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[CEDEC 2010]物理シミュレーションはゲームとどう関わるべきか。「ゲーム開発マニアックス〜物理シミュレーション編」レポート
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印刷2010/09/03 20:46

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[CEDEC 2010]物理シミュレーションはゲームとどう関わるべきか。「ゲーム開発マニアックス〜物理シミュレーション編」レポート

トライゼット代表 西川善司氏
画像集#001のサムネイル/[CEDEC 2010]物理シミュレーションはゲームとどう関わるべきか。「ゲーム開発マニアックス〜物理シミュレーション編」レポート
 4Gamerでもライターとして活躍している西川善司氏が司会を務めるパネルディスカッション「ゲーム開発マニアックス」。2日目は「物理シミュレーション編」が行われた。物理シミュレーションは,すでにいろいろな形でゲームに応用されているが,開発の現場ではさまざまな試行錯誤があるようだ。またゲーマーサイドから見ても,“物理”を強く意識させられるようなゲームタイトルが増えているわけでもない。

 今後,物理とゲームの関係はどうなっていくのだろう。このディスカッションでそうしたところが少し見えてくるかもしれない。本稿では,ディスカッションの大まかな流れを追いつつ,筆者がとくに興味深いと感じた部分をレポートしていこう。

左から,ソニー・コンピュータエンタテインメント ソフトウェアプラットフォーム開発部 松生裕史氏,カプコン 制作部 技術研究室 松宮雅俊氏,コーエーテクモゲームス 技術支援部 シニアエキスパート 津田順平氏,AMD Inc. GPU CTO Team,GPU Physics Advanced Researcher 原田隆宏氏,バンダイナムコゲームス 技術部 リードプログラマ 辛 孝宗氏,コナミデジタルエンタテインメント 小島プロダクション 制作部 シニアプログラマ 西田祐輔氏
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【関連記事】[CEDEC 2010]最新グラフィックス技術を現場はどう見ているのか。ゲーム開発マニアックス〜グラフィックス編



物理にはウソが必要。そこに日本らしい表現が組み込めるか?


 そもそも物理というのは大変難しい。高校では選択制ということもあり,わざわざ難しい物理を取る人は少ないとも聞く。つまり高校物理を履修していない人が世の多くを占めているとも考えられる。そのため,ゲーム開発の現場でも,物理を本格的に扱うことは難しいようだ。西川氏は「物理を分かってない人が多く,21世紀になっても物理の理解度はガリレオ時代くらいかもしれない。どうしたらいいだろう?」と問題を提起した。

そもそも物理が理解されていないと,西川氏が問題を提起
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 実際,「物理エンジンに設定するパラメータは難しいものになりがちで,知識がない人が,ありえないようなパラメータを設定して,とんでもないことになったりする」と西田氏も認める。
 とはいえ,欧米でも物理に対するクリエイターの理解度が低いのはさほど変わらないようだ。Havokで長らく物理シミュレーションの研究に携わり,現在はAMDに在籍する原田氏は「欧米では,分からなくてもとにかくやってみて,何かできたら次に進むという感じで使われている。(物理エンジンから)めちゃくちゃなフィードバックが返ってきても,別に何とも思っていないようだ。分からないことがある場合,分かっている人に聞いて対処している。日本の開発者は問題(分からないこと)を溜め込みすぎているように見える」と,日米の開発者の気質の違いを指摘した。
 原田氏は続けて,ゲーム物理は,普通の物理学が分かっていても難しいのだと語った。「(ゲーム物理は)本当の物理法則とは違ったところで動いていたりもする。APIにも嘘のパラメータが公開されていたり。嘘のシミュレーションの中で,信じられる動きができているかどうかが重要だ。そのためにも,とにかくいじって(物理エンジンからの)アウトプットを得て,物理世界を体感していかないと,使いこなすのは難しい」(原田氏)。

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 ゲーム物理が現実の物理と大きく異なるという問題に関しては,昨年のCEDECのセッションでも取り上げられていた。真面目に設計された物理エンジンに正しいパラメータを渡してやっても,それらしい動きにならないということが,往々にして起こるあたりが困りものである。
 ゲームではさらに“ゲームらしい表現”のために嘘をつく必要もあるという。バンダイナムコゲームスで物理エンジンの設計を手がけている辛氏は,「(ゲーム物理は)嘘をつくためのベースになる道具だと思ったほうがいい」とまで指摘。欧米ではゲーム物理が「リアリスティックなゲームを作るのに使われている」(原田氏)そうだが「それが日本に適しているのかというと,疑問が残る。違う使い方をしたほうが,日本のゲームとしてもっと魅力的になるのではないか」と辛氏は言う。
 要するに,ゲーム中のオブジェクトを,物理法則に忠実に動かして見せても面白くないよね,という意見である。

