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Access Accepted第797回:“神のインフルエンサー”の異名を持つゲーマーがカトリックの聖人に
7月1日,2006年に15歳の若さで白血病に倒れたカルロ・アクティスさんが,カトリック教会によりミレニアル世代では初めて“聖人”に列せされた。コンピュータの技術を使ってカトリックの信仰を広めたことで知られるアクティスさんは,「Halo」や「スーパーマリオブラザーズ」のようなゲームにのめり込んでいたこともあり,やがては“ゲーマーやインフルエンサーの守護者”になることがあるのだろうか。
15歳で“聖人”に認められたゲーム好きなミレニアル世代
皆さんは,“聖人”と聞くと誰を想像するだろうか? 3世紀のローマで結婚が禁じられていた兵士を祝福し続けた「聖バレンタイン」(ウァレンティヌス),今も世界中の子供たちから愛され続ける“サンタクロース”こと「聖ニコラウス」,“マザー・テレサ”の名で知られる,87歳で亡くなるまでインドで布教と救済を続けた「コルカタの聖テレサ」など,今も宗教の垣根を越えて記憶されている聖人は少なくない。
7月1日,バチカンで開催された枢機卿一般会議において,フランシス教皇および当局によって15人の故人が列聖(聖人の位を受けること)される理由が承認された。その15人の中に加えられたのが,2006年10月12日に15歳の若さで白血病により命を落としたカルロ・アクティス(Carlo Acutis)さんだ。幼い頃からコンピュータのスキルを養い,世界中で見られる聖体の奇跡をまとめたWebサイトを開設するなどしてカトリックの信仰を広めたことで知られ,「神のインフルエンサー」というニックネームを得るほどだった。
カルロ・アクティスさんは,1991年にイタリア人の両親のもとに生まれた。保険会社に勤めていた父の仕事の関係からイギリスのロンドン生まれだったが,数か月後にはミラノに移住している。夏には母の実家があるイタリア南部のセントーラという村で過ごし,ビーチで遊び疲れると祖母が近所の女性たちとたまり場にしていた礼拝堂に通って,そこでよく祈祷をするようになっていたという。
両親はそれほど信仰心があったわけではなく,裕福ではあるが共働きでもあったために,幼少の頃のアクティスさんは異なるバックグラウンドを持つオペア(外国からの滞在者がホームステイしながら家事手伝いを行う制度)に育てられた。その中の一人であるヒンドゥー教徒の女性に祈祷の方法を教え,ついには改宗させたという逸話も残っている。
アクティスさんが,どれほどのゲーマーだったのかは分からないが,周囲の友人たちからは“コンピュータおたく”として認知されていた。8歳のときに初代PlayStationを購入してもらうが,あまりにものめり込み過ぎたために,母から1週間に2時間だけという厳しめの制限をされていたこともあったそうだ。それでも,母親の証言によるとXboxやゲームキューブ,ゲームボーイなどは買いそろえており,「Halo」シリーズに加え「スーパーマリオブラザーズ」や「ポケットモンスター」などにも熱中していたらしい。
そして何よりもハマっていたというのがプログラミングで,C,C++,Java,Dreamweaver,Ubuntuなどのプログラミング言語やツールの使い方などを独学で学び,14歳になった2005年には地元ミラノにあるサンタ・マリア・セグレタ教会から依頼されて,公式サイトを作成するほどの実力を持っていた。
神のインフルエンサーの真意
インフルエンサーというと,今ではごく一般的に使われる言葉で,ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を使って視聴者やフォロワーに情報を発信する,影響力が強い人物のことを指す。しかし,アクティスさんが“神のインフルエンサー”(L'Influencer di Dio)と呼ばれるようになった事情は少し異なるかもしれない。
Facebookがローンチされたのが2004年2月のことで,YouTubeが2005年2月,Xが2006年3月と,アクティスさんが亡くなる以前に存在していたサービスではあるが,まだ世間一般に広く普及していた時期ではなかった。ライフスタイルを紹介するブロガーお母さんたちがSNSを使い始めたばかりといったところで,インフルエンサーが市民権を得ていた時代ではない。時代背景を鑑みると,先述したWebサイトを開設するといった宗教的な影響力が評価されたのだろう。
アクティスさんは,ミレニアル世代(1981年から1996年の間に生まれた世代)で初めて聖人として認められた人物になるが,通例は死後数十年経ってから認定の可否が審議されることが多いとされる。そんな中,今回の列聖について,「教会に通う割合が極端に減っているミレニアル世代以降の人々に対して,信仰に興味を持ってもらう」という打算もあるのだろう,という穿った見解が出ているのも,あながち間違いではないのかもしれない。
聖人に列せられるには,信仰に従って高潔な人生を送ったといった前提がありつつ,加えて2度の奇跡を起こしたと認定されなければならない。アクティスさんが起こした奇跡は,1度目は生まれつきの重度の持病を抱えていたブラジルの少年に対し,その母親がアクティスさんに祈りを捧げたことで自然治癒したこと。2度目は自転車事故により頭部外傷を負ったコスタリカの女性に対し,こちらも母親が祈りを捧げたことで回復が進んだことだという。
それぞれ2013年と2022年に認められた奇跡で,いずれも国際的で若い世代に起った奇跡であり,カトリック教徒の間で急速にアクティスさんに対する信仰が広まっている。
今回の連載記事を執筆するにあたって,アクティスさんに関する情報は,教会公認のニュースサイト「Catholic News Agency」から多く引用している。同サイトの記事によると,アクティスさんが聖人となる式典は,今年10月の記念祭もしくは2025年中に行われるだろうとのことだ。
ウァレンティヌスが,何世紀も経て恋人を加護する聖者“バレンタイン”として認知されていったように,カルロ・アクティスさんも,やがては“ゲーマーやインフルエンサーの守護者”と讃えられるようなことがあるのかもしれない。カトリック教会にとっても異例とも言えるアクティスさんの列聖だが,“ゲームと宗教”というこれまであまり関係が深くなかった文化のクロスオーバーについて,いろいろと考えさせられる。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
※次回の更新は2024年7月15日の予定です
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