連載
「キネマ51」:第28回上映作品は「グランド・ブダペスト・ホテル」
グラスホッパー・マニファクチュアの須田剛一氏が支配人を務める架空の映画館,「キネマ51」。この劇場では,新作映画を中心としたさまざまな映像作品が上映される。第28回の上映作品は,悔しいほどの完璧な映画「グランド・ブダペスト・ホテル」。
「グランド・ブダペスト・ホテル」公式サイト
関根:
支配人は海外出張されることが多いと思うんですけど,海外のホテルのコンシェルジュ[1]に関する思い出はありますか?
須田:
まあ,大体いつも行き届いたサービスをしていただいていると思ってます。
ただ,厳密にはコンシェルジュのせいというわけでもないんですが,先日,イタリアのローマに行ったときにですね……。紹介されたレストランに行って,パスタを食べたんですよ。これ,4Gamer読者の皆さんにぜひお伝えしておきたい。
関根:
なんでしょう?
須田:
ローマで食べるカルボナーラより,日本のコンビニのカルボナーラのほうがよっぽどおいしかった。
関根:
あー,イタリアだからといってすべてのパスタがおいしいわけではないんでしょうね。観光地なんかだととくに。ちなみに,僕はドイツのベルリンでホテルに泊まったとき,コンシェルジュに美味しい魚料理の店を教えてくださいと相談したら,ベトナム料理屋を紹介されました。
須田:
ドイツ料理に魚はないということなんでしょうか。シビれますね。
関根:
今回は,そんなコンシェルジュの……しかも,究極のおもてなしコンシェルジュのお話ですね。
須田:
こんなホテルがあったら泊まってみたいと思いましたよ。
関根:
さらにそんな物語を作り上げたのは,究極のおもてなし映画監督,ウェス・アンダーソン。
須田:
部長は好きですか,ウェス・アンダーソン。
関根:
好きですよ。この人,完璧超人じゃないですか。
須田:
そうですね。監督,脚本,製作をやって,家がお金持ちで,センスもいい。
関根:
でも,そういう人ってちょっとムカつきますよね。
須田:
確かに。ソフィア・コッポラしかりね。
関根:
そうそう。ちなみにソフィアのお兄さん,ロマン・コッポラは彼の映画の共同脚本家でもあるんですよね。
須田:
あー,やっぱりそこがつながりますか。セレブリティ・クリエイター一派ですね。
関根:
そういうことを考えると素直に観られなくなっちゃうんですけど,まあでも,ここまでのもの作られたらね,
須田:
文句は言えません。試写会場も大盛況でしたね。
どういうふうにこの映画に切り込んでいけばいいのか。。。
須田:
ストーリーはいたってシンプルでした。
関根:
時代をまたいで物語が進んでいく作品ってけっこうありますけど,この作品は三つの時代のお話が描かれています。現代と,第二次大戦後,そして戦前。最初に登場するのは現代に生きる老いた作家。彼のベストセラー小説の名が「グランド・ブダペスト・ホテル」。物語は,その小説がどうやって生まれたかというお話なんです。
須田:
作家の自己紹介が終わると,グワッと彼の若い時代に戻る。彼が静養のために滞在したグランド・ブダペスト・ホテルで,そのホテルのオーナー,ゼロ・ムスタファに出会う。
そして,彼がどうやってこのホテルを手に入れたかというお話を作家に語り始める。すると時代がグワッと移り,オーナーの少年時代,ホテルのベルボーイ時代に戻るんですよね。
関根:
その三つの時代の物語。
須田:
とはいえ,物語のメインは,作家でもなく,ベルボーイでもない。ベルボーイを育ててくれた,グランド・ブダペスト・ホテル最高のコンシェルジュと呼ばれた男の話なんですよ。
4Gamer:
全然シンプルに聞こえないんですけど……。
須田:
ここまでを2回くらい読み返せば分かっていただけると思います。
関根:
究極のおもてなしを身上とするコンシェルジュ,グスタヴ・Hは顧客を100%満足させることに心血を注いでいて,マダム達の夜のお相手も完璧にこなしているんです。
