業界動向
Access Accepted第770回:TGS 2023で見た政府系イニシアチブ「Madrid in Game」の本気
今年も無事に閉幕した東京ゲームショウ2023のビジネスエリアにて,スペイン・マドリードを拠点に発足した「Madrid in Game」の関係者に話を聞く機会があった。起業を考えるゲームデベロッパに対し,広大なキャンパスで最大6か月に及ぶ開発サポートなどの支援を行い,地域のeスポーツのスポンサーにもなるという大きな計画を実行中の政府系イニシアチブだ。
東京ゲームショウ2023で存在感を放った政府系イニシアチブ
スペインの王都マドリードと言えば,人口328万人(2022年),EU圏内ではフランスのパリに続くメトロポリスだ。イベリア半島における政治や文化,教育の中心として長らく栄えてきた。
しかし,Amazon(AWS),Electronic Arts,IBM,Microsoft,NTT Dataといった名だたるゲーム/IT関連企業が支部を持っているとはいえ,ゲーム業界においては大きなプレゼンスがあったとは言い難い。
我々ゲーマーの知るところでは,2009年に発足し,「RiME」(2017年発売)や「ヌヌの唄:リーグ・オブ・レジェンド ストーリー」(今秋発売予定)などを開発しているTequila Works,「Alfred Hitchcock - Vertigo」を開発し,今年30周年を迎えるPendulo Studiosが,マドリードに本社を置く知名度の高いメーカーと言えるだろう。
今年も無事に閉幕した東京ゲームショウ2023のビジネスエリアにて,マドリードを拠点として2022年に発足した政府系イニシアチブ「Madrid in Game」の関係者に取材を行う機会を得た。
政府系イニシアチブと言えば,カナダやポーランドのように「ゲーム開発のハブ」として機能しているケースがある。経済政策の一貫として地域のゲーム企業だけでなく,教育機関や関連産業を巻き込んだ施策が行われたり,ファンドという形の文化振興によってインディーゲームの開発資金が提供されたりしている。
実際,ゲームを立ち上げたときに国旗や「EUの支援による」といった但し書きが表示されるのは,近年のインディーゲームではよくある光景だ。海外では芸術映画と同じような形で,ゲーム開発のサポートが進んでいる様子が伝わってくる。
今年の東京ゲームショウ会場でも,それぞれの国が支援する形でオランダやノルウェー,スペイン,中国,韓国,マレーシア,チリといった「国家パビリオン」が見られた。一般的には各地域のゲーム開発者からの応募や推薦により,小規模チームや個人のデベロッパが参加し,日本でのプロモーションをかけるべくゲームをアピールしていた。
国単位でなくても,デンマークの首都コペンハーゲンと,スウェーデンの最南端にあるマルメが国境を越えて共催する「Greater Copenhagen Region」というイニシアチブもあり(関連記事),また主旨は異なるが,鹿児島県伊佐市はビジネスデイにブースを出展し,企業誘致やマッチングを行っていた(関連記事)。
「Madrid in Game」はスタートアップをサポートし,eスポーツをスポンサード
そうした国際色も楽しめる東京ゲームショウだが,業界関係者が参加できるビジネスエリアでブースを展開していたのが「Madrid in Game」である。Vermila Studiosという地元のデベロッパが日本に持ち込んだサバイバルホラー「Crisol: Theater of Idols」が紹介されていると聞いてブースを訪ねたのだが(関連記事),Madrid in Gameの代表にも話を伺うことになった。
果たして,マドリードはいったい何を目指しているのだろうか。
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。それではMadrid in Gameのあらましを紹介してもらえますか。
Sara Gutierrez Olivera(以下,Gutierrez Olivera)氏:
我々の本部は市庁の中にある,マドリード自治体の組織です。地域のゲーム産業の発展を目指し,さまざまなプロジェクトを始動していますが,大きく分けると3つあります。
1つ目は,市内の教育機関では15%もの若者がゲーム産業に関連する学科を専攻しているのですが,彼らの才能をプロモートすることです。ゲーム会社で働きたい人や事業を立ち上げたいという人をサポートしています。現在,国際的な企業17社がマドリードを拠点にしており,ヨーロッパの中でもゲームやIT産業のクラスターになる潜在性を秘めているのです。
4Gamer:
学校を卒業した人がそのまま,地元に職場を求めやすい環境作りということですね。
Gutierrez Olivera氏:
はい。そして2つ目は,ゲーム開発や関連業務のビジネスを起業している事業者向けに,その成長を促すアクセラレーションプログラム「Venture Program」を展開することです。これは半年間にわたり,起業のサポートや投資家の確保,ワークスペースの提供を行います。
初回は30社,現在の第2回では50社が参加しています。参加を希望する事業者には自らのビジネスプランや制作中のプロダクト,マーケットにおける未来像を提示していただき,我々が資金援助を含む協力を行うという形になります。
4Gamer:
そのプログラムの予算は?
