業界動向
Access Accepted第810回:メイク・ゲームズ・グレイト・アゲイン! イーロン・マスク氏が生成AIによるゲーム開発を行うスタジオを新設へ
イーロン・マスク氏と言えば,テスラやスペースX,SNSのXなどのビジネスを手がけ,経済から政治まで積極的な発言を続ける世界的に有名な企業家だ。その彼が,思想的に中立な立場を取らなくなった欧米のゲーム企業とジャーナリストに業を煮やし,自身の興した仮想通貨企業の技術を利用して,生成AIによるゲーム開発に乗り出すと宣言した。
あのイーロン・マスク氏がゲーム産業に参入へ!
よほど世情に疎い人でもなければ,「イーロン・マスク」(Elon Musk)という外国人の名前を聞いたことがない人はいないだろう。世界で初めて個人資産が3000億ドルを突破したと言われる大金持ちであり,世界で最も革新的なリーダーに挙げられる現在53歳のマスク氏は,2024年のアメリカ総選挙を勝利したトランプ次期大統領とタッグを組み,政府効率化省(DOGE)の共同議長に就く予定と言われている。
幼少期を南アフリカで過ごしたマスク氏は,友人と遊ぶ代わりに,1日に2冊の本を読んだりする内向的な生活を送る少年だったという。とくにSFを好み,世に出回っているSF小説はすべて読破していると豪語しており,そうした好奇心が宇宙開発や真空チューブトンネル移動の実験などに駆り立てているのかもしれない。
また,アニメやゲームのファンでもあり,最近では「ディアブロ IV」のエンドコンテンツ「名匠の奈落」のピットランで,世界トップ20にランクインするクリアタイムを達成したことが話題となった。
そんなマスク氏だが,アメリカ時間の11月28日,仮想通貨ドージコインのクリエイターとして知られる“シベトシ・ナカモト”ことビリー・マーカス(Billy Marcus)氏によるXのポストを引用する形で,ゲーム会社を創設することを宣言し,「Make Games Great Again!」(メイク・ゲームズ・グレイト・アゲイン!)と語ったのである。
マーカス氏のメッセージは「ゲーム開発者やジャーナリストたちが,どうしてこれほどイデオロギーに囚われているのかが理解できない。ゲーマーはこれまでずっと荒らし屋(トロール)で,金満主義的な企業が大嫌いで,“bs”に対抗してきた。ゲーマーは常に,これ見よがしにコントロールされることを嫌い,誰がニセモノであるかを直感的に見極めてきた」という内容だ。さらに「それなのに,どうして開発者やジャーナリストは“bs”に傾倒するのか」と続けて,不人気のゲームを多発させるゲーム会社の体質を批判した。
マーカス氏がポストしている“bs”とは“bullshit”(牛糞)のこと。つまり,“鼻つまみモノ”という意味のスラングで,ここでは2024年度の欧米ゲーム市場における最大のトピックとなった「DEI」(Diversity:多様性,Equity:公平性,Inclusion:包括性)を指していることは間違いない。
これに対して,「アサシン クリード シャドウズ」の騒動が始まった頃,「DEIは芸術を殺す」とXで発信していたマスク氏は「余りにも多くのゲームスタジオが巨大企業により掌握されている。xAIは,ゲームを再び素晴らしいもの(メイク・ゲームズ・グレイト・アゲイン)にするために,AIによるスタジオを新設することにした」とリポストしたのだ。
生成AIで完全なゲームが開発できるのは数年後!?
