言えるだろう。そして,古くから時間SFとライトノベルの相性は大変に良い。例えばジュブナイルの古典として何度もリメイクされている筒井康隆の『時をかける少女』(角川書店)は21世紀の今でも輝きを失ってはいない。
『STEINS;GATE─シュタインズゲート─ 円環連鎖のウロボロス(1)』(著者:海羽超史郎,原作:5pb.×ニトロプラス,カバーイラスト:huke/富士見ドラゴンブック)
→Amazon.co.jpで購入する
また,電撃文庫にはオールタイムベスト級の名作,高畑京一郎の『タイム・リープ あしたはきのう』があるほか,谷川流のもう一つのデビュー作『学校を出よう!』の2巻では,過去から来た自分と未来から来た自分,そして現在の自分が同時に対面するという,何とも特別なシチュエーションを扱っている。ほかにもミステリーと時間SFを組み合わせた久住四季の『ミステリクロノ』や,時間を題材にしたSFばかりを集めた古橋秀之の短編集『ある日、爆弾がおちてきて』など,魅力的な時間SFが多数溢れている。
そして,最近発表された作品でもっとも秀逸な時間SFがXbox 360とPC向けに発売されているゲーム「STEINS;GATE」だ。過去にメールを送れるタイムマシンをメインアイデアに,ネットスラングやSFガジェットを散りばめた“想定科学アドベンチャー”と銘打たれた本作。下手すると何を書いてもネタバレになってしまうので,その内容はぜひ自分の目でプレイして確かめてほしい。いきなりゲーム版に手を出すのは不安という人は,今年の春に放映されるTVアニメを待つのもいいが,富士見ドラゴンブックから出ている海羽超史郎によるノベライズ,『STEINS;GATE─シュタインズゲート─ 円環連鎖のウロボロス』がお勧め。ノベライズといってもゲームの内容とは異なるオリジナルのパートも多く含まれており,ゲームをすでにプレイしたという人も楽しめること間違いなしの一品だ。
また,すっかり時間SFにはまってしまい,これだけじゃ物足りないという人は,早川書房から出ている海外の名作時間SFを集めたアンソロジー『ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選』をお勧めです!
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