レビュー
Pradox Interactoveは,前作「ヴィクトリア」をどの方向に進化させたのか
ヴィクトリア2【完全日本語版】
「ヴィクトリア2【完全日本語版】」(以下Vic2)は,19世紀中葉から第二次世界大戦直前までの全世界を扱った超大型歴史ストラテジー「ヴィクトリア 太陽の沈まない帝国」(以下Vic1)の後継作だ。ゲームエンジンに「ヨーロッパ・ユニバーサリスIII」(以下,EU3)のEUエンジンが用いられているほか,前作Vic1にさまざまな改良や変更が加えられている。
とはいえ,基本的には「いつものParadox Interactiveの自社開発歴史ゲーム」であり,激動する社会と世界を政治,外交,経済,戦争と,すべての局面でコントロールすることが求められる。Vic1の後継者らしい,とっつきの悪さと急峻なラーニングカーブを備えた大作だ。いつもどおり,プレイヤーはその時代に存在したあらゆる国家や国家的集団をプレイできる。
Vic2は,緻密に組み上げられたゲームシステムを縦横無尽に駆使して不可能を可能にするタイプのゲームではなく,リアリティあるシステムに翻弄されながら,歴史的に可能であるはずのことがどうしても達成できないジレンマに悶えたいプレイヤーにとって,非常に優れた選択となるはずだ。また,本当の意味での「内政」を楽しみたいプレイヤーなら,一度は試してみるべきゲームでもある。
けして簡単ではなく,また――詳しくは後述するが――現状においてその魅力が完全に発揮されていると言いがたい部分もある本作について,これから詳しく見ていこう。
「ヴィクトリア2【完全日本語版】」公式サイト
国民の存在を前提とした「政治」
一般的なストラテジーと決定的に異なるのは,Vic2のゲームシステムの基盤が「国民」に置かれている点だ。普通ならマップのエリア単位で管理され,そのエリアのパラメータとして抽象化されてしまう「国民」が,Vic2の基礎となっているのだ。国民はそれぞれに職業を有しており,収入や貯蓄なども常に計算されている。彼らは失業することもあれば,国に見切りをつけて他国へ移民してしまうこともある。
実際のゲームでは,国民は「POP」と呼ばれる単位で管理される。POPは「文化と宗教を共有し,同じ仕事に従事している集団」であり,人口をパラメータとして持つので,例えば,ある地方の農民が移民として海外に流出していくのであれば,“その地方の農民POPの人口が減る”といった形で表現される。
また,POPは地域(プロヴィンス)によっても区分される。ときは帝国主義の真っ只中,イギリスのウェールズで畑を耕す農民と,植民地のインドで畑を耕す農民が,同じPOPに属するのは非現実的だ。現実に生きている人間は,自分の出自や職業と同じくらい「自分がどこに住んでいるか」によって判断を変えるものだからだ。
そういった「当たり前」を,非常に愚直かつ力技で実装したシステムが,Vic2の根幹として据えられているのだ。
世界の工場を目指して
ゲームの骨格がPOPであるとすれば,筋肉に相当するのは経済だ。
Vic2では綿花や石炭,鉄鋼,衣料品や缶詰,そして銃火器など,無数の生産物が「原材料」「工業製品」「消費財」「軍需品」の4項目に分けられ,取引されていく。
原材料よりは工業製品や消費財のほうが価値が高く,それらを生産できる工場を自国領に建設していくのは国家発展の基礎となる。殖産興業が国を強くするのだ。
だが,この工場建設にもいろいろと難関がある。国家の体制によっては,国家主導で税金を使って工場を勝手に建設できるが,それは国家が経済を統制する体制があってのこと。政権与党の経済政策が自由放任主義(レッセ・フェール)だったりした場合,国家が工場を建てるのではなく,いちPOPである資本家が自腹で工場を建てるのを見守るしかない。
そして1種類の工場は1種類の生産物しか作れない(セメント工場で衣服を作ったりはしない)ため,資本家任せだと「ここにこの工場があったら」といった計画は常に机上の空論となる。
無事,工場が建っても問題は終わらない。工場の効率を上げるためには,工員だけでなく,事務員も必要である。Vic1ではこうしたPOPの就労状況の操作はプレイヤーがマニュアルで行っていたが,Vic2では全自動で行われる――逆に言えば,プレイヤーによる恣意的な運用はできなくなった。
工場と工員と事務員が揃っても,まだ足りないものがある。原材料だ。原材料の中には,希少価値の高いものもあり,例えば熱帯雨林で伐採できる高級樹木のような「希少だが,生活に絶対必要ではない原料」ならともかく,硫黄など銃火器(ひいては国軍)を製造する原料ともなると,争奪戦は厳しくなる。
かくして工業が発展すればするほど,原材料市場も加熱していくことになり,その結果,原材料を安定して確保する手段として,「その原材料を産出する地域を自国の領土にしてしまえばいい」という発想が費用対効果的に正当化されていく――。とくに人口がさほど多くないヨーロッパでは,労働人口と原材料の両方を同時に手に入れる理想的な手段として海外植民地が重要になってくる。
ままならぬもの,それは人民