前述のxAI(リンク)とは,PayPal時代にオンラインバンク「X.com」を創業(現在は営業権をCompaqに売却)して以来,「X」というイニシャルに愛着を持つマスク氏が2023年に設立した企業だ。氏が経営に関わっていたこともあるOpen AIの「ChatGPT」や,Googleの「Gemini」に変わる新しい人工知能「Grok」をXプレミアムユーザー向けに開発し,「科学的発見を加速させ,宇宙の本質を理解する」という崇高な目標を掲げている。
2024年初頭にはシリーズBラウンドで60億ドル(約9000億円)の資金調達に成功し,7月にテネシー州メンフィスに世界最大のスーパーコンピュータ「Gigafactory of Compute」(ギガファクトリー・オブ・コンピュート)を稼働させた。
そんなxAIを利用し,マスク氏がどのような形でゲーム開発に参入してくるのか。詳細は公開されておらず,Xのコメントから見てもリアクションとして発せられたものだろう。
昨今,生成AI(Generative AI)で生み出されたグラフィックスアートが大会で受賞し,音声込みの音楽さえも容易に制作できるなど,急速にマイルストーンが打ち立てられている。ゲーム業界でもアートに限らず,機械学習によるバグの検出などでも応用が進められているのが現実だ。
「近い将来,プログラミングまでもAIが行うようになる」というと,突拍子もなく聞こえるかもしれない。だが,Google Researchの研究者たちは8月27日に「Diffusion Models are Real-Time Game Engines」と題した研究報告書を公開し,ニューラルモデルのみを搭載した初のゲームエンジン「GameNGen」を発表している。
Googleと言えば,Google DeepMindのデミス・ハサビス(Demis Hassabis)氏とジョン・M・ジャンパー(John M. Jumper)氏が,今年のノーベル化学賞を共同受賞したことも本誌でお伝えしている。これにテルアビブ大学の研究者が加わり,プレイヤーの入力と進行に合わせて「DOOM」をリアルタイムに描写する実験を行ってきたという。
3Dゲームをリアルタイムにまるごと生成する「GameNGen」が発表される。「DOOM」を“移植”ではなく“生成”する時代へ
Google Researchの研究員ら4名は2024年8月27日,ニューラルモデルのみを搭載したゲームエンジン「GameNGen」を発表した。従来のゲームエンジンを一切使用せずに,プレイヤーの入力に合わせ「DOOM」をリアルタイムに描画できる。
デミス・ハサビス氏がノーベル化学賞を受賞。P・モリニュー氏とともに「テーマパーク」をデザインし,「Evil Genius」などの作品を生み出した過去を持つ
2024年度のノーベル化学賞が2024年10月9日に発表され,元ゲームデザイナーで現在はGoogle DeepMindのCEOであるデミス・ハサビス氏が共同受賞した。ハサビス氏は,ピーター・モリニュー氏とともに「テーマパーク」をデザインし,その後も「Black & White」「Evil Genius」などの作品を生み出した人物だ。
これを受けてNVIDIAのジェンスン・フアン(Jen-Hsun Huang)氏も,最近の会合では「ゲームの中のすべてのピクセルは間もなく,レンダーされるのではなく生成されるようになる」(Every single pixel in a video game is going to be generated, not rendered)と語っており,もはやゲームは物理的にレンダリングされるのではなく,逐一ゲーマーの目の前で生成されるという未来図が描かれている。こうした動きを察知したマスク氏が,いち早くビジネスとしての対応を進めていると考えてもおかしくはない。
もちろん,これまで多くの国々で知的労働層の雇用の受け皿になってきたゲーム産業が,すぐにAIに取って代わられることはないだろう。Google DeepMindが何年もかけて,人間相手にチェスや「StarCraft II」の対戦で人工知能の質を磨き上げてきたように,xAIもGigafactory of Computeを利用したトライ&エラーの日々がこれから続けられていく。
しかし,トライ&エラーこそが生成AIを使った機械学習の強みであり,スーパーコンピュータが24時間フル稼働して,生粋のゲーマーでもあるマスク氏を満足させるようなゲームを生成することになるかもしれない。
トランプ氏の標語をもじった「メイク・ゲームズ・グレイト・アゲイン」というコメントから,マスク氏がゲーム産業に参入するモチベーションは「“bullshit”に傾倒する開発者たち」に対する反動だと思われる。そこには,単なる政治的な「保守対リベラル」といった思想の対立ではなく,DEIのような社会思想をゲーム開発に持ち込むのは「不合理であり非効率」という信念も見え隠れしている。
Ubisoftの「アサシン クリード シャドウズ」はリリースが延期され,Warner Bros. Gamesの「スーサイド・スクワッド キル・ザ・ジャスティス・リーグ」のPC版はリリースから1年足らずで95%オフのセール対象になった。Sony Interactive Entertainmentの「CONCORD」はローンチから2週間でサービスを終了するなど,2024年は大企業による“bullshit”に傾倒したAAAタイトルのネガティブなニュースがゲーマーの注目を集めた。
コロナ禍以降,メーカーの廃業や雇用調整が進んでいるが,xAIはどれほどの規模のゲームを我々の前に提示し,ゲーム業界にいかなる影響を及ぼすのだろうか。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
- この記事のURL: