インタビュー
「ビデオゲームは極上。だから世界中の人達にそう思ってもらえるものを作りたい」――グラスホッパー・マニファクチュアの須田剛一氏に,新作にかける意気込み(とプロレス&格闘技への思い)を聞いた
今春には,「アクアノートの休日」や「太陽のしっぽ」「巨人のドシン」「ディシプリン*帝国の誕生」といった個性的な作品で知られる飯田和敏氏や,元KONAMIのサウンドクリエイターであり,映画「Silent Hill」では制作総指揮も務めた山岡 晃氏を迎え入れるなど,これまでとは少し違った動きを見せ始めている。
また,同社は現在,TANGOの三上真司氏と共に,Electronic Artsからリリース予定の“ホラーアクションゲーム”を開発中である。
そこで今回,須田氏に最近のグラスホッパー・マニファクチュアの動向や,何を思ってElectronic Artsと手を組むことになったのか,そして開発を進めながら,どんなことを感じているのかといった話を聞いてきた。プロレスや格闘技の話をしながら。
組織力の強化と開発力の安定を目指し,
飯田和敏氏と山岡 晃氏を迎え入れた
4Gamer:
4Gamerとして須田さんにきちんとインタビューさせていただくのは,今回が初めてなんですよね。
そこでまずは,グラスホッパー・マニファクチュア(以下,GhM)が設立12年を迎えたタイミングで,飯田和敏さん,山岡 晃さんという著名なクリエイターを迎え入れた理由から教えてください。
須田剛一氏(以下,須田氏):
実はGhM設立から10年という節目のあたりから,この会社をこの先どう進化させていこうかと考え始めたんです。それまでの10年間は,試行錯誤を繰り返しながらも,一本一本の物作りを通じて,GhMというブランドを丁寧に構築してきました。
そのほとんどが,僕の企画であったり,僕のディレクション作品であったことで,“GhM=須田剛一”,海外でいえば“GhM=SUDA51”というイメージになっていると思うんです。
4Gamer:
ええ。確かにそういうイメージは非常に強いですね。
須田氏:
でも,GhMでは僕以外の多くのスタッフが物作りをしている。僕一人ではなく,さまざまなクリエイターがブランドを作っていく会社,メゾンにするべきだと思ったんです。
だから今後は,これまでの固定されたイメージを変えていかなければならないと考えました。
4Gamer:
そのために飯田さんや山岡さんを迎え入れたということですか?
ええ。2人のようなスーパースターを迎えたり,若手で活きのいい人達も集めて,活力のある会社にしていきたいと考えています。
そうすることで,組織として強化していくと同時に,開発力をさらに強くしていきたいという思いがあるんです。
4Gamer:
実は個人的に,飯田さんのGhM参加が少し意外だったんです。飯田さんの作品は,ほかにはない個性を持っているだけに,そういった魅力がGhMのイメージ……つまり先ほどおっしゃっていた“GhM=須田剛一”というイメージとはそぐわないような気がしてしまって。
須田氏:
だからこそですね。彼は“GhM=クリエイターの集団”ということの象徴です。僕がGhMを立ち上げた頃,飯田さんはすでにPlayStationで名作を発表していた,ゲームクリエイターを代表するスーパースターの一人だったんです。学年的には僕の一つ下のほぼ同世代なんですけどね。ビデオゲームの世界で,飯田さんほどさまざまな飛び道具を持っている人って,実はそんなに数多くいないんですよ。
例えば1996年の「太陽のしっぽ」では,走って食べて寝てみたいなサイクルを,きちんとビデオゲームの形に落とし込んでいました。そういうのを見て,「この人は間違いなく天才だ」って思っていたんです。
4Gamer:
強烈なインパクトの作品でしたよね。ほかのゲームに例えて説明することはできないような。
そうなんですよ。どこにもないゲームなのに,しっかりとゲームになっている。その才能にある種の憧れを持っていたんです。
ところが,しばらく飯田さんがゲームを作れない時期があったんですよね。そこから2009年8月にマーベラスエンターテイメントから「ディシプリン*帝国の誕生」をリリースして復活するまでを,何回かお会いしながらも,遠からず近からずという中間距離でずっと見てきたんです。
4Gamer:
ディシプリンも凄かったですよね。人間があまり見たくないものを突きつけられる作品になっているというか。
須田氏:
そうなんですよね。
なのにゲームのロジックはしっかり出来上がっているのが,あの作品の凄いところで。
4Gamer:
ええ,いつの間にか時間を忘れて遊び続けてしまいたくなる魅力があります。
須田氏:
そうやって同世代のゲームデザイナーが,ビデオゲームの世界にもう一度戻ってきたというか,別れられなかったというか……その過程を見ているうちに,僕が飯田さんをプロデュースしたらもっと面白いことができるんじゃないかという思いが沸いてきたんですよ。
4Gamer:
プロデューサーとして,ですか?