さて,上に「プレイヤーは国家のすべてに対して決定権を持つ国家元首」だと書いたが,工場の建設ですでに明らかなように,これはあくまで理屈の上の話で,プレイヤーは必ずしもすべてに対して決定権を持ってるわけではない。これが最も明白に出るのが,国政である。
Vic2の政治システムは政党政治を前提としており,絶対王政やプロレタリアート独裁といった形態も存在するものの,これらは一党独裁であると理解される。
政党は「貿易政策」「経済政策」「宗教政策」「市民権政策」「軍事政策」の5点についてさまざまな方針を個別に打ち出しており,この政策が,国家運営に対する直接的な縛りとなる。先ほどの工場の例であれば,「経済政策」によって国家が工場建設や経営にどこまで介入できるかが決まる。また,「軍事政策」であれば,好戦的か厭戦的かによって軍隊の維持費の上限,下限が決まるという仕組みだ。
また,政党にはイデオロギーが設定されている。イデオロギーには「反動主義」「保守主義」「社会主義」「共産主義」「ファシズム」「自由主義」「無政府主義」の7つがあり,それぞれに特徴を有している。最も重要な特徴の1つは,ほかのイデオロギーとの親和性で,ある政党が単独で第一党を取れない場合,親和性の高いイデオロギーを持つ政党と連立政権を形成することになる。
そしてこの特定のイデオロギーが上院の何割を占めているかによって,最低労働時間や年金,あるいは選挙権といった社会,政治制度に対する改革が可能かどうかが決まってくる。国民の大多数が年金制度の改革を求めているにも関わらず,わずかな富裕層しか選挙権を持たないため,議会で年金制度が問題にならず,制度の改革が行えないといった事態は,Vic2においては珍しいものではない。
これはつまり,選挙で政党が選ばれる社会においては,有権者POPが政治的にどのような関心を抱いているかによって政治が決まるということでもある。この「関心」は,選挙ごとに争点として提示され,プレイヤーはある程度まで世論を誘導することが可能だ。非常に迂遠な方法だが,議会制民主主義とはそもそも迂遠なものなのだから仕方がない。
世論を操作できるのは良いが,ここで煽り方を間違えると,泥沼が待っている。良くないパターンは主に次の2つ。
1つは,あまりにも世論が一方向に煽りすぎてしまい,国情以上の改革や拡張を求める声を無視できなくなるパターン。社会保障などの改革には一定のコストがかかるので,無い袖は振れないという状況に追い込まれやすい。
もう1つが,その場しのぎで玉虫色の見解を出した結果,世論が細分化されるケース。この場合,上院のイデオロギー的な分布も玉虫色になってしまい,どの政党が第一党になっても社会改革を進められなくなる。これまた,一度追い込まれてしまうと回復が難しい。
19世紀の世界を支配する暴力装置
人口と産業の上に成立する政府が使いこなすツール,それが外交と戦争である。ゲームでは別の機能だが,原理的には同じものなのでまとめて紹介してしまおう。
自国が大国(ベスト8)になると,外交のオプションが増える。一番大きな変化は自国影響圏への他国の編入だが,影響圏などといったまどろっこしいことをせず,弱った相手を他国と組んで物理的に殴りつけるのがだいたいの場合において有効なので,最初は無理に意識する必要はないだろう。
戦争を始める場合は,その目的を最初に設定する必要がある。もちろん領地を切り取ることや他国の併合を目的にしても構わないが,戦争する相手を国際的に辱めるためだけに戦争をすることもできるし,植民地の割譲などを迫ることも可能だ。
問題となるのは,あまりに無体な戦争をすると国際的な悪評を買うことと,設定した目標が達成できないと国内不安が高まることだろう。また,戦争を長く続ければ続けるほど,国内では厭戦気分が高まるし,そもそもゲームの骨子であるPOPを互いにすり減らす戦争を長期にわたって続けるのは,人口に余裕のある国でないと難しい。
戦争中に戦争の目的を追加することも可能だが,戦争については「ご利用は計画的に」の一言に尽きる。
戦争の進行そのものは,いつものパラドゲーである。軍隊は連隊単位だが,部隊の実戦力よりも指揮統制が重要だったり,テクノロジーの差によって少数が多数を打ち破ったり,軍隊で他人の土地を占領したからといってその土地が自分のものになるわけではなかったり(最終的な国境は外交交渉で決める),派手なアニメーションやイベントCGがなかったりと,従来の作品をプレイしてきた方であればとくに悩む部分はないと思われる。なお戦闘は「移動」→「移動した先で戦闘」のEU3方式なので,「前線」という概念はいささか希薄だ。
戦闘はEU3と同様。相変わらず素っ気ない画面だが,細かな戦術的機動は本作の焦点ではない |
戦闘が終わると,損耗が表示される。技術力に大きな差があると,ご覧のとおり圧倒的な勝利 |
科学技術が国家を強くする
技術開発は,5つの項目においてそれぞれ30種類存在するさまざまな技術を研究していくもので,陸海軍の装備の改良はもちろん,工業の効率上昇,芸術部門における発展など,多方面にわたっている。
研究の速度は,その国の教育水準に大きな影響を受ける。研究の遅れは産業の競争力低下のみならず,いざというときの軍事行動にも支障をきたすので,国家予算の配分においては,教育予算だけは常に最大を維持しておきたい。
