連載
ゲーマーのための読書案内 / 第51回:スカウト
『スカウト』
著者:後藤正治
版元:講談社
発行:2001年5月
価格:733円(税込)
ISBN:978-4062731461
国産PCゲームの世界で,高校野球のチーム育成は古典的モチーフだったりするのだが,PCおよびコンソール機の野球ゲームやほかのスポーツゲームで,現場の指揮だけでなく長期的な運営の視点を取り入れた作品が増えたのは,1990年代後半あたりからだろうか。古くはPC-8801mkIISR用ゲーム「ミスタープロ野球」,近年の代表例としては「ダビスタ」「サカつく」「やきゅつく」あたりが挙げられるだろう。
こうしたゲームでは長期的な組織運営のために,2年後3年後,場合によっては10年後を見据えて球団(だったりクラブだったり団体だったり部屋だったり)の人気を高め,設備を整えて有能なスタッフと有望な選手を獲得するのが必須となる。とくに選手のスカウティングは死活的に重要だ。なにしろ他球団が大球場を建てたからといって,我が球団が大球場を建てられなくなることはないが,他球団が長嶋選手(だったりペレだったり馬場だったり大鵬だったり)を抱えている限り,我が球団が長嶋選手を雇うことは不可能なのだ。
ゲームならば,スカウトに所定の給料を払ってあとは任せておいたり,特定地方に派遣したり,たまにタッチペンで画面をこすって隠し玉カードをスクラッチしたりするだけで有望な選手が手に入るわけだが,現実はもっと複雑で厳しく,退屈でミもフタもないに違いない。
さて。今回紹介する『スカウト』は,そんな現実の一面を切り取った本である。広島東洋カープを中心に活躍したスカウトに木庭 教(きにわ さとし)という人がいたのだが,2008年5月長逝した際,複数のスポーツ紙が彼を「伝説のスカウト」と呼んだ。それも道理でこの人は,どこよりもお金のない球団(広島)でスカウトをやり,たくさんの注目選手(三村とか)と,さらにたくさんの無名選手(衣笠とか金城とか高橋とか大野とか達川とか)を口説き落として入団させた。そして彼らの活躍で,どこよりも強い球団が出来上がる。また,その後は乞われて他球団(横浜,オリックス,日本ハム)でも選手の発掘に腕を揮ったという,実績の持ち主なのである。
本書はこの人のスカウト行脚に密着し,各地を歩きながら木庭という一人のスカウトの人となり,そしてプロ野球のスカウトという仕事を,つぶさに眺めたルポルタージュだ。……で,その結果,出てくる否定形の多いこと多いこと。
「無駄足だった。そういうときはしばしばある。それを含めて,スカウト活動である」
「お目当ての一人は登板せず,もう一人は投げたものの,故障を抱えてのピッチングだった。収穫がなかったようで,あったような,そんな日であった」
「期待を上回る選手と出くわすことは少ないし,行く先々で何か特別な楽しみごとが待っているわけではない」
「ドラフトの対象となるような新たな収穫はなかった。だが,『消していくのも仕事』である」
「とくにお目当ての選手はいない。ただ,一シーズンに一度,有力どころの大学チームを見ておく。思わぬ掘りだしものがあればよし,なければそれもよし,である」
「(青山学院大の井口忠仁は)木庭がいちはやく目をつけた選手ではあるが,すでに世評高き選手,逆指名確実な選手である。かつてちょっぴり先行したリードなど消えている」
といった退屈でミもフタもない日常の中でも,ごく稀に一人の選手の可能性を目にする「これは」という瞬間があることを,見事に活写した本なのだ。
読者の感想はもとより人それぞれだろうが,この本を友人に勧めてみたところ,球団経営ゲームをプレイするとき「スカウトにだけは金をケチってはいかん!」と力説するようになった。
ちなみに同じ著者に『牙〜江夏豊とその時代〜』(講談社文庫)という本があって,こちらも傑作なのは間違いないが,色合いはかなり異なる。『牙』は多方面に入念な取材を重ねたうえで,最終的には著者自身の感情や思い入れをストレートに出す仕立てだ。それに比べると『スカウト』は,より抑制的な書きぶりである。著者が世代的に江夏 豊に近く,木庭 教には遠いせいも,もちろんあるだろう。
読み比べてみると『スカウト』は,著者より前の世代に属する人物の中に見たプロフェッショナリズムへの賛歌,手に確かな職があり,腹に確かな職業倫理がある人間への賛歌であるように思えてくる。
それはさておき。このプロフェッショナリズム賛歌に冷や水をぶっかける傑作ルポルタージュが別途存在する。それが次回紹介する『マネー・ボール〜奇跡のチームをつくった男〜』である。乞う御期待。
すごいけど地味,地味だけどすごい。
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