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【島国大和】庵野監督の“あのやり方”でゲームを作ったら……? ディレクターに求められる能力って何
島国大和 / 不景気の波にもがく,正体はそっとしておいて欲しいゲーム開発者
島国大和のド畜生 出張所 |
「シン・仮面ライダー」見ましたかー!
「シン・ゴジラ」「シン・エヴァンゲリオン」「シン・ウルトラマン」と,最近「シン」のついた映画を撮影している,庵野秀明監督の最新作です。
自分にとっては面白い映画でしたが,いろいろなところでむず痒い,なんでそうしたのかな? と思うところもありました。
そして,NHKで放送された「ドキュメント『シン・仮面ライダー』〜ヒーローアクション挑戦の舞台裏」は見ましたか!?
謎はすべて解けた!
なるほどなるほど,監督とアクション監督の間にこんな大変なやり取りがあったとは。
見てない人のためにかいつまんで説明すると,庵野監督は,
「指示をしない」が「出来たものにはダメ出しをする」
というスタンスで撮影に臨んでいて,このおかげで現場が困惑し,モリモリ疲弊していく……という感じの内容でした。
思い通りの内容を撮影するのはアニメでやったから,実写では指示は出さない。
でも,思った映像が撮影できない場合はリテイクする。
という,「これは周りが大変だぞ」という状況で撮影が進み,キャストやスタッフは疲労困憊(ひろうこんぱい),モメにモメた末,なんとかOKが出るということの繰り返し。
そして,そのOKシーンの多くが,公開された本編で使われていない!
なかなかに示唆に富みます。
これがアリかなしかを問われれば,契約によるとしか言えません。
リテイクで延びに延びたスケジュール,結局使われなかったカット,それらに費用がちゃんと支払われているなら,アリだと思います。
海外の映画だと,リテイクが多すぎてCGスタジオが倒産した,みたいな話は結構あります。カットいくらのドンブリ受注をした結果,無限リテイクで地獄を見る,みたいなひどいパターンはナシだわー,ということにしておいたほうが,世の中が平和でいいと思います。
さて,映画はさておき,「ゲーム業界ではどうです?」「あんな感じ?」という質問を受けましたので,それに答えていきたいと思います。
ご挨拶が遅くなりましたが,お久しぶりのゲーム開発者,島国大和です。皆さんデスマーチしてますかー!
さて,ゲームの制作過程でディレクターがどう振る舞うかは,ほんと人それぞれ,場所それぞれなので,自分の知ってる範囲で書いていきますね。
ゲームディレクターの役割
ディレクターとは,ディレクションするヒト。ディレクションとは「方向・説明・指導・監督」という意味だそうですね。
ゲーム開発の場合はプロジェクトの方向性,つまり「こっちに進め」を決めるヒトだと思っています。
こういうゲームを作る,こういうジャンルにする,こういう絵にする,こういうところを狙う,ここは諦める,というのを決める役割。ゲームの完成度に責任を持つ,責任を取るべき人ですね。
もちろんすべての責任ではなく「ここからここまで」といった枠の中のお話です。さきほど挙げたものをプロデューサーが決めたうえで,「うまく現場を回すこと」を任されるのも,ディレクターの仕事としてよくあります。
映画やアニメでも,使う版権,役者,狙うべきターゲットがあらかじめ決まっていて,その中で最適解を見つける職人仕事が監督の役割,という話も聞きます。
場所,会社,チームによって全然違ったりしますが,端的に言えば,プロデューサーの役割が「お金や,スケジュールに責任を持つ」だとしたら,ディレクターの役割は,「その予算とスケジュールの範囲で,求められているものを作る」ですね。
映画業界なら,庵野監督や宮崎 駿監督,ゲーム業界なら宮本 茂氏や小島秀夫氏などは,お客さんが“監督指名買い”をしてくれる安定のビッグネームなので,どういうものを作るかの自由度は高いでしょう。
逆に,自由度は少ない中で,クライアントが望むものをきっちり作るという,職人ディレクターもいます。
「シン・仮面ライダー」のドキュメントのように,ゲームの開発現場を追った番組がときおり放送されますが,だいたい「無理難題を言うディレクター」「悩む開発現場」「何とか解決」「万歳!」みたいな,テンプレートに沿ったんじゃないかという内容だったりしますよね。
そういったものを見ていると,ディレクターは無理難題を言う仕事なのかと思ってしまうかもしれませんが,さにあらず。
基本的には,オーダーに応えるために方向性を示す仕事だと思うので,必要なら無理難題,必要なら理路整然と,最も費用対効果の高い手段を選ぶ仕事だと思います。
ゲームディレクターに必要な6つの能力
ゲームのディレクターといっても,前述したようにほんとに千差万別なので,ちょっとパラメータ化してみましょう。
RPGでいう,HP,ATK,DEF,みたいなやつです。
自分はこの6つでざっくり説明できるんじゃないかなと思います。
1.イメージ力
2.イメージ伝達力
3.ディレクション能力
4.集客力
5.愛され力
6.運
