業界動向
Access Accepted第784回:幻となった問題作「The Day Before」のデイ・アフター
ロシアのFntasticが開発した「The Day Before」は,2021年1月に開発が発表されて以降,Steamで「最も期待されるゲーム」であったにも関わらず,開発遅延やアセットの流用疑惑で話題となってしまったサバイバルアクションだ。アーリーアクセス版が,ようやくリリースされた2023年12月8日の4日後に,開発元であるFntasticが経営難をアナウンス。2024年に1月22日にサービス終了となった。そんな問題作とも言うべき,The Day Beforeの顛末をまとめておこう。
“幻のゾンビサバイバル”のこれまでをおさらい
「The Day Before」については,アンテナの少し高いゲーマーであれば,その名を何度か聞いたことぐらいはあるだろう。そのリリース前の状況については,1年ほどに掲載した「第750回:期待作から一転,疑惑の作品となったThe Day Before」で詳しく紹介しているが,2021年1月4日に存在が明らかにされて以降,大きな話題を提供してきた“MMO型”のサバイバルアクションゲームだ。
発表時に公開された映像は,NVIDIAの協力によってレイトレーシングといった映像技術をふんだんに使用したもので,「3月1日にリリース予定」というエンディングになっていた。さらに1月29日にはIGNの独占記事としてゲームプレイ映像が公開されたことでゲーマーコミュニティは大いに盛り上がった。その直後には2021年11月のリリース予定に変更されたものの,その間1年半近くにもわたってSteam上では「最も期待しているゲーム」のトップに君臨し続けた。
ところが,「The Day Before」の新情報がなかなか発表されないばかりか,発売延期が何度となく繰り返されていくうちに,ゲーマーコミュニティやインフルエンサーからは批判的な声が出始める。それまでにリリースされてきた数少ないアートワークやゲームの設定がUbisoftの「ディビジョン」やNaughty Dogの「The Last of Us」シリーズを模したものとみられたことから,「実際には存在しないゲームだ」とか,「詐欺行為に巻きこまれるな」といった論調も沸きあがった。
さらに,2023年1月にゲームタイトルの商標権のクレームを受けたことでSteamのストアページが削除されてしまった。2021年のゲーム発表当時は利用できたThe Day Beforeの商標が,さきに個人に取得されてしまったという事情ではあったが,開発元のFntasticに同情する声はほとんどあがらなかった(関連記事)。
そんなゴタゴタもありつつ,2023年12月8日にはようやくアーリーアクセス版がリリースされた。だが,当初アナウンスされていたような「MMO」ではなく,ミッションを遂行してマップからの脱出を図るという,いわゆる「エクストラクション」ベースのCo-op型シューターだった。接近戦要素の欠如や敵AIの粗末さ,凡庸なゲームシステムやパフォーマンスの悪さなども指摘され,各ゲームメディアに批判されたのは,記憶に新しい。
それだけデキの悪いゲームだったにも関わらず,アーリーアクセス版が39.99ドルで販売されていたことも,ゲーマーたちのヘイトを煽る一因だったかもしれない。筆者も「今の段階では買うのはやめておこう」と判断したクチだが,その判断は間違っていなかったといえるだろう。
アーリーアクセス版リリースの4日後となる12月12日には,Fntasticが財政的に破綻したことがアナウンスされ,1月22日にサーバーの運用も停止されるという,驚くほどお粗末な結果となった(関連記事)。ちなみに,返金要請を行っていないユーザーのライブラリーからも自動削除され,半強制的に返金も行われるという,Steam史上でも稀に見る展開になっている。
FntasticとMytonaのシベリアン・シンジケート
そんな「The Day Before」を開発したFntasticは,極寒の地として知られるシベリアのヤクーツクで2015年に生まれたデベロッパだ。創業者は,エデュワルド・ゴトフツェフ(Eduard Gotovtsev)氏と,アイゼン・ゴトフツェフ(Aisen Gotovtsev)氏という兄弟であり,これまでにも「The Wild Eight」(2019年)や「Propnight」(2021年)といったタイトルの開発実績がある。2021年にはヘッドクオーターをシンガポールに移している。
興味深いのは,「Propnight」および「The Day Before」のパブリッシャであるMytonaとのつながりであり,エデュワルド・ゴトフツェフ氏は,シニア・ソフトウェアエンジニアとしてMytonaに在籍していたという。Mytonaもまた,2012年にヤクーツクで設立され,主にモバイルプラットフォームでのパブリッシングにより成功を収めたが,Fntasticと同様に2021年にはロシアを出たのち,シンガポールを経てニュージーランドのオークランドへと本拠を移した。
Fntasticが経済的理由で廃業を宣言した直後の2023年12月15日に,Yahoo! News英語版の編集者であるシンガポール在住のアロイシウス・ロウ(Aloysius Low)氏は,Fntasticの本部に足を運んでいる。
Fntasticとして登録されている住所は,常駐スタッフのいないシェアオフィスであり,その関係者によるとほとんどスペースを利用したことがなかったそうだ。
さらにロウ氏は,2022年度版ながらもシンガポール政府に提出されたと思われるFntasticの収支報告書を入手し,その詳細をまとめた記事を掲載した。