ええ。もともと僕自身,プロデューサー志向はそれほどないですし,プロデューサーとしての経験値もあまりないんですけど,不思議と飯田さんを見ているうちにそういう気になってきたんです。
そこで,思い切って飯田さんに声をかけました。
4Gamer:
では,飯田さんをどのようにプロデュースするつもりですか?
須田氏:
実はディシプリンを見たときに,“new飯田和敏”という印象を持ったんですよ。
元々,飯田さんって調整力も含めて,ゲームデザイナーとしての一級品なんです。
その上で,飯田さんには作家性が求められていると思いますから,僕としては,より作家性を放出してもらいながら,職業監督としての力量も引っ張り出していきたいなと。あえて深作イズムを飯田さんに注入するわけです。
4Gamer:
どんなものが生まれてくるのか,まったく予想できませんけど,今から楽しみにしています。
では,山岡さんには,どういった経緯で声をかけたんですか?
須田氏:
2001年春の東京ゲームショウで,「Silent Hill 2」の音楽を聴いたとき,あまりにショックを受けて,いつかこの人と仕事したいと思ったんです。“なんだ,この震えるギターの音色は!!”と,格好良すぎてしばらく動けなかったんですよ。Silent Hill 2チームがうらやましかったですね。
4Gamer:
ずっとその思いを温めていたわけですね。
須田氏:
ええ,いろいろなタイミングが重なって,ついに念願が叶いました。
4Gamer:
山岡さんには,GhMの作品にどういった形で関わってもらうことになるんですか?
須田氏:
山岡 晃の才能に惚れていますから,もちろんすべての作品の音を山岡さんにゆだねるつもりです。
4Gamer:
すべてですか!
これもまた期待が膨らみますねぇ。
北米やヨーロッパで勝負をするために
Electronic Artsと組んだ
現在GhMが開発中であると発表しているものに,Electronic Artsからリリース予定のホラーアクションゲームがありますよね。
一部の憶測では,「クローザー」というタイトルなんじゃないかという話がありますが。
須田氏:
あ,それは違いますね(笑)。
4Gamer:
そうでしたか。
とりあえず現状,その作品についてはホラーアクションゲームであるということしか明かされていませんが,もう少し細かいことを教えていただけませんか?
須田氏:
すみません,まだ言えないんです。
4Gamer:
では内容は置いておくとして,このタイトルが進行中であることが発表されたのは,2008年でしたよね。Electronic Artsとビジネスをすることになったのは,何かきっかけがあったんですか?
須田氏:
これも以前から,北米とダイレクトに仕事したいという思いがあったんです。そして,Creative Artist AgencyというエージェントにElectronic Artsと繋いでもらって,契約に至った……という流れです。
4Gamer:
なぜ,北米のパブリッシャと組もうと?
須田氏:
日本にも大事なパブリッシャさんはいらっしゃいますし,GhMにとってのメインクライアントはもちろん日本なんですが,海外と仕事することで得られるものがあると思うんです。そしてそれは,きっとチャレンジしてみないと分からない。
それに,ビデオゲームの本場は,今は確実に北米市場やヨーロッパ市場になっています。そこで勝負をするために,本場のパブリッシャと組みたいなと,純粋に思いました。
須田さんの作品が,以前から海外で非常に高い評価を得ているというのも関係していますか?