 そういった意見には,日本のアニメ文化が深く関わっていると指摘したのが津田氏だ。「日本にはアニメ文化が根付いている。キャラクターの動きなどは,アニメを原体験としている人も多い。例えば,コンクリートの壁に人がぶつかって割れるとか,そういう表現がゲームでも必要になるだろう。でも,人がぶつかってリアルに壊れる壁を追求すれば,どうしても発泡スチロールになってしまう。人がコンクリートの壁にぶつかったとき,それがリアルに壊れる,それを物理で“それっぽく”見せることも考えていかなければならないと思う」(津田氏)。
 確かに,我々が思い浮かべる楽しい誇張表現といえば,多くの人にとって,いわゆるアニメ的な表現のことだろう。ただ,日本アニメの誇張表現の中には,欧米には受け入れられにくいものも当然あるため,ワールドワイドで展開する際にアニメ風表現を盛り込みすぎると,それが障害になるかもしれない。そのあたりの調整をどうするかといった,泥臭い話にもつながっていきそうだ。


物理はアーティストの負担を減らせるか

物理エンジンは二つに分かれる?


 キャラクターの“ゲームらしい”表現という話題にもつながるが,物理をデザイナーが使いこなすのは難しいという声もある。「物理のことをアーティストが怖がるのは,動きがなりゆきになりコントロールできない,という点に嫌悪感があるからではないか」と西川氏が話題を振った。

物理は生産性向上に結びつくだろうか? 結びつく例もあるが,難しい部分もあるようだ
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 だが,アーティストとエンジニアが共同で物理を活用している例もあるそうだ。松生氏によると,「アーティストに本格的な物理を任せて,上手くいった事例がある。アーティストがメカ(機械)の本を買ってきて勉強し,それをエンジニアと一緒に検討していった。できあがったものには嘘もいっぱい入っていたが,うまく動いている」という。
 そこまでの例はむしろ珍しいとは思うが,松宮氏も「(物理を使って)ボーン(骨)すらなしで,服や鎧,マントなどがキャラクターに食い込まないように動かすことができ,作業量的に楽になった」という例はあったそうだ。

 だが,物理を活用すればアーティストの負担が減り,生産性が向上するのかというと,一概にはそう言えないようだ。「デザイナーが望む表現の初期条件などは,トライアンドエラーでしか見つけられない。トライアンドエラーを繰り返していたのでは生産性向上に結び付けられない」と津田氏は指摘する。
 辛氏も「デザイナーが手作業で修正したり,頑張ったりするしかない,ということがよく起こる」と指摘する。「どういうパラメータをセットするとどう動くのか,どうすればもっと上手く動かせるのか,もっと簡単なUIが欲しい,という質問/要望は,デザイナーから頻繁に受ける」(辛氏)と経験を語っていた。
 そうした状況から原田氏は,物理エンジンが将来,大別して二つに分かれるだろうと予測する。「一つはアーティストがコントロールしやすい,使いやすい物理エンジン。その代わりに,すべての物理を作り込む必要はない。一方,爆発や破壊などのエフェクト向けに,大規模な物理エンジンも求められる」(原田氏)だろうというのがそれだ。確かに,そうした方向に進む可能性は,かなり大きいのではないだろうか。


海外と違う物理をやってみたら?