バランスよく持っている人,どれか1つでうまくやる人,どれもない人と,いろいろですが,それぞれ説明していきますね。
1.イメージ力
完成品をイメージする力です。ゴールを決める力。
庵野監督をはじめとして,ネームバリューのある人は,これが優れていると感じることが多いです。
この人が作るものは凄い,他の人と違う,と感じるのは,このイメージ力によるものじゃないでしょうか。
もちろん,クライアントが欲しがっているイメージを受け取るのが重要な場合もあります。
ゲームは,プレイヤーに喜んでもらってナンボですから,プレイヤーが求めているものを感じ取り,その上を行こうと努力する必要があります。
筆者も含め,みんなイメージできているつもりでも,できていないことは多いので,これがすごい人はなかなかに目立ちます。この能力は,とにかくいろいろなコンテンツに触れて,自分の引き出しを増やしておくことで,多少はかさ増しできる気がします。
ただ,意外かもしれませんが,これはディレクターに必須な能力ではないと思っています。
2.イメージ伝達力
前述のイメージや,クライアントからオーダーされたイメージを,「最終的に自分たちはこういうものを作るんだ!」というわかりやすい形にして,チームや作業者に伝達する力です。
ゴールはここですと指し示す力。まさにディレクションはこれじゃないの? という気もします。
説明がうまい,仕様書を書くのがうまい,または書かせるのがうまい,といった能力ですかね。
とにかく最終目的地を皆に示す,道に迷わせない。「この人の言うことを聞いて進めばゴールに着く」と思わせる。
先のドキュメント番組では,庵野監督がこれを放棄していました。「僕は何も指示をしません」みたいなことを言っていて,さすがにアニメを作ってきた人は違うなぁと。
アニメは指定したもの,指示したものしか画面に現れないから,偶然はない。実写は役者や風景,空気のイレギュラーによって予想外の何かが手に入る……みたいな想いがあるんじゃないかと感じました。
庵野監督は,自分の手癖じゃないもの,自分の中からじゃないものを求めていた気もします。
アニメの「シン・エヴァンゲリオン」の製作でも,3Dロケーションやモーションキャプチャを使った“アングル探し”を,自分ではなくほかのスタッフにやらせていましたし,もう「予定調和でない何か」に興味が行っているんでしょうね。
押井 守監督の作品も,アニメだとやたらこまかくコントロールしているのに,実写になると行き当たりばったり的な印象が強くなると感じるのですが,これはアニメの後に実写を手がける監督あるあるなのかなと思います。
ですが,イメージを伝達せずにできたものがたまたま良いという「まぐれ」に期待して作品を完成させるのは大変です。いつゴールにつくかが誰にも見えない。
そんな撮影手法が許されるのは,それこそ庵野監督や押井監督のように,名前でお客を呼べる,すでに確固たる実績のある人だけでしょう。
無尽蔵に予算とスケジュールがあって,それがリテイクごとに潤沢に支払われるなら,すごいメンバーを集めて自由にいろいろ出してもらい,そこからいいものだけを贅沢に使って大作を作ることもできそうです。楽しそう。でも,そんなことが許されるような環境は,なかなかないと思います。
3.ディレクション能力
ディレクターなんだからディレクション能力があるのは当たり前だろう,と思うかもしれませんが,ここでいうのはもっと狭義のディレクション能力の話です。
先に挙げた「イメージ力」「イメージ伝達力」の2つを使って,チームをどう動かすかです。
例えばゲーム開発なら,「ここはテストが必要」「これだけやったら,後は量産するだけ」「ここは前に作ったことがあるから後回し」「今回はコアメカニズムだけ先に作って検証しましょう」「ダメだったら安全策を取りましょう」「並走してアセットは大量に作っておきましょう」といった指示,ダンドリが重要になります。
今までの経験,自身の学習によって,何をどういう手順で進めていけばゴールに最短距離で着くかを知っている,またはそれを的確に探れるのがディレクション能力ですね。
ゲーム開発の場合,ゼロから完成までを経験すると,この能力がちょっと上がると思います。何本も開発経験があれば,その分が能力になる。映画監督も何本も撮影することで能力が上がるという話を聞いたことがあります。
ですが,ゲーム1本あたりの規模が大きくなったことによって,開発期間が延びる一方,担当する場所が狭くなっている昨今では,経験を積むのもどんどん難しくなっています。
4.集客力
超シンプルです。
極論すると,これがとんでもなく優れていれば,ほかが何もなくても事足りてしまいます。
集客力に優れる人は,“ほかの能力”によってそれを得ている場合も多いです。例えばアイドルが原作を担当した漫画とか,お笑い芸人が監督した映画とか。そういった人には,このパラメータに全振りのようなケースもあります。
あまりよくは聞こえないかもしれませんが,それでも多くの人が求めて商品が売れ,スタッフが潤うならいいことですし,繰り返し作品を作ることによって,本人の能力も上がる,というパターンもあるかもしれません。
なんにせよ,羨ましい限りの能力です。