須田氏:
「killer 7」で初めて海外に出てから,おかげさまでさまざまな国で評価していただいています。なので,そういったバックグラウンドが後押ししてくれています。
ただ,killer 7の少し前,2002年に初めてE3に行ったんですけど,その規模の大きさを目の当たりにしたとき,凄く驚きました。日本のプラットフォーマーや強力なパブリッシャも出展していたんですが,その中に自分が作った作品がないのが悔しかったんです。
4Gamer:
あぁ……2002年といったら,E3が最も巨大で元気なときですね。日本のゲームメーカーがこんな晴れの舞台に出ているというのに,なぜ自分の作品が!? という。
須田氏:
ええ。それで,一つのデベロッパを率いる身として,ここで勝負したいなと。ここで活躍できなくて,どこで活躍するんだという思いを持ったんです。
だから少しでも早く,ここで自分達の作品が発表されるような状況を作っていきたいと思って,世界に視野を向け始めました。世界中の人達に喜んでもらえるようなゲームを作りたい,と。
4Gamer:
そういった夢に,ある意味で本腰を入れて取り組もうというのが,現在開発中のホラーアクションゲームなんですね。ますます詳細が気になってきました。
北米ではビデオゲームが
エンターテインメントの上位に来ている
現在のビデオゲーム市場って,規模でいうならば完璧に北米が強い状態ですよね。
一昔前までは,ビデオゲームもある意味で日本のお家芸みたいなイメージがあったと思うんですが,これが変わってしまったのはなぜだと思いますか?
須田氏:
向こうに行って感じるのは,あらゆるエンターテイメントの位置付けの中で,ビデオゲームのポジションが凄く高くなっているということなんです。ひょっとすると今は,映画や音楽を追い抜いているかもしれません。
4Gamer:
えっ,そこまでですか!
須田氏:
それを凄く感じるのは,ジャンルを問わずクリエイティブな活動をしている人達から,「自分はこういう音楽に影響を受けた」とか「こういう映画に影響を受けた」というのと同列に,「こういうゲームに影響を受けた」という声を聞いたときです。
どれが上ということではなく,そういうカルチャー,影響を受ける媒体の中の一つとして,ビデオゲームが確実に存在感を増しています。そういった土台からして,まず北米は違うんじゃないかなとは思います。
4Gamer:
市場規模を数字的にとらえただけの話ではない,と。
須田氏:
ええ。浸透度とでもいえばいいんでしょうか。プライベートの時間の中で何かをチョイスするときに,ビデオゲームが選択肢として重要な地位を占めるようになっているんですよね。
例えば,北米でとてつもない人気を集めている「UFC」(※Ultimate Fighting Championshipの略。Zuffa, LLCがプロモートする総合格闘技の大会。日本ではWOWOWで放送中。2009年に開催された「UFC 100」は全米で160万件ものPPV契約数を記録した)の中継を見ていても,オクタゴンの金網のポールにビデオゲームの宣伝が入っているわけです。
4Gamer:
ああ,必ず入ってますね。
UFCを見ている人達の中には,ゲームの情報を一生懸命追っているわけではない人も多いはずなんですけど,UFCが情報源となって,ビデオゲームのマーケットとダイレクトに繋がっているんですよね。
4Gamer:
実際,THQから発売された「UFC 2009 Undisputed」なんて,北米を中心にワールドワイドの出荷本数が400万本に達したそうですし。あのゲームなんてとくに,UFCを知らない人は買わない作品ですよね。
つまり,UFCがもの凄い人気を集めているのと同時に,ゲームで遊ぶ人が多いという一例だと思います。ほかのゲームにしても,金網のポールを見て,その存在を知るというUFC視聴者も多いでしょうし。
須田氏:
完璧にそういうことなんですよ。
4Gamer:
日本の場合,ちょっと違いますよね。
国民的に人気のあるプロスポーツを題材としたゲームが,記録的なヒットをするようなこともなくなってますし。むしろ,スポーツファンとゲームファンに距離があって,その中間にある程度のスポーツゲームファンがいるような。
そういった状況を,ゲームの文化的な浸透度の差という視点で考えると,なんだかいろいろなものが見えてくるような気がします。
須田氏:
そうなんです。でも,日本でビデオゲームの文化的な浸透度がより増していくのも,時間の問題だとは思います。
ビデオゲームが北米やヨーロッパで市民権を得たのって,何かしらの活動であったり,1本1本の作品がビデオゲームというものの価値を証明してきた結果だと思うんですよ。
それこそ,日本のアニメーションって日本ではもちろん,海外からも評価されていますよね。「機動戦士ガンダム」も当初,アニメというものが市民権を得られていない状態で放送されていたにも関わらず,今では一つの産業にまでなっています。40歳以下の日本人で,ガンダムを嫌いな人間はいないんじゃないかぐらいの。
4Gamer:
世代を超えた共通言語みたいになってますね。
シンプルにそぎ落としていく作業に
新鮮さを感じている
4Gamer:
では,実際にElectronic Artsとの仕事を通じて,刺激を受けたことであったり,日本との違いを感じたりしたことはありますか?