須田:
これがすごいですね。ホテルのコンシェルジュとしてこれが凄く大事だっていう話もなかなか。
関根:
70,80代の年老いた貴婦人達が彼を求めて殺到するんですよね。導入は,そんな彼の完璧で究極のおもてなしがいかに素晴らしいかを数分間で見せてしまう。
須田:
スピーディな映像がコミカルでもありスタイリッシュでもあります。
関根:
ところがそんな彼の最高の上客で,親友でもあったマダムDが殺されてしまう。
須田:
ここから突然サスペンスになるんですよ。スパッと切り替わりますね。
関根:
なんとグスタヴが殺人犯として疑われ,追われることになってしまう。
須田:
彼が逃げつつ,刑務所に入れられつつ,脱獄しつつの大ドタバタ劇が,ハラハラドキドキといった感じで。
関根:
オープニングとはテンポは違えど,グイグイ物語に引き込まれていっちゃう。
須田:
オフビート[2]っていうんですか。心地良いんですよね。いくらでもシリアスに描けるところをコメディ仕立てにしてしまう。背景は複雑なんだけど笑えてしまう。この監督独特の気質が出てるなぁって。
関根:
一つ一つのエピソードをスパッと終わらせてしまう潔さもいいですよね。
須田:
見終わったあとに雑味が残らないんですよ。凄く気持ちいい。
関根:
僕はヒューマンドラマじゃないところが面白いなって思いました。コンシェルジュが仕事を完璧にこなすことによってお客様との関係を築くというプロ意識が,結果,人と人とをつなぐ物語になっているというか。情や優しさといったものを前面に出すことをしないんですよ。観客を泣かせようといった演出が全然ない。ドライですよね。でも,ちゃんと心地良くさせてしまうテクニック。凄いなあって。
須田:
この人独特の生活臭のなさですよね。物作りに徹する変人。だからこそこういう世界観が作られる。僕はこの監督の「ファンタスティックMr.FOX」[3]というストップモーションアニメ作品も好きなんです。これは人形劇で90分しっかり魅せてしまう演出なんですよ。
関根:
グランド・ブタペスト・ホテルもアニメーションっぽくないですか。キャラクターのデフォルメ具合なんかが。
須田:
ウィレム・デフォーなんかまさにそうですよね。生身の人間なんだけど,そういうところでもヒューマンな感じを消しているというか。感情とは違うところで人が動くっていうのを,ビジュアルでも魅せてくれる。
関根:
そう考えると,全体の絵作りも人形劇のようですね。基本,引きで映る背景はアニメーションだし,1930年代を再現したにしても極端な色使いだったりデフォルメ感あるじゃないですか。
須田:
しかも定点。カメラが固定されてますよね。全体が一番よく見える構図を使っていて。手振れなんて一切ない。しゃべるときも正面だったりとか。
関根:
確かにカメラ目線が多いですよね。
須田:
独特の構図。すごくいい。完璧な映画ですよね。ウェス・アンダーソンにしか作れない完璧なる世界。凄く居心地のいい箱庭世界。
関根:
ビジュアルがポップで可愛い少女も出てくるんですけど,胸がキュンとするようなラブストーリーとか,ホロッとさせてくれるような感動とか,そういった感じじゃないんですよね。
須田:
キュンじゃないですよ,出てくるのは。なんだろ……マイナスイオンみたいな。
関根:
まあ,分かります(笑)。
須田:
日本でも三谷幸喜さんが「有頂天ホテル」という,同じく個性派俳優大集合のホテルドタバタ劇を映画化していますが,またちょっと違う雰囲気ですよね。
4Gamer:
ではそんな三谷幸喜作品と,高嶋政伸さん主演の「HOTEL」と,どっちが近いですかね。
須田:
あー,サスペンスということでいうと,「政伸ホテル」ですかね。
4Gamer:
姉さん事件です,みたいな。
関根:
ベルボーイが主人公だし。
須田:
ベルボーイのゼロ・ムスタファも面長ですしね。共通点多いですね。
関根:
全然違います!