Gutierrez Olivera氏:
昨年からの5年間に2300万ユーロ(約36億3000万円)の予算を計上しています。第1回プログラムの成果には満足していますし,我々自身も「Madrid in Game」というブランドが定着していることを嬉しく思います。
4Gamer:
マドリード市が本気で取り組んでいることが伝わってきました。
Gutierrez Olivera氏:
その通りです。まずは「マドリードにはゲームを作りやすい環境があり,ゲーム文化も盛んである」ということを広く知ってもらいたいですね。
それに絡んでいるのですが,3つ目はeスポーツへの投資です。地元チームのスポンサーになっているんです。また,イニシアチブそのものではありませんが,市としては英語が職場の公用語になるように環境整備を奨励しています。
4Gamer:
eスポーツのスポンサーシップとは驚きました。
Felix Alberto Martin Gordo(以下,Martin Gordo)氏:
Madrid in Gameの強みとして,我々は3つの建物からなる施設「Campus del Videojuego」を公園内に持っていることが挙げられます。ゲーム文化や技術を体験できるExperience Center,オフィススペースを貸し出し,インキュベーションやアクセラレーションを担うDevelopment Center,そしてeスポーツチームの拠点でありトレーニング施設であるeSports Centerによって構成されています。
4Gamer:
こうしたプログラムの根底には,やはり地域の労働者の仕事を作ったり,投資を呼び込んだりする狙いがあるのでしょうか。
Martin Gordo氏:
もちろん,それが我々の最終目標です。マドリードは都市としても非常に大きく,ゲーム以外にもさまざまな企業が集まっています。これまで比重の小さかったゲームセクターをテコ入れし,とくに若い人が求める仕事を創生しやすい環境にしたいと願っています。
潜在的な投資や協力を得られそうな企業に対し,10月中には大きなイベントを計画しており,地域の企業や教育機関と交流を深められる機会を用意します。また,市内の大学だけでも20校以上でゲームに関連するプログラムを展開しており,11月には学生を中心に参加が見込まれる「Guerilla Game Festival 2023」をバックアップをする予定です。
4Gamer:
近年では,自国内で高等教育を整備しても,卒業と同時に条件のいい海外に働きに出てしまう「頭脳流出」(Brain Drain)が問題となっています。
Gutierrez Olivera氏:
その問題は我々の都市でも例外ではなく,自治体として危機感を抱いています。このプログラムを成功させて,そのトレンドを反転したいですね。
ゲーム市場としてのスペインは,日本の約1割となる1億4350万ユーロ(約226億円)規模だが,今後も成長が見込まれている。前述の「Crisol: Theater of Idols」を紹介してくれたVermila StudiosのCEO,ダビッド・カラスコ(Davis Carrasco)氏は,アメリカに渡りNintendo of Americaにしばらく従事していたという。いわば「出戻り組」だが,海外で経験を積んだ人材がいかにマドリードに定着し,現地のデベロッパのコミュニティの拡大につなげていくのか。今後の大きな課題になりそうだ。
それにしても,Madrid in Gameには政府系イニシアチブとして,かなり洗練されている印象を受ける。ゲーム開発だけでなく,一般向けのイベントやeスポーツのスポンサーまでも手がけ,マドリードの本気度が伝わってきたので,スペインにおけるゲーム産業の中心として頭角を現す可能性は十分にあるだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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