5.愛され力
これを持っているディレクターは強いです。
ほかの能力がなくても,愛され力のあるディレクターだと,周りの人が
「しょうがないなぁ,何とかしてやるよ」
「じゃあここは骨が折れるけど俺がやるか」
と,自発的に助けてくれます。最高よね。
どうやったらこの能力が身に付くんでしょうか。日頃の行いの気もしますが,極悪人でもこの能力を持つ人がいるんですよね……。
筆者に足りない能力の筆頭なので,これまた持ってる人が羨ましいです。
6.運
自分が「運」だと思っていることも,広い視点で見れば「必然」です。
「なぜか電車が遅れた」「たまたま天気がすごくよかった」「曲がり角でかわいいあの子とぶつかった」といったことにも,ちゃんとした原因があり,必然の出来事です。
我々はどうしたって,自分の目の届く範囲のことしかわからないので,この状況をコントロールできません。ただ,「運のいい人」は,「うまくいく必然」を持っているようなもので,ほかのすべての能力がなくても,これだけでうまくいきます。
またまた羨ましい。あやかりたい。
単純に凄い運のよさだと思った例では,放映前のアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」(物語途中からの急展開で人気に火がついた)とコラボ案件を決めたことによって,多数の新規流入を達成したゲームタイトルがあります。
ネットゲームのコラボイベントの仕込みは数か月前から必要なので,放送のずいぶん前から交渉し,イベントを作っていたわけですね。「まどか☆マギカ」の大ブレイクは、3話の衝撃的展開からだったと思うので、開けてびっくり玉手箱だったでしょう。
“悪運が強い”エピソードでは,ガチャによる絵合わせなど,「これって法律にひっかからないの!?」というギリギリを攻めて,やっぱり引っかかってそのガチャは終了となるも,あいまいな期間のウチにめちゃくちゃ稼いだ,みたいな(そこでアクセルを踏み込むのは怖いですし,道義的にもなかなか)。
逆に運がない例を挙げると,「Quake」シリーズのタイトルが日本向けの正式サービスを開始した直後に東日本大震災が起きて,この状況でこの名前(Quake=地震)は……と思った朧気な記憶があります。
運として紹介はしましたが,ガチャやコラボの件は,アンテナを張ったり,いろいろな人脈を通じて情報をキャッチしたりで,確信を持って進めていた可能性もあります。「運も実力のうち」というのは,そういうことなのかもしれません。
一見揉めているように見えても,実は……
ディレクターって,だいたいこんな感じの能力で仕事をしている気がします。
ただ,筆者がこれまで一緒に仕事をしてきたディレクターの中では,この6つの能力がすべて完璧な人を見たことはありません。突き抜けてはいないけれど全体的にバランスがいい人とか,1つしかないけどそれがとんでもなく凄い人とか,それぞれの持ち味で仕事をしています。
6つの能力がまったくなくてもなんとかしちゃう人もいるので,自分が観測できてないパラメータもあるのだと思います。
筆者が昔働いていたプロジェクトの隣で,某タイトルの映像パートが制作されていたんですが,そこの映像ディレクターはコワモテのうえ,現場で怒鳴り散らす人でした。
こりゃたまらんだろうなーと横目で見ていたんですが,そのうちスケジュールがかなり真っ当に守られていることに気づいて,感心した記憶があります。
周りにも慕われていたそうなので,本当のところは怖い人ではなくて,コワモテを演じることで仕事をちゃんと回してた人なんでしょうね。今だとパワハラに見えちゃう案件かもですが。
庵野監督はほぼすべての能力を持っていると思いますが,「シン・仮面ライダー」では,あえて「イメージ伝達能力」を使わないという手に出たわけですね。
これに対応する田渕景也アクション監督は大変だったと思います。「任せたのなら無茶なリテイクなし」「無茶なリテイクするなら細かい指示を先に出す」というのは発注仕事だと仁義みたいな部分ですが,そこをすっ飛ばしなので。
仁義なき指示を出せるほどのビッグネーム,集客力,実績。
それに応えた現場。
プロフェショナルのスキルを持った者同士が,プロらしからぬやり取りでものを作っちゃうという。見るからに大変過ぎて胃に来ますね。
あれをゲームの開発現場でやったら,プロジェクトがあっという間に破綻しそうです。すべてがうまくいってもクソゲーができちゃう可能性があるのがゲームなので,偶然いいものが出来る可能性に賭けるのは,適当に書いたコードが一発で通ることに賭けるぐらいに大博打です。
ゲームは映画と違い,時間や画面に制限がないので,もともとコントロールしきれませんし,最近の巨大な規模のゲームだと,オシャカ様でも把握できまい,というくらいだったりします。
ゲームと映画の違いについて,もう少し詳しく説明しましょう。たとえばHD画質の映画だと,1920ドット×1080ドット×2時間(1秒間24フレームとして17万2800フレーム)でだいたい3580億ドットとなります。このくらいの映像なら,全部コントロールできるんですよ。もちろん予算と時間によりますけど,
その気になればできる!