 西川氏が“有限要素法”というキーワードを出したところ,「日本なりの物理をやってみては?」という,ある種とんでもない方向に話が進んだので,そのあたりも紹介しておきたい。
 有限要素法というのは,物理の近似計算手法の一つだ。ゲーム物理で利用されているのはニュートン物理学で,ニュートンは17世紀の人だから,何でもすべて計算できるんだろう,と思っている人も多いかもしれない。しかし,解析的に解ける問題というのはかなり限られている。例えば,複雑な物体の中の応力を真っ正直に解析的に求めるなどというのは無理なので,その代わりに近似的な方法が使われる。その一つが有限要素法だ。
 ゲーム物理での有限要素法の利用は,例えば建物や壁がリアルに壊れるとか,物体がリアルに歪んで壊れるとか,そういったリアルさを追求するのに有効とされる。だが真面目にやると,とんでもない計算コストがかかるのが難点だ。
 実際のところ,破壊の表現に有限要素法が必須というわけではない。例えば「ビルの破壊も,細かい剛体が砕けて飛び散っているだけなので,有限要素法を使わなくてもできる」(松宮氏)という。また,物が歪んで壊れるノンリニア破壊も,「有限要素法が必須というわけではない。それなりの物理エンジンであればそういうことはできる」(原田氏)のだそうだ。

そもそも破壊に有限要素法が必須というわけではない。コストの問題という方向に議論は収束した
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 原田氏は,有限要素法などコストがかかる方法を使うかどうかは,「ぶっちゃけ,どれくらいのバジェット(予算)を(物理に)いただけるかという問題」だという。ここでいうバジェットとは,演算に対する予算という意味だ。
 予算を割いてもらうには,ゲーマーやデザイナー,ゲーム開発者に物理の良さを理解してもらう必要がある。物理は良いものだ,となれば予算も割いてもらえるようになる。では,そのためにはどうしたらいいのだろうか。

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 「それはエフェクトだろう」というのがパネラー達の共通する意見だった。「デザイナーが見て分かりやすいのはエフェクトかな」(松宮氏)。さらに「エフェクトはゲームのシナリオ進行にダメージを与えない。シナリオに物理を使ってしまうと,チューニングレベルのコストが相当かさんでしまう。リスクの少ないエフェクトから入るのが現実的だろう」と津田氏も賛同していた。

 続いて原田氏が,「今後,日本は海外との差別化をどうしていくべきか。欧米の真似をしても勝てるわけがない。物理にも日本らしさを出していかなければならないだろう。そのためにも,エフェクトから始めて,どういう差別化ができるか考えるのがいいのではないだろうか」と問題を提起した。
 それに答える形で,先ほどアニメ表現に触れていた津田氏が面白いことを言っていた。
「たぶんアニメータが動きをつけているとき,それなりの物理法則が頭の中にあるんだと思う。現在はゲーム物理にニュートン物理を使っているけれど,それじゃなくてもいいだろう。実際,昔はニュートン物理ではない物理があった。例えば,アリストテレスの物理学。現実には間違っている物理だけれど,シミュレータに落とし込めば動いてしまう。(この例からも)何もニュートン物理にこわだる必要はなく,一貫した法則に基づいて動いていればよく,それが魅力的に映ることもあるはずだ」(津田氏)
 要約すれば,現実には存在しないが,一貫した法則を持つ物理を作り込めば面白い,あるいはSFチックな動きが表現できるかもしれない,というわけである。
 これはなかなか面白いアイデアだ。津田氏が例に挙げたアリストテレスの物理学以外にも,ニュートン以前にはさまざまな物理学があった。例えばデカルトの渦動説に基づく運動といったようなものを,ゲームでならそれっぽく再現できてしまう。古代の人が想像した物体の動きが再現できるというのはロマンがあるし,ゲームに対しても面白い味付けになるような気もする。ぜひ一度は実際に確認してみたいものだ。

物理を生かすゲームとして,辛氏は相撲を提案。ソフトボディの応用例という話題で会場の笑いを誘っていたが,実際,本格的な相撲ゲームというのは新しいかもしれない
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 以上,ディスカッションの中から筆者が注目したポイントをまとめてみた。物理の応用にはいろいろな可能性があるものの,その物理シミュレーションが,ゲームの魅力に分かりやすい形で貢献していないと,ゲーマーからの注目度も高くはなりそうにない。
 個人的には,ディスカッションの最後に辛氏が,物理を効果的に使えるジャンルとして「相撲ゲーム」を挙げていたのが面白かった。格闘ゲームは一つのジャンルとして確立されているが,相撲に真っ向から取り組んだゲームは確かにない。弾性物理演算で表現するソフトボディの格好のサンプルになり,表現としてもかなり面白そうなのだが。
 ともあれ,この相撲の例のように,エンジニア側からも物理を応用した新たなゲームジャンルが提案され,ゲームの世界がより広がるとことになれば,ゲーマーとしても嬉しい限りである。
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