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Access Accepted第772回:100周年を迎えたディズニーはゲームビジネスに本腰を入れるのか?
本日(2023年10月16日)で創設から100年を迎えたディズニーは,ミッキーマウスやトイストーリー,さらにはスターウォーズ,マーベル,アバターなどさまざまな知的財産を持つ一大エンターテイメント企業だ。だが,21世紀のディズニーを牽引してきたボブ・アイガー氏がCEOに復帰してもなお,経営悪化に苦しみ続けている。その起死回生の一手として囁かれているのが,ゲームビジネスにおけるライセンシーからの脱却だ。
ディズニーを巨大化させたアイガー氏
そんなディズニーは,1923年にウォルト・ディズニー氏によって創業され,本日で設立100周年を迎えた,誰もが知る世界的なブランドである。
総合エンターテイメント化に舵を切ったのは,現CEOである“ボブ・アイガー”こと,ロバート・アレン・アイガー(Robert Allen Iger)氏だ。アイガー氏は,大学卒業後の1974年に,週給150ドルで全米ネットワークのABC(American Broadcasting Company)でテレビ撮影用セット作りのために雇用されたという叩き上げの人物で,1993年にはABCのエクゼクティブ副社長に就任した。
このあたりの顛末はアメリカでは本になるほど注目を集めた内部騒動だったが,今回の本筋とは直接関係ないので深くは触れない。ただ,上記のような流れで“ディールメーカー”としての手腕を発揮したアイガー氏が,「21世紀のディズニー」を築いたキーパーソンとなっていったわけだ。
2021年の契約満了に合わせ,2019年にはディズニーのCEO兼会長職から勇退するとともに,2011年から兼任していたAppleの取締役会会長の座も辞任。これは,同年に開始予定となっていたサブスクリプションサービス「Disney+」がApple TVの競合になってしまうために仕方のないことであったようだ。
しかし,新型コロナウイルス感染症の蔓延で“普通ではない事態”となってしまったことも影響してか,ディズニーの新たなCEOとなったボブ・チャペック(Bob Chapek)氏の後見人という立場である“エクゼクティブCEO”というポジションに,取締役会議で特例扱いで任命された。
そしてフロリダ州において,性別や性自認に関する議論を禁止する法案を支持する議員にチャペック氏が献金していたことで,ディズニーのカンパニーポリシー違反が取り沙汰され,チャペック氏はCEOを辞任する。そんなこともあり,経営が悪化した状態であるディズニーのCEOにアイガー氏は2022年11月に復帰し,2026年まで務めることになっている。
ディズニー業績悪化の背景と先の見えないエンターテイメント産業
10月10日,ニュースメディアのBloombergが,「ボブ・アイガーは魔法を失ったのか?」(Has Bob Iger Lost the Magic?)という記事を掲載し,現在のディズニーの窮状を解説した。
この2年ほどの間にディズニーの資産価値は全盛期の半分ほどになってしまっており,2023年2月には従業員7000人の解雇と,55億ドルのコスト節減計画をアナウンス。利益率を向上させるために,主力であるテレビや映画事業を柱とする「エンターテイメント部門」,消費者向けの製品販売やクルーズ船事業までを含む「テーマパーク部門」,そしてスポーツネットワークである「ESPN部門」の3つに再編するなど大鉈を振るった。
ロックダウン中に大きな損失を出していたテーマパーク事業やクルーズ船のビジネスは持ち直しているものの,将来性のないテレビ放送と会員数が減少し続けているストリーミング事業が足を引っ張っている様子だ。
Bloombergによると,ディズニー配給映画の中で「リトルマーメイド」は利益を出せたものの,「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」は製作費を回収できておらず,「バズ・ライトイヤー」も赤字。「アントマン&ワスプ:クアントマニア」もチケット販売に伸び悩み,今後のMCU(マーベル・コミックス・ユニバース)における「ヒーロー単体での映画化」に方針転換があったようだ。
2019年の開局時には初日で1000万人ものサブスクライバーを集めた「Disney+」は,今年に入ってから20億ドルもの損失を出し,値上げを発表したこともあってか,会員数は減り続けているという。
しかもアメリカでは,ハリウッドスターたちも参加するストライキが継続中だ。ストリーミング動画ビジネスにおける二次使用料の支払いが不十分であるという主張や,AIを使ったデジタル画像による肖像権の侵害に対する補償や管理などをめぐり,全米映画俳優組合と制作会社が揉めているのだ。全米脚本家組合によるストは決着したばかりで,全米映画俳優組合とも近々合意が成立される兆しとされているが,ディズニーだけでも「スターウォーズ」「アベンジャーズ」「ブレイド」「アバター」といった人気シリーズの続編は軒並み延期となっており,それが経営と株価にダイレクトに影響しているようだ。
業績が悪化していた矢先のハリウッドによるストライキだったこともあるが,アイガー氏はCNBCによるインタビューで「俳優組合が求めていることは非現実的であり,この産業が抱えている問題に別の問題を突きつけたのは,非常に妨害的である」と話してしまい,組合員たちから総スカンをくらった。