須田&4Gamer:
失礼しました。
関根:
舞台は東欧の架空の国,ズブロフカ共和国。ブダペストってホテル名ですけどハンガリーではないんですよね。
須田:
そこに戦争の影が忍び寄ってくる。ヨーロッパならではというか,まさに忍び寄る感じ。陸続きだからこそのジワジワとくる恐怖。
関根:
ファシズムの台頭ですよね。
須田:
ドイツよりもっと東に行ったところですから,歴史で考えれば確実に戦場になってる場所。戦争の色が濃くなってくるのに合わせてブダペストホテルの様相も変わってくる。
関根:
ついには軍の前線司令部になってしまうんですよね。戦争の色が濃くなってくるにつれ,最高のコンシェルジュであるグスタヴへの敬意が払われなくなってくることを感じさせるようなシーンがあって。
須田:
定点観測でみせるところですよね。文化が失われていくのを感じさせる悲しい場面。
関根:
宿泊客がコンシェルジュにどこまでを求めるかっていうのは,ホテルのランクというよりは,お客さんの質なんじゃないかと思うんですよね。お客さんの文化度といいますか。
だからコンシェルジュの目を通して見ると,その時代の文化や人々の心が芳醇なときであるのか,それとも枯れてしまっているのか分かるんじゃないんでしょうか。この映画を観てそんなことを感じました。
須田:
一瞬にして文化が失われてしまう。それだけ戦争って怖いものだという。強くメッセージを主張しているわけではないんですけど,奥深いところにそれがあるような気がしますね。
関根:
文化度を誰がどうやって評価するのかはとても難しいことですが,この映画はそれをさりげなく示してくれていますよね。
でも,もしかしたら監督はもう一つトラップを仕掛けているような気もするんですよ。劇中のメッセージだけでなく,この映画を受け入れられる文化的素養,君達にある? みたいな。
ウェス・アンダーソンがコンシェルジュで,彼がこの映画に散りばめたサービスがあって,それを僕らがどこまで感じることができたか。僕らは試されているかもしれません。
須田:
僕がみんなの文化度を測ってあげます。文化の代表として,みたいな。
関根:
でも,悔しいけど認めざる得ない作品ですよね。
須田:
そうなんですよ。自他共に認められてますよね。
4Gamer:
やっぱりちょっとムカつきますね(笑)
監督はゲーム好き?
須田:
なかなか読めない監督ではありますが,一つ確信しているのは,この人,絶対ゲーム好きだなと。
関根:
言い切りましたね。
須田:
言い切りました。彼は,僕と部長のちょうど間の年齢なんですよね。
関根:
そうですね。1969年生まれ。今年45才。
たぶんいろんなゲームを楽しんできてるはずなんですけど,とくにマリオやロックマンとか,横スクロールのアクションゲームの大ファンなんですよ。そんなのが好きすぎちゃって……観てくださいこのアート,横スクロールですよ。
関根:
そう言われても,このチラシのビジュアル,ただホテルを正面から見た絵じゃないですか。
須田:
この下にエスカレーターがあって,上がってきた人がピョコピョコって歩くシーンがあって,まさに横スクロールですよ。
関根:
ちょっと強引ですが。まあ支配人らしいですけど。
須田:
ファンタスティックMr.FOX。あれなんかまさに,全編横スクロールですよ。完全横スク。全編,横の断面で。だからこれはもうねぇ,横スクロールゲームですよ,ご紹介したいのは。
関根:
いっぱいありますよ。
須田:
「忍者じゃじゃ丸くん」?
関根:
いきなりふざけてるでしょ。
須田:
あ,そういえば,ホテルっていうテーマ,一回ゲーム作ってるんですよ。
関根:
突っ込まれて急に話変えましたね。「花と太陽と雨と」ですよね?