「シン・仮面ライダー」には,実写映像にしか見えないCGシーンが多数あります。また,「スター・ウォーズ」のエピソード1(1999年公開)は,CGで作られているカットが多いですが,CGモデルのめり込みや違和感などは,フレームごとに1コマ1コマレタッチしたといいます。20年以上前の技術でも,そこまでコントロール可能だったんです。
【単発カラー劇場映画 #シン・仮面ライダー VFX BreakDown】
— 『シン・仮面ライダー』【公式】 (@Shin_KR) April 14, 2023
本作のキャラクターたちがどのように作り上げられたのか、VFXの観点からお届けいたします。
第1弾:仮面ライダー/本郷猛 編
本日、もう1本お届けします。
御期待ください。 pic.twitter.com/JPfApD3uA6
映画は一方的に情報を視聴者に与える仕組みなので,監督が全部を管理できるわけですね。黒澤 明監督は,セットの小物はもちろん,(画面には映らない)箪笥の中の物にまでこだわったと聞いたことがありますし,庵野監督は,シン・ゴジラの爆発シーンで「ここの破片をもっとつめて。こっちはもう少し離して」といった,細かい指示をしたという話です。
映画は,全編通してチェックして,気になるところをすりつぶしていくやり方がギリギリ可能なボリュームなので,作家性が強く生きる面はあると思います。
それに対してゲームの場合,尺は2時間どころではすみません。その気になれば分岐入れ放題,パラメータ入れ放題。そもそもフレームごとにコントロールすればいいか,といえばさにあらず。プレイヤーが任意でスクロールさせたり,3Dグラフィックスのゲームならなら周囲をぐるっと見回したりするので,ボリュームは無限大です。恐るべしインタラクティブ。
1人の人間でコントロールできる限界はとうに超えているので,それをどうするかというのが,上で挙げた「ディレクション能力」です。できる人に任せられるのも,立派な能力というわけです。
なので「ここだけはそういうこだわりを持つ」ということはするけれど,全編をその密度でやることは無理だから各パートの担当者に頼る,といったスタイルにならざるを得ません。
その頼り方にもいろいろあるわけですが,ドキュメンタリー番組のゲーム開発現場にいる「無茶ばかり言うディレクター」も,それなりの能力を持っているからこそ,そのポジションにいるし,無茶ばかり言っているわけではないと思います。一見揉めているように見えても,実はうまく分業している姿なのかもしれません。
庵野監督のドキュメントもそうですが,ああいうものは番組制作側で揉めている絵が欲しいから,そういうシーンを強調しがちなわけですし。
ぶっちゃけ,本当に揉めるようなことは,表に出ないですからね!
ちなみに,かなり衝突していた庵野監督と田渕アクション監督も,映画のパンフレットに寄せられたコメントでは,お互いをリスペクトしてるというか,あの撮影のさらに後に求めているものを分かりあえた感じらしいですよ。パンフ買わなかったので知らないですけど!
ディレクションはほんとにチームの命運を左右しますし,最終的にいいものを作らないと,チームを超えて会社,そしてプレイヤーと,誰も彼も不幸にします。大変ですねえ……。
それでは今回はこのへんで!
アディオス! アミーゴ! デスマーチ反対!
■■島国大和■■ 有名ゲーム系Blog「島国大和のド畜生」の管理人で,不景気の波にもがく,正体はそっとしておいてほしいゲーム開発者。島国氏の「シン・仮面ライダー」を観ての詳細な感想がブログに掲載されていますので,そちらもどうぞ。 |
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