国力集中は,国土の一定範囲に対して行政システムを改善させたり,工業に力を入れたり,鉄道を引く援助をしたりといった補助として利用できる。また新たに植民地を設置するのも,国力集中を用いて行う。
貿易は,工業のところで述べたように非常に重要で,各種産品に対して個別に設定することもできるが,基本的にはAIに任せてしまっていいだろう。Vic1ではいきなりAIにすべてを委任すると国庫が破綻したが,Vic2ではとりあえず関税を最大に設定し,かつ国内にセメント工場の1つでもあれば,いきなり破綻するようなことにはならない……と思う(事例によっては破綻することもあるので,慎重な対応が必要だ)。
「これは買いだ!」……と断言する前に
さて,興味深いゲームに仕上がっているVic2だが,問題もある。
最大の問題は,日本語版のバージョンが古いということだ。現在,英語版最新のパッチであるVer1.2日本語版の制作が進行しているが,現状の日本語版はゲームとして挙動が怪しかったり,イベントのバランスが悪かったりすることがある。
列強8か国。理想としては,イギリスを抜いて世界に冠たる国家になりたいところだが,まずは列強入りが目標となるだろう |
緊急に動員をかけ,即席の部隊を作ることもできる。ただし農民などを徴兵することになるので,生産力に悪影響がでる |
ゲームの挙動に関しても,一部のイベントが何度も何度も繰り返し起きて,進行が極端に遅くなるといった事態が発生することがある。パラドゲーではよくあることとはいえ,ほぼ初期バージョンそのままの日本語版と,Ver1.2の英語版では,さすがに差が大きい。
これらの問題は日本語版最新パッチの発行である程度まで解消すると思われるので,それを待つというのは一つの選択肢になるだろう。またユーザーコミュニティで非オフィシャルの日本語対応Ver1.2パッチが作られているので,心得のある方であれば,あくまで自己責任でそれを利用するのも手だ。
ゲームシステム的には,戦争でもしていないと割と暇な時間の多いプレイになる傾向が強い。一方,戦争が始まるとかなり忙しい展開になるため,プレイ時間を読むのは非常に難しい。戦争についても,第一次世界大戦以前の戦争と,第一次世界大戦を,同じルールで処理することには疑問を抱かざるをえない。
可能性を含めて楽しめる作品
このように,Vic2は欠点もあるが,相当に面白くなる余地を秘めた作品だとも感じるし,Vic1の拡張セットである「ヴィクトリア レボリューション」から,正統進化をさせたゲームという印象も強い。
ゲームの要素は非常に多く,また煩雑にも見えるが,実際には操作のほとんどは自動化されている(それがプレイ中に暇になりやすい傾向も生んでいるのだが)。チュートリアルがパラドゲーにあるまじきレベルで完備されていること,またある程度までゲームを理解したあとならマニュアルを読むことで解消する疑問が多いことなど,見かけよりも実はハードルが低めであるとも言える。加えて,ゲーム動作に問題が見られると述べたが,少なくとも筆者のプレイ中に「ゲームが落ちる」ことはなかったことは強調したい。
とりあえず最初は,ベルギーから始めてみることをお勧めする。関税を最大に設定しておけば,ゲーム開始直後に財政破綻といった事態は回避できる。加えて軍隊以外の予算をMAXにしておけば,とりあえず国家が離陸する所までは進めるはずだ。オランダに突然宣戦布告されることがあるが,初手でイギリスと同盟しておけば問題ない。
そのうえで,ある程度まで国家が安定したら,まずはドイツ諸侯に戦争をふっかけてみるといいだろう。そうやって多少の領土や国威を確保したら,オランダと正面戦争し,アフリカにあるオランダ植民地を奪いとるなり,あるいはヨーロッパのオランダ領を併合してしまおう。アフリカでの活動拠点ができれば,そこから植民地を伸ばしていくことも可能だ。
繰り返しになるが,Vic2は,簡単なゲームではない。また,完全に完成されたゲームとも言いがたい。「歴史に興味がある人なら誰でも楽しめますよ」と言ってしまうのは,ちょっと難しいのが現状だ。PCスペック的にも相当な水準を要求するといった側面もある。
しかしながら,ユーザーコミュニティの情報やAAR(リプレイ)などを読みながらプレイすれば,そのハードルはだいぶ下がるように思う。Paradox Interactiveのゲームを楽しんできたプレイヤーなら,それだけの労力を投じるだけの価値はある。
Vic2の完成形がどこに向かうのかは,まだまだ分からない。現状では数値バランスやイベント挙動などに問題が見られるが,それらはパッチで順次解消されている。また,EU3がそうだったように,拡張セットが増えていけばまったく違ったゲームへ熟成されていく可能性もある。MOD制作集団は世界に広がっているし,そこに参加することもゲームの楽しみ方の1つだ。そういった,ある意味で「いつものパラド」な期待感を含めて,今後の展開も注視していきたい。
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