業界動向
Access Accepted第789回:手法が変わりつつあるSteamでのゲームの売り方。アルゴリズムをよく理解してゲームをアピールするべき
Steamでは,いいゲームであることに間違いはないのだが,販売ページの情報量が少なく,潜在的な消費者に向けて適切なメッセージを届けられていない,そんなタイトルが散見される。今回の連載では,「Steamのアルゴリズムを理解することで,より多くのゲーマーに情報を届けやすくなる」と説かれた,GDC 2024のセッションを紹介したい。
各ソーシャルメディアと連動しているSteam
登壇者は,Steamのデータを長期間にわたって研究しているマーケティング専門コンサルタントのクリス・ズコウスキ(Chris Zukowski)氏。25分間の持ち時間で143枚ものスライドを使用するという,弾丸スピードによるズコウスキ氏のトークは,まさしく口八丁な広報屋という印象だが,その解説はなかなかに的を得ているようにも感じられた。
まずズコウスキ氏が説いたのは,「消費者の目を引くような美しいグラフィックスやアートワークを前面に押し出すこと」だ。その理由は「ティックトッカー」の目を惹き付けるためであるという。
美しいグラフィックスのゲームというのが具体的にどのようなものかは感覚的な話になってしまうが,ズコウスキ氏が紹介した「Laysara Summit Kingdom」(Steamページ)は,高い山に王国を築いていくという2024年内リリース予定のシミュレーションゲームで,Redditの個人IDを使って発表されると,7万3000件の「upvote(いいね)」を獲得し,そこから1万1000件のウィッシュリスト登録を獲得したという。
もともとは2022年発売の予定だった「Laysara Summit Kingdom」は,まだ発売に漕ぎつけていないが,月に1回程度の頻度でアップデート情報が公開されており,コミュニティ作りも継続して行われている。
また,ズコウスキ氏は「Momento」(Steamページ)についても同様に「美しいゲーム」として定義しており,こちらもビジュアルの良さでティックトッカーに取り上げられ,大きく注目されるようになったと話す。最近のデータでは,すでに8万件ものウィッシュリスト登録を獲得しているという。
ズコウスキ氏はその理由として,「Steamのアルゴリズムは,ほかのソーシャルメディアでの話題性を指標にしているからだ」と話す。それぞれのソーシャルメディアで話題になることにより,Steamのアルゴリズムによって識別され,そこから1週間ごとにオススメのタイトルリストである「ディスカバリー・キュー」にプッシュされることになるらしい。この一連の流れをズコウスキ氏は,「Blessed」(祝福される)と呼んでいた。
「ゲームの制作をアナウンスする場合,最初に美しいグラフィックスのトレイラーをリリースし,インフルエンサーに取り上げてもらえるよう,1か月ほど奮闘するべき」とズコウスキ氏は話す。その結果を踏まえて,プロジェクトの継続するか断念するかを考えたり,アプローチを変えてみたりすればいいと続けた。
目安としては,X(旧Twitter)で1000件のLIKE(いいね),TikTokで50万ビュー,YouTubeのトレイラーで10万ビューだとし,最低2週間のディスカバリー・キュー参入,そして1週間あたりで3500件のウィッシュリスト登録が獲得できれば,祝福のボーダーラインに届いていると話した。なお,これらを達成できないと商業的に成功できるチャンスはほとんどないという。
それであれば,どこを切り取っても美しくは見えないゲームの場合はどうするのか。ズコウスキ氏は「とにかくデモを早めに出すこと」が大切だと説く。2023年11月に正式リリースされた工場自動生産ゲーム「Mob Factory」(Steamページ)は,2023年2月の「Steam Nextフェス」開始前にデモ版がリリースされたが,遊べるデモが少ない期間にYouTubeのインフルエンサーに取り上げられ,47万5000ビューを獲得した。
ズコウスキ氏が話すには,TikTokでの瞬間的な話題性と異なり,YouTubeは“太いしっぽ”があるという。ユーチューバーの誰かに注目されれば,YouTube独自のアルゴリズムによって潜在的な視聴者のオススメ欄に数か月経ってから出てくるのも珍しくはない。数か月ごとにトレンドリストに入ることで,Steamのアルゴリズムにも乗り,その結果,ディスカバリー・キューに“無賃乗車”し始めるわけだ。
Steamのアルゴリズムを理解して祝福を受ける
ゲーム開発者の間でよくある誤認の1つとして,「小さなゲームでデモを出すのはよくない」という考えがあるとズコウスキ氏は語る。最終的にすばらしいゲームになると信じているが,仕上がりが悪いデモをリリースしたことで,ゲーマーたちの興味を失わせてしまうかもしれない,といった考えのことだ。
ズコウスキ氏曰く,その兆候は10年ほど前のデータを分析すると当たっているが,現在は大きく異なっているそうだ。
開発者やゲーム実況配信者がデモをプレイする動画を視聴した人は,そのゲームそのものをプレイすることに興味を失ったとしても,そのうちの何人かは「あの配信者が選んでいるんだから」とSteamウィッシュリストに登録してくれるという。そしてその登録者の積み重ねにより祝福され,Steamのディスカバリー・キューに乗り,そのゲームを知らないゲーマーのもとに情報が届き始めるのだ。
「ボクが作るゲームは1度プレイすれば十分で,デモなんかリリースしたら満足されて購入してくれない」という意見もあるそうで,2023年10月にアーリーアクセス版がリリースされて話題となったDigital Cybercherriesの「DON'T SCREAM」(Steamページ)の事例が取り上げられた。
「ゲームをプレイ中に叫んだら負け」という簡単なルールが話題となり,デモ版をリリースしないまま2週間で13万件のウィッシュリスト登録を獲得し,販売数も10万を超える成功を収めたが,ズコウスキ氏は「ホラーゲームは口コミで広がっていくことが多いが,事前にデモを投入することなくリリースし,失敗してしまった事例のほうがはるかに多い」そうだ。
ズコウスキ氏は,ゲーム開発者が自分のゲームを無料で売り込んでいくための,こうした実践的なマーケティング事例をいくつか紹介していったが,彼が念を押すのは,「Valveはすべてのゲームを消費者に売り込みたい」と願っているということだ。それを公正に自動化するために特定のアルゴリズムを使っているわけで,Valve側が具体的にアルゴリズムを公表しないにせよ,それを理解することが重要であるという。
またズコウスキ氏は,2023年6月に多くのゲーマーから期待されてリリースされた「Starfield」でさえ,Steamでの同時アクセス者数のピークは,全体の3.4%に過ぎなかったと話す。10年以上前の作品である「グランド・セフト・オート V」や「PUBG: BATTLEGROUNDS」は今でも高い人気があり,そんな環境の中で新作インディーゲームを売るためには,効果的に自分たちのプロジェクトを晒し,潜在的なプレイヤーの目に届かせる必要があるわけだ。
「2024年現在のSteamでのマーケティング手法は,ファンに向けて行うものではありません。Steamのアルゴリズムを理解し,Steamからファンのもとへ情報を届けてもらうというという考え方が重要で,開発側の考え方の改革を行わなければならないのです」と結んでセッションを終えた。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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