これが事実であれば,4日間で21万本を販売したという「The Day Before」から得た収益が強制返金によってゼロになっても,2023年度中に財政難で廃業してしまうのは不自然だろう。ロウ氏も,「残った資金で新作を作ろうとしているのではないか」との見解を述べている。
「The Day After」なるパロディ映像が教えてくれるもの
Fntasticの廃業がアナウンスされた直後には,Co-opサバイバル「The Wild Eight」のSteamストアページで開発元がFntasticからEight Pointsに変更されたことで「社名を変えて新しい詐欺を働こうとしている」といったウワサが出回った。しかし,海外メディアのGameRantがパブリッシャのHyperTrain Digitalに取材した記事によると,Fntasticは2017年の時点で「The Wild Eight」の開発を放棄していること,そしてHyperTrain Digitalの内部チームが開発と運営を主導していたことが明らかにされている。
Fntastic廃業のアナウンスに合わせて,Steamストアページの情報を更新したことで,発売以前から関係のなかったFntasticと一定の距離を置く措置だったそうだ。この記事が公開されてからは,「The Wild Eight」の不当なレビューは削除され,「やや好評」を維持している。
また,1月24日には「I Made a Fake Zombie Survival Game in 300 hours(300時間をかけて偽ゾンビサバイバルを作ってみました)」という映像がYouTubeで公開された。これは,Crimsonという名でゲーム開発を行う個人デベロッパが,Unreal Engineと1500ドル相当のアセットで作り上げた作品で,さまざまな人気作品をつなぎ合わせたような「The Day Before」のトレイラーにヒントを得て,個人でどれだけの時間をかけて作れるのか試してみたものだという。これは「The Day After」と名付けられたパロディ動画であって,実際にゲームを開発する意図はないそうだ。
そうした説明を聞かなければ,素人目には開発中のゲームの一部を録画したものか,張りぼてのマップやモックアップのインタフェースだけで構成された偽ゲームなのかを判断するのも,昨今は難しくなっている。もし,NVIDIAが協力したという「The Day Before」のオリジナル映像やゲームプレイトレイラーが後者であったのであれば,我々メディアやゲーマーは,過剰な宣伝にまんまと乗せられてしまったことになる。
それでも再起を図ろうとしているFntastic
「The Day Before」のサーバーがシャットダウンしたことで,Fntasticのドタバタ劇も終息に向かうと思われていたが,1月25日にエデュワルド・ゴトフツェフ氏はFntasticの公式Xに,新たな声明を投稿した。すでにメッセージは削除されているが,それは,「インターネット上の不特定のソースにより,不正確な情報が氾濫している」と始まり,ゲーマーや投資家を騙す意図などまったくなかったことや,特定のブロガーやインフルエンサーたちが悪意のある想像によって悪評を広めたといった内容だ。また,Mytonaとのパートナーシップは良好であり,今後もニュージーランドで立ち上げた合弁会社MytonaFntasticを共同で運営していくことなども記されていた。
ポーランドのゲームメディアCD-Actionが掲載した記事によると,ゴトフツェフ氏は今年に入ってから複数の元関係者たちにコンタクトを取っていたらしい。12月12日に公開された「経営難により廃業します」という,ニュース記事にも掲載しているXの投稿文はすでに削除されているが,元関係者たちには新しいモバイルゲームのプロジェクトに参加するよう要請があったそうだ。Fntasticという社名も捨てることなく,そのまま再起を図るらしい。
ちなみに同記事によると,ロシアおよびベラルーシ国外にいる開発者たちの間で,そのオファーを承諾した人はいないそうだ。冒頭でも紹介した,以前の連載記事で筆者も批判しているが,「The Day Before」の開発中にそのゲームシステムについて語ることなく,「わが社のボランティア文化」などと題した,職歴の少ない若手開発者に無償で働かせると言わんがばかりの“ボランティア精神”を自慢げに話していたゴトフツェフ兄弟に,今後もついていくという人は,そうはいないだろう。
ゴトフツェフ兄弟が,故意に詐欺を行う意図を持って「The Day Before」を企画し,6年という歳月をかけて悪だくみを温めてきたとは今でも筆者は考えていない。しかし,ひょんなことで小さな新企画が大き過ぎる期待を受け,シンガポールに支社を作るほど舞い上がってしまったのだろう。そして,開発の進捗状況をゲーマーに誠実に説明することを忘れ,自分たちの楽しい生活をアピールし,言わなくてもいいことを発信しては削除を繰り返していた。注目を浴びることに慣れておらず,コントロールを失っていたように思える。
もし本当に自分のプロジェクトやビジョンに自信があったのであれば,批判や嘲笑を糧に「The Day Before」を開発し続け,「No Man’s Sky」や「サイバーパンク 2077」のように最初の悪評を覆すようなゲーム目指すこともできたはずだ。今となっては,Fntasticが再起を図るのは難しいだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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