すでに多くの人が語ってきたことではありますが,アメリカという国は,さまざまな人種の人々が集まっていますよね。その中で何かを伝えるときには,人種や文化の壁を越えるような共通言語というか,共通認識みたいなものが確実にあって,それをいかにビデオゲームに組み込んでいくかが重要になります。
情報としてそういったことは知っていたんですが,本質的な部分については,やってみないことには分からないことだったんだな……と痛感しています。
4Gamer:
それは具体的には?
須田氏:
やってみないと分からないと思いますよ!(笑)
というのは冗談にしても,例えば何かを伝えるときの表現を,どんどんシンプルにしていかなければならないんだなというのは,感じています。
4Gamer:
確かに北米で大ヒットを記録している作品って,ビデオゲームに限らず見た目の派手さや演出をそぎ落としてとらえてみると,核になる部分は凄くシンプルなものが多いですよね。
須田氏:
ええ。ハリウッド言語に,「エレベーターピッチ」というものがあるんです。要するに,エレベーターに乗っている間に説明できる内容じゃないと,向こうでは受け入れられないということです。
シナリオに関しても,ハリウッド映画の場合は6種類に分類できて,それ以外のストーリーは受け入れられないと言われています。こういう部分は意識していますよ。
4Gamer:
では,これまではそういったことは考えていなかったんですか?
須田氏:
あえて考えてませんでしたね(笑)。
ゲームデザイナーとしての欲求だけでいえば,常に新しい発想や表現,演出法を考えていきたいんです。
でも,今はそれをシンプルにそぎ落としていく作業をしています。これは僕にとって初めての体験なので,新鮮に感じているんです。
初めての舞台に挑むというのは,新鮮さややり甲斐だけでなく,さまざまなプレッシャーもあると思うのですが……。
須田氏:
僕は北米に関しては,WWF(※現WWE。世界最大のプロレス団体)に単身乗り込んでいった新崎人生(※みちのくプロレス所属のプロレスラー兼コミッショナー。1995年にWWFに参戦後,帰国。最近では仙台にラーメン店「徳島ラーメン人生」を旗揚げ)みたいな感じで臨んでいるつもりです。
4Gamer:
じゃあ,白使(Hakushi)として,般若心経を背負って?
須田氏:
まあ,日本的なエッセンスをゲームに入れようとは考えていないんですけどね(笑)。もともと,僕は日本的なものをゲームに入れるとしたら,あくまでもエッセンスとしてカルチャーを少し混ぜるぐらいなんですけど,今回もそんな感じです。
そういった面では,いつもどおり作っています。
4Gamer:
なるほど。新崎人生にしても渡米前から基本的に和風……というかお遍路さんでしたし。
須田氏:
ええ,だから相手がElectronic Artsであれ日本の企業であれ,僕らはパブリッシャから求められるものに対して,しっかり答えを出していくことが重要なんです。
その点では,Electronic Artsだからとか,北米だからとか,そういうことで気負わないで,いつもと同じサイクルで呼吸できればいいかなと。
“自由度”も“一本道”も,
クリエイターの選択肢になった
4Gamer:
そういえば,須田さんの作品って,以前から“洋ゲーっぽい”という評価をされることが多いですよね。
須田さんご自身も,洋ゲー好きとして有名ですが,意識的に洋ゲー的なテイストを入れていこうとしてきたんでしょうか?
確かにそういう風に見られることは多いんですけど,意図的に洋ゲーを作ろうとか,洋ゲーのスタイルに合わせようみたいな気持ちはほとんどないんですよ。
ただ,自分自身の根底に,アメリカやイギリスの音楽,アメリカやフランスの映画から受けてきた影響が色濃くあるのは確かですね。もちろん,日本の映画や日本のゲームからの影響も受けているので,それらがすべてミックスされているんだろうなとは思います。
4Gamer:
若い頃に受けた影響が,いくつになっても残っていると?