須田:
そうですそうです。
せっかくなので紹介したいところなんですけど,残念ながら……,
4Gamer:
横スクロールではない。
関根:
はい,却下。
須田:
なんだかさびしいですね。
あとは……そうだなぁ,ファミコンの「おばけのQ太郎 ワンワンパニック」なんかもありました。難しかったですよね。
関根:
横スクロールのゲームって定番ですから,いくらでも名前が挙がりそうですね。あ,コンシェルジュゲームってないんですか? 人から依頼された難題を解決していくっていう感じの。
4Gamer:
コンシェルジェそのもののゲームとなると,思い浮かばないですが……。困った人の依頼を受けて何かをするっていうのは,ゲームの設定としてはこれまた定番中の定番ですね。
須田:
それぐらい緩くしていくと,「フラッシュバック」あたりをオススメできそうですね。同じゲームデザイナーが作った「アウターワールド」という傑作ゲームがあるんですが,続編ではないものの近い雰囲気の作品なんですよ。
4Gamer:
これはしかも横スクロールですね。
須田:
近未来を舞台に,冒険していくんです。闘ったりなんやかんやしながら。途中で職を探すんですが,職業安定所に行って三つぐらいのミッション受けて,こなして,次のミッション受けてっていうパートがあって。
なんかねぇ,面白いんですよ。アートもドットでよかったですし。
関根:
いつ頃のゲームなんですか?
須田:
スーパーファミコンです。
4Gamer:
2Dの横スクロールでキャラクターがクネクネ動く系ですよね。
須田:
そうですそうです。横スク・クネクネ系。一時期洋ゲーで一世を風靡したんですよ。アクレイムのWWFのゲームとか。
4Gamer:
「WWFスーパーレッスルマニア」! クネクネしてましたね。あれ,見た目と名前は違う選手でも技は共通っていうあまりに思い切った仕様でした。遊べば遊ぶほど悲しくなったなぁ……。
関根:
クネクネ系って楽しそうにお二人お話されてますが,どういう感じのをそう呼ぶんですか?
須田:
キャラのボディがフルアニメーションなんですよね。日本のキャラはリミテッドアニメーション主体で,入力反応を良くしているんですね。だけど向こうは全部動くんですよ。
4Gamer:
入力反応は遅くなるのにドット単位の攻略が必要なゲームもあったり。
須田:
そうそうそうそう。
関根:
難しそうですね。
須田:
先行入力必須みたいなやつですよ。そんなクネクネ系のなかでもフラッシュバックはオススメですね。
関根:
支配人が選ぶ横スク・クネクネ系の傑作の一つということですね。
須田:
そうですね。日本ではサン電子から発売されていました。懐かしいなぁ。(支配人,何かを突然読み始める)「2142年。銀河連邦調査員コンラッド・ハートは,自身が発明した分子濃度計測スコープの実験をしているときに,スコープに映し出された数値が通常より高い数値を示している人間を発見。それがひそかに地球人に化けていたエイリアンであることを突き止めた! その直後,恋人であるソニアが姿を消してしまい,同時に何者かの気配を感じていた。身辺の危険を感じたコンラッドは,事実を政府に通報するため友人であるイアンのもとへ向かうのであった」と,こういったね,ストーリーです。
関根:
何を読み始めたのか分かりませんが,なんだかサスペンスですね。しかも,戦争の影が忍び寄っている気配。
須田:
確かに。今回の映画との親和性もバッチリですね。
関根:
まあ,ちょっと強引ですが。
須田:
とにかく,当時の横スク・クネクネ系ゲームはアートが美しかったんですよ。この作品にもリメイク版(PC / PlayStation 3 / Xbox 360)があるんですけど,それはそれで楽しんでいただいて,ぜひ当時のオリジナル2D版の美しさも楽しんでもらえたら嬉しいなと思います。
「グランド・ブダペスト・ホテル」公式サイト
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(C) 2013 VECTORCELL. Art Assets excluding VECTORCELL elements (C) 2013 Ubisoft Entertainment. All Rights Reserved. Based on the Flashback franchise created by Paul Cuisset, owned by VECTORCELL and used by Ubisoft Entertaiment under license granted by VECTORCELL. Flashback is a trademark of VECTORCELL and is used under license. Ubisoft and the Ubisoft logo are trademarks of Ubisoft Entertainment in the US and/or other countries.
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