以前は「ハリウッドで最もナイスなCEO」などと言われ,満を持して経営者として復活を遂げたはずのアイガー氏だったが,一夜にして「ハリウッドの敵」となってしまい,デモでは俳優や脚本家たちから罵倒される存在になってしまったのだ。
ディズニーとElectronic Artsのウワサが再び浮上
そんなディズニーの起死回生の一手と思われるのが,“ゲームビジネスへの本格参入”だ。先述のBloombergでも,「アイガー氏の部下たちは,例えばElectronic Artsの買収を通じて,版権をライセンスするだけでなく,ゲーム企業大手へと大胆に変革していくことを検討するよう,アイガー氏に迫っている」としており,ゲームビジネスに本格的に乗り出していくことを示唆しているのが興味深い。
ディズニーとElectronic Artsの関係については,本連載の「第725回:Electronic Artsが自社の買収/合併を積極的に持ち掛け? その背景にあるもの」でもElectronic Arts側からの視点で解説したことがあるように,少なくとも2022年5月以前からElectronic Artsがディズニーに持ちかける形で,何度か話が進められたことがあるようだ。買収ではなく合併となり,スポーツの強いEA SPORTSとの相乗効果を狙って,ESPNと連動させる具体的なプランまで話し合われていたという。
ディズニーのゲームといえば,Electronic Artsによる「STAR WARS バトルフロントII」や「STAR WARS ジェダイ:サバイバー」といった作品だけでなく,スクウェア・エニックスの「キングダムハーツ」シリーズや「Marvel's Guardians of the Galaxy」,ソニー・インタラクティブエンターテインメントの「Marvel's Spider-Man」シリーズ,そして2K Gamesの「マーベル ミッドナイト・サンズ」など,これまでのディズニー系話題作の多くは他社との協力によるものだ。
2016年まではDisney Interactive Studiosというゲーム部門があったものの,内部開発チームを持っていたことはほとんどなく,他社に頼ってきた。
最近では,休業状態だったDisney Interactive Studiosが復活して「ディズニー イリュージョンアイランド 〜ミッキー&フレンズの不思議な冒険〜」がリリースされ,「Sea of Thieves」では「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「Monkey Island」のDLCが立て続けにフィーチャーされるなど,ディズニーはゲーム業界での存在感を高めるような動きを見せている。
Ubisoft傘下であるMassive Entertainmentの「Star Wars Outlaws」や,Warner Bros. Interactive Entertainmentが手掛ける「スーサイド・スクワッド:キル・ザ・ジャスティス・リーグ」など気になる作品が開発中であるのは有名だろう。
ほかにもQuantic Dreamsの「Star Wars Eclipse」,Xbox Game Studios/Bethesda Softworks傘下のMachine Gamesも「インディ・ジョーンズ」を,さらにはTake-Two Interactive傘下のモバイル企業Zyngaが,同社初となるコンシューマ機向け「Star Wars: Hunters」の開発が進められているなど,数多くのディズニーゲームが予定されている。
思えば,2017年にElectronic Artsがリリースした「STAR WARS バトルフロント II」は,海外では“ルートボックス”と呼ばれる“ガチャ問題”がゲーム産業に大きな衝撃を与えた。その時の様子は「第556回:大きな議論になった「ルートボックス」」で取りあげているが,当時の見解では「子供に夢を売るビジネスを展開するディズニーがElectronic Artsの失態に怒り,それがさまざまなゲームパブリッシャにライセンスされるきっかけになった」というものだった。
この5年ほどの間に,Electronic Arts以外のパブリッシャからさまざまなゲームがリリースされている事実を顧みると,それは間違った見解ではなかったと思う。だが,ディズニーが「Disney+」でサブスクリプションモデルを採用したことを考えると,ゲームビジネスにおける「Game as a Service」(GaaS/サービスとしてのゲーム)という,成功すれば長期的で膨大な利益を生む昨今のゲーム産業の進化に,目を向けていないわけはないと筆者は考える。
Electronic Artsとの交渉が始まったとされる2022年5月はまだ,アイガー氏は経営そのものに復帰していなかったし,Bloombergの記事も「幹部たちが説得しているが,アイガー氏は(ほかの新規ビジネス同様に)コミットしていない」という論調であり,ディズニーによるElectronic Arts買収という動きがすぐに実現するとは思えない。
しかし,何が突然起こるか分からないのが,大型化するエンターテイメントビジネスの面白さでもある。ディズニーのこれからの100年の布石として,ゲームビジネスに本腰を入れてくるのかどうかも注視しておきたいところだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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