須田氏:
やはり物作りをする人間って,若い頃に食らった最初の体験とか,初期衝動みたいなものって,血となり肉となり,骨となっていると思うんですよ。そしてそれらは,自分で何か行動するときに発露しやすいものなんじゃないかと。
4Gamer:
多感な時期に受けた影響って,意識しなくても出てしまうものだといいますよね。
須田氏:
はい,そういうものだと思います。
だから,世界中の人達に楽しんでもらえるゲームを作りたいと思いながらも,変に意識して洋ゲーっぽくしようとか,海外の人達にだけ好まれるようにしようとかは考えていません。あくまで,ごく自然です。
4Gamer:
ちょっと話は変わりますが,いわゆる洋ゲーと,国産ゲームのスタイル差,ゲームデザインの差みたいなものを語るうえで,最近は“自由度”というものが一つのキーワードになっていますよね。
須田氏:
ええ,なってますね。
4Gamer:
個人的には,自由度が高いゲームが優れていて一本道のゲームが優れていないとは,まったく思っていませんし,どちらにしたって面白いゲームは面白い,そうでもないゲームはそうでもないっていうだけの話だとは思うんですが,そのあたりについて須田さんはどのようにお考えですか?
須田氏:
いや,おっしゃるとおりだと思いますよ。
「コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア2」や「アンチャーテッド2」,「ゴッド・オブ・ウォーIII」あたりの,2009年に北米で大ヒットしたタイトルって,実は一本道ですよね。でも,その前になると,「グランド・セフト・オートIV」や「アサシン クリード」,「Fallout 3」なんかの自由度の高いゲームが人気を集めていました。
4Gamer:
ええ。
これからも,その二つの流れはそれぞれあるでしょうし,その中間も出てくるでしょう。
要は,何をそのゲームデザインの核にしていくのか,何を遊びとして提供するのかというときに,選択肢が出来上がってきたのが昨今の状況なんじゃないかなと思うんです。
4Gamer:
やみくもに「自由度の高いゲームを作るんだ!」というのではなく,「作り手としてこういう遊びを提供するには,自由度が高いほうがいいだろう」とか,逆に「一本道にしたほうが楽しんでもらえるだろう」とか,そういう選択ができるようになったということですね。
須田氏:
だから,FPSでも自由度の高いオープンワールドのゲームがあれば,ルートマップのゲームもある。そのどちらもアリなんですよね。
実際のところ,オープンワールドってどうなの? という意見もあるじゃないですか。広いだけでミッションが組み込まれておらず,移動の時間ばかりがかかってしまうのが,本当に楽しいのかとか。そうなったときに,そんなものはいらないというゲームもあれば,そこに価値を組み込んでいくゲームもある。
その意味で,クリエイターが何を選択するのかが,ここ最近鮮明になってきたのかなと思います。
4Gamer:
須田さんは個人としては,どちらがお好きですか?
須田氏:
両方好きですよ。
ただ,自分で遊ぶときのことを考えると,プレイ時間の読みやすい一本道のほうが助かりますね。非常に。
4Gamer:
凄くよく分かります。
自由度が高いゲームでも,忙しいと結局メインクエストの回収で精一杯みたいなこともありますもんね。
須田氏:
サブエピソードを,すべて拾っていると,いつまで経ってもクリアできないですからね(笑)。
4Gamer:
「龍が如く」シリーズなんかもそうですよね。
ストーリー自体は一本道で,それだけをたどっていくと割りとあっさり終えられるものの,枝葉の部分を満喫するとなると,かなりのボリュームになっているという。
須田氏:
そうですよね。名越さんのゲームなので,実績を全部アンロックしたいぐらいの気持ちはあるんですけど,なかなか時間がとれなくて……。
リングスが活動停止したとき,
自分の中で何かが崩壊した
4Gamer:
また少し先ほどの話題に戻りますが,須田さんはプロレスや格闘技好きとしても有名ですよね。クリエイターとしてそちらからの影響は受けていますか?
自分の50%は,そっちで出来ています(笑)。
でも本当に心を揺さぶられたのは……ZERO-ONEの旗揚げ戦が最後かもしれません。
4Gamer:
2001年3月の両国ですね。
須田氏:
メインのあとのリングに,橋本真也がいて,三沢光晴がいて,小川直也がいて,藤田和之もからんで……。
1990年代のプロレスの盛り上がりの最後の着地点であり,壮大なる予告編であり……。
4Gamer:
本編にたどりつくことなく,気付けば橋本も三沢もこの世からいなくなってしまったという……。
須田氏:
そうなんですよ。もう本編は始まらなくなってしまいましたね。絶対に。
4Gamer:
あれから10年も経っていないのに,あの2人がいなくなるなんて,当時は思いも寄らなかったですよね。想像したくもなかったですし。
そういえば,「NO MORE HEROES 2:DESPERATE STRUGGLE」にはプロレス技としてエメラルド・フロウジョンが入っているようですけど,あれは三沢追悼の意味でしょうか?
もちろんです。すぐに入れました。
これ,どこも気付いてくれなかったことなんで……ありがとうございます。
4Gamer:
先行発売されているのが北米,欧州なので,気付いた人がいないっていうだけだと思いますが,須田さんにしかできない追悼の仕方ですよね。
まあ,1990年代のプロレスの盛り上がりの着地点があそこだとしたら,ちょうどその頃から総合格闘技の「PRIDE」が大きな盛り上がりに向かっていきましたよね。それが俗にいう“PRIDEショック”(※2006年6月,当時PRIDEのテレビ中継を担当していたフジテレビが,PRIDEを運営していたドリームステージエンターテインメントとの契約を解除。翌年,UFCを運営するZuffaのオーナーがPRIDEを買収するも,事実上消滅)を経て,あっさりしぼんでしまったという。
須田氏:
やっぱり民放で見られなくなるというのは大きいんですよね。
北米と日本との文化的に大きな違いの一つに,日本の場合はテレビメディアが圧倒的に強いというのもあると思うんです。だから,そこからドロップアウトしてしまうと,世間的にはなかったも同然になってしまうという……。
4Gamer:
そうなんですよね。
いくらネット上で盛り上がっていても,広い意味での世間には届かなくなってしまいますから。
須田氏:
でもPRIDEショックのときって,単純にテレビで見られなくなったということ以上に,熱心に応援していたファンがショックを受けたというのも大きいと思うんですよ。
格闘技やプロレスを好きになる熱量って,実は尋常じゃなくて,もの凄くエネルギーを使うんですよね。自分の全人格を込めて愛情を注ぐぐらいに。
4Gamer:
ですね。
須田氏:
だから,その対象が消滅してしまうと,人としてのアイデンティティがぐらついてしまうものだと思うんです。そしてそこから立ち直るには,かなりの時間が必要なんです。
現状,日本の格闘技ファンというのが,まだ立ち直れていないというのは,確かに一理あるかもしれません。
須田氏:
僕の場合,2002年に「リングス」(※「ファイティングネットワーク・リングス」。1991年5月に前田日明がたった一人で旗揚げ)が活動停止したとき,何かが崩壊したんです。
それから,プロレスや格闘技に向けていたエネルギーがなくなって,少しライトに見るようになりました。
4Gamer:
強豪外国人選手がPRIDEに転出し,WOWOWの中継も打ち切られ……と,末期は悲しい状態でしたしね。
須田氏:
そうなんですよ。だから「ああ,今の格闘技ってこういう流れなんだなぁ」ぐらいのおさえ方にとどまっていて,PRIDEショックというのも直撃はしませんでした。あ,なくなっちゃったんだなぁっていうぐらいの。
(格闘技の)技術という点では,日本の底上げは凄いはず
では,「HERO'S」(※2005年〜2007年に,K-1を担当している興行会社FEGが運営していた総合格闘技イベント)についても,そういうスタンスでしたか?
須田氏:
あ,ちょっと違いますね。
HERO'Sに関しては,日明兄さんが再び腰を上げた(※前田日明がスーパーバイザーとして関わっていた)ということで,気合いを入れなくちゃなと。
ただ,またリングスのときみたいなことになってショックを受けるのはいやなので,片足の先っぽだけを入れる感じで見ていたんです。
4Gamer:
プロレスや格闘技のファンって,愛していたジャンルに裏切られることが多いから,どうしてもそうなっていきますよね。
須田氏:
でも絶対に嫌いにはなれないっていう(笑)。
だからHERO'Sが,旧PRIDEと合体してDREAMになっても,冷静に受け止めました。
4Gamer:
今,日本の格闘技を取り巻く環境に熱がないと言われるのは,当時好きだった人の多くがそういうスタンスになっているからかもしれませんね。
余談ですが,個人的にはPRIDEショックよりも,高田がヒクソンに負けたショック(※1997年10月に開催された「PRIDE1」で,高田延彦がヒクソン・グレイシーに一本負け。当時“最強”を標榜していた高田の敗戦に,日本中のプロレスファンは呆然とした)のほうが大きかったんですよ。UWFインターナショナル(※1991年5月に,前田と袂を分かった高田が旗揚げした団体)のファンだったので。
須田氏:
ああ,あれはそうですよね。大事件でした。
でも,あの二度の敗戦(※1998年10月の「PRIDE.4」で高田はヒクソンと再戦。しかし1Rで一本負けを喫す)から,桜庭がホイスに勝つ(※「PRIDE GRANDPRIX 2000」で,高田と師弟関係にあった桜庭和志が,ヒクソンの実弟,ホイス・グレイシーと90分の死闘を演じ勝利。高田敗戦で心に傷を負ったプロレスファンは,誰もが涙した)までの流れがあったからこそ,もの凄い高揚感も味わえて。
須田氏:
あの一連の流れは溜めが効いてた分,見事でしたよね。
だから現在の状況も,溜めなのかも知れません。もう一度,飛躍するための。
4Gamer:
そういう意味では,最近,日本の選手がUFCや「STRIKEFORCE」といった,北米の戦場に挑むケースも増えてきました。
何とか結果を出してくれれば,あるいは……? とも思うんですが,現実はなかなか厳しいようで。
須田氏:
ただ技術ということでいうと,日本のレベルの底上げは凄いと思うんですよ。ジムも増えてますし,海外との交流も増えてますから,北米やブラジルで出来上がった技術が,すぐに日本にも入ってきていますよね。
だから,日本人が世界で戦うための環境は出来上がってきているのかなと思いますし,それも踏まえて当分は,アメリカ,ブラジル,日本みたいな感じで三国が対抗していく状況は続くと思うんです。
4Gamer:
でも技術レベルがある程度フラットになると,今度は,人種の壁みたいなものもありますよね。生まれもっての骨格であったり筋力,瞬発力であったりと……。そういうものが占める割合が大きくなると,どうしても日本は不利になるんじゃないかとも思うんです。
須田氏:
ああ,それは否めませんね。
ビデオゲームも格闘技も,
日本が復活するのは間違いない
これって,ゲーム開発にも似ているような気がするんですよ。
海外で最先端とされる技術を取り入れて,日本の開発者の技術的なレベルが底上げされていっても,最終的に資本力の差はひっくり返せなかったりしそうですし。
須田氏:
うーん。ただですね,青木真也(※日本のライト級を代表する総合格闘家。同階級では世界で5本の指に入るといわれる実力者。素人目には明らかに不利な体勢から,不思議な関節技で勝利を収めたりする)なんかを見ていると,日本が持っている独自の技術が,海外の強敵を封じ込めることもあるじゃないですか。
4Gamer:
メレンデス戦(※4月17日,「STRIKEFORCE NASHVILLE」 で,ギルバート・メレンデスの持つライト級タイトルに挑戦するも,5R判定負け)は残念でしたけど,これまでの試合はそうでしたよね。
須田氏:
青木はメレンデス戦で終わりじゃないと思いますし,さらに進化してくれると思うんです。
そういうことを考えると,日本の総合だってまだまだ明るいと思うんですよ。僕は今,GSP(※ジョルジュ・サンピエール。現UFC世界ウェルター級王者)が一番好きなんですけど,いつか日本人がGSPに勝つ姿を見たいじゃないですか。
4Gamer:
うーん,見たいですけど,そもそも日本人以外でも誰が勝てるんだ? っていうところはありますよね。
須田氏:
完璧ですから,不可能な気もしますけどね(笑)。
でもひょっとしたら,日本の空手や柔道の技術体系の中に答えが隠されているのかもしれません。青木だって,そういうことだと思うんですよね。だから,GSPに勝てる人間が生まれる土壌はあると思うんですよ。日本特有の道場論というか。
ただ,怖いのは韓国だと思っています。
4Gamer:
韓国の選手は倒れませんからね。
須田氏:
サッカーもそうなんですけど,韓国の選手ってハートとフィジカルが強いんですよね。だから,北米にばかり目を向けていると,いつの間にかアジアにひっくり返されちゃう恐れはあるんじゃないかなと。
4Gamer:
実はゲームに関してもそうですよね。
ことオンラインゲームに関していえば,日本よりはるかに韓国のほうが強いですから。
オンラインゲーム関連の技術は,おそらく韓国が世界ナンバー1。中国も足場を固めていますね。次にヨーロッパや北米があって,日本はその次という。そう考えると,恐ろしいことですよね。
でも日本という国は,アジアからも北米やヨーロッパからも,さまざまなものが入ってきますよね。
4Gamer:
中間の位置というか。
須田氏:
ええ。日本って技術にしても情報にしても世界中から集まってくるハブになる場所だと思っているので,そんなに悲観はしてませんよ。
ビデオゲームも格闘技も,日本が復活するのは間違いないと信じていますし。
4Gamer:
須田さんご自身として,開発拠点を北米に移すといった考えはないんですか?
須田氏:
英語を覚えない限りはないですね(笑)。
それに僕はテレビっ子なので,日本のテレビから離れるなんて考えられないんですよ。今,ダウンタウンやブラマヨを捨てるなんて,人生を損している気分になるじゃないですか(笑)。まあ,それは冗談ですけど。
4Gamer:
格闘技の場合,向こうとの差を埋めるためには,同じ環境でトレーニングしないと追いつかないみたいなことを言う人もいますが,須田さんはどう思いますか?
須田氏:
例えばランディ・クートゥア(※UFC世界ライトヘビー級と同ヘビー級を制覇したことのある“鉄人”)の金網ぎわの技術って,彼のジムで彼から認められた人間にしか伝えられないものだと思うんです。あれを学ぶためには,あそこに行くしかないという。
ビデオゲームの場合でも,各スタジオのノウハウみたいなものは現地に行かなければ分からないと思います。向こうのスタジオツアーに行くと,プロジェクトを綺麗に回すための独自の方法論みたいなものがいくつもあるのが分かるんですけど,それをそのまま自分達に適用できるかというと,そうでもない。
4Gamer:
構成しているメンバーも,さまざまな環境も違いますしね。
須田氏:
ええ。それにビデオゲームの開発の場合,技術そのものに関しては,ネットを使えば探れるんです。さらに最新のCG技術は,SIGGRAPHにほぼ集まってくるので,それに行っておけば大きな問題はないんですよ。
あとは,情報が共有されているネット網に自分達が日本人として,デベロッパとして,いかに入り込んでいけるかどうかの差だと思うんですよね。
4Gamer:
つまり,スパーリングをしに行く必要はない,と。
世界中の人達に,ビデオゲームで
“極上のもの”を味わわせたい
そろそろ時間ということで,最後に聞かせてください。
須田さんの中でビデオゲームは,どういう位置づけのものなんですか?
須田氏:
極上,ですね。
4Gamer:
極上……?
須田氏:
ええ。それが子供の頃からビデオゲームに接してきたときの感覚です。音楽,映画,テレビ,活字,それにプロレスも好きなんですけど,それらを超越したものを与えてくれたのがビデオゲームなんですよ。
4Gamer:
ほかのものとは,何が違いますか?
須田氏:
一番強いのは,自分で直接プレイできる,プレイアブルであるということでしょうね。画面の中と画面の外の自分が同一化する体験は,ほかのものでは得られませんでしたから。
確かに僕の人生において,先ほども話したZERO-ONEの旗揚げ戦とか,「ツインピークス」や「極楽とんぼの飛び蹴りゴッデス」を見たときの衝撃なんかも,極上ではあるんです。でも,それらと比べても,ビデオゲームというメディアは,極上感を生みやすいものなんじゃないかという気がしています。
だから自分が作るビデオゲームも,世界中の人達にとって極上であってほしいし,そういうものを作りたいと思っているんです。
4Gamer:
現在開発中のホラーアクションゲームも,そういう気持ちで作っているんですね。
まずは北米市場が対戦相手だと思いますが,勝算はいかがですか? 格闘技の場合は,日本人選手が良い結果をなかなか残せないでいますが。
須田氏:
とにかく,思いっきり戦ってきますよ。
4Gamer:
本当に期待してます!
ありがとうございました。
GhMが現在開発中のホラーアクションゲームについては,現時点でほとんどの情報が表に出てきていない。今回のインタビューでも,ヒントめいたことすら教えてもらうことはできなかったが,それでも須田氏の意気込みだけは伝わってきた。
ちなみに,インタビュー中ではほとんど触れていないが,近作「NO MORE HEROES 2:DESPERATE STRUGGLE」は,日本でもそろそろ発売に向けた動きが出てきそうな気配である。
すでに発売されている北米,欧州では,かなりの高評価を得ているだけに,一日も早く日本で遊べる日が訪れることを期待したい。
グラスホッパー・マニファクチュア公